記憶をつなぎとめるために、書物の材料とするためにメモを書いてみた。しかしいずれも14年から20年経っており細部は忘失してしまっている。
1998年頃か、米国に通信網接続の調査に出向いたことがある。ある上院議員秘書を議員後援会員でもある米国人コンサルタントと尋ねると愛想よくインタビューに応じ、コングレスまで案内してくれた。(上の写真はコングレスに向かった地下道路だがその時のものではない )
日本ではどうか。旧議員会館には度々出向いたが議員しか歩けないらしく地下は食堂に入ったことはあるが通路は歩いたことがない。エレベータは議員専用と一般は別れている。議員会館は地下通路により国会議事堂及び東京地下鉄国会議事堂前駅・永田町駅とつながっている。
議員会館にはいるにはロビーで入室届けを紙に書いて出す。受け付けは議員室でアポを確認したのちにIDカードを渡される。
議員会館の各室は同じ作りで入り口近くの部屋に秘書の席があり、その奥に議員の席と応接室があった。秘書の席は一人分しかなく、政策秘書を何名も置いている米国と比べて狭いと感じたものだが新しい議員会館は広くなったのだろうか。
大物議員は議員会館には普段はいない、亀井静香氏秘書を尋ねたときは永田町のビルの広い一室だった。
麻生太郎氏が総務会長だったころに自民党本部の総務会長室を随行で尋ねた事がある、ゆったりとした部屋がダークブラウンで統一され、ソファに座ったままで年配の秘書に電話を繋がせて官僚に指示をだしていた。
片山虎ノ助氏が総務大臣だったときに総務大臣室を随行で訪れたことがある。入り口を入ってすぐには待合のソファがあり、ドアを開けると職員らしい男性が数名デスクに座って仕事をしており、大きな大臣席があった。