バリから日本に帰国した。朝6時ころ機中から窓を見るとうっすらと夜明けの前兆があり、やがて茜色に燃えた亀裂が顔を出す。濃い灰色の雲並の上を静かに飛ぶこの一瞬が最高の時間だ。今日はすべての条件が整っている。雲海がこの世ならぬ下地をつくり、その上に希望の夜明けが鮮烈に、厳かに、時を刻む如く確実に登場する。
「君が代」の交響曲が幻聴された。もちろん、「君が代」の交響曲など聴いたことがない。我が観音力が作り出した幻の「君が代交響曲」の出だし部分だ。これ以外に、このあさぼらけの一瞬を表現するシンフォニーはみあたらない。
想像の音で聴いてみて欲しい。コントラバスの合奏で奏でる君が代の出だし部分を、そして徐々に黒い雲海から黄金色の太陽が昇ってくる様を。
東の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
(軽皇子、安騎の野に宿る時に、柿本人麻呂の作る歌)
機中では残念ながら反対側の月は見えない。しかし明けの明星は10時の方向に輝いている。
”東の野”を雲海 に置き換えてみる
”かへり見すれば”を 仰ぎ見れすば に置き換えてみる
”月傾きぬ”を 明けの明星 と置き換えてみる
そうすると万葉の黎明が眼前に立ち上ってきた。