かつて通信事業で新規参入者の全国展開にあたり、その経営性の是非論があった。当初の新電電は全国展開に及び腰、あるいは反対で特に日本高速通信は反対の立場を長い間崩さなかった。
従来型の経営者にとっては東名阪という儲かるところで経営基盤を築いてから後に全国展開というのが堅実な経営だと考えられていた。
一部の経済学者はネットワーク外部性を持って全国展開を勧めたが、従来の成功体験を持つ経営者は聞く耳を持たなかった。あるいは理解できなかった。こうした中で第二電電が夜も眠れないほど呻吟した挙句に全国展開を決めた。稲盛氏は「私心なきや」と自己に問うたという。
その後は日本テレコムも刺激されて全国展開に励み、結果的には第二電電よりも早く達成した。日本高速通信は相当遅れて達成したが既に勝負はついていた。
このネットワーク外部性という経済理論を理解し採用するかどうかが新規参入者の勝敗を分けたといってよいだろう。ちなみにNTTはネットワーク外部性を理解できず、かわりにユニバーサルサービス理論で対抗した。
ところで最近過去にわたしが書いた以下の記事がなにかの拍子に目に入った。すると依田高典京都大学大学院経済学研究科教授は驚くべきことを書いている。わたしが記事に引用した時には気が付かなかった点だ。
経済学を勉強する道程で、私はずっと利他心や共感のような倫理学的問題に興味があった。だから自他の行動が直接的に作用し合う「ネットワーク外部性」のモデルに触れた時、目から鱗が落ちるような思いがしたのだろう。ネットワーク外部性こそ、私にこの業界で飯を食っていく勇気と動機を与えてくれた記念すべき道標ともいえる。『経済セミナー』(1999 年10 月号)ネットワーク・エコノミックス(7)ネットワーク外部性の経済理論(前) 依田高典
そうか、「ネットワーク外部性」というのは利他心や共感に矛盾しない経済学モデルだったのだ。これは世界の宗教や倫理に最もなじむ実に深い倫理性をもった経済学モデルだったのだ。それを当時若手の研究者だった依田高典氏が自覚的にとらえていたことは素晴らしい先見性だと思う。