勤め人の頃毎朝会社で抹茶を飲んでいた。会社に茶筅も時間もあるわけがないから小さめのミネラルウォータを販売機で買いそれに抹茶スプーン1杯を入れる。蓋を絞めてカクテルのようにシェイクするのだ。ボトルの中は泡立ちきれいな抹茶色になる。それを飲んで仕事に取り掛かるのが習慣になっていた。これはかなり上等の抹茶を使っていたが美味いというほどではない。しかし頭がすっきりして気持ちが良くなってくる。軽い多幸感を味 . . . 本文を読む
町田市立博物館でインドネシア更紗展を開催している。バリでなじんだバティックが懐かしくて行くことにした。博物館は足の便の悪い所にありバスで15分程度、さらに坂道を10分ほど登った所にあった。展示の品はさすがインドネシア政府の協賛で本物を集めただけあって素晴らしい。いままでバリで主としてお土産用に作られたバティックを見慣れてきたせいもあり本物の重厚さに圧倒される思いだ。生地が厚くしっかり織られ染め色も . . . 本文を読む
美味しんぼ70巻の第一話「ごほうびの香り」は山岡の奥さん栗田がつわりになりウサギ汁で蘇るというお話だ。彼女は山岡の父海原雄山の個展を手伝うことになるが当日過労で倒れる。
身重の息子嫁を案じた雄山がうさぎ汁をつくり、そのみそ味の香りの素晴らしさで回復するというお話だ。このうさぎを食用にするという習慣があまりない日本でうさぎ汁を出してくるあたりが美味しんぼの面白さだ。
うさぎはヨーロッパではポピュ . . . 本文を読む
以前は130台であった血圧が最近は140台になっている。同時に体重が69kgと過去最高になった。自覚症状はないがこれは拙いのではないか。ちょっぴり気になり調べてみると40代以上の高血圧はほぼ半数だ。これって基準がおかしくないか。40代以上の半数が病気ということになる。それはあまりにもおかしい。まるで医療費をキープするために基準を変えているようだ。以前は160以上が高血圧症といわれていたが近年WHO . . . 本文を読む
かつて箱根のとある名旅館に宿泊したときにスリッパでがっかりした記憶がある。そこは皇太子もかつてきたことがあるという由緒あるところで料金もそれなりに高い。しかし玄関にはビニールのスリッパがごく当然のように並べられておりそれをはいて部屋まで案内される。靴下をはいているときはまだ我慢が出来る。しかし温泉大浴場にいくと一段高くなった板の間の前には多くのスリッパが並んでいる。はしの方によけておいても湯からで . . . 本文を読む
松山を訪れたことに刺激され20代に読んだ司馬遼太郎の「坂の上の雲」を再読しており一巻目を読み終わった。「坂の上の雲」という題のつけ方についてかねてから気に入っている。眼前に土埃のする坂とその向こうの青空に白雲がぽっかりと浮かんでいる夏の光景が浮かぶ。坂の上にはなにがあるかは下からはみえない。雲の下には未知の新世界が待っているように見える。見えるというより無邪気に信じている。明治の初期に抱いた日本人 . . . 本文を読む
2週間ぶりに我が家にかえってみると酔芙蓉が著しく伸びている。しかしまだ花は咲いていない。蕾が膨れ上がっているのでまもなく開花だろう。広島ではすでに咲いていたのでやはり東京の方が少し遅れることがわかった。カポックは酔芙蓉の葉の陰で強い日差しを遮られたのが良かったのか元気だ。一方の棕櫚竹は日陰を作ってやらなかったせいか葉が枯れて散々な状態だ。水をたっぷりやったが後の祭りかもしれない。なんとか元気になっ . . . 本文を読む
大崎上島の木の江はのどかな島で道路を走っても行きかう車が殆ど無い。以前は木造船などでそれなりににぎやかで遊郭もあったそうだが今はその面影もない。道路沿いに皇室の行幸碑がたち、甲の字も見えた。やはりこの地はもともと甲(きのえ)と書きその後木の江となったのだろうか。もとの甲のほうが歴史を感じさせるのだがこの種の当て字に変わった地名が多い。清風館は大きな国民宿舎風の温泉旅館でここには海を望んだ塩の露天風 . . . 本文を読む
広島県安芸津から大崎上島に向かうフェリーはことのほか快適だった。海面は穏やかの極みで波らしい波が無い。良く見ると縮緬状の縞模様がコバルトブルーの海面を覆っている。地図上でこの瀬戸内の多島海を眺めると実に多くの島で囲まれた内海を形づくっておりその中をフェリーが渡っていく。これでは大波の立ちようが無いのだろう。これほどの静かな海は世界でもそう多くないのではないか。湖のようだといいたいが琵琶湖などはもっ . . . 本文を読む
呉からフェリーに乗り松山に乗せていただいた。行きは2時間程度だが帰りはフェリーのチケットがとれずしまなみハイウェイ経由での5時間の長時間ドライブとなった。朝9時半に出発して呉到着は11時30分の日帰りだが盛りだくさんの一日となった。呉からのフェリーは波静かな瀬戸内海をのどかに走る。ときおり巡洋艦らしき船影や鯛釣り舟の集団が見える。力強く立ち上る白雲と静かな海を飽きずに眺めていると誠に気持ちの良い気 . . . 本文を読む
このところ何故か数学に関係する読書が多い。数学者藤原正彦のエッセイとかフェルマーの定理が証明されるまでの話など。そして今は小川洋子の「博士の愛した数式」を昼寝の前に横になって読み進めている。 母子家庭の親子に対して記憶障害の数学者が数学を優しく教える。そのなかでゼロの偉大さを説明するくだりがある。ゼロはもともと人々の知識としてあったのではなく実に偉大な発見だと説明する。 ゼロが無ければマイナス . . . 本文を読む
呉の町から灰ヶ峰に登った。頂上から町並みを望むと呉の歴史が見えてくる気がする。三方を山に囲まれた瀬戸内の入り江と潟に目をつけ明治の中期に日本最大の軍港にしようとした気持ちが理解できる。航空機の発達前には格好の守備地となる地形をしている。 夕闇に浮かび上がる島々はモノトーンで当時と変わらぬ姿を見せてくれる。そのうち日が沈みだし雲の間に隠れるわずかの間黄金と朱を混ぜた色に染まる。豪華な色彩の饗宴を十分 . . . 本文を読む
モロッコでのアルガンオイル生産地の記憶をよみがえらせた。ウルルン滞在記の放映が今夜行なわれた。相田翔子がビジターでティウトの村を訪れそこでアルガンオイルの生産に従事する婦人と交わるという筋立てだ。この村は去年の5月に訪れたことがある。周りのアルガンの木には黄色い実がたわわに実り収穫された実から堅い種を取り出しさらにその中から胚を石で和って取り出す。胚は梅干の種の中の仁によく似たものだ。これを焙煎し . . . 本文を読む
古代日本の神話に深くかかわっている鉄の製造はどのように行われたのか。ぼんやりとは想像できてもはっきりとは理解していない。その製造の秘密を和鋼博物館で目の当たりに見ることができた。館は米子から車で1時間ほどのところにある。砂鉄からケラと呼ばれる鉄の塊を得るためには膨大な量の木材が必要だ。そのため鉄製造に携わる人々は次々と新しい森を求めて移動する。広さは畳一畳分で厚みは同じく畳5枚重ねたほどの鉄の塊= . . . 本文を読む
山陰の米子で足立美術館を訪れた。そして再び平山郁夫の作品に出会った。この「祇園精舎」だ。釈迦の説法も実際はこんなところでこんな人々に行われたわけではないだろうが精神の世界を通して見るとこのとおりなのだろうと思わせるものがこの絵にはある。こんな清浄で美しい森は現実にはないだろうし説法を聞く人々もこんなに完成された佇まいではなかったであろうと思う。虚の世界を現実にあるかのごとく見せる。これこそ絵の力だ . . . 本文を読む