まさおレポート

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IP電話からおとくラインへ 6299

2021-10-08 | 通信事業 孫正義

IP電話サービスに限らないが、新サービスを開始するとき、実際にIP電話機能付きのモデムを顧客に使ってもらってさまざまな不具合を洗い出すプロセスを総務省が規定している。

そのときにスタッフが提案してきたのは常識的な試験数量だった。ところが孫さんはそれを会議で却下し2ケタ多い数を指示した。

驚いたスタッフは

「そんな数量は通りませんよ。やるなら自前のテスト環境を作ってやってくれと言われます」と至極まっとうな反論をする。しかし孫さんは

「ちまちました数量では試験する意味がない。バグを洗い出せない」とスタッフを説得する。

スタッフはこの途方もない数量で試験したいと総務省の担当官に持って行った。

案の上「不具合の可能性のある端末でこんなに大量に公衆網を使って試験サービスを実施されたらネットワーク網に擾乱を与える可能性がある。

電話端末設備の試験を行うなら自社のテストベッド(試験設備)等でやってほしい」

と突き返された。

結局大量試験サービスの承認は得られないというスタートとなったが結果的には十分なテストができた。ことほどに大量一機がすきなのだ。


孫さんの大風呂敷にスタッフが振り回される例も多い。少し技術的な話になるが、要は技術陣スタッフが孫さんの指示にオオカミ少年の大風呂敷だとたかをくくり、無駄な費用を恐れたスタッフが言われた数量を確保しなかったために必要数量が少なくなりあわてた例だ。

IP電話サービスではNTT側への着信時にソフトバンクIP電話専用のポートつまり受け口の回線を半年前から事前予約し確保しておかなければならない。

しかし半年先のポート数つまり着信先ごとのトラフィックを予測することなど至難の業でもあり、過剰に発注すると先行費用もかさみ経営を圧迫する。

そのために担当部門のスタッフはコスト削減でできるだけ少なく見積もろうとする。つまり孫さんの計画は大風呂敷だと考え、NTT設備の対応を行う部門のスタッフがポート数の先行確保に努めなかったことがある。

案の条、特定の県で事前の申し込みポート数がIP電話のトラフィックに追いつかず、不足するという切羽詰まった事態を招いた。

途方にくれて思案中に車のなかで某社の確保分を借り受けてはどうかと話すと孫さんは乗り気になった。東京駅の近くのJAXAが入っているビルに向かった。

S社長と話をすると条件次第では貸してもよいとの返事をもらった。しかし借り受ける料金が折り合わずご破算になったことがある。

こういうスタッフの失敗に孫さんは割合寛大だった。


孫さんが消費者の善意に期待する事例、つまり性善説にたったふるまいはモデムのお持ち帰りが代表例で既に記した。他に善意に期待する事例を思い出したので記しておく。

IP電話開始当初、試験サービス期間中は利用者に無料でしかも無制限に利用させようと性善説に立つ孫さんは主張した。

「そんなことをしたらそれを悪用して儲ける人が絶対にでてきます。反対です」と猛烈に反対するスタッフ達。

「とにかくたくさん使ってもらわなければバグが洗い出せないし試験にならない」と孫さんは主張する。もちろん宣伝効果も念頭にある。

社員たちははらはらして推移を見まもったが結果的にはそうした悪質ユーザーはたった一例が有ったのみで大勢に影響はなく終わり胸をなでおろした。


ソフトバンクが3400億円を投じて日本テレコムを2004年11月16日に買収後「おとくライン」の販売に全力を挙げた。

「おとくライン」の直近の狙いは次のようなものがあった。

①設備面:買収した日本テレコムが中継系交換機のみならずNEC(日本電気)製の市内交換機を保有していて市内交換機能を有しており、主として企業向けの加入電話サービスをおこなっていた。

一方ソフトバンクは既にIP電話サービスを開始しており、そのためのしっかりしたバックボーンの補強を望んでいた。

互いのリソースを組み合わせることによって市内から長距離までの電話を自前バックボーンで提供する事が可能になる。

②パッケージサービス:ADSLと電話のパッケージサービスを提供する事が可能になる。双方の顧客がお互いを利用すればパッケージ割引制度を採用することができ、過去の例からパッケージ割引は有効な手段であることが分かっていた。

③法人向けサービスの強化:ソフトバンクのIP電話は利益の源泉を法人に求めていた。この買収により日本テレコムが既に提供している企業向け電話サービスを核として法人に総合通信サービスを提供する事が出来る。

④電話を糸口にして将来の光ファイバー販売戦略を見据えたインフラを構築できる。


 

 

 

日本テレコム買収の真の狙いを説明するためにおとくラインを少し離れて2004年当時のソフトバンク光ファイバー事業を眺めてみよう。ADSLの成功が確認できた後に次のステップとして孫正義氏は光ファイバーを自前で敷設する壮大な計画を温めていた。氏は既に1年近くにわたり連日先頭に立って光ファイバー自前敷設計画の検討を進めていた。試行的にNTTのダークファイバを借り受けての光ファイバーサービスも始めた。その結果、地域的に散発的な顧客ニーズに対応していては特に敷設工事の採算が合わないことがわかってきた。

地域的にまとまった顧客が獲得できない欠陥がありそのひとつの解決策としてはNTTの光ファイバーを丸ごと一本借り分岐回線を借りることに変更することだが、既にKDDIがNTTに要求しているが実現していない。

この対策として考えたのが地域ごとの計画的な網羅的敷設である。ある地域に集中的に営業をかけて一定期間中に顧客を獲得し、工事密度を上げて工事費の最適化を図る手法である。過去にケーブル電話の仕事(タイタス・コミュニケーションズ)に携わったときは、ジュピターテレコムが地域のエリアごとのケーブル工事を募る方式を採用していた。ケーブルテレビと異なり、光ファイバー敷設をエリアごとに顧客勧誘するセールス方式も現実的には相当ハードルが高そうであった。(しかし、2013年現在、このアイデアははNTTが光ファイバーの顧客獲得にこの手法を取り入れたことが報じられていた。全国をキャラバン隊を組織して順に営業していくという)

計画的な工事敷設は工事費のコストダウンのためのブレークスルーであり、一部のエリアで試行してみたがしかし現実の顧客獲得は計画どおりにはいかない。光ファイバーに対する潜在的なニーズがまだ高まっていなかったのだろう。とにかく大量工事の策を常に模索していたのだが、この「おとくライン」にその実現性の芽を見出した。何故その実現性を見出したのかは次に述べる。

<「おとくライン」と光ファイバー敷設がアイデアとして融合>

NTTより十分魅力的な価格でNTTと機能的にそん色ない電話サービスを開始できれば顧客を相当規模で獲得できる。その獲得規模は壮大で、NTTとシェアで十分争える規模まで獲得可能と構想上の期待は膨らんだ。孫正義氏にとってかつてのパラソル営業開始当時依頼の熱中ぶりとはた目に映った。

「おとくライン」でNTTとシェアで十分争える規模まで獲得可能と構想が膨らんだが、その先に実は光ファイバー事業への大きなプランがあった。「おとくライン」の電話サービスを価格を武器にして十分な割合の顧客を獲得した後、NTTのダークメタルから光ファイバーへと、地域ごとに計画的に、ソフトバンクの自前回線敷設工事で、しかも「顧客の負担なし」に敷設する。もちろん価格は変更しないで回線のみを取り換えるのだ。十分な敷設ができた後に光ファイバーサービスを開始すれば「おとくライン」の顧客は光ファイバーサービスにそれほどの障壁を感じずに移行すると読んだのだ。前述した光ファイバー敷設工事費の負担も一定の移行を見込めれば計画的敷設による費用削減で採算にのる。実は孫正義氏らしい壮大な狙いを秘めて「おとくライン」に注力したことになる。

既に別の項で述べたがMDF自前工事の実現に向けて相当な熱意と努力を傾注した。これは今そこにある課題としてはADSLのMDF工事費と工事期間の縮小にあったのだが、もう一つの狙いはこのおとくラインのMDF工事費用の自前工事化であり、さらには計画的光ファイバー敷設計画とのジョイント工事による一層の効率化に有った。計画的光ファイバー敷設計画においても膨大なMDF工事が発生する。このときに自前工事化の費用削減は相当なものになる。しかもこのときにはADSL回線の取り外し工事までが発生するので自前工事化の費用削減効果は大きい。2013年時点でもMDF自前工事と自前光ファイバー敷設は実現していないが、それにしても孫正義氏のこのあたりの先を読む才能とそれを実現しようとする執念にはすざましいものがある。

<「おとくライン」の躓き>

しかしその壮大な計画にもかかわらず「おとくライン」は想定の通りには進まず、その出だしははなはだ順調なものではなかった。

①ADSLとは工事内容が異なるが「おとくライン」でもNTT局内工事が必要であった。MDFの立ち上げ配電盤からソフトバンク側へメタル回線を引きこむ工事が発生する為、ソフトバンク側のMDF設置や伝送設備が必要なためである。この準備のためのNTT局舎工事が進まず、かなりの遅滞が発生した。NTT側に問題があるものと発注側(ソフトバンク)にNTTへの提出漏れがあるケースなどが混在して進捗が遅れた。

②日本テレコム所有の市内交換機をソフトバンク側のIP網に接続する機能面での不備の解決に予想以上に手間取った。次から次へと問題が生じ、人的な面も含めていろいろな問題が新たに見えてきて手間取った。

③主として電話セールスの販売代理店を使った顧客獲得も、もくろみ通りの獲得数にはいかなかった。これは④のNTT工事料金支払いとも絡み苦しんだ。ADSLの際はパラソルと電話セールスの併用であったが「おとくライン」では電話セールスと訪問セールスにシフトした。このため従来の代理店から新たな代理店に大きく変わった。そのために電話セールスによる販売で行きすぎがあり総務省の行政指導にいたる事件を引き起こしている。

④MDF工事の対NTT工事料金の支払いを巡ってもなかなかNTTと折り合いがつかず、ようやく契約を妥結してもその後の支払いを巡っての交渉が長引いた。これはNTTと約束した工事量に満たないにもかかわらず契約上は満額しはらうことになっており、その減額交渉を指している。しかしこの交渉はそれまでの交渉経緯を無視して減額交渉に強気で挑んだソフトバンク側上級役員の交渉態度がNTTの怒りを誘い、そのあとのNTT接続交渉に影を落とした。

{電話セールスによる不適切な販売で行政指導}

③の代理店を使った電話セールスによる販売で総務省の行政指導を受けたことに関しては下記のウェブサイト記事がそのあたりの顛末を説明している。

「おとくライン」の不正営業活動で日本テレコムに行政指導

総務省は8日、日本テレコムが提供する固定電話サービス「おとくライン」において、同社の営業代理店が不適正な営業活動をしていたとして、文書による行政指導を行なった。 

総務省によれば、2004年9月から2005年1月にかけて、おとくラインの二次代理店3社の営業担当者が、本人の承諾を得ずに申込書を12件分作成していたという。これを受けて総務省では、「電気通信役務の利用者利益保護の観点から見て、極めて悪質な事案」だったとして、適正な管理の徹底と再発防止を求めている。  

NTT東西からも連日のように個別案件で抗議を受けた。特にNTT西の森下社長からは「NTT顧客の承諾を得ずに回線を移し替えると言う、ゆゆしき事態である」として文書で強い抗議を受けた。委託している代理店の一部が顧客の承諾を得ずに偽の承諾書を偽造していたためでソフトバンクもその代理店を切るなどの対策に努めた。しかし個人や数人で営業している孫請け以上になると管理の目がなかなか行き届かなくなる。頭を抱えながら社内の営業部門に対処を説いて回る日々が続いた。こういう立場はつらい。社内のある会議で営業部門に不正営業防止の具体的な対策をあれこれ指示しているとき、上級役員から「君はNTTの犬か」と非難された時はさすがに「もうやってられないな」とつぶやいたものだ。

当該代理店の扱った他の獲得顧客についても相当数に上がっており、NTTからの要請で大量の電話要員を配置してシラミ潰しに電話を掛けて加入意向の再確認を行った。又、申込書の偽造を防ぐために申込書のフォームを改善した。社内の多数の部門に影響は広まっているため努力したがどうしてもNTTの言いなりに動いているとみなされてしまいがちになる。仲間内で理解がえられないほど辛いことは無かった。

 

 

 

 


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