まさおレポート

ネットアクセス権の主張

 

 

孫さんにも苦い経験がある。2008年の光の道構想の挫折だ。

孫さんは2000年の第151国会 衆議院 憲法調査会で参考人として出席し次のように述べている。

「光ファイバを引くのにおいて、電柱に三十センチずつ間隔をあけて電線を引きなさい、こういうル-ル、これは六十五年ぐらい前に日本国の法律で決めたものがありまして、そのときは光ファイバがなかったんですね。

電線しかなかったから、電線は三十センチ以上間隔をとらないと、三十センチ未満にしますとノイズが起きる、雑音が起きるということで、物理的に三十センチ以上あけなさいというル-ルを六十五年ぐらい前につくっているんですね、日本の法律で。

二千万本の電柱に光ファイバを引くのに、二千万回、NTT並びに電力会社から許認可を得なきゃいけない。競争する相手が、新しい競争相手にそんなに簡単に便利に許認可してくれるものか。当たり前ですね。だから、ぐずぐずして、面倒くさい手続を人間が人間に縛って、一本の電柱から許可をとるためにたしか三枚ずつぐらい写真を撮らなきゃいけないんですね。

ということは、六千万回写真を撮って、しかも、電柱の写真を撮るときに、人間がそこに立って、何かさおのようなものを持って、何メ-トル間隔をあけましたとかいって証拠写真を撮って出さなきゃいけない。こんなナンセンスな話が、この文明国日本でいまだに要求されている。おかしいですね。中略 

さらに、すべての電柱は道路の上に立っているわけですが、これが国道、市道、県道、都道ということで、それぞれの自治団体の長から全部、一本一本の電柱に光ファイバの線を張るごとに、二千万回、道路占用許可という許認可をこれまたとらなきゃいけないんですね。

しかも、許可を届け出る相手がみんな異なっている。二千万回それをやる。もう僕は嘆かわしくて、おかしい。」

第151国会 衆議院 憲法調査会孫参考人意見陳述速記録


孫さんはさらに「ネットアクセス権」を憲法の基本的権利に盛り込むべきだと主張した。2021年現在、国連はヒューマンライツ(人権)として「インターネットへのアクセス」を盛り込もうとしている。実に卓見というべきだろう。

「さらには「例えば情報に関する基本的人権の問題においては、情報に関する基本的人権その一として、ネットのアクセス権、情報アクセス権ですね。

それから、その二として、プライバシ-保護権。

そして、その三として、ネットのセキュリティに関するポイント。

この三つは、特に情報に関する点として憲法に定めるべきであろう。」

と話が憲法改正にまで発展していく。

米国発の「線路敷設権」がフィジカルな側面つまり地下管路の利用権やビル・マンションの引き込み口の利用権を国民の権利として強調するのに比べ、孫さんの「ネット・アクセス権」は教育をネットで受ける権利などを言及する。

米国に比べるとコンテンツ重視の考え方と言えるがいずれにしても両者は根底が国民の権利という点で同根だ。


「M 渋谷区のこのあたりは事前調査が全然進んでいないが」

孫さんが進捗の遅れをプロジェクターの渋谷周辺地図をみながら担当幹部のⅯさんに追及する。

「実はですね、NTT線路情報の提供が不十分で遅いんです。

こちらでルート図を提出するとですね、NTTからこのルートでは光がありませんと返ってくる。では別ルートではどうか提出しても又このルートでは光がありませんと返ってくる。

こんなことを繰り返してさっぱりすすみません」

と担当幹部のⅯさんが答える。

「なんでNTTの光回線のルートがオープンになっていないんだ。それではルートの申し込みができないではないか」と孫さんはいぶかる。

「NTT線路情報システムがあることはあるのですが旧式のため我々のニーズに対応できないのだそうです」とⅯさんはNTTからの回答を伝える。

2002年当時の進捗会議で毎夜繰り返されていたやりとりだ。

このフラストレーションが「光の道構想」へとつながっていく。

2002年3月15日にNTTは電話回線の線路情報の提供を開始するのだがさっぱり使い物ならない。

光ファイバの線路情報つまり、詳細な経路や芯線数、空き回線状況などを調べるデ-タベースシステムがいかなるものかを見学するために都内のNTT局舎に伺ったことがある。

システムを見学させてもらうことになったのだが、これが旧式のコンピュ-タシステム上で動作する。信じられないほど処理スピ-ドが遅い。確かにこれでは調査を依頼しても時間がかかるわけだと妙に納得したことを思い出す。

この旧式のシステムを使って線路情報を有料で各社に提供するサービスを開始した。ソフトバンクはこの当時から光ファイバによるブロ-ドバンドサービスを開始しており、目的の顧客設置場所までNTT光ファイバーが延びているかどうかを調査する必要がある。そのためにこの線路情報サービスを頻繁に利用した。

2002年8月7日の最終答申「IT革命を推進するための電気通信事業における競争政策の在り方について」では線路情報を管理するシステムの開放が提案された。しかし800億円以上の開発費がかかると言われて引き下がっている。

孫さんはこうしたNTTの対応でますますフラストレーションをためていく。


2003年5月22日に青天の霹靂ともいうべき激震がソフトバンクを襲った。

第 156回国会で18年ぶりの大きな改正となる電気通信事業法改正案が可決されることに伴い、いきなり参院附帯決議が可決された。

折から取締役会議の最中、確か午後8時過ぎにそのニュ-スが伝わりわたしは会議に飛び込んで特報を伝えた。

「孫さん大変です。たった今参議院で光ファイバの指定電気設備を再検討する参院附帯決議が可決されました。」とわたしは緊急性を要するとみて取締役会最中に部屋に飛び込み報告する。これはよほどのことだ。

「どういうこと」と孫さんが取締役会最中に飛び込んできた私に叱責もせずに尋ねる。波の経営者ならこの無礼を叱るだろう。このあたりの判断力は凄いなと今でも思う。

「衆院に回った後での附帯決議の結果次第では光ファイバの卸価格が今の認可料金からはずれNTTが自由に料金設定できることになります」

「それは大変だ。1分でこの場の役員に簡潔に説明してくれ。」

わたしは次の説明を当時のソフトバンク役員たちに要点のみ説明した。しかし日ごろからこうした問題意識をもたない役員にどこまでわかってもらえたかどうかは心もとない。


電気通信事業法改正は5点からなる。

①第一種と2種の事業区分廃止

②事業の許可制廃止

③指定電気通信役務を除き料金と契約約款の事前届け出義務の廃止

④NTT東から西への補填の是認

⑤端末の技術基準認定基準の緩和

NTTの光ファイバ役務は③の指定電気通信役務に入るのだが、料金と契約約款の事前届け出義務が廃止されることは免れた。

しかし「光ファイバに関する指定電気通信設備規制の在り方について競争状況の進展を踏まえながら検討を行うこと」と決議されたのだ。今後の進展如何で料金と契約約款の事前届け出義務が廃止される含みをもったことになる。

以上を役員会で説明した。


参院では民主党の内藤議員が当の付帯決議を推進し、自由民主党・保守新党、民主党・新緑風会、公明党、国会改革連絡会(自由党・無所属の会)及び社会民主党・護憲連合の各会派共同提案による附帯決議案を提出とあり、超党派の提出である。

ところが同じ民主党の嶋聡議員(当時)がその行動に反論する意見をインタビュ-に答えて述べているのがネット上に掲載されていた。

内藤議員の付帯決議推進行動は民主党の総意ではなかったということがこれで明らかになった。嶋元衆議院議員は当時の事情を以下のように述べている。

「ちょっと異質に思えたのはNTT労働組合の組織内議員の内藤参議院議員が中立の審判者のように意見をいっていたことだ。

私が議員だったとき、今回と同じ内藤参議院議員があまりにNTTよりの政策を遂行しようとした。総務部会で手続きを踏んでいないと問題になったことがある。そのとき、現国対委員長代理の安住淳議員が「私はNHK出身である。だから、NHKの問題の時は国会では質問にたたないようにしている。そういう節度を持って欲しい」と総務部会で発言された」 (http://blogs.yahoo.co.jp/simasatosijp/716628.htmlより抜粋、引用)

超党派で出された付帯決議案が実は民社党内の正式手続きを踏んでいないことを知ったときは驚いた。あまりにも党としての統一がなされていない。

 

しかしこれが民社党のみならず他の自民党をはじめとした党でも賛同されている点に要注目である。

後述するように議員の間でも付帯決議の効力については統一見解がない。どちらかと言えば気休め程度の提案ととらえられている節もあるが、実際には総務省を動かす根拠ともなりえる。

このように法的根拠があいまいなところが極めて曲者である。気がついたときには既に遅いと言う危険があるのが国会付帯決議なのだ。

嶋議員を孫さんと訪問した。この出来事をきっかけに当時の野党民主党議員とも関係が生じた。さらに与党民主党となったのち、太陽光発電、再生エネルギ-で菅総理と連携をとることとつながっていくが、国会付帯決議がきっかけなのだ。さらに嶋聡議員(当時)のソフトバンク社長室長への就職と結びついていく。しかしその後に来る民主党大勝利の選挙では議員復帰して総務大臣になったかもしれない可能性もつぶれたことになり人生も複雑である。


孫さんが説明のため走り回っても参院付帯決議に対する総務省や政治家の反応は鈍かった。

付帯決議などそんなに効力はないのだから、大げさに騒ぎすぎとの意見も多くの議員から頂いた。

総務省を訪問して当時の鈴木電気通信事業部長に訴えても「付帯決議程度では指定電気設備から外すような結論は出しませんよ」と自信満々の回答であった。

片山虎之助総務大臣を始め、各関係議員や総務省幹部に孫さんが話をしても

「付帯決議なんて特に効力はありませんよ。気にすることはありません」

といった反応が大方であった。KDDIも五十嵐副会長に総務省ロビ-でたまたま会い話したがさほど問題視していなかった。孫さん以外の関係者のリスク感度が低いのか、こちらが騒ぎすぎなのか。

一般的には衆議院で付帯決議され、それが参議院でも決議されるというのが筋であるにもかかわらず参議院で先議されるのもなにやら異例で策略的である。


光ファイバ設備を指定電気通信設備から外そうとする外堀作戦としての意図を感じてもおかしくない。NTT光ファイバを指定電気通信設備から外されるとブロ-ドバンド推進戦略上極めて大きなダメ-ジを受ける、つまり卸料金がNTTによって禁止料金的に設定可能になるのだ。

「水際で抵抗する」孫さんはそう判断を下し、衆議院でも同じ付帯決議が動議され決議されることを回避するために走り出した。

この種の対応はタイミングが特に重要だ。間があけば「なにをいまさら」との感が付きまとい、訴えの効果はある種の関数のように激減する。

「附帯決議とは、法律のような拘束力はありませんが、国会の議事録に残る決議として、法文に準ずる効力を持ちます。」(堂本暁子の永田町レポ-ト19990813)

「山岸君が私のところに電話してきて、修正のポイントを伝えてきました。…参議院段階で、一部修正して付帯決議で妥協し、山岸君の顔を立てました。それで、山岸君も賛成に回ってくれたのです。」「自省録 中曽根元首相」

電電三法の成立を巡って山岸委員長に顔をたてた実例が語られている。付帯決議にそれなりに効力のあることが推し量れる。 

参院付帯決議後の孫さんの陳情行脚は猛烈を極める。孫さんの危機感受能力から危険な芽は摘んでおきたい気持ちと、この際これをきっかけに積年の光ファイバの問題点を議員にアピ-ルしたいとの考えも合わさり、多数の企業を束ねるオ-ナ-社長としては考えられないほどの時間とエネルギ-をこの問題に割いた。

情報通信に関心の深い議員に対して党派を問わず、ほぼすべて網羅といっていいくらいに漏れなく光ファイバの指定設備の必要性について説明するために議員会館を時間刻みでかけ回った。

NTT光ファイバのシェアの現状(当時)と、新規参入者が光ファイバを敷設したくても実際には手続き面の困難さで挫折するという事実の2点を強調して説明して回った。


麻生太郎氏を自民党本部幹事長室に訪れた。その場で麻生(当時)幹事長は秘書に命じて総務省の有富氏に電話をつながせ、なにやら質問を投げかけていた。ついで片山虎之助総務大臣を大臣室に訪れた。他に細田、鴻池、遠藤、八代、岩屋、平井の各議員などに事情説明をして回った。

民主党では嶋、玄葉、安住議員などに同様の説明をして回った。公明党には山口現委員長、松あきら議員など複数の議員に国会内公明党控え室で朝から同様の説明をした。

おかげでそれまで縁の無かった議員会館で、説明の終盤には各議員の部屋番号まで記憶するほどになっていた。議員会館のエレベ-タは、議員専用と一般用が有ることを知ったのもその頃のことだった。

その効果であろうか、衆議院では付帯決議の提案は無かった。その報告を孫さんにすると会議中だったが握手とハグが返ってきた。こういうときの孫さんは子供のように正直に感情を表す。よほど嬉しかったのだ。

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