昨日の続きであります。
篆刻家さんや書道家さんなど、落款を必要とする人たちにとって良い印泥とは①捺し易いこと ②色が美しいこと ③滲まず何百年もその色合いが不変であること になります。
①は印面に印泥を当てた時、ベタベタして溝が詰まるとか、ダマになるのは論外です。かといって、付きが悪いために強く押しても印影がかすれたり薄くなるのも困ります。丸く盛り上げた印泥を印の面にポンポン、と軽く押しあてた時、まるで微細な粉をまぶしたように均一にうっすらと朱が付着するのがいいのです。
②は、落款を入れる人の好みもあります。古色と言って暗く濃い赤または赤紫色がいいという方もいます。赤みが強い方が重みや枯れた趣が出やすいと考えるのです。しかし、日本人や中国人は、概ね明るい橙色をよしとする人が多く、傾向的には値段が高く高品質の印泥は、黄色味が強い「黄口」に近づく傾向があります。昨日紹介した高式熊(コウシキウ)さんや李耘萍(リウンピョウ) さんの提供する珍品とか上品とかのお高い印泥は、明るく艶やかで鮮明に印が捺せます。
③は落款印の必須条件で、捺した時の色が半永久的に変わらないことが大事です。昨今の粗悪な安物は数年で赤黒く変色して作品が台無しになると言います。ということは、現存している印泥では、良質な原材料を使っていて、数十年あるいは100年以上前に秘伝で製造された印泥で、これまできちんと保管メンテナンスされたものが最上であるとも言えるのです。印泥は古いものに限る、というのが持論であります。
さてそこで、今回入手した印泥の一つがこれです。
現在市販される新品の印泥にはほとんど箱の表に印泥社名か印泥名が表示されます。ところが、この印泥には表示のラベルは無く、箱の中にも説明書が付いておりません。厚紙に書かれている文字は「竹閣紅冰 涼堂降雪」中央の丸印は「清朝内廷御製印泥」で西泠 曹勤精製の文字が中央にあります。左には曹勤手製印泥高式熊と印字されております。印合(容器)は厚みがある紺色の陶器で、高式熊印泥に共通するものでした。曹勤さんは現役で、西泠印社の4代目マスター(大師)であります。字の通りならば、正当な印泥作りの継承者が、手作りで清朝時代の印泥を再現し中国篆刻の重鎮の高さんが公認ということになります。因みに「西冷」は二水ではなくさんずい「西泠 」が正当であります。
印泥自体は鮮やかで明るい橙色、今時流行の高級印泥カラーであります。しかし、予想を覆したのは2両装と思われるそれが相当な硬さに固まっていたことでした。
ワタシの推理では、これは通常市販されている物でなく、例えば、学術研究機関である西泠印泥廠限定で、清王朝時代の朝廷内で伝えられた製造法を再現し、訪問記念や賓客へのお土産用などに作ったものでは無いかと思います。つまり非売品です。印泥に縁の無い人が、それとしらずに貰って未使用のまま自宅保管しているうちに固まったのでしょう。早速印泥メンテナンス専用のひまし油を耳かき2杯分くらい投入し30分ほど時間をかけてかき混ぜました。元はいい原料を使っているはずです。油などの成分が蒸散し乾燥した程度なので、品質に変わりは無かろうと思います。
さてもう一つの印泥は、箱に西泠印社のラベルが張られていました。これが安っぽいシール(笑)。内容物はやはり明るい朱色の印泥2両装、これも未使用品であります。ちょっと前までの印合(印泥容器)には、青みがある龍文で、底には景徳鎮とか乾隆年製の文字が焼かれていますが、これらは工場で大量生産する安物です。
こちらの容器は蓋・底部に何も模様が無く「白磁」の体裁を模したのでしょうが、ほぼ無価値とみます。これがいかなるものかのヒントは、固い用紙に印刷された小さな説明文で、ごく最近印刷されているものです。こちらにも「西泠印社 曹勤」の文字が書かれてますが、肝心の印泥の種類や等級は不明です。見てわかることは、中央に金箔が乗っていて黄口の系統で、上の印泥に極めて近い等級・種類であろうということです。
経験的に言えば、こうしたものが、一個数万円もする高価な高級品なら、それらしい雰囲気をだすような箱や印合を使うでしょうし、箱や蓋の裏に手書き風の表記や品種の表示があるはずなのです。
もし、偽物を作るなら手の込んだ細工をしてもっと高額な高級品を装うでしょう。
以上が、この印泥は、(杭州)西泠印社 のうちでもランクがやや高い方の品物で間違いないだろうという根拠であります(笑)。その値段は、品種が特定できませんが、「上品式熊」 程度と考えると、定価1万円ちょっとというところでしょうか。またしても、非売品か試作品という根拠のない結論でもいいかと思います(笑)。
いずれにせよ、落款に使う印泥として良い品物かどうかは、値段や品種・ブランドでは無く、実際に印を捺してみないことにはわかりません。捺し易く良い印泥はどれ?どの色が美しいの?
続きはまた後日、先日落札した「北京栄寶斎」の印泥が届いたら、じっくり比較してみようと思います。
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