まさおレポート

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携帯参入

2021-10-04 | 通信事業 孫正義

2001年の暮れだったか総務省幹部が日本橋に来社した。FWA直線間無線へ参入のお誘いだった。当時の事業に直接関係がなさそうなのでお引き取り願ったがふと携帯電話事業が頭に浮かび孫さんに参入の意思を尋ねたことがある。

当時はADSL事業に頭がいっぱいでそれどころではないよとの答えを推測したが案に相違して

「そのうちね」

と。

今から考えると既に携帯電話事業が視野に入っていたことが理解できる。


2004年9月総務省の「800MHz帯におけるIMT-2000周波数の割り当て方針案」が公表された。

朝から孫さんのテーブルに数名が呼ばれた。孫さんは血相を変えている。

800MHz帯の再編成が新規参入者を排除したと読める方針案を前にして怒っている。

すぐに総務省に電話して児玉課長に抗議する。

周波数再編成問題の総務省担当部局の課長はまたしても児玉課長であった。ADSL干渉問題でDSL作業部会の事務局を務めて以来の因縁だ。

児玉課長の説明に納得しない孫さんは「オープンな場での決定ではない」と言い放ち電話を切った。

以後、訴訟にまでいたる長い戦いをいどむことになる。


 

孫さんのとった一連の行動を冷静に眺めてみよう。

ソフトバンクが携帯事業と電波行政に不慣れなために進行中のプロセスに気がつかなかった。

そのために周波数計画の変更段階でのパブリックコメント募集の重大性に気づかなかったことが指摘できる。

既に述べたソフトバンクのADSL干渉問題も発端はこのあたりの行政向けアンテナの感度の悪さであり、これは反省すべきではある。

総務省の立場から見てみよう。

この周波数再編方針案に至るまでに総務省は十分な準備をしている。

2003年6月に情報通信審議会は800メガヘルツ帯における移動業務用周波数の有効利用のための技術的条件について電波政策ビジョンの技術的可能性を確認した。

総務省の情報通信審議会は2003年7月に「電波政策ビジョン」で周波数の再編を進めることを提言した。 800メガヘルツ帯は携帯電話等の移動通信業務用に細切れに割り当てており 集約、移行を進め利用効率の向上や国際ロ-ミング、近隣諸国との干渉防止を目指す。さらに2012年以降に実施するTV放送のデジタル化移行で700メガヘルツ帯と対で900メガヘルツ帯を移動業務に新たに使用することが可能となるとしている。

情報通信審議会の答申(電波政策ビジョン)を踏まえ 総務省は電波法九十九条の十一第一項第二号の規定に基づき 周波数割り当て計画の変更等を 2004年7月に電波監理審議会に諮問を行っており 2004年8月から9月パブリックコメント及び関係者からの意見の聴取を経て 2004年9月に答申を得て決定した 。

何故KDDIとドコモに割り当てたかについて総務省竹田電波部長は国会で以下のように説明している。

「現時点での周波数の再編方針案におきましては、現在、800メガヘルツ帯及び900メガヘルツ帯を使用しておりますNTTドコモ及びKDDIの移行先の周波数は、移行元と同じ八百メガヘルツ帯とすることが適当としております。

この再編方針案の作成に当たりましては、NTTドコモ及びKDDIが現に800メガヘルツ帯の周波数の割り当てを受けて無線局を開設し、事業を展開していること、

それから、携帯電話用周波数が逼迫している中で、700メガヘルツ帯及び900メガヘルツ帯において将来新たな携帯電話用周波数を確保するためにも、円滑かつ経済的に周波数の集約、移行を図ることが必要であること、

また、他の周波数帯も含めて周波数全体の効率的利用を図る必要があること、こういったことを踏まえまして、幅広い観点から客観的に検討を行っているものであるというふうに理解しております」

「なお、再編方針案におきましては、NTTドコモ及びKDDIに割り当てられている周波数幅は、現在、合計八十八メガヘルツという幅でございますけれども、新しく案の中ではこれが六十メガヘルツへと縮減されることとされておりまして、両社に対しましては新しい周波数を追加的に割り当てるものではございません」

( 国会会議録 衆院法務委員会 平成16年11月24日)


総務省が進めたプロセスではNTTドコモやKDDIの名前は一切出てこない。暗黙の裡に理解していたと言うべきか。政策決定プロセスに慣れない向きには見逃してしまいそうなステップの踏み方である。

せめて通信事業者に通知して説明会を開くなどの努力をすべきであったのだろうが、こうした努力そのものも総務省の判断に委ねられているのだろう。

だからといって孫さんは事の重大さにかんがみて再編成案を認めるわけにはいかない。 

案とはいえ、携帯事業者にとってもっとも利害のからむ再編成案そのものが審議会でオ-プンに議論されることなく、あるいは事業者の意見を聞く聴聞も開かれずに密室で作成された。

このことに対して、他の重要な制度問題の扱いとの異質性を嗅ぎ取った孫正義氏は急遽、猛烈な反攻にでた。つまり手続きそのものを問題視する作戦にでたのだ。

総務省がパブリックコメントを募集しているとはいえ、この段階での意見で大筋が変わることはない。そのまま実行されることは明らかである。ことは急を要する。

そこで思い切った手を打つことにした。パブリックコメントに対して新聞広告を打つ。

パブリックコメントの締め切りが2004年9月6日で、残すところ三日となった9月3日にメ-ル発出と新聞広告を発表している。

総務省や世間からは朝日新聞や日経新聞などの全国紙広告でそのような抗議行動を行うのはいかがなものか。金にものを言わせて世論を誘導するのかという心情的反感も引き起こした。

孫さんがいかにこの再編成案発表に驚いたか、そして9月3日という日がいかにぎりぎりの段階で彼が再編成案発表に気が付いたかをその日付は示している。

さらにソフトバンクADSLサービス利用者に対してメ-ルで再編成案に対する反対意見を募り、パブリックコメントとして総務省に送りつけるという対抗措置に出ることにした。

結果3万通を超える意見が総務省に寄せられ前代未聞のメ-ルによるパブリックコメントの洪水となった。孫正義の戦術上の重要なキャラの一つがこの行動にも現れている。

ソフトバンクADSLサービス利用者のメールアドレスを使ったことで個人情報保護の観点から行政指導を受けるという事態に陥る。しかし孫さんはへこたれない。


孫さんの鋭い嗅覚は総務省電波部のオープン性の欠如を嗅ぎ付けた。

要は既存の事業者が既得権を持っておりスム-スな移行には最適だと総務省が判断したということを述べている。

「800メガヘルツ帯及び900メガヘルツ帯を使用しておりますNTTドコモ及びKDDIの移行先の周波数は、移行元と同じ八百メガヘルツ帯とすることが適当としております」とこれほどの重要な判断を省として他の事業者に相談せず聴聞会も開かずに決めたと言っている。

竹田電波部長はさらにNTTドコモ及びKDDIは不利益を忍んで再編に協力してくれているのだ、だから2社にのみ再編するのは当然ではないかと言わんばかりに述べている。心情としてはその通りであるがロジカルではない。聴聞会を開く努力をしなくてもよいという理屈にはならない。

総務省の他の部局なら間違いなく聴聞会を開いていただろう。

放送業界を主として主管していた電波部は非常に強い権限を行使してきた。

電気通信分野での競争導入に伴う行政には不慣れな電波部はこうした厳しい批判にさらされてこなかったために陥った独断ではなかろうか。

もちろん、法的手続きにおいて過誤があるわけではないのだが他の総務省部局が電気通信業界に影響のあると思われる案件では聴聞や研究会を開催しているのと比較するとオープン性の欠如と指摘される弱みが垣間見えた。


パブリックコメントの攻勢に次いでオープン性の欠如を論拠に孫さんはこの方針案に訴訟をもって抗議した。

ADSL干渉問題を担当した牧野二郎弁護士を介して2004年10月13日に割り当て実施の差しとめ他を求める行政訴訟を東京地裁に起こした。

このころは日曜日も帝国ホテルの会議室を借り切って孫さんを中心に対策を練った。エレベータで当時の扇千景国土交通大臣と出くわした記憶も鮮やかだ。

この訴訟に関して普段は義理堅い孫さんは義理を欠く行為もあえて行っている。

この訴訟行為は総務省や麻生総務大臣(当時)の反感を買った。

この事件以前にも麻生総務大臣とは光ファイバの参議院付帯決議を衆議院で阻止するための国会議員陳情などで何度か顔を合わせてあるときは理解もされ意気投合もしている。

麻生総務大臣(当時)からすれば「いきなり訴訟とはなんだ」と不快に思ったのではないか。

 自民党の岩屋代議士が孫さんとは高校時代からの友人であることは周知の事実だ。そして岩屋議員は河野派(現麻生派)の議員である。

しかし800MHz周波数再編成問題では平然と総務省を相手に訴訟をした。つまり麻生総務大臣に対する訴訟である。

次の言葉がわたしの耳にリフレインしている。

義理などは夢にも思ふことなかれ。身をしばらるるものなり。竜馬語録

さらに米国からの声も利用した。

国際的な事件を担当して著名な米国弁護士団を呼びよせ、ブロードバンド推進協議会主催の講演会を開催するなど、米国オピニオンを見方にするための行動をすばやく取った。

米国弁護士たちはとりたてて日本の通信事情に詳しいわけではなく、通り一片の意見を述べて行っただけで、効果のほどはわからないというよりも無かったかもしれない。

いずれにしても孫さんの国際標準を重視する行動パターンの一つだとみることができるが、むしろ米国に弱い官僚を意識してのことかもしれない。

孫さんにしかできない、世間を騒がすことを意に介さないなりふり構わぬ戦術だ。しかし訴訟は一転して取り下げた。

2004年12月5日に800MHz帯の無線局免許申請を行った。この申請に不利になることを読んだ孫さんは訴訟を取り下げた。

続く900MHz帯の獲得に不利になると判断したためだ。尚、800MHz帯の無線局免許申請は2005年2月9日に却下されている。

孫さんはまさに「義理などは夢にも思ふことなかれ」の行動をとったことになる。こうした行動の心理は「竜馬が行く」を補助線にしないと見えてこない。


さて孫さんは周波数の獲得行動を通じて周波数獲得の困難さ、獲得した周波数の資産価値を身にしみて知った。これが後のボ-ダホンへの買収意欲を盛り上げた。

いかにボーダフォン買収への道を眺めてみよう。

2002年2月27日ボーダフォンが日本テレコムの株10%をAT&Tから取得すると発表。

既に前年の2000年12月にはボーダフォンがJR東海とJR西日本から株15%を取得済みであり、さらにこの日の取得で積みあがって合計25%となり、JR東日本を抜いて筆頭株主になる。かつての親会社のうちの2社から見放され、外国資本から狙われた日本テレコムはこの年の12月にウィリアム・モロー氏が社長に就任するまであっという間の出来事だった。冷徹な資本の論理である。

5月2日ボーダフォンはさらに日本テレコムの株20%をBTから買い取ることで経営権掌握の意図を正式に発表し、6月1日に買い取り完了し買収後の出資比率は45%に積みあがる。

10月にはボーダフォンがTOBにより、日本テレコム株式の約21.7%を取得、TOB後の出資比率は約66.7%にもなる。12月1日には日本テレコム社長にウィリアム・モロー氏が就任し、日本テレコムは2000年12月に始まる15%の買収からわずか10か月でボーダフォンの手中におさまったことになる。

その後日本テレコムは日本テレコムホールディングスとなり、携帯部門と固定通信部門に解体された後に2003年8月には固定部門はリップルウッドに売却されることになる。

この売却で日本テレコムホールディングスつまりボーダフォンはわずか2年足らずで2613億円の売却益を得る。やがて2004年5月に日本テレコムホールディングス固定部門はソフトバンクに買収されソフトバンクテレコムに3400億円で売却され、携帯事業もソフトバンクに1兆7500億円で買収されソフトバンクモバイルへと繋がっていく。

ボーダフォンは日本テレコム買収により最終的に1兆5千億円程度の売却益を得たことになる。リップルウッドはわずか9か月で800億円の売却益を得る。日本の通信事業関連益が外資に喰われた構図になる。

孫さんはボーダフォン買収を次のように述べる。

「そしてもう1つの大きな勝負が、モバイルインターネットだ、と。そのためにボーダフォン・ジャパンを買収する、と。まあ、身は捨てる覚悟ですけども、でもね、経営者ですから、上場会社の社長ですから、やっぱり一応潰れないような手立てはせにゃいかん、と。

その時は番号ポータビリティが始まる直前でした。草刈場になる!と言われました。ボーダフォン・ジャパンはボコボコにやられる、と。ソフトバンクになってなおさらやられるというふうに皆が言ってました。

その時に4つ改善しなきゃいけないことがある。ボーダフォン・ジャパンは端末がダサい。ネットワークがつながらない。営業が弱い。ブランディングも弱い。そして、コンテンツがない、この4つの問題点がある。

この2兆円の現金による買収というのは、日本の歴史始まって以来、最大の買収ですからね。

全世界で見ても、現金による買収では世界2番目です、人間の歴史で。アメリカで1社だけあった。そのくらい大きな博打だったんですね。皆さんから見れば、Vodafoneジャパンの買収か、と、あんま大したことないと思うかもしれませんが、でも一応、日本の歴史上、最大の買収、最大の大勝負、しかも、ほとんど全部借金でやったわけですから。無茶ですよね。

まあでも、無茶をするのは40代までだと。50代は、ビジネスモデルを完成させる、ということで」

ひやひやものの買収もiPhoneの独占販売契約で乗り切ることになる。

孫さんは

「ソフトバンクだけが日本で持ってるiPhone。このiPhoneのおかげで、ソフトバンクはグッとそこからまたさらに上っていったということであります」

と述べている。


その後の周波数獲得は以下のようになる。わたしにはやや矛盾した行為にみえるが、古来傑出した人間に矛盾はつきものである。

古来、英雄豪傑とは、老獪と純情の使いわけのうまい男をいうのだ。竜馬語録

2011年「LTE」を巡って周波数の争奪戦が繰り広げられた。

900MHz帯は、海外でも携帯電話向けに多用され、プラチナバンドの周波数帯を保有していないソフトバンクが選ばれた。

「数百万のiPhoneユーザーが900MHz帯を使うことで、既存の2.1GHz帯に余裕が生まれる。2.1GHz帯を使う端末のユーザーもつながりやすくなる」と孫さんは述べている。

同じく2012年10月2日にはLTE向けに2.1ギガヘルツ帯、イー・アクセスとの経営統合で1.7GHZも使えるようになり、1.7GHZが世界標準の電波に指定されたことで一層の伸びが約束された。

このころファーウェイを基地局インフラに多用している。これがスプリントの展開に安全保障上の問題で足かせになると誰もが予想できなかった。

資金繰りのメドもないままに周波数を獲得したイー・アクセスの千本氏や時価総額の3倍で周波数ぐるみでイー・アクセスを買った孫さんの行動は経営者としては正しいが、かつてはオークションを唱えていた孫さんの変節として池田信夫氏などから「ビジネスマンとしては妥当な判断だが、それなら正義を振り回すな」と厳しい批判を浴びている。

 

 


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