えくぼ

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歌とミニエッセイ

2012-11-16 20:20:20 | 歌う

            「ふれあい広場]      松井多絵子

 十月下旬の日曜日の午後、わが家から歩いて十分足らずの「ふれあい広場」へ行く。小さな公園程度の空地である。花壇もベンチもない。「震災時一時集合所」に指定されているが、古い雑居ビルのはざまの空地だから、ビルが倒壊したら危険な場所になるのではないか。この広場はいろいろな木に囲まれているが、私の好きな木はブナである。4メートル位の幹は象の脚みたいだ。太い枝に葉がやさしく重なっている。その幹に背をもたれると私の不安を木は一時預かりしてくれる。ここへ来たのはこのブナに会いたかったからかもしれない。近づくとブナの下に男がひとり立っている。やや長身のやや細身の顔見知りの青年だ。私に会釈して「いいお天気ですね」と言う。声も細い。「待ち合わせでしょ、彼女と」 「いや、彼女なんていません」 「本当?」 「女は苦手なんです。これからペットショップの猫に会うんです。さっきマックで昼食をとりましたが同じテーブルの若い親たちは、バーガー1個だけなのに女の子はランチセットとデザート。親になったら子供の機嫌をとるなんて。ボクは結婚する気になれませんね」                      

 この青年のことを旧友の京子に話す。「ああ草食男子ね。牙を抜かれたような若者がこのごろ多いのよ」 そして彼女はこんなことも言う。「女がコワイのよ。蚊だって血を吸うのはメスよ」

 あの日から半月後の日曜の午後、私は「ふれあい広場」に来ていた。翁が1人いるだけ。あの青年はいない。どこに住んでいるのか、名前も職業も住所も知らない。細く低いあの声のような微風が過ぎる。ブナの葉も色づいている。「ふれあい広場」を去りながら思う。(近づいて行けばひろがるススキの野そんな感じの青年だった)


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