まさおレポート

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さらば 猫のミルバ

2007-10-30 | 心の旅路・my life・詫間回想

ものごころがついてから犬や猫、ニワトリやりす・ウサギなどを飼ってきた。内訳は犬が三匹、猫は二匹、にわとりはめんどりと卵からかえったひよこ数匹、リスは一匹、ウサギは二把となる。この動物たちのなかで格段に印象深いのが猫のミルバだ。

27年前に千葉の稲毛に住んでいたことがある。稲毛から自転車で10分程度かかったから稲毛駅からかなり離れた場所だ。緑色に焼き締められた鈍く輝くタイルを張ったマンションに賃貸で住んでいた。そのマンションの正面前はちょっとした丘の林になっていた。

亡くなった前妻が7月のある日何かの用事で表に出たところ、登校途中の子供たちが生まれたばかりの子猫にまといつかれて騒いでいた。子供たちが去った後に不憫に思った彼女が近づくと子猫は足の甲の上に乗って寝てしまった。このまま捨て置くわけにもいかずエプロンに入れて部屋に帰ってきた。

私の前に来ていきなり驚かすようにエプロンを広げるとまだら上の白茶けた埃だらけの子猫が眠りこけている。こんな模様と色の猫は見たことがない。しかしろくに食べていないようでやせていて骨と皮に頭がついているだけに見える。彼女はミルクでもやったらまた表の林に戻してやるのだという。かつて生まれたてのウサギを湯たんぽで育てるのに成功した経験からこの手の幼い動物の飼育に関しては彼女から妙な信頼がある。早速生暖かくした牛乳に生卵の黄身を混ぜてパンに浸して食べさせた。

子猫はおなかが大きくなると再び眠り始めた。そういえば昨夜遅くイタリアの歌手ミルバのコンサートからかえった晩に子猫の鳴き声が聞こえていた。あれからなにも食べていないらしい。しかも親猫がいないので一晩中うろうろして疲れ果てていると見える。なにか食べさせなかったら数時間の命であったかもしれない。ハンティング帽の中に入れてやり、手を当ててやると暖かいのかそのまま一時間ほど寝た。

さてこの子猫をどうするか。彼女は「こんな変な色の猫を飼うのは嫌だ。飼うならもっと可愛いのが良い」と言う。私もそのつもりだ。そのうちに子猫が目を覚ました。自分の尻尾を追いかけてくるくる回って遊びだしたので元気が出たようだと判断し、とにかく洗ってやることにした。ちょっと毛をかき分けて見ただけでも蚤がものすごい量だ。毛を通して蚤の動き回るのが見えるくらいだから相当なものだ。

キッチンで湯を出してとにかく洗ってやった。すると驚くべきことにこの灰色の子猫は黒猫であった事が判明した。黒地に足が白いソックスをはいていておなかも輝くような見事な真白だ。おかしな色と模様は汚れのためだったのだ。すぐにでも表の林に返してやるつもりであったが一晩だけ家においてやることにした。

そのうちに娘が高校から帰ってきた。娘も子猫と遊んでいるうちにその魅力にノックアウトされ絶対に飼うと言い出した。すでに一家は1時間足らずでこの100グラムくらいしかない生後一か月くらいの子猫の魅力に取りつかれてしまっていた。おそるべき魅力だ。

渋谷のオーチャードホールでミルバのコンサートを観て帰宅したときに子猫の鳴き声が聞こえ翌日に再び出会ったのでミルバと命名した。コンサートの日の歌手ミルバは黒いドレスの舞台衣装で歌っていたのでちょうど子猫の黒い毛皮の連想もあった。

一夜明けて以来猫のミルバ(以下ミルバ)はすっかり我が家になじんでしまった。骨と皮であったのが徐々に肉もつきはじめた。何回も洗い、のみとり首輪をつけた結果あれほどひどかった蚤も皆無になった。秋も深まるころには布団の中で寝るようになった。その頃私は順天堂病院に鼓膜再生手術を受けて一か月ほど入院したが退院後に会ったミルバは見違えるように肉付きが良くなっていた。

ある日のこと、ミルバに首輪をつけて近所に散歩に出かけた。マンションの前の林は丘になっている。その丘の上に散歩に行ったとき一匹の柴犬が近づいてきた。するとミルバのそれまでの幼い態度が一変した。それまでの子猫らしいしぐさからは想像のつかない猫特有の威嚇の声を発した。毛を逆立ててからだ全体から闘争本能が噴き出している。何気なく近づいてきた柴犬もそのすごい迫力に圧倒されてどこかに行ってしまった。私も今まで腕の中でごろごろと甘えていた子猫のあまりの変わりようと迫力に感心しそして心を打たれた。ミルバは200グラムくらいでそれが10キロほどの犬を圧倒するばかりの迫力で追い払った。ミルバではないなにか別の生き物を見る思いがした。

家の中で飼っていたので運動不足にならないようにゴムボール遊びを毎日日課にしていた。ゴルフボールくらいのゴムボールを廊下の端から投げてやると飽きずに何回も追いかけまわして遊んだ。何回かやると疲れて横たわる。遊びの終了のサインだ。ゴムボールの次は新聞紙を丸めて投げてやると動きが面白いのと紙のかさかさ音がたまらないらしい。又ひとしきり動き回る。健康に育っていると見えた。

そのうちに獣医に連れて行って健診を受けたところ猫エイズ(猫免疫不全ウイルス感染症) に感染していることがわかりショックを受けた。人には感染しないが猫自体は発病すると助からないといい、一般的には2,3年位の命だと宣告されたので心配したが、見かけは元気そうだ。そういえばミルバの母猫も発症して捨てられたのかもしれない。

ミルバは母猫に去られてないていたところを拾われたがその母猫が再びマンションの周りに戻ってきていた。この母猫はゴージャスな猫で首の回りがライオンのたてがみのように長く尻尾も長毛で膨らんでいる。行きつけの獣医のところにある猫辞典で一番近い種類を探すとノルウェジアン・フォレストキャットに似ている。この豪華な毛並みの猫が何かの事情で飼い主に捨てられて子を生み唯一生き残ったのがミルバだ。ちなみにミルバは雑種であり毛並みの柔らかさと腹毛の輝くような白さが特徴だが普通のどこにでもいる容姿だ。

その母猫はいつもマンションの前の植込みの陰に隠れて休憩していたが、日増しに漆黒の豪華な毛並みが白く変色していった、猫も病で白髪になることを初めて知ったのだ。片目も失明している。しかし野良猫にしては立ち居振る舞いがおっとりしている。この母猫も猫エイズを発症していてミルバは胎内感染していたと推測した。

この母猫を見るたびに劇団四季の「キャッツ」の落ちぶれて街頭に立つ毛並の立派な猫を思い出していた。そのうちにこの母猫は厳冬を迎える頃マンションの植え込みから姿を消した。ときおりこの母猫の気持ちに人間の思い込みをいれて考えることがある。ある期間この母猫はミルバを捨ててどこかへ姿を消した。そして無事に人間に拾われたころ再び姿を現した。なにやら母猫の直観的な戦略が働いてはいないかと思うのだが。つまり母猫がずっと付いているとミルバに人間に拾われるチャンスはない。母猫が去って子猫が腹をすかして林から道路に出て泣き叫ぶ。となると人間に拾われるチャンスが巡ってくる。それを遠目にみて安心した母猫は再び帰ってくるという筋だが果たしてあっているだろうか。

1992年に千葉県の稲毛から町田市玉川学園に引っ越しをすることになった。移動用の籠に入れて列車に初めて乗せると最初は神妙におとなしくしていたがそのうちにミャーミャーと鳴きだし玉川学園の駅に着くまでまで鳴き続けていた。引っ越し先は庭があり周りも他家の広々とした庭に囲まれており猫にとってはいこごちのよいところだった。

そのうち庭周辺を散歩するようになり雀やもぐらを獲るようになった。猫の例にもれず獲物を自慢そうに見せにくるので後始末に苦労することになる。隣の庭の池に集まってくる小鳥を待ち伏せしては、小鳥を楽しみにしている隣の老姉妹に叱られている。そうした小さな事件を起こしながらも瞬く間に外の世界に慣れていった。それまで一度も外に出たことがないのでうまく外の世界になじむかと心配したが杞憂に終わったようだ。

感染症キャリアにも関わらず健康に成長している。そのうちに発情期を迎えたので近所の獣医で去勢手術をしてもらった。手術前は外に出さないでいると本当にうるさく悩まされた。

ある日のこと、庭のさるすべりの木に登り、かなり高いところまで登ってしまい降りられなくなったことがある。家人が梯子を調達してきて木に登り助けたとのことだが、猫のことよりも人間が落ちたらどうするのだと話を聞いて本当に驚いた。

そのうちに現在のマンションに移り住んだ。同じく玉川学園だが線路をはさんで反対側になり専用庭が付いている。庭の前方は広大な大学敷地の林へと続いており猫の環境としてはこれまた申し分がない。しかし庭から出ていくとまずいので庭の周辺にはネットをはったり詰め物をしたりして出られないようにするのに大変苦労した。それでも隙をついて出ていくのでとうとう長いリードのついた首輪をつけて庭に放して置くことにした。それにも関わらず週に一回はその首輪をうまく外して脱出し、ご近所の散歩を楽しんでいたようだ。

会社から帰宅するとまっ先に玄関まで迎えに出てくる。その足音が居間から玄関までトントントントンと聞こえてくるのがお決まりで今でも何かの拍子に玄関でその音が聞こえる気がするときがある。

寒い日は押入れの布団の間に挟まって寝るのが気に入っている。この中に手を突っ込むと暖かい毛並みが触れてすぐにゴロゴロの感触が手に伝わってくる。ひとしきりなでてやるとこちらの気分まで良くなってくるからこの癒やし力はすごい。

たまに家の中にいるのは確かだがどこに寝ているのかわからないことがある。探し出すためにはミルバにだけ通用する秘密の術がある。海苔が大好物なので海苔の包装紙のパリパリという音に反応して飛んでくる。これをやると必ず100%飛んでくるので探し出すのに造作はなかった。

ミルバの好物はマグロの切り落としと鰺のたたきだがあまりやりすぎると腎臓によくないと獣医から聞かされている。そのため、人間の食べる一切れ分が一日のお楽しみとなる。スーパーでパックを買うと冷凍しておき一週間で食べきる。主食はキャッツフードだがあまり熱心には食べない。風味づけに鰹節の粉を振りかけてやると食べるがそう喜んでという風ではない。しかし何回にも分けていつの間にかなくなっている。ミルバは小食であった。

猫にとっては最適の環境に越してきたが厄介な問題が起きた。マンションのペット規制が管理組合の議事に上がったのだ。もともとマンションを購入する際に販売会社からペットについて問題がない旨の確認をしていたのだが詰めが甘かったようだ。管理組合の規則が優先するという。しかしすでに飼っている他の住人もいたので一代限り飼うことが許可された。この時にマンションとはなんと窮屈なものかと思い知らされた。

ミルバはこのマンションで6年ほど病気もせず平和に暮らした。一度皮膚病になりかきむしるため毛が抜けてしまう事があったが概ね元気で家族の心の平安に貢献した。なにかいやなことがあってもミルバの毛並みを撫ぜてやり、ごろごろ音を聞くとこちらまで気持がよくなってくる。私は食後のデザートと称して晩飯の後はいつもひとしきり撫ぜてやるのが習慣となっていた。食後のリラックスにはこの柔らかい毛並がうってつけの感触なのだ。

家人が調子がわるく寝込んでいると必ずミルバも布団にもぐりこみ一緒になって寝ていた。猫はもともと寝るのが大好きな動物だがそういうときにはことさら一緒に寝ている時が多かった。家人の心は大変慰められたに違いないし本人もたびたびそう言っていた。

猫のごろごろ音について面白い話を読んだことがある。ライオンや虎・豹などの猛獣が相手の喉笛にかみついてポイントの急所を鋭い牙で一瞬で刺してしとめる。そのポイントの精度と強度は驚くべき正確さだという。そしてその際もゴロゴロ音を発するらしい。このゴロゴロ音は草食獣に対して催眠効果をもっておりリラックス効果をもたらすという。相手を効率よく倒すために発達した能力と言ってしまえばそれまでだが、その能力が倒される相手の恐怖心を極力小さくすることに一役買っている。自然界の絶妙のバランスを感じる。

ミルバの嫌いなことは入浴だ。ひと月か二月に一回風呂場に連れて行き洗う。そのつもりで抱きかかえると気配を察して腕から逃げようとする。なんとか抑えつけてバケツに入れて洗い出すと観念しておとなしくなるが、すきあらば逃げ出そうとの様子だ。洗い終わるとタオルで拭きそのあとドライヤーで乾かすことになる。これがまた一大事だ。入浴そのものよりもドライヤーが嫌いでその連想から風呂が嫌いになっているのかとも思う。二人がかりでなんとか乾けば良いのだが、たいていは中途半端なままで逃げ出されることになる。性格の優しい猫だがドライヤーの時だけは一度毛を逆立ててフーと威嚇された事がある。

ミルバは感染症にかかっており、長く生きても数年と書かれていたりして覚悟はある程度していたのだが予想外に長く生きた。13歳になったときにミルバを最もかわいがっていた前妻が2003年9月20日に亡くなった。その後2か月ほどしてミルバも後を追うようにして死んだ。

その年の11月のある日に会社から帰るとミルバはなぜか棚の上でじっとしていた。11月になりかなり冷え込む日も多くなってきており、いつもなら布団の上にいるはずなのだがなぜか冷えた棚の上にいる。おかしいなとは思ったが無理に布団に入れてもすぐにその場所に行くのでほおっておいた。

考えてみるといつもは布団の上にしか寝ないのが棚の上にいるのがそもそもおかしいと気がついた。冷えは体の免疫力を弱める。そのうちに食欲がなくなり何も食べなくなった。獣医に連れて行くと皮下に点滴を売ってくれる。しかし足腰も弱ってきて歩くのもおぼつかなくひょろひょろしている。何も食べないのでは早晩助からない。強制給餌しか選択肢はないという。スポイトで無理やり押し込むように入れるとじっとしておりこちらの目を見ている。吐かないので少しは期待をもった。しかし相変わらずトイレにさえ行くのがやっとだ。

ミルバに湯たんぽをしいて会社に出かけた。明日からはスイスのジュネーブとチュニジアへ出張にいかねばならない。どうすればよいか心配しながら家に着いた。押入れの中に湯たんぽを敷いた寝床を作ってあるので覗くとミルバと目があった。しかしなにか変だ。ニャーともいわないでじっとしている。よくみると身動きしていない。やはり死んでいた。触ると既に固くなっていた。

後で考えてみると運命的にこの猫に出会った事がわかる。捨てられた豪華な母猫の何匹かの同胞の子の唯一の生き残りで後数時間で会うのが遅れていたら恐らく助かっていない。
最初は飼うつもりもなかったが不思議な魅力で家族が虜になった。感染症で2,3年といわれていたのが13年もの長きにわたって生き、その間家族の心を和ませ続けた。最も可愛がってくれた人が亡くなると自らも潔くさっさとおさらばする。猫ながら縁の深さをしみじみと思う。





2 コメント

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Unknown (masao)
2007-11-01 22:13:07
サンちゃん 季節柄ミルバとの思い出を書いておこうと思い立ち記してみました。後生が安らかであるように供養のつもりでも書いてみました。

もともと犬派だったのですが、結局のところ犬も猫もそれぞれの良さで惹きつけますね。ブログをみるとビーン君という良き友人をお持ちで良かったなといつも感じさせられます。

茶々君は茶々さまがいらっしゃるのできっと頑張りますよ。
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Unknown (サン)
2007-11-01 21:48:47
ミルバちゃんの話を拝読しました。
心がじーんとしてきました。
私の友人の拾ってきた猫の一匹も猫エイズにかかっていますが、友人一家も他の3匹の猫達も暖かく家族として過ごしています。ミルバちゃんのように幸せに長生きしてくれるといいなと思います。
今、茶々君も頑張っています。
家のビーンも犬ですが一緒に寝てくれて一緒に過ごしてくれていつも暖かな気持ちを分けてくれています。
今はmasaoさんはお孫さんとお子さんと幸せがたくさん♪に囲まれていますが、人間だけでなく、猫も犬も周りにたくさんの力をくれますね♪
これからもmasaoさんご自身もお体大事になさってくださいね♪(*^_^*)
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