
誰でも心から願えば涅槃、成仏することができ、極楽、天国にいけますよ、そのお礼に他人にもそのことを教えなさい。
法華経28品で説いているのはそのことだけだと紀野一義氏に教わった。
時間も空間も超えた極めてシンプルな教えであり、誰でも涅槃、成仏できると唯信解するだけで良い。
特定の宗派に属しての難しい修行も勉学も方法論もいらない。キリスト教でも神道でも好みで構わない。一切の差別はない。
そんな馬鹿なことがあってはたまるか、昔からさまざまな人がさまざまな論争を繰り広げ、厳しい修行をしてきたではないか。
それは誰でも涅槃、成仏できますよということを信じられないから行うのであり本来無用のものだ。
そのお礼に他人にもそのことを教えなさい。
成仏の後フォローが実は難しい。他人にこんなことを言って回っていれば馬鹿にされ、相当苦労するだろうとは想像がつく。しかしこれは成仏の後の来世なのだから大いなる苦労もむしろ喜びとしてやってのけるだろう。
ではカルトでも成仏できるのか。カルトは他の宗教を差別するので自ずから法華経の精神に反し対象外となる。キリスト教ではむりだと差別する人、仏教では駄目だ、なになに宗では地獄に堕ちるなどと言う人は対象外だ、そもそも成道できないと氏は言う。