まさおレポート

干渉問題とTTC 4040

 

 

ソフトバンクの次期主力商品ADSL12Mbit/sの販売を前にして前途に大きな壁が立ちはだかり、開業以来最大の危機を迎えた。

TTCの決定を根拠として干渉の恐れがあり、差別的に取り扱うとNTTから宣言されたのだ。社の命運がかかっていると孫さんは血相を変えて対応に取り組んだ。

一つは総務省の干渉問題に対応する研究会、もう一つはTTCの決議を問題視する。つまり両面から対抗することになった。

研究会での対応は別の章に譲りここでは孫さんのTTCへの対応を記す。


2002年8月19日 ソフトバンクは顧問弁護士牧野二郎氏の意見などを採用してTTCに動議を提出した。

「中立の学識経験者の会議で干渉問題を議論すべき」とTTCでの決定プロセスを問題視した。

当時TTCの委員会参加企業の全員一致が原則であり、それによりがたい時は主査が決定するという暗黙の了解が伝統的にあった。この案件も全員一致の賛成は当然得られず、会合後のメ-ル回覧で参加メンバ-多数の賛同を得た後でNTTの研究所から出ていたADSL技術標準化会議主査が最終的に主査裁定をした。

だがその暗黙の了解による採決方法が明文化されていなかった。孫さんはのど元に刃を突き付けられるに等しい窮地に立ち、この採決プロセスを衝くことによる打開を期待した。


 

2002年8月29日にTTC会合を開催しTTCでの決定プロセスの行方が落ち着くまでいったんソフトバンクANEX A回線の差別化を取り下げることになる。

2002年9月12日にTTC第94回理事会で会員の70%以上の賛成が得られた場合は、標準案を決定、未満である場合は、標準案に関する討議を継続しなければならないとした。画期的な変更であるが依然として情勢は不穏だ。70%以上の賛成が得られた場合は万事窮すだ。


2002年11月8日 ソフトバンクグル-プその他関係する社74社がTTCに入会した。結果として会員数215社のうちソフトバンクグル-プが35%になる。これで多数決で押し切られることはなくなった。

ブロ-ドバンド推進協議会(略称BBA)の会員企業74社がTTCに加入したことが大きい。


ブロ-ドバンド推進協議会BBAを設立するために孫さんの自宅に招待されたことがある。故笠井さん夫妻と岩谷さん夫妻も呼ばれていた。

驚いたことに奥さんが自らブラインドを開けている。娘さんも加わり楽しい話で盛り上がった。東京吉兆銀座本店からシェフと仲居さん数名が出張って来て料理を出してくれた。

ここでBBA設立の基本構想が固まった。


さてTTC標準は果たして業界メンバーに拘束性をもつのか、総務省は拘束性を持つと回答する。

孫さんも同社の技術スタッフも、TTCは元来任意団体であり、標準そのものに拘束性を持たないと考えていた。

ところが総務省の技術標準の担当である電気通信技術システム課の課長補佐にこの点を質すと、総務省にはTTCの決定を尊重するとした公式文書(広い意味での行政指導文書)が存在するという。

従ってNTT東西がTTC標準を元に契約約款を作成することに何の問題もないという。ソフトバンク側と総務省、NTT東西、他のADSL事業者との間にはこのようにTTCに対する認識に大きな相違があった。(むしろソフトバンク側の認識不足と言うべきかもしれないが)


2002年10月17日 NTT東西は約款改定を実施し、Annex A, Annex Cは第一グル-プとし、ソフトバンク12MのAnnex A.exは未確定ながら経過措置として事業者からの申し出に基づいて内容を検討し、暫定的にグル-プを決めると発表した。

改訂版スペクトル管理基準(TTC JJ-100.01)のドラフト(案)をTTCでの決定プロセスが落ち着くまでいったん取り下げることにした措置に応じた。


2002年12月2日 総務省がADSL事業者・消費者代表を集め公聴会を開催する。 

孫さんはこの場で

「間違った空論で規制されるのは問題。干渉が発生した都度対処すべきだ。TTCのシミュレ-ションは、干渉の多い0.4mmの紙絶縁ケ-ブル(1990年以前の地下ケ-ブル)を想定し現実とかけ離れている」

と、干渉問題の根拠となった理論式の不備を挙げて反論を行った。

一方の小畑氏は

「同じ川から水を飲んで、病気になってから治すのではコストがかかる」

とイメ-ジに訴える方法で反論する。

アッカ側出席者は

「干渉が起きてから干渉源を判別するのは現実的でない。公的機関でスペクトル管理ル-ル決めるべきだ」と小畑氏と同じ主張ながら公的機関での管理を提案している点が異なる。

結果的にこの提案が後の総務省研究会を発足させることになる貴重な提案である。

NTT東西は

「問題回線の切り分けは困難だ」と小畑氏と同一意見を述べる。

日本生活協同組合連合会の出席者は

「利用者が干渉に気付かないと問題が封殺される」

 これも小畑氏の意見に近い。


各社発言内容は

「理論式によって干渉の容疑があるのだから、放置すると社会に迷惑をかける。理論式が妥当かどうかの判断もせずに即拘置して実刑に処せ」

という事になる。

容疑は適正な証拠によってジャッジされなければならないのだがこの段階では各社は理論式に絶対的な自信を見せている。

実はこの理論式が問題を含むことが後の実証実験で示されることになる。


2004年5月14日 TTCのDSL専門委員会は第11回TTCスペクトル管理SWGを開催するが孫正義氏は会議に出席してさかんに発言する。この一連のTTCスペクトル管理SWGは2003年のDSL干渉問題を検討したDSL作業部会の結論を受けたもので、あらたなTTCスペクトル管理標準化第三版を目指してその後かなり頻繁に開催された。この11回会合だけではなく一連のSWGがTTCの事務局が入る浜松町のビルの会議室で長時間にわたって開催された。KDDの技術畑を長く務め、アッカに移ったのち退職、東工大の教授に就任した池田氏がこのSWGの主査として経験を生かし公平感を持って上手に仕切っていた。浜松町のビルのエレベ-タの狭さとロングランの会議が脳裏に蘇る。

孫正義氏の経営スタイルはこの場でも発揮された。実務を検討するこの段階でもまだ陣頭指揮を行い、ほとんどの会議に出席して発言をしていた。ちなみに他社からは当然のことだろうが社長の出席は皆無であった。他社の社員がなにか発言した時に孫正義氏が反論して「訴訟を覚悟して発言してほしい」と発言したことがある。真剣勝負の場であることをわからせるために述べたものだが池田氏にやんわりとたしなめられたこともあった。

この会議では、従来の運営と決定方法(全員一致か多数決か等の)が曖昧であるとの指摘を踏まえて、提案文書の一文一文をプロジェクタに映し出してはその都度、参加メインバ-の訂正を受け、合意をとり第2版をまとめていく非常に根気のいる作業となった。

事業者各社の参加者はNTT東の技術部長を始めとして、内外通信機器メ-カ各社の技術部門担当幹部が出席していたが、ソフトバンクだけは孫社長が自らほとんどの会合に出席して、担当者と突っ込んだ議論をしていた。

「社の命運をかけて議論しているので、いい加減な発言は訴えるから覚悟して発言してくれ」との発言も飛び出した。

 


ADSLは米Bell core社によって開発され、1999年6月にITU-T(国際電気通信連行電気通信標準化部門)で正式な規格G992.1として勧告された。

G992.1は変調方式として「DMT(Discrete MultiTone)」を採用したもので、下り方向は最大約8Mbpsまで可能であり、下り方向周波数帯域として約140kHz~約1104kHzまでを利用している。

上り方向は約30~140kHzを使用する。つまり電話音声で利用されていない帯域を有効利用するものであり、4.3125kHz間隔で並んだ複数の帯域ごとのキャリアを使うDiscrete MultiTone方式だ。

ISDN回線の利用する周波数スペクトラムは国際標準のアネックスAに重なる部分がお互い干渉しビットエラ-が生じ、デ-タ伝送速度に遅延が生じる。

ISDNサービスは先住権を主張して後から開始したADSLサービスに対して縄張りを主張することになる。


1985年10月に社団法人 電信電話技術委員会(TTC; The Telecommunication Technology Committee)が設立された。2002年6月に名称が「社団法人 情報通信技術委員会」に変更しました。」とある。

TTCは1985年以降標準化に大きな働きをしてきたが、それまで電信電話や通信の世界の標準化は独占であるNTTの標準といっても過言ではない。ADSL技術の標準化のように企業間の生死を制するほどの猛烈な利害関係を伴う標準化争いがそれまでには無かった。

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