「みなさん、わたしたちはみな残酷です。悪党です。わたしたちはみなの者を、母親や乳飲み子を泣かせています。<・・・>その中でもわたしが一番、汚らわしい虫けらです。<・・・>今になって悟りました。自分のような人間には鞭が、運命の鞭が必要なのです。<・・・>わたしはあなたがたの譴責を、世間一般からの侮辱の苦痛を引き受けます。わたしは苦しみたいのです。苦しんで自分を清めたいのです」
「わたしは親父の血に対しては罪はありません。わたしが刑罰を受けるのは、親父を殺したためではなく、殺そうと思ったためなんです。<・・・>わたしは最後まであなたがたと争って、その上は神様の思し召し次第です!」
「なぜあの時、あのような瞬間に、おれは『赤子』の夢を見たんだろう?『なぜ赤子は可哀そうなんだ?』 あの瞬間、あれはおれにとってお告げだったんだよ!『赤子』のためにおれは行く。なぜなら誰もがすべての者に対して罪があるんだからな。すべての『赤子』のためにさ、というのは小さい子供達と大きい子供達がいて、みんなが『赤子』なんだよ。みなのためにおれは行く。なぜなら誰かがみなのために行かなければならないからさ。おれは親父を殺しはしなかった。でもおれは行かなければならないんだ」
神の作り出した世界は拒否するという無神論ならぬ不信論。 「神が無ければ作り出さなければならない」真理を理解した人間はかりそめの法を超越するから「何をしても許される」とのイワンの考えに至る。
プロとコントラで語られる「復活」の時にライオンもきりんも、子供を犬に食い殺させた貴族も母親もみんな肩を並べて愛の賛歌を謳うと言った漫画的な世界をイワンは認めない、復讐心は持ち続けたいと語るが、これが神の作った世界を認めない根拠だ。
輪廻転生と復活は来世の考え方がまるで異なる。復活はまるで劇のようで、劇が終わるとフィナーレでは敵も味方も手を携えて舞台に登場して喝采を浴びてめでたしめでたしで終わる。これが復活で輪廻転生はこの世と同じような来世が永遠に繰り返される。ドストエフスキーはこの輪廻転生的考えは全く持っていなかったようで、日本人は来世という言葉で輪絵的なことを思い浮かべるが、ドストエフスキーは復活的な意味で「来世」を用いていると考えるがどうだろうか。
平行線が交わらないとするユークリッド幾何学の話が、人間の理解力の限界の例として使われる。「この程度の理解力しか与えられていない人間は神の存在論など元来理解できない、だから俺は神の存在を認める」神の存在論を主張するイワン
ゾシマ長老の棺の置かれた部屋にも老修行僧がやってきて悪魔が部屋に一杯いることを告げる。悪魔は甘いものが好きだとして、ゾシマ長老もジャムなどに目がないと責めるところがある。
コーリャやラキーチン、いずれも癖のある頭でっかちの人物が社会主義を賛美する。
カテリーナ、イワンとアリョーシャの母親、イワンとアリョーシャもヒステリー体質あるいは「つきもの」体質として描かれている。
アリョーシャは去っていくイワンの後姿の右肩が下がっていることに気がつく。シベリアに行ったままの息子が帰ってくることを母親に予知するゾシマ長老の予知能力。イワンが部屋で悪魔の化身の紳士と対話する。
イワン、スメルジャコフ、修行僧、コーリャの母親と狂気あるいはそう見える人々が大勢登場。
①アレクセイ・カラマーゾフは、いったいどこが優れているのか。
「たぶん、小説を読めばおのずとわかるはずです」p9原訳
答えは善悪を乗り越えるから。
「だが、困ったことに、伝記は一つだが、小説は二つあるのだ。・・・これはほとんど小説でさえはなく、わが主人公の青春前記の一時期にすぎない。」原訳
「奇人とは『必ずしも』個々の特殊な現象とは限らぬばかりか、むしろ反対に、奇人が時として全体の核心を内にいだいており」原訳
「人間とは、たとえ悪党でさえも、われわれが一概に結論づけるより、はるかにナイーブで純真なものなのだ。我々自身とて同じことである。」原訳
⑤闇に輝く光点のように、あるいは本体は消えてなくなった巨大な絵画から破りとられ、それだけが残っている破片のように、後々の人生に思い起こされるものだ。
⑥この青年は人々を愛していたし、どうやら他人の事を完全に信頼しつつ、生涯をすごしたようである。
⑦現実主義者においては、信仰心は奇跡から生まれるのではなく、奇跡が信仰心からうまれるのだ。
⑧社会主義というのはたんなる労働問題・・・ではなく、もっぱら無神論上の問題、すなわち無神論の現代的解釈の問題であり・・・神なしで建設されたバベルの塔の問題なのだ。
⑨私は人類愛に燃えているが、自分で自分にあきれることがある。・・・人類一般を好きになればなるほど、個々の人間を愛せなくなる・・・
⑩パイシー神父が又切り出した。「・・・教会は国家に変質し、やがてその中に消滅して、科学や文明に席を譲らなければならない・・・これがヨーロッパ文明に浸透している考え方ですよ」・・・国家が教会に変わり、・・・全地球上の教会となるのです。
⑪「不死がなければ善なんて無いんです。」とのイワンに対して「絶望で気晴らしをされている。もし肯定的な方向で解決できないなら、否定的な方向でも決して解決されないでしょう。」とゾシマ長老の説教。
⑫男がだね、何かの美に、女の体や、でなきゃ女の体のある一部だっていい、いったんこれにほれ込んだら、そのためには自分の子どもだって手放してしまうし、父親だろうが母親だろうが売り渡してしまうんだ。正直者だって平気で盗みをやる。おとなしい男だって平気で人を切り殺す、忠実な男だって平気で人を裏切るんだ。
⑮美の中じゃ、川の両岸がひとつにくっついちまって、ありとあらゆる矛盾が一緒くたになっている。・・・おそろしいくらいの秘密が隠されているんだ。・・・理性には恥辱と思えるものが、こころにはまぎれもなく美と映るもんなんだよ。・・・美の中じゃ悪魔と神が戦っていて、その戦場が人間の心ってことになる。
ミーチャの言葉。
⑬きみたちカラマーゾフ一家の問題と言うのは、女好き、金儲け、神がかり、この三つに根っこがあるってわけさ。
⑭人類ってのはね、たとえ霊魂の不滅なんか信じてなくたって、善のために生きる力くらい、自分で自分のなかにみつけるものさ!
ラキーチンの言葉。イワンと反対の立場。
⑯おれはあのとき三秒から五秒くらい、恐ろしい憎しみを感じながら相手をにらんでいた。・・・気が狂うほどの激しい恋と、紙一重の憎しみをかんじながらだ!・・・お前にはわかるか。ある種感動の極みでも人は自殺できるってことが。
⑰いいか 法的にはやつはおれに一銭の借りもない。・・・だが、やつは道義的に俺に借りがある。P322
⑱世の中を隅っこからうかがうような人嫌いの少年に成長した。子供の頃、彼は子猫を縛り首にし、そのあとお葬式のまね事をしたものだ。そのために彼は僧衣がわりのシーツをまとい、子猫の亡骸を見おろしながら歌ったり、香炉のかわりになにかをふりまわすのだった。すべては極秘裏に行われた。(スメルジャコフについて)
⑲フョードルはたんに彼の正直さを信じきっていたばかりか、なぜか彼を愛してもいたのだった。
スメルジャコフがフォードルの私生児であることを暗示しているともとれる。
⑳あなたの信仰がたとえ麦粒みたいにちっぽけでも、山に向かって海へ入れと命じたら、あなたの最初の一声で山は少しもためらわずに海にはいっていくだろうってね。・・・どんなに大声を張り上げたってなにも動いてくれやしない、そっくり元のままだってことがです。・・・そう、もしも残りのみんなが不信心ものだとわかったら、だれも許そうとはなさらないでしょうか?・・・一度は神様を疑った身でも、後悔の涙を流しさえすれば許していただけるってね。P350
21 アリョーシャは・・・ヒステリーの発作に全身をふるわせはじめた。老人をとくにうちのめしたのは、その姿が死んだ母親と異常なぐらい似ていたことだった。
22 じつは、おれはイワンが恐いんだ。P379
フォードルのセリフ。
23 このプライドの高い娘の高圧的な態度や・・・どことなく傲慢さがすけて見えるところや、自信の強さだった。・・・魅力的な唇のラインと同様その目には、たしかに兄が恐ろしいほどほれ込みはしても、たぶんそう長くは好きでいられないような何かがあった。P389
のちに裁判でミーチャを裏切る女の伏線的説明。
24 ひと目見たかぎりではごく世間なみの、平凡な女だった。・・・たしかに、彼女はとても美しかった。非常にといってもよいくらい美しい、どんな男からも愛されてやまないロシア美人だった。・・・そのなかでアリョーシャがもっとも心をうたれたのは、子供っぽい、無邪気な表情だった。・・・彼女のまなざしには人の心をうきうきさせるなにかがあった。・・・端的にいってこれは、とくにロシア女にしばしば見かける、つかのまのはかない美しさというものだと。・・・内心不快な感じをいだきながら、・・・どうして自然な話し方ができないのだろう・・・子供の頃に沁みついた礼儀一般についての俗っぽい理解を物語るものでしかない。(グルーシェニカに対するアリョウシャの印象) P401
グルーシェニカに対する矛盾した描写。
25 あの人があの淫売に話したんだ。・・・あの怖ろしい、呪っても呪いきれないあの日の事を!「ご自分の美しさをえさに」とは!知っているんだ!・・・あなたのお兄さまってほんとうに卑怯者よ!」P411
カテリーナがミーチャに潜在的に抱いていた憎しみがここで爆発する。
26 ふいに静かに甘い笑いをもらした。しかし彼はそこで、ぴくりと体を震わせた。その笑いが罪深いものに思えたのだ。P430
アレックスのリズに対する屈折した性嗜好を暗示する。
第二巻。
①彼女の息子のワーシャはまちがいなく無事生きていますし、間もなく彼女の許に戻ってくるか、手紙を書いてよこします・・・予言は文字通りと言ってよいくらいに的中したのです。p16
ゾシマ長老の予知能力をホフラコーワ夫人が賛美する。
②院長の部屋から出ようとしてふとみると、・・・これがなかなかでかい悪魔でな。・・・聖霊の時もあるし、精霊のときもある。・・・ツバメだったり・・・のときもあるな。p27
フェラポイント神父の述懐。
④カテリーナさん あなたが本当に愛していらっしゃるのは兄貴だけです。それも、屈辱が深くなればなるほどますますね。そこがあなたの錯乱でもあるんです。・・・もしも兄貴がまともな男になったりしたら、あなたはたちまち兄貴を棄て、気持ちもすっかりさめておしまいになるでしょうね。p91
⑤僕はひょっとして神様を信じていないのかもしれない。p177
⑥神は欠かせないといった考えが、人間のような野蛮で獰猛な生き物のあたまに忍び込んだという点が、実に驚くべきところなのさ。その考えは、どれほど神聖で、それほど感動的で、どれほど賢明で、それほどまで人間に名誉をもたらすものなんだよ。p216
⑦仮に神が存在し、この地球を実際に創造したとしてもだ、おれたちが完全に知りつくしているとおり、神はこの地球をユークリッド幾何学にしたがって創造し、人間の知恵にしても三次元の空間しか理解できないように創造したってことさ・・・そもそも俺の持っているのは、ユークリッド的、地上的頭であって、だからこの世界とかかわりのない問題は解けるはずもない、とな・・・つまり神はあるかないかという問題はな、・・・三次元だけの概念しか与えられずに創られた頭脳には全く似つかわしくないんだ。だからこそ俺は神を受け入れるのさ。p218
⑧俺が受け入れないのは神じゃない、いいか、ここのところをまちがうな、おれが受け入れないのは、神によって創られた世界、言ってみれば神の世界というやつで、こいつをうけいれることに同意できないんだ。
入場券を返すともいっている。
⑨世界のフィナーレ、永久調和の瞬間にはすばらしく価値ある何かが起こり、現れてすべての人間の心を満たし、すべての怒りを鎮め、人間の罪や、彼らによって流されたすべての血をあがなう、しかもたんに人間に生じたすべてを許すばかりか、正当化までしてくれる、とな。・・・やがて平行線も交わり、おれ自身がそれをこの目で見て、たしかに交わったと口にしたところで、やはり受け入れない。
オペラのフィナーレのような敵も味方も手をつないででてくるような「復活の日」は確かに私も受け入れられない。
⑩俺に言わせると、身近な人間なんてとうてい好きになれない。好きになれるのは遠くにいる人間だけ、ってことになる。・・・人間の顔というのはしばしば、まだ愛することに不慣れな人々にとって妨げになるものだとね。p221
⑪「兄さん、話しているときの顔が変です」・・・ついでに言っておくと、・・・人は甘いものが大好きなんだそうだ ・・・ 俺はこう思うんだ。もしも悪魔が存在しないなら、つまり悪魔を人間が作ったんだとしたら、人間は悪魔を自分の姿に似せて作ったという事さ。p226
⑫俺にはよくわかるんだ。鞭をくれるたびに性的な快楽、そう、文字通り性的な快楽を覚えるくらい熱くなっていく連中がいることをね。・・・ この場合、迫害者の心をかきたてるのはなんといっても子供という存在の持つ無防備さだし、どこにも逃げ場がない、だれにも頼れない子供の天使みたいな信じやすさだ。そいつがまさに、虐待者の呪われた血を熱くする正体というわけさ。 p236
⑬この子が犬に石をなげ、足にケガをさせたとのことですという報告がなされる。・・・仕置き小屋から子供が連れ出される。・・・「追え!」将軍が命令する。・・・犬どもは、子どものずたずたに食いちぎってしまう!・・・こいつをどうすればいい?・・・銃殺にすべきか?・・・「銃殺にすべきです」・・・「おまえの心のなかにも悪魔のヒヨコがひそんでいるってわけだ、アリョーシャ! ・・・この世には、そのばかなことがあまりに必要なのさ。世界はこのばかなことのうえに立っているし、もしもこのばかなことがなかったら、世界にはきっとなにも起こらないかもしれないんだ。おれたちが知っていることなんて、たかがしれているんだよ!・・・おれは理解しないって決めたんだよ。・・・事実に寄り添っていることに決めたのさ p241
⑭苦しみは現に存在する,罪人はいない、万物はしごく単純素朴に原因から結果が生まれ、流転し、均衡を保っている。・・・おれに必要なのは復讐なんだよ。・・・無限のかなたじゃなくてこの地上で実現してほしい。・・・おれが苦しんできたのは、自分自身や、自分の悪や苦悩で持って、誰かの未来の調和に肥やしをくれてやるためじゃないんだ。おれは自分の目で見たいんだよ。鹿がライオンのとなりに寝そべったり、切り殺された人間が起き上がって自分を殺した相手とだきあうところをな。・・・調和なんていらない、人類を愛しているから、いらないんだ。それよりか、復讐できない苦しみとともに残っていたい。・・・おれは神を受け付けないんじゃない。・・・その入場券をつつしんで神にお返しするだけなんだ。p243
⑮おまえはすべてを法王にゆだねた。・・・おまえはもうまったくきてくれなくていい、すくなくとも、しかるべきときが来るまでわれわれの邪魔はするな・・・おまえがふたたび告げることはすべて、人々の信仰の自由をおびやかすことになるのだ。・・・人間というのはもともと反逆者として作られている。だが反逆者ははたして幸せになれるとでもいうのか? p263
⑯第一の問いを思い出してみろ。・・・おまえは世の中に出ようとし、自由の約束とやらをたずさえたまま、手ぶらで向かっている。ところが人間は生まれつき単純で、恥知らずときているから、その約束の意味がわからずに、かえって恐れおののくばかりだった。なぜなら人間にとって、人間社会にとって、自由ほど耐えがたいものはいまだかつて何もなかったからだ!p267
⑰こうしてついに自分から悟るのだ。自由と、地上に十分にゆきわたるパンは、両立しがたいものだということを。なぜなら、彼らはたとえ何があろうと、お互い同士わけあうということをしらないからだ!そしてそこで、自分たちがけっして自由たり得ないことも納得するのだ。なぜなら、彼らは非力で、罪深く、ろくでもない存在でありながら、それでも反逆者なのだから。p269
⑱いっしょにひざまづける相手を見つけるという事が有史以来、各個人のみならず、人類全体のもっとも大きな苦しみだった。普遍的にひざまづける相手を探し求めようとして、彼らはたがいを剣で滅ぼしあってきた。・・・そうなのだ。彼らはどの道、偶像の前にひれ伏さずにはおれない連中なのだ。p271
⑲この地上には三つの力がある。ひとえにこの三つの力だけが、こういう非力な反逆者たちの良心を、彼らの幸せのために打ち負かし、虜にすることができるのだ。そしてこれら三つの力とは、奇跡、神秘、権威なのだ。・・・おまえはしらなかった。人間が奇跡を退けるや、ただちに神おも退けてしまう事をな。・・・そもそも人間は奇跡なしには生きることができないから、自分で勝手に新しい奇跡をこしらえ、まじない師の奇跡や、女の魔法にもすぐにひれ伏してしまう。例え、自分がどれほど反逆者であり、異端者であり、無神論者であっても。・・・おまえが降りなかったのは、あらためて人間を奇跡の奴隷にしたくなかったからだし、奇跡による信仰ではなく、自由な信仰を望んでいたからだ。・・・誓ってもいいが、人間というのは、お前が考えているよりもかよわく、卑しく創られているのだ!・・・人間をあれほど敬わなければ、人間にあれほど要求しなかっただろうし、そうすれば人間はもっと愛に近づけたはずだからな。p277
⑳彼らはついに自覚する。自分たちを反逆者に仕立て上げた神は、まぎれもなく自分たちを笑いものにしたかっただけだ、とな。・・・自由というあれほど恐ろしい贈り物を受けいれることができなかったからといって、このか弱い魂のどこが悪いと言うのか?p278
21 大事なのは、心の自由な決断でも愛でもなく、自分たちの良心にどれだけもとろうと、やみくもに従わなくてはならない神秘だとな。われわれはおまえの偉業を修正し、それを奇跡と神秘と権威の上に築き上げた。・・・われわれはおまえとではなく、あれとともにいるのだ。p281
22 人類は総じて、いつの世も例外なく、全世界的にまとまることをめざしてきた。偉大な歴史をもつ偉大な民族はいろいろあったが、それらの民族は、偉大になればなるほど不幸せになった。というのも全世界的な人間の統合に対する欲求を、ほかのどの民族よりもつよく意識していたからだ。・・・自由な知恵と、科学と、人肉食という暴虐の時代がこれからも続く。・・・しかしそのとき、われわれのもとに一匹の獣が這いより、われわれの足を舐め、その目から血の涙をしたたらせるのだ。そこでわれわれはその獣にまたがり、高々と杯をさしあげる。そしてその杯にはこう書かれるのだ。「神秘!」と。p283
23 彼は、無言のままに老審問官にちかづき、血の気の失せた九十歳の人間の唇に、しずかにキスをするんだ。・・・そこで老審問官は、ぎくりとみじろぎをする。p296
24 そこで彼はなぜかふと、兄のイワンが妙に体を揺らしながら歩き、後ろから見ると右肩が左肩よりもいくぶん下がっているのに気づいた。
25 わたしは自分のこの地上での人生が、新しい、無限の、知られていない、しかし間近にせまった来世での人生とひとつに触れ合おうとしているのを感じ、その来世の予感から魂は歓喜にふるえ、知恵はかがやき、心は喜びに泣いているのだ。・・・p377
26 この地上では、多くのものがわたしたちの目から隠されているが、そのかわりに異界との、天上の至高の世界との生きたつながりという、神秘的で密やかな感覚を授かっているのだ。それに、わたしたちの思考と感情の根はここではなく、異界にあるのである。だからこそ哲学者たちも、事物の本質はこの地上では理解できないと語っているのだ。
第三巻メモ
①これほど性急かつ露骨に示された信者たちの大きな期待が、もはや忍耐の緒も切れ、ほとんど催促に近いものを帯びてきたのを目にして、パイーシー神父にはそれがまぎれもない罪への誘惑のように思えた。…ただし神父自身、…心のうち、いや魂の奥底でひそかに、彼ら興奮しきった連中とほぼ同じ何かを待ち受けていたのであり、そのことは自分なりに認めざるを得なかった。p12
②棺から少しずつ洩れだした腐臭は、時がたつほどにはっきりと鼻につくようになって、午後の三時近くにはそれがもうあまりに明白なものとなり、その度合いがますます激しくなっていったのである。p18
③さっき庵室の入り口につめかけた群衆の中に、動揺する他の人々にまじってアリョーシャの姿があったことに気づいたのだが、・・・アリョーシャは奇妙な、非常に奇妙な視線を投げた。p37
④ぼくはべつに、自分の神さまに反乱をおこしているわけじゃない、ただ「神が創った世界を認めない」だけさ…ゆがんだ含み笑いを浮かべた。p48
⑤アリョーシャ、わたしがどんなに激しくて凶暴な女かがね。あなたには洗いざらい話したことになるわ!ミーチャと気晴らしに遊んだのも、あの人のところに行かないためだった。…わたしね、アリョーシャ、この五年間の自分の涙が、ものすごく好きになっていたの…私が愛しているのは、ひょっとするとこの屈辱だけで、あの人のことじゃ、ぜんぜんないかもしれない。p90
⑥彼の頭上には、静かに輝く星たちをいっぱいに満たした天蓋が、広々と、果てしなく広がっていた。天頂から地平線にかけて、いまおぼろげな銀河がふたつに分かれていた。
微動だにしない、すがすがしい、静かな夜が大地を覆っていた。寺院の白い塔や、金色の円屋根が、サファイア色の空に輝いていた。建物のまわりの花壇では、豪奢な秋の花々が、朝までの眠りについていた。地上の静けさが、天上の静けさとひとつに溶けあおうとし、地上の神秘が、星たちの神秘と触れあっていた。…彼は、地面に倒れたときはひよわな青年だったが、立ち上がったときには、もう生涯かわらない、確固とした戦士に生まれ変わっていた。…あのとき、だれかがぼくの魂を訪ねてきたのです」と、彼はのちに、自分の言葉へのしっかりした信念をこめて、話したものだった…p109
この作品の中で最も感動的な文章の一つだと思う。「ドーミトリーを乗せた馬車は、街道をまっしぐらに突き進んで行った。…アリョーシャが地面につっぷし、「有頂天になって永遠に大地を愛すると誓った」のと同じ夜、ことによると同じ時間だったのかもしれない。」と対応してみると兄弟ともに有頂天になっていたことが示されている。
⑦せめてこのことは、彼のためにも、しっかりと弁護しておかなくてはならない。はっきりとしたもくろみが、彼にあったわけではない。犯行は計画的ではなかった。p117
⑧まさしくその夜、弟と別れたあとに彼がほとんど忘我状態で感じとったのは、「たとえ人を殺し強奪してでも、カテリーナへの借りを返した方がいい」ということだった。p120
⑨「人間としての嫌悪が耐えがたいほどにつのっていた。ミーチャは我を忘れて、ポケットからやにわに銅の杵を取り出した…。後日ミーチャが自分から語ったように、「あのときは神さまがおれを守ってくれた」p190
⑧今夜ぼくはいろんなことを知ったのです!卑怯者のまま生きることが不可能なだけじゃなく、卑怯者のまま死ぬことも不可能なんだってことを…いいえ、みなさん、死ぬときは誠実でなくちゃいけない。p462
第4巻前半のメモ。
①召使のスメルジャコフと仲良しになったんですね。・・・つまりパンを一切れ、柔らかそうな部分を選んで、そこに針を刺し、どこぞの番犬になげあたえたわけです。・・・ぼくに告白している間、本人はもう泣いて泣いて、ぼくにすがりついて、ぶるぶる震えていました。p64
針を刺し、どこぞの番犬になげあたえることを教えるスメルジャコフの変質者ぶりと、それを実行する少年のこれまた歪んだ心を示すところ。
②何も疑っていないコーリャが、もしこのような瞬間が病んでいる少年の容態に、どれほど無残で致命的な影響をおよぼすかを知っていたら、どんなことがあろうと今やっているような真似はできなかったろう。p92
コーリャが①の針をのんだ(と信じ込んだ)ジューチカを連れてきた場面。コーリャも又、無邪気な残酷を示す。
③キリストはほんとうにヒューマンな人ですし、ぼくらの時代に生きていたら、すぐにも革命家たちの仲間に入って、きっと目覚ましい役割を果たしていたでしょうね・・・p121
コーリャのキリスト観。当時の社会主義者のキリスト観の一つを代表させている。
④そうそう、あなたにひとつ、おかしな夢の話をしてあげるわ。わたしちょくちょく悪魔の夢を見るの。夜みたいなの。ろうそくをともしながら部屋にいると、急にいたるところに、それこそ部屋の四隅に、悪魔があらわれるの。・・・ぼくもそれとまったく同じ夢を、なんどか見たことがありましたよ。・・・二人の別の人間が同じ夢を見るなんてことが、ほんとうにあっていいの?p205
リズとアリョーシャの会話。
⑤渡してくださいね、必ず渡してくださるのよ!・・・リーザはアリョーシャが帰ると、すぐに、錠をはずし、ドアを少しだけ開いて、その隙間に指をはさみ、ドアをぱんと閉めて、思い切り指をつぶした。p212
⑥でもな、そうとなったら、人間ってどうなる?神さまもない、来世もないとなったら?だってそうとなった暁にゃ、何もかもが許されちまうじゃないか、なにをしても許されちまうじゃないか、何をしてもいいってことになるじゃないか?・・・[賢い人間はなにをしたっていいんですよ、賢い人間というのは、うまく立ち回れますからね・・・p222
拘置されたドミトリーとラキーチンの会話。来世を信じないことが善悪の存在を超えるというこのテーマ、作品中に繰り返し繰り返し現れる。
⑦スメルジャーシチャの臭い息子のことなんか、これ以上たくさんだよ!あいつはちゃんと神さまが殺してくれる、いいか、見てろ、いや、何も言うな!p228
拘置されたドミトリーの言葉。自殺するスメルジャコフを予知している。
⑧アリョーシャ、じつはこの二ヵ月間、おれは、自分のなかに新しい人間を感じているんだ。・・・もしあの雷みたいな一撃がなかったら、ぜったいに外に姿を現すことはなかったものさ。恐ろしいことだよ。p229
⑨どうしておれはあのとき、あの瞬間、餓鬼(がきんこ・・・と読ませる)の夢なんて見たんだろうな?「どうしてああも、餓鬼はみじめなんだ?」あれが、あの瞬間、このおれの予言になったんだ。餓鬼のために、おれはいくのさ。だって、だれもが、だれに対しても罪があるんだから。すべての餓鬼に対してな。p229
⑩「いいえ、イワン、あなたはなんどか、自分が犯人だと言い聞かせてきたはずです。」…僕が神さまに使わされたのは、それをあなたに告げるためなんです。…「ぼくは、預言者とか癲癇病みとかいうのが、どうにも我慢できない性質でね。p260
⑪イワンは、ミーチャのことをほんとうに毛嫌いしていて、ときおり、それなりに精いっぱいの同情を感じることはあっても、そこには嫌悪の念にまで達するほどの深い軽蔑が入りまじっていた。ミーチャのすべて、その容姿すらもが、彼には不愉快きわまりなかった。ミーチャに対するカテリーナの愛情を、彼は怒りを覚えながら見守っていた。p265
⑫まさか殺しておしまいになるとは。…「賢い人とはちょっと話すだけでも面白い」…おれが出発しようとしていることを、喜んでいたことになるじゃないか?…お世辞ではなく非難をこめていたのでございます。…ああいうご不幸を予感なさりながら、ご自分の親を見捨て、ぼくたちを守ろうとなさらなかったことです。p227
スメルジャコフとイワンの会話。この段階ではまだスメルジャコフはミーチャのフョードル殺しに反対する立場をとっている。スメルジャコフはイワンが心の中では父を殺していると非難。
⑬何よりも大事なのは、自分がほんとうに心の安らぎを感じたことで、それはほかでもない、犯人がスメルジャコフではなく、兄のミーチャらしいという事情によって生じたことだったが、しかし、本来なら、逆の結果がでてもよさそうなところだった。p281
イワンはまだこの段階では、自分が心の中では殺しているという自覚がないので、それを明らかにするために「本来なら、逆の結果がでてもよさそうなところだった。」と作者が解説している。
⑭なによりもミーチャを苦しくさせたのは、その細部である。秘密の「ノック」に関する証言は、ドアが開いていたというグリゴーリーの証言とほぼ同じ程度に、予審判事や検事を唖然とさせた。グりゴーリーの妻マルファは、イワンの質問に対してこう明言した。…「自分たちのベッドから三歩と離れていない」ところに寝ていた。p282
決定的な証拠がないままに、細部の「決定打の無い証拠なき証言」で冤罪を固められていく。現代の冤罪事件にも通じる、細部の「決定打の無い証拠なき証言」の恐ろしさを示している。
⑮これはすべて別の物語、別の長編小説の構想となりうべき話だが、今後いつの日か、その小説に取りかかることになるかどうかさえわからない。p283
作者はこの主としてドミトリーの冤罪という物語を終えた後、アリョーシャを前面に押し出した第二部、そして、イワンとカテリーナの恋を中心にさらにもう一つの作品の萌芽をもっていたことになる。
⑯あの最後の夜、いったい何のために、泥棒さながらこっそりと階段口に出ていき、親父が階下で何をしているか、じっと耳をすましていたのか?あとからこのことを思い出した時に、なぜいやな気持がしたのか?…モスクワ市内に列車が入るころ、自分はなぜ、<おれは卑劣な男だ!>と心のなかでつぶやいたのか、という問いである。p285
イワンの潜在的な,本人にも気がついていない殺人願望を徐々に自覚することで自分を追い詰めていく過程を描く。
⑰「殺すなどということは……どんなことがあっても、あなたにはおできになりませんし、お望みでもありませんでしたが、だれかほかの人が殺すことは、あなたが望んでいたことでございます」…おまえに言わせると、このおれは、ドミートリ―兄貴にあの仕事をまかせ、ひたすらやつを当てにしていたということだな?」p296
スメルジャコフが自殺する前夜にイワンと交わした会話。⑫の会話では、スメルジャコフはイワンの腹を探りかねていたが、この夜にはイワンが意識的にスメルジャコフをそそのかしたわけではないことを悟り、観念してイワンに洗いざらいを述べる。このスメルジャコフの本音を聞いて、イワンはいよいよ、自分の心の罪を自覚していく。
⑱「おれが誰かを当てにしていたとしたら、相手はむろんおまえで、ドミートリ―なんかじゃない」…なにしろ、ぼくに対してそういう予感を持ちながら、そのまま出発なさったとすれば、つまりそれでもってぼくに、親父を殺してもいい、おれは邪魔しないから、とおっしゃったも同然じゃございませんか」…そう、おれはむろん何かを期待していた、やつのいってることは正しい…p301
スメルジャコフが明快にイワンの心を解説し、イワンはそれを聞いてその通りだと思う。イワンの心の罪をスメルジャコフが現実の罪に増幅する。この過程の恐ろしさを示している。影が本体をそそのかし、破滅に追いやると言える。
イワンがようやく心のなかでの親父殺しを明確に自覚する。読者にすれば少し悠長な自覚の仕方にも思えるが、心理過程を丹念に追えばこういうことになるのかもしれない。ここからイワンの心が狂い始める。
<カラマーゾフの兄弟の大審問官>
大乗の出生の秘密を解く鍵がカラマーゾフの兄弟・大審問官の章にあるのではないかとの思いがある。大乗は在家の富裕層に対する迎合とも批判的には見れるが、一方ではカラマーゾフの兄弟で大審問官が自由を与えられた人々がパンを奪い合い、返って人類を不幸にしないように教会システムを作る物語を彷彿とさせるものがある。大乗の菩薩たちはこの大審問官のように確信的変更者ではないかとの考えが頭をよぎった。
「大審問官」はイワンがアリョーシャに語って聞かせる彼の創作になる物語だ。舞台は15世紀、スペインに降臨したキリストに対して大審問官は捕えて火あぶりの刑を宣告する。地下牢に一人で現れた大審問官はキリストに向かって、いまだ自由を扱いきれない人間に対し自由を与えることでパンを奪い合い、返って人類を不幸にしたと批判する。
初期仏教の涅槃は苦からの根源的解放つまり自由であり、カラマーゾフの兄弟ではキリストが自由を与えるがいずれも人類を現代風の繁栄には導かずに返って滅亡に導く。すべての人類が涅槃を目指している姿や自由になりパンを奪い合う人類を連想するだけでその結末は容易に想像がつく。
大審問官の話は要約すると善と悪のバランスが大事であり、善は彼であり、悪の役割を大審問官が引き受けるとなる。善と悪のバランスを語らせる。カラマーゾフの兄弟で大審問官をイワンに語らせたドストエフスキーの卓見があるのではないか。
(「大審問官」カラマゾフの兄弟 ドストエーフスキイ / 中山省三郎訳 より抄訳して抜粋)
時は十六世紀『われすみやかに来たらん』と彼が約束してから久しい。彼は人々のところへ十五世紀ぶりに天降った。
①『タリタ・クミ』(少女よ、われなんじに言う、起きよ)と言って死んだ少女を生き返らせる奇跡を行った。奇跡を拒否した彼が奇跡を見せるというこのストーリーは何を物語るのか。大審問官にたいする肯定を暗示する。
②大審問官が彼に自説を述べる。・・・弱い、けれどもおまえを愛している数えきれない人間は、すぐれた力強い人間の材料とならなければならぬというのか?・・・と彼に問いかける。人間を自由にすると一部のエリートしか救われないという矛盾をつく。・・・彼らの塔を落成さすことのできるのは、彼らに食を与える者のみ 自由とパンはいかなる人間にとっても、両立しがたい・・・出家者しか涅槃に至らないという初期仏教の矛盾と同質か。
・・・人民は今、自分たちが完全に自分になったと信じその自由つまり人間を結びつけたり解いたりする権利をわれわれに捧げてくれた・・・大乗の救済思想と動機は同じ。
人間の力にはそぐわぬ代物を取って与えたおまえの行為は全然人類を愛することなくして、行なったと同じ結果になってしまった。
老審問官のような人類を愛する念には生涯変わりがなかったのさ。
③君臨するのはキリストの御名によるのだ、と言って聞かせることは彼らを欺くことになり、ここに大審問官の深刻な苦悩がある。罪悪を許してやり罪悪に対する応報は、当然われわれ自身で引き受けてやる
・・・老人は、どんな苦しい恐ろしいことでもかまわないから、何か言ってもらいたくてたまらないのだ・・・は大審問官の孤独と苦悩と本音が出ている。大審問官も菩薩も慈悲が動機となって本来の教えに背く。
④次の文は大乗・密教の勃興を連想させる。・・・人間は奇跡を否定すると同時に、ただちに神をも否定する。新しい奇跡を作り出して、果ては祈禱師の奇跡や、巫女の妖術まで信ずるようになる。人間を奇跡の奴隷にすることを潔しとせず、自由な信仰を渇望したから、十字架からおりなかったのだ。・・・良心の自由でもなければ、愛でもなく、神秘あるのみだ・・・奇跡と神秘と教権の上にすえつけると自由を取りのけてもらえるのを喜んだ。
⑤釈迦は、救世主でもなく預言者でもなく目覚めた人であり、法に対する帰依が初期仏教の本質だが大乗では崇拝の対象になった。以下の文言は大審問官の思いと大乗が同質でることを連想させる。
・・・自由になった人間は絶対的に崇むるに足る対象を求めている・・・
・・・人間は自由を誰かに譲り渡そうとする・・・
・・・人間の自由を支配し得るのは、彼の良心を安んずることのできる者・・・
・・・人類の世界的結合 人類の良心を支配し、かつ、人類のパンをその手に把握している者でなくしては、人類を支配することができない・・・
⑥大審問官は善の仕事仲間は悪と宣言する。・・・われわれの仕事仲間はおまえでなくてやつ(悪魔)なのだ。これがわれわれの秘密だ!われわれは皇帝となり、やがては人類の世界の世界的幸福を企てることができる・・・忽然として意志の完成に到達するという精神的な幸福は自分以外の数億の神の子が、ただ嘲笑の対象物となってしまうだけの、それほど偉大なものではないということを大悟したのだ 精霊の勧告だけが、反逆者どもを幾らかしのぎよい境遇におくことができる、ということをはっきりと確信したのだ。
⑦大審問官の次の言葉は深刻な悪を感じさせる。一部のエリート以外はもはや救いがないことを述べる。大乗の説く女人不成仏、変性男子を連想させる残酷な切り捨て方であるが両者の共通点を見て取ることもできる。悪人正機は、浄土真宗の教義であるが、この教義以前の大乗思想は悪人は救われないとの考えがあったことの裏返えしと言えよう。
世尊、長老に告げて曰く、女人に九つの悪法あり。云何が九つと為すや。一に女人は臭穢にして不浄なり。二に女人は悪口す。三に女人は反復なし。四に女人は嫉妬す。五に女人は慳嫉なり。六に女人は多く遊行を喜ぶ。七に女人は瞋恚多し。八に女人は妄語多し。九に女人は言うところ軽挙なり 増一阿含経、第41巻、馬王品
・・・人間をば故意に死と破壊へ導き、自分らの行く手に感づかないように自分を幸福なものと思わせておくためなんだ・・・
話は大審問官から外れるが、村上春樹の1q84で青豆が梅安ばりの針で「リーダー」を殺す直前、「リーダー」が語る次の言葉は善と悪のバランスが重要だと述べる。善と悪のバランスという考え方は極めて危険な側面を持つ。
「この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない」と男は言った。・・・重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。どちらかに傾き過ぎると、現実のモラルを維持することがむずかしくなる。そう、均衡そのものが善なのだ。・・・」 p244 1Q84 第2巻
⑦イワンは善と悪のバランスの中で悪の力で生きていくことを宣言する。
・・・じゃ、粘っこい若葉や、立派な墓や、青空や、愛する女はどうなんです それじゃ兄さんは何をあてに生きてゆくのです・・・と問われてカラマゾフ式の下劣な力(悪魔)で生きていくことを宣言する。善と悪のバランスの重要性を確信するが故に『すべてが許されてる』と述べる。
アリョーシャは立ち上がってそばに近寄ると、無言のまま静かにその唇に接吻した。これは彼の行為と同じであり、善の立場にたつ以上は肯定するわけにはいかないが、否定することもできないという、肯定と否定を超えた回答である。
「法性(ほっしょう)を離れて外に諸法あること無きより、是の故に説く如く 煩悩即ち菩提なり」大乗荘厳経論 随修品で煩悩即菩提とあるのは大乗において悪が肯定されていることと理解した。大審問官の考えと通じる。