パレルモの影
18年前、ホテルの窓から見下ろしたこのスラム街の光景は、シチリア島の首都であるパレルモが抱える課題いやイタリアの課題を象徴している。崩れかけた建物、無造作に積み重ねられた廃材、荒れ果てた庭―これらは、長年にわたる貧困と無視されてきた地域の現状を物語る。
18年前のパレルモは、まだ多くの地域で貧困が根強く残っていた。古い建物が立ち並ぶ地域は、長い間、都市開発の波に取り残されていた。このような地域では、犯罪率の高さや教育機会の限界が深刻な問題となり、地域の発展を阻む要因となっていた。
それから18年が経過し、パレルモの一部地域では大きな変化が見られると聞く。観光業の発展やEUからの支援を受けた都市再生プロジェクトが進行し、かつてのスラム街が新たな命を吹き込まれつつあるという。荒廃していた建物が修復され、芸術家やクリエイターたちが集まる場所へと変貌を遂げた地域もあるらしい。
その歴史には、この街を長い間支配してきたマフィアの存在があった。街のあらゆる商売では保護料として知られる「ピッツォ」を支払わなければならず、拒否すれば命の危険があった。日本でいうところのみかじめ料だ。
1990年代、ジョヴァンニ・ファルコーネとパオロ・ボルセリーノという二人の判事が、マフィアに対抗するための戦いを本格化させた。彼らは、多くのマフィアを裁判にかけ、初めて彼らを公の場で裁くことに成功した。しかし1992年、ファルコーネとボルセリーノは、マフィアによる爆弾テロで命を落とす。
しかしファルコーネとボルセリーノの死を受けて、パレルモでは市民たちがようやく立ち上がり、マフィアに対抗するための「Addiopizzo」(アディオピッツォ)という運動を起こした。この運動は、商売人たちがピッツォを支払わないことを宣言し、マフィアに屈しない意志を示したものだ。そしてパレルモは再生の道を歩み始めたという。観光業が発展し、古い建物が修復され、街には新たな命が吹き込まれた。マフィアの影が完全に消えたわけではないが、その影響力は確実に弱まりつつあるという。
この写真は「Addiopizzo」(アディオピッツォ)という運動が起きた後での写真だ。つまり道なかばの写真だ。今撮ればどうだろうと考えてしまう。