明けましてお目出度うございます。(やっと立ち直りました。)

2024-01-03 | 家族、孫達

暮れから長いことブログを休止してしまいました。書く気力を失っていました。

昨年暮れに親族の一人が腸閉塞で突然入院、普通であれば内科での治療で2~3日で

回復する場合が多いと言われていいるのですが、1週間経っても回復の兆候がなく

事態が治まらないので内科から消化器外科に移されて、翌々日の手術日が決まり

インフォームドコンセントの説明を受けたのでした。

日が経つにつれてことの重大さに押しつぶされて眠れぬ夜が続きました。

望まれない手術ですが手術となれば「まな板の鯉」神の手を持つ医師にお任せして、

成功を祈るのみでした。ところが手術の成功を祈願していた手術予定日の朝、

奇跡の連絡があり、「回復の兆候が出ているので手術は取りやめになった。」との連絡が入ってきたのでした。

本当に信じていいのか喜んでいいのか戸惑う思いでした。落ち着いて事態を把握して

神に感謝、取り組んで下さった担当医に感謝感激の気持ちで一杯でした。

その後順調に回復しましてお陰様で新年も無事に迎えることができました。

正月早々プライベートな独り言で失礼致しました。

 

後述になりましたが、新年早々の能登半島地震で、いきなり震度7.6の大地震に襲われた能登半島の

被災者の方々のことを思うと胸が潰れる思いです。寒さとショック、物理的不自由さで心身の疲労

極限状態だと思います。昔、歴史散歩会のバス旅行で能登半島の歴史地点をめぐり一周しました。

由緒ある総持寺(総持寺祖院)が大変印象に残っていますが、一番震度が酷いところだったので案じています。

人間の操作できない地中の自然現象は何と無情なことか。

地震のあまりなかった故郷富山もかなりの被害があったようです。

これ以上の余震がおきないように、一日も早い復旧復興を祈っています。

 


夫の卒寿を祝いました。

2023-10-07 | 家族、孫達

1ヶ月遅れの日記です。9月の中頃が夫の誕生日で大体敬老の日と重なります。

今年は卒寿を(満90歳)祝いました。どこかに出かけようかとも思いましたが、出かけるのが

億劫で自宅に帰省中の孫達にも来て貰って、お弁当を取り寄せてゆっくりと祝いました。

プレゼントは寄せ書きでした。

楽しいひとときでした。おじいさんは大満足でした。

白髪も虫歯も1本もなくて元気そうに見えますがいろいろあって、7月から訪問診療所と契約を

しました。この訪問診療所は居宅介護支援事業所と繋がっていて、自動的に区の介護保険の方の

訪問も受けてその結果は「要介護1」という通知を受け取りました。

こちらから病院に行く面倒がなくて、訪問して下さるので大変助かっていますが、

訪問を受けるとなると室内外をある程度整えようと初めのうちは緊張しますし、疲れもします。

驚いたことにことにレントゲンや心電図なども今は携帯用があるのです。CTやMRI等を除いて

大抵の検査は可能です。各科の先生方は一見30代位の働きざかりの元気な方ばかりです。

空いている日のアルバイトかも知れません。 夏の間思うように動くことが出来なかった

私の椎間板ヘルニアですが、2ヶ月続いていた辛い痛みが漸く落ち着きそうな気配です。


夫が息子化して忙しくなったけれど、久し振りのお食事会。

2023-06-08 | 家族、孫達

1~2年前から、外出好きな夫が時々出先で迷って目的地に着けないまま戻ってくることがありました。

そこで慣れたところ以外は家族が付き添って送ることが多くなりました。最初の頃は、なかなか

本当のことををはっきり言ってくれなかったので、対応が少し遅れました。最近は私のと同じスマホに

ファミリーリー・リンクのアプリを入れて、位置確認をしていますが、大変重宝で役に立つアプリです。

このアプリは通学中の子供さん達の位置確認に親御さん達が使っているケースが多いようです。

家庭内ではさほど問題なく暮らしているのですが、以前転倒して頭を打ったことが影響しているのかも

知れません。一応3ヶ月ごとに物忘れ外来に通院していますが、認知症との診断はまだ受けていません。

最近食事も細くなりましたが、食事の後には必ず「漬物」と「おやつ」の催促をします。

祖母の作った食事には必ず漬物が添えられていたそうで食育は百才まで影響しているようです。

また、お酒に強かったのに止めたので、甘いものがやたらと欲しいのだそうです。

和田秀樹先生は「八十才の壁」で80過ぎたらたら好きなものを食べなさいと書いて

いらっしゃいますが、やはり数値とか体への影響を考えてしまい選別してしまいます。

息子を育てた経験はありませんが、今は割と素直な息子と同居している感じもします。

結構気も遣う人で「毎日三度の食事は大変だね。いつまで続けてくれるのかな?」などと

労いの言葉も欠かしません。

時々は留守番もしてくれるので、先日は半年ぶりにエヴィリンさんのお宅で久し振りの

お食事会に出かけてメンバーと再会して話に花を咲かせる機会を得ました。

  

エヴィリンさんは以前シェフ達も通う代官山のコルドン・ブルーで腕を磨いていました。

   

   

メインの「チキンピカタ」とデザートの「ティラミスケーキ」を

美味しさに酔いしれて撮り損なってしまい残念です

         

 


甥の結婚式に出かけてきました。

2023-03-12 | 家族、孫達

先月甥からメールがきて「急なお知らせですが、日本でも親族のみの式を挙げることになりました。

ご都合が良ければご夫妻でご出席ください。」と招待状がきました。二人だけの結婚式の様なことを考えていた

ようですが。かなり急な話だったので、私は少々慌ててしまいました。二人とも予定はありませんが、

私は女性ですから、先ずは着るもの、身に付けるものを慌てて探しました。洋服ダンスをチェック

20年ほど前のピンクと黒のベルベットのスーツが目に付きサイズも何とかなりそうで安心しました。

三男、次男の式にも着ていなかった服ですし、断捨離しなくてよかったです。

  

姑になる義妹は視力低下と体調が優れず、父親のK氏が飛行機で一人飛んできました。

義妹は50才に近い長男の先々のことをいろいろ案じているようです。

義弟は奥さんが施設に入っていて一人出席、私共はヨタヨタながら、共に出かけられたのはまあ幸いでした。

K家では三男T君(4子あり)から逆順番に結婚しています。次男一家はお正月に上京したばかりで欠席、

総勢12名で長野で子育て中のT君一家6名がこの日を盛り上げてくれました。

会食は赤坂の浅田で加賀料理でした。

父親が四高を出るまで金沢育ちだったので懐かしく味わいました。

優しくて人のいいM君と遥々遠くから嫁いできたIさんの幸せを祈っています。


従兄弟が家系図を作りました。

2023-01-20 | 家族、孫達

最近「家系図作成をしませんか」というような広告を時々目にしていました。

最近見た広告です。

そんな折、父母のルーツ、富山県に住む母方の従兄弟が実家の家系図作りを始めていることを知りました。

地元の図書館、博物館、郷土資料館などに足繁く通い、郷土史、地元町史なども含めて実に綿密に

精力的に資料を集めをしていました。数年前にリタイヤ―して最近、後期高齢者になったそうですが、

まだまだ探求心旺盛の様です。沢山資料を集めてから、戸籍謄本も収集して昨年末綿密な家系図を

完成して送ってくれました。エクセルで作られた本職なみの複雑な系図なので現役時代から

パソコンに詳しかったのかと問いましたら、息子君がIT関係の仕事なので教えてもらったそうで

大変羨ましく思いました。戸籍は究極の個人情報ですから収集も扱いも気を遣うものです。

専門家の司法書士の先生に依頼するとそれなりの金額になるようです。

(広告を写させて頂きました。)

家系図の例です。(広告より)

以前、寺の住職から其々の人が存在するまでは数えきれない程の多くの先祖からの引継ぎが

あってその遺伝子が引き継がれているというような説法を聞いた覚えがあります。

当たり前のことなのですが、日常あまり意識していません。

妹弟にもコピーを送りましたが、妹弟は過去の一部の栄光や挫折などより現実と未来が大事と余り関心を

示しませんでした。他に沢山従姉妹がいますが、疎遠になっているので偶々頼まれたら送る程度です。

夫に渡したら「見るよ」と言いながら、複雑な記述もあるせいか、置きっぱなしで関心がないようです。

私は富山の祖母の家に疎開していたので、叔父叔母従兄妹たちの多くと会っています。皆いい人で

お世話になりました。この頃の皆のことをよく覚えていますのでよく読み取れます。

遠縁の関係一族の家系図も貰って読んでみて、点が線で繋がりかなり読み解けて改めて納得出来ました。

祖母は明治の、16才で27才のお役人の祖父と結婚して10人子供を儲けて90才位で亡くなっていますが

大変な人生を生き抜いた人だと感心しています。10人兄妹は十人十色で大変だったようです。

その頃の国家公務員のお給料は今と比べようもないくらい高給で恩給も良かったようです。

富山にある地元の町の町史などの関係資料から、現在に繋がる記事も見つけました。

身近に住んでいる方の娘さんの結婚された経済評論家の方の曽祖父と、4世代前の曽祖父が町史に残る

大きな接点があったことを発見して、タイムスリップしてひと昔前からの大きなロマンを感じたりしています。

それにつけても世間は狭いものだと思いました。折を見て書いてみるつもりです。


群発頭痛ってご存知ですか?

2022-12-03 | 家族、孫達

群発頭痛ってご存知ですか。 群発地震ではなくて群発頭痛です。

群発頭痛は、頭部の片側又は目の周囲に生じる耐え難い重度の痛みで、

目をえぐられる様な痛みが1時間位続くそうです。 1日に数回起きる場合もあり、

通常それが1~3か月にわたって続き、 (群発期)数か月から1~2年間、

発作が休止したりします。

娘婿のBさんが30代中頃、2時間の遠距離通勤中で体調悪く頭痛持ちになって

「群発頭痛」と診断されるまでには、長い時間が掛かりました。

3才の男の子の下に、双子の女児が産まれて1~2年経った頃でした

その頃は原因も治療法もあまりよく分かっていなかったようでした。

稀な病気で1000人に約1~3人とかの割合で発生すると云われ、男性が

85%とされていましたが、最近では男女差が縮まっているそうです。

詳しいことは知りませんが、発症当時から特効薬の様な薬もなく、

保険も効かない手探りの状態の治療だったようです。

3年前にコロナが世界中に蔓延して、1年位でワクチンが開発されて

人々はその恩恵に浴しました。 「必要は発明の母」とか言われますが、

稀な病気に関しては、研究する人も少ないせいか、特効薬のようなものの

開発も全世界あげてというように早急には進まないように思い受けます。

群発頭痛に関しては、それでも最近では皮下注射や在宅酸素療法など

4年前に保険適用が承認されました。齢をとると、治まると聞いたこともありますが、

Bさん60才にならんとしていますがまだ続いているようです。

最初の頃、あまり丈夫でもない娘も倒れると大変なので、私が子育ての手伝いに

通っていましたが、往復時間が結構かかり困難でした。

娘一家はそういう事情もあって、我が家の近隣に越してきました。

それから20年余、出来るだけの援助はしてきたつもりです。

もう少し海外旅行をしたかったのが心残りでしたが。

早いもので 幼かった双子の孫娘達も今年大学院を卒業して就職、社会人になりました。

かなり厳しい職場で働いているようですが、心優しく性格の良い 2人なので、

しっかりと自立していけると思っています。社員寮に入った2人とはLINEで繋がり、

日々交信して、何でも相談もしてくれて嬉しいような有難い日々です。


保健所のオミクロン対策など。

2022-04-09 | 家族、孫達

娘一家のオミクロン騒動は何とか無事に落ち着いてきました。

自治体(保健所)からの対策としては毎日ラインで体温の報告を保健所にすること、

コロナ感染者本人は10日間、濃厚接触者は1週間、自宅待機を守ること、

パルスオキシメーターを持っていない人には貸出、そして4日目頃に

段ボールでカップラーメン等の食料品の配送があることでした。

小さいお子さん達がいるご家庭ではさぞ大変だろうと思いやられます。

偶々拝見したテレビの「徹子の部屋」で隣の地区に住んでおられる俳優の

村井国夫さんはコロナ中等症で最近17日間も入院したと話されていました。

数年前にも脳梗塞で救急入院されて早めで後遺症なく生還されたのですが

妻の音無紀美子さんの介抱ですっかり良くなられたようでした。

(テレビ朝日画面より)

さて家族に返上する様に云われている車の免許証なのですが、駅から離れた

坂の上に住む私には今は手放せないのです。今回手伝うことが出来たのも、

昨年買い替えた軽ワゴン車のお蔭でした。事故を起こさない様、自分なりの点呼を

して慎重に運転をしています。これが最後の更新となります。

実は、娘がオミクロンと知った翌日が高齢者の運転免許更新の認知機能検査日だった

のですがすっかり気落ちして場所も仮設の遠い所でしたので、苦労して取った

予約をキャにンセルしてしまったのです。4月に道路交通法が改正されて5月13日から

それが施行されます。そのせいで目下、高齢者の認知機能検査の予約は一時受付

中止になっていたのでパンク状態なのです。8月が誕生月なのですがでマメに

又予約を試まなくてはならなくなりました。それまでに脳トレもしなくては。

[高齢者の運転免許更新の概要]

 


家族がオミクロンに感染。

2022-04-05 | 家族、孫達

3月の29日火曜日、近くに住む次女から「喉が痛くて熱が37度8分あったので、かかりつけ医に

行ったら陽性だった。」と電話がありショックでした。28日には大学院生の孫達の卒業式の袴姿を

撮ってくるからねと張り切っていましたが、それまでがてんてこ舞いの毎日で疲れた様子でした。

娘は前々からコロナに対しては呼吸器系が弱いことを自覚していて、私以上に周到な対策をとって

万全の予防生活をしていました。

3月末は夫の1年間の単身赴任や双子の孫娘達の卒業、入社、寮への引っ越し準備や

買い物などで多忙を極めるからと、早々と2月始めに3回目接種(モデルナ)を打っていました。

只、孫娘達は、若さの勢いで、ぎりぎりの日まで九州各地、五島列島などまで、旅行で飛び回って

いて準備の方は、かなり母親任せでした。旅先の食事で牡蠣にあたって、現地の病院に駆け込んだり

母親はその様なストレスでもやきもきしてかなり免疫力が落ちた状態だったと思います。

心配でしたが2日目には熱も下がりはじめて咳も出た様ですが、平常に戻りつつあります。

後遺症が出ないように願っています。家族感染も今のところないそうで、6日から家族は

出勤出来るとのこと。2人共対面の入社式に出られなくて残念でした。当日以来

孫娘達が大体の家事はやってくれたのですが、彼女達は外出禁止でしたから

私は頼られて、買い出しや一品料理作りで頑張りました。この機会に2人に料理に慣れて

貰いたいと簡単レシピの材料を揃えて渡したりして、彼女達も学ぶこともあったと思っています。

娘は今週一杯自宅待機状態です。幸い孫娘A子の会社は新人研修が4月中はリモートなので

何かと助かっています。それにしてもついこの間、私の腕に抱かれてミルクを飲んでいた

2人がもう社会に羽ばたいていくとは、時の速さに驚くばかりです。


娘達が付き添って行くことになっていたのですが。

2022-01-24 | 家族、孫達

朝散歩は寒くてもほゞ実行しています。今更ながら自分が見晴らしのいい

絶景地のすぐ近くに住んでいることに気が付いています。ゴミ出し散歩を始めて

約1か月になりますが、眺めも楽しみで15分位なら続けられそうな気がしています。

       遠く横浜、江の島方面を望む。

丹沢山系方面も含めて180度以上の眺望ですが、私のスマホではパノラマ写真が撮れません。

夫は先日の怪我からすっかり回復した感じです。練習は頑として続けると言っています。

10月の演奏会を目標にしているのですが、80代後半になって舞台に立ちたいというのは

如何なものかと困惑しています。夜間一人で行かせるわけにはいかないので、私が

付き添わなくてはいけないと思っていましたら、娘が「私が付き添う」と云い出してくれた

ので有難く頼むことにしました。こういう時は家族持ちでない娘がいると頼りになります。

先週は娘が付き添ってくれました。今週からは蔓延防止条例が適用されて練習は暫く休止となります。


今年もお正月は忙しかった。

2022-01-14 | 家族、孫達

3日に孫達一家5人来訪しました。孫息子は和歌山勤務3年目で仕事にも慣れて

しっかりしてきた様子で安心しました。孫娘達は今春卒業で社会人になります。

今年で祖父母からのお年玉は終りになります。やれやれです。

双子の孫娘達はよく出来た娘達で、小学校から大学院まで国公立で通しました。

性格も良くて親孝行で祖父母孝行な娘達でいつもメール交換しています。

(娘である母親よりも意思疎通がスムーズで気も合って頼もしい存在です。)

娘一家はお正月は祖父母宅にお客様として訪問するのが恒例だと思っている

ようです。今年は歳のせいか例年のようにあまり手作り料理を作る元気が

なくてお寿司を取り寄せました。

翌日、夫が合唱の練習が始まるので夕方から都心の練習場に出かけると

云うので、「オミクロンも広がり始めているし、夜間は危ないから止めて下さい。」と

止めたのですが、自身満々に「大丈夫だから」と言って元気に出かけたのでした。

案の定、8時過ぎに電話があって、神田で転んで暫く動けなくてベンチで休んでいたが

これから帰るとのこと。額に擦り傷があるが、歩行は出来るから現地まで迎えに

来なくてもいいというので駅まで車で迎えに出て、近くの総合病院に直行しました。

     

時間外の外来は意外と空いていて、頭のCT検査では異常はありませんでした。

出血した額を消毒して特殊なテープを張って2日間このままにして滲出液で

白い部分が広がったら「キズパワーパット」というテープを買って張って

下さいと言われました。それなのに夫は翌日テープを外してしまい、仕方なく

近所の皮膚科医院(娘達はヤブだという)に行きましたら、そこでは

全然別の治療法で軟膏を厚く塗ったガーゼを当てられました。夫は翌日又外して

しまったのですが、再生した傷が剥がれて又痛い目に遭っています。結局元の

「キズパワーパット」を貼って3日目位で皮膚が再生してパットが外せました。

去年の元旦にも神社の階段で転んで、このところ額の怪我は4回目なのに懲りずに

練習に行くつもりのようで困ったものです。来月脳神経外科の先生の予約を

取っていますので、よく相談するつもりです。

これから老々介護がいよいよ本格化しそうです。


久しぶりの墓参り

2021-09-18 | 家族、孫達

先週久しぶりにお墓参りに行ってきました。

我が家の墓参りは先祖への供養と草木の手入れが主な目的です。

暫くご無沙汰していましたので、植え込みは茂り過ぎてかなりの雑草でした。

義父母が逝った後(40年位前に)宗派のお坊さんの紹介で八王子に求めた公園墓地です。

結構いいお値段だったと思いますが、その後近くにどんどんいい公園墓地が出来たのです。

近くに移設することを考えましたが、費用その他の煩雑な手続きを鑑みて諦めています。

墓には車でないと私は行けません。(夫は免許を返上しました。)その車なのですが、

数か月前に軽ワゴン車に買い換えまして、やっと乗り慣れてきました。

いい齢をしてまだ運転するの?とヒンシュクを買いそうですが、現在の私の生活は

車無しでは成り立たない状況なので出来る限りの安全装置を付けてもらいました。

あまり恰好は良くないのですが、運転するとAIが煩くあれこれ知らせてくれています。

今回墓地で気が付いたのですが、かって周囲のお墓はどちらもお彼岸前後にはよく手入れが

行き届いていたのですが、今回はかなり多くのお墓が草木で覆われ始めている光景でした。

確か世代交代したりして無縁仏になると中央の合同の供養塔に納まることになるようです。

義理の祖父母に始まり義弟一家もこちらに入る予定です。お墓は簡単に動かせないので

後に続く人のことも考えて慎重に決めなくてはならいことを、今頃気が付いています。


頼りにしている夫に頼られるようになって。

2021-08-29 | 家族、孫達

最近までなにかと夫を頼りにしていて、何事にも同意を得ることで安心して行動出来ていた

私ですがコロナ禍でステイホームが始まった頃から、夫の変化に気づきはじめました。

間もなく88才の米寿を迎える年なので、それなりの老化現象ではありますが。

ある時、かかりつけ医の先生に「ご主人大丈夫?」と言われて一瞬虚を突かれ、

ドキッとしてしまいました。夫の対応が少しおかしかった様です。

それからは迷惑などを掛けてはいけないので、今まで各科の診察には一人で行ってもらって

いたのですが、必ず付き添うことにしました。私も医者通いが多いので、出来る限り

夫の行きつけの医院の方にに集約することにしました。老老介護が始まっています。

88才乍ら髪の毛は1本の白髪もなく、裕次郎さんなみに足長スタイルで恰好はいいのですが、

その足がすっかり弱って、歩き始めは私の3歩先を歩いているのに、気が付くと私の

3メートル後を歩いていて、こちらは仕方なくぺースダウンしてしています。

生き甲斐だった合唱練習が中止され、同好会、勉強会などの会合も全部中止となり

外交的な外様だった夫の生き甲斐が全部削がれてしまい、奧様になりスケジュール管理も

怠りがちで意欲をなくしてしまいテレビ視聴と睡眠時間が長くなってしまいました。

今迄マイホームに籠って自由にしていた私ですが、お蔭でとても忙しくなっています。

孫達と係わっていたので3食昼寝付きではなかったつもりですが、今頃付けが回ってきたように

3食作りや家事で忙しくなってきました。夫と二人だけならいいのですが、居候の娘も居り、

時々一人暮らしでゆとりを持って暮らしていらっしゃる方が羨ましくなったりしています。

 


長かった就活

2021-06-13 | 家族、孫達

最後までもたついていた孫娘K子の就活も終わりました。

就活が長引いたという事は、本人の意向と企業側の合い性が少しずれたりしていたと

いう事だと思っています。

論文などの表彰通知は大学からきたのですが、最終面接まで受けた本命からの内定通知は来なくて

結果的には本人の希望する2番手の会社に決まりました。まあ最初から本人がかなり

惚れ込んでいたので良かったのではないかと思っています。

周りは口には出しませんがもう少し幅広い選択があってもよかったのではないかと思っています。

つい兄や妹の企業と比べてしまいがちですが、実際にその会社に入って働いでみないと分かりません。

なんでも一応相談してくる孫なので、老婆心ながらあれこれ選択肢を示唆したりしていました。

女子にしては口数少なく落ち着いていて、しかし自分の意志はしっかりと持っていて

素直な性格なので、何処に入ってもそれなりにやっていけるということは確信しています。


コロナ禍で就活中の孫娘達。

2021-05-22 | 家族、孫達

近くに住む双子の孫娘達は早いもので理系大学院の2年生になりました。

昨年の今頃から(コロナと同時に)就活が始まったと思います。インターンシップといって

興味のある企業に応募して短期間、その企業の説明や研修を受けるシステムのようです。

実際の職場の概要を知ることが出来ていいシステムだと思います。

会社関係に疎い二人ですが、随分多くの職場を体験して社会勉強をしたようです。

何日か泊りがけで行くこともありました。企業側も採用の参考にしていると思います。

私は応援のつもりで分厚い「会社四季報」などを差し入れしたりしました。

(世紀末のバブル時には、株式投資で大損ばかりして、親の遺産で辛い学習をした経験があります。)

今年に入ってWeb面接などが始まったようで、B子は早々と本命の企業から内定を頂いたそうです。

A子は専攻分野や希望企業がコロナ不況に遭っているところが多くて、採用を絞っいる企業が多く、

いくつか内定は貰っているのですが、未だに就活が終わっていない状況で

コロナ禍に度々あちらこちらの面接に出かけているようです。

6月にいるといよいよ絞られていくのだと思います。

国家公務員の試験には受かっているので祖母の私はそちらで活躍してほしいと

思っているのですが、本人も娘家族も全然その方には興味がないのです。

仕事量の割りに収入がよくないそうです。又親子共に地方勤務を望んでいないようです。

若い人達は特に女子は親元を遠く離れることに抵抗があるようです。

確かにそれは分かりますが。ジェンダーとかダイバーシティとかこれからは女子も

腰掛就職ではないので、真剣に取り組むことになります。

 

 


ラインやメールは便利だけれど、一寸疲れます。

2021-02-04 | 家族、孫達

ラインやメールは自分の空いた時間を使って無料かそれに近い

安価な料金で交信出来るので、私も頻繁に使っています。

しかし最近は少々SMS疲れしてきました。

孫達も含む家族、友人、グループ等と範囲が広がるにつれ、

主に音声入力を使っていても、書き直しもあり、かなりの

時間を使うことになってくたびれ気味です。

勿論相手によっては、無料電話を使ったりしています。

疲れるといえば、80才過ぎて13食準備するのも体力の

いることです。何時まで続けられることでしょうか?

元々外食はせっかちのせいか、待つ時間が勿体ないので

たまにしか行きませんでした。ゆとりのない性格なのです。

ですから現在の巣ごもり生活には違和感がありません。

コロナ禍が終わっても好奇心一杯で情報収集と近隣散歩を

欠かさない今の生活スタイルが基本になると思います。