無限大の夢追いかけて

日々、頭に浮かんだことを書き残そうと思います。

試合を楽しむ

2006-08-31 23:37:40 | サッカー
先週の日曜日の試合。
5年生22名で参加した。

先日、ある方から、
「みんな、本当に楽しそうに試合をしてましたね。」と、言ってもらった。
その言葉が、単純にうれしかった。

ある意味、「すごくいいチームですね。」とか
     「強いですね。」という言葉よりもうれしかった。

このメンバーは、
 みんなで、だきあったり、
 みんなで、パフォーマンスをしたり、
 そんな派手な喜び方は少ない。
 それでも、なぜか、「楽しんでいる」ということが伝わってくる。

僕自身、ベンチから子ども達を観ながらそんなことを感じていた。
そして、僕自身も、一緒に試合を楽しんでいた。

 3試合半(4試合目は雨で中断)試合をした。
 僕が観ていて感じたのは、途中出場の子も含めて、
 22名全員が、本当に試合を楽しんでいたように感じた。

 もちろん、
 勝っていたこと。得点を重ねたこと。
 そのことが、子ども達に好影響を与えたことはいうまでもない。


とにかく、
 試合に勝てばうれしいし、楽しい。
 得点をとれたらうれしいし、楽しい。
 良いプレーができたらうれしいし、楽しい。
 ほめられたらうれしいし、楽しい。
 単純にあたりまえのことだけど・・・



やっぱり、サッカーを楽しんでほしい。

 そのために、僕はサッカーを教えます。

夏休み終了

2006-08-30 23:42:08 | 何となく
僕の夏休みが終った。

結局、ぼぉ~っとしたのは、1日目だけ。

2日目と3日目は、
庭のガーデニング(草抜きともいう。)や『あっし~』で、
昼寝もできず、バタバタだった。

これも仕方ないかな。と思うが・・・
ちょっと、残念な夏休みだった。


まぁ 土日まで、あと2日、がんばろう。と思う。


次の大型連休は、年末かな?

休養

2006-08-28 21:48:38 | ペット
今日は、休養してました。
仕事も、サッカーもなく、ただぼぉ~っとしてました。

 結局、
 
   少しだけ庭の掃除をしただけで、

   あとは、ルーニーと遊んだり、

   おおくわがたにえさをあげたり、

   ネットサーフィンしたり、

   昼寝したり、

   テレビみたり、

        楽しい1日でした。(^-^)ニコ

休日、そして夏休み

2006-08-28 09:53:55 | 何となく
夏休み、最後の休日。。。

土曜日・・・
 午前 練習 Kコーチも来てくれて充実した練習ができた。
 午後 友人家族が 遊びに来る。
    オオクワガタをあげた。

日曜日・・・
 午前 良い天気の中、5年生の大会。
 午後 大雨、雷雨で、大会中断。

そして、今日から3日間、僕の夏休み。
 朝、早く、母親と息子の大きな声の会話?で目がさめた。
 結局8時半起床・・・もっと寝ていたかったが・・・
 そして、今、またまた、僕とルーニー。
 早朝から、ルーニーの爪を切って、
 しっぽの毛も切った。

 さて、
  朝ごはん、食べるのもめんどうだけど・・・

 そんなボチボチした夏休みが今、すごくうれしいです。 
  
 
      

カット

2006-08-27 00:40:34 | ペット
ルーニーのカットしました。

ルーニーは、くせ毛だから、カット難しいです。
直毛なら、バリカンで同じ長さにカットするのは簡単だけど、
クルクルのくせ毛だから、時間かかります。

今回は、まだまだ暑いので、短めにカットしてみました。

カット前と、カット後・・・
 カットした自分が笑うほど、
 違う感じになりました。

間違いなく、同じ犬ですよ。(〃^×^)★あははははっ

思い出

2006-08-24 00:16:58 | サッカー
神鍋高原(但馬ドーム)での大会への参加は、
僕自身5回目でした。

何となく、昔の写真見てました。

最初の2年は、春に開催されていたんだ。とか・・・

最初は、息子と一緒だったんだ。とか・・・

この年は、・・・とか

・・・

いろんなこと思い出してました。

最近の子ども達Ⅱ

2006-08-22 22:48:57 | サッカー
この合宿、少年サッカーの締めくくりともいえる
6年生のこの時期、
今年の合宿も、昨年同様、
サッカー面と生活面の両面で、子ども達の自主性を
特に、意識して指導しました。

 「自分で考える」「自分で判断する」
 「自分達で考える」「自分達で判断する」

 そんなことを意識して、子ども達と接していましたが、


気になったのが、コミュニケーションのとり方。

 サッカーの試合中、
 励ます。指示する。時には怒る。
 プレー直後に話す。・・
 そんなコミュニケーション。
 これまでも、課題にして、指導してきました。

 そして、今回の合宿での集団生活の中、
 注意すべき時に、注意できない。
 アドバイスすべきときに、アドバイスできない。
 心の中では、気付いていても、
 相手に上手く伝えられない。伝えようとしない。
 そんなことが多かったです。
 
 自分の意見を伝える。
 相手の意見を聞く。
 そんなコミュニケーションのとり方が下手な子が増えてます。
 
 伝えるための『声』『会話』『言葉』、大切だと思ってます。

最近の子ども達Ⅰ

2006-08-20 23:45:06 | サッカー
今日まで3日間、兵庫県神鍋高原に子ども達と合宿に行ってました。
指導者を始めて13年目、この合宿も5回目。

年々、食事、睡眠についての、指導が必要な子が増えてきています。

 ○ 夜、遅くまで眠れない。
 ○ 朝ごはんが 食べれない。
 ○ 好きなものは、多く食べるけど、通常の食事の量が少ない。

 それが、極端な子どもは、やはり、体力がなく動きが鈍い。
 逆に、食事、睡眠が理想的な子は、体力もあり動きも良い。

 そんなところが、顕著に現れるため、
 子ども達に指導しました。

指導するといっても、
3日間で、修正できるわけもなく、
今後の生活で、少しずつでも、直していくように指導しました。

合宿に参加した子ども達は、
中学に入っても、全員がサッカーをしたい。と言ってました。
仮に、サッカーでなくても、スポーツをする以上、
『寝る。食べる。』ことが、どれだけ重要かを話しました。

日頃の日帰り指導では、見えないところが、
合宿では、顕著に見える。
そんなことからも、意味ある合宿だったと感じました。

楽しい休日

2006-08-17 21:41:22 | 何となく
今日は、夏休みをもらった。
あれをしよう!これをしよう!今日しかないぞ!
そんなことを考えていた。             が!

写真は、物置き部屋のオオクワガタです。
午前中は、オオクワガタの世話をした。
 オオクワガタ飼育も5年目で、
 年々縮小してるとはいえ産卵は続けているわけで、
 夏は、産卵、昨年の幼虫は成虫になるし、
 一昨年以前のオオクワは、えさの補充も必要。

 ということで、暑いので、部屋の中で世話をしていた。
 ルーニーが興味を持ち、寄ってきて、
 クヌギマットや菌糸ビンを 舐めようとするので、
 怒ったら、横で見ていた。
 その様子がかわいかったので、写真を撮った。




昼食をコンビニ弁当で済ませて、
午後は、ガーデニング(庭いじり)をしようと思ったけど
あんまり暑いので、ネットサーフィンをしていた。

あっ!
こんなことしている場合じゃないわ!ということで、
自分の部屋(3畳程度の物置き部屋)の片づけをした。

ガーデニングをしようと外へ出た。が、
あんまり暑いので、ネットサーフィンをしていた。

あっ!
高校野球も見てました。

夕方、妻が帰ってきて、
 妻 「今日、何してたん?」
 夫 「午前中、オオクワの世話してた。」
 妻 「ほんじゃ、家のことは な~にもせぇへんかったん?」
 夫 「あっ!自分の部屋は片付けたで。」
 妻 ・・・
 夫 「あっ!明日の用意しよう。」

という1日。

とっても、充実した楽しい休日でした。 (〃^×^)★あははははっ

自己洗脳?

2006-08-16 22:58:56 | 何となく
自己分析して、自己改革を意識する。

次は・・・

 『自己洗脳』

  自分自身で、自分は、こんな性格になったんだと根本的に思い込む。
  
  そう思い込んでいるうちに、楽観的になれる。

  自分で、自分を洗脳してしまう。


何か、いやなことがあったとき、そんなことを繰り返してきました。
最初は、強がったり、ごまかしたり、
でも、これは、強がりではない。ごまかしではない。
僕は、こんな性格なんだと意識する。
そのうちに、自分は、こんな性格だからと思えるようになる。
いやなことは、気にならなくなる。

例えば、
 誰か、きらいな人が居る。
 無理やりにでも、いいところを探す。
 いいところが見えてくる。
 「あっ!僕は、そんなにきらいじゃなかったんだ。」
 と思えるようになる。
 「僕は、あんまり、きらいな人はいないんだ。」と意識する。
 本当に、きらいな人が減ってくる。

   そんな風に、本気で思ってます。

「性格は変えられる。」
  こう思うこと、そのものを自己洗脳しています。
                  (o_x_)ノ彡☆ギャハハ!! バンバン! 

自己改革

2006-08-16 00:43:29 | 何となく
自己分析・・・続けてましたが、ネタ不足なので、次行きます。

自己分析してみると、
自分自身でも好きな部分だけではないです。
なおしたい部分もありました。

そこで、意識したのが、『自己改革』
 仕事を続けるために・・・とか、
 指導者を続けるために・・・とか、
 家族円満であるために・・・とか、いろんな理由、
 そして、自分自身が楽しく生活するために、『自己改革』を意識してます。

年齢もあると思いますが、
 以前に比べると、気長になりました。
 以前に比べると、冷静になりました。

性格は、変えれると思ってます。
自分自身で、意識して、変えることは可能だと思ってます。
最初は、『我慢』とか『忍耐』とか意識して、
そのうち、それが自分自身の性格になる。
『自己改革』を意識しないでも、自分なりに進化できると思ってます。

そんなことを信じながら、
『自己分析』を続け、『自己改革』を続けたいと思います。
あくまで、自分自身が楽しく生きることができるように・・・

自己分析 その4

2006-08-11 21:57:35 | 思い出
写真は、最近、毎日乗っている路面電車の中で撮りました。
それだけです。 (〃^×^)★あははははっ


小さい頃
 我が家では、食べ物の好き嫌いは、許されなかった。
 夕食で、自分の好きなものがなくて、
 おかずの内容に不平を言った時、
 父は、必ず「文句を言うなら食べるな!」と怒った。
 母が、追加で何か作ろうとして、
 母も、一緒に怒られたこともあった。
 怒られて、
 「いらんわ!」といって、そのまま寝たことも一度や二度ではなかった。
 悔しくて、泣きながら、寝たこともあった。

 おかげで、僕は、何でも食べる。
 もちろん好きなものは、あるが、
 きらいなものは、これといってない。

 もちろん、好き嫌いなく食べられることには感謝している。
 でも、おかげで、好き嫌いのある人は、気になってしまう。

 自分が好き嫌いなく食べるからといって、
 他人に好き嫌いがあっても、許すべきだと思っている。
 でも、正直、内心では「どんな教育受けたんや!」と思ってしまう。
 
 そんな、せこいことにも、こだわることがある。

                  と、自己分析している。

自己分析 その3

2006-08-10 22:51:52 | 思い出
小さい頃

 我が家は、父、母、僕、姉、そして、おば(父の姉)の5人家族だった。
 おばは、現在、全盲で、光を全く感じることもない。
 当時は、うっすら見える程度、光を感じる程度だった。

 僕は、目の不自由なおばの手を引き、
 歩いて20分ぐらいの歯医者や病院によく一緒に行った。
 
  何度か通っているうちに、小さいながらも
  周りの人が、興味本位でジロジロと見る視線や、
  同情に似た視線でおばを見ていることに気がついた。
  正直、複雑な心境だった。

  でも、複雑な心境といっても、
  目が見えなくても、堂々と生きているおばを
  僕は、恥ずかしいと思ったことはなかった。
  ジロジロ見られるからいやだ。と思ったことはなかった。

  むしろ、目が見えないというハンデがありながら、
  決して卑屈にならず、堂々と生きていたおばを、
  尊敬に似た気持ちを持ち続けていた。

 我が家は、そのおばを父と母が助けながら生活したいた。
 僕は、そんな家族の中で育った。


そして、今、
 僕は、「白い杖」を見ると、敏感に反応する。
 反応はするが、すぐに手をさしのべることはせず、
 「大丈夫かな?」と思いながら、そっと、後ろをついて歩くことが多い。
 もちろん、困った様子を見かけて手をさしのべたことは、何度かある。
 
 僕自身は、「優しさと同情は、全く違う。」
 そんな風に思う人間である。と自己分析している。

自己分析 その2

2006-08-09 23:30:07 | 思い出
小学校4年生

 担任の先生は、熱血先生。
 授業中居眠りをしているとチョークが飛んできた。
 悪いことをして、頭を両手の拳でグリグリ押さえつけて怒られたこともあった。
 
  そのことは、どうも思わなかった。
 

 その先生、ある日、きれいな棒を持ってきた。
 黒板を指すときに使っていた。
 悪いことをすると、その棒でもたたかれることもあった。

  そのことは、気にいらなかった。
  棒という道具で殴ることが気にいらなかった。
  
  休み時間、先生はいなかった。
  そのきれいな棒が置いてあった。
  僕は、その棒を廊下に持っていって、
  段差のあるところで、踏みつけて折った。

   その後、先生に怒られたかどうかすら覚えていない。
   ただ、僕自身が僕なりの正義感で、その棒を折ったことだけは
   はっきりと覚えている。
 
   この思い出は、僕なりの思いがあっての行動だった。
   今でも、正しいことをしたとも思っていないが、
   悪いことをしたとも思っていない。


高校1年生。

 放課後、数名のクラス委員が残って何かを決めていた。
 僕自身もクラス委員の一人だった。
 何を決めていたかも覚えていない。
 ただ、その決め事がなかなか決まらず、
 話しがそれていたことだけは、覚えている。
 他の友達の笑い声が気にいらなかった。
 何となく、その場の流れが気に入らなかった。
 僕は、「クラブに行くわ!」と一言だけ言い残して、教室を出た。
 まわりのみんなは、僕の行動に驚いて、キョトンとしていた。

 (卒業後、その場に居た友人から、
  その時の僕の行動について、「短気やったな~」と指摘された。
  そう指摘した友人が、今、僕の妻になっている。(〃^×^)★あははははっ)
                      
 
  「早く決めようや!」と言うべき場面だったんだと思う。
  でも、僕自身があまり興味のない決め事だったのか、
  あっさりと、その場から離れた。

        
    この行為も正しかったとも思っていないが、
    今でも、こういう部分のある人間だと自己分析している。

自己分析

2006-08-08 23:43:06 | 思い出
自分でHPをはじめてから、
何度も書こうと思っては、途中でやめていた。
でも、今日は書き残そうと思っている。

小学校4年の時、ソフトボールチームに入った。
入ってすぐに、6年生に混じって、
ポジション:ライト、打順:1番というレギュラーをもらった。
大会では、活躍できなかったが、
その後も、練習には必ず参加していた。

小学校5年生の夏、
レギュラーを決める日に、家族旅行で練習を休んだ。
次の練習に行った時、レギュラーの発表があった。
僕の名前は呼ばれなかった。
そのことがショックで、チームを辞めた。
まだ、5年だから、6年で戻ることもできた。

友達から、「戻ってこいよ!」という誘いも
僕は、断わり続けた。

  辞めたことは、確かにつらかった。

  でも、かなり意地っ張りだったので、僕に戻るという選択はなかった。
  野球(ソフトボール)には、かなりの自信があった。
  レギュラーを外されたことは、僕のプライドが許さなかった。
  両親には、「おもしろくないから辞める。」の一言だった。
  その時、両親がどう言ったのかは覚えていない。 
 

このことが、
僕が自己分析をする時に一番に思い出す出来事。

 良くも悪くも
 僕の「意地っ張り」「プライド」は、
 最近は表に出ることは少なくなった。

 でも、僕自身は、小さいころから、そして今も
 かなり意地っ張りで、変なところでプライドにこだわる人間である。

                  と、自己分析している。