咲人が初恋の君に似ていると気づいた日、彼は「明日、日本人の友達に会うかもしれない」と言っていた。
友達と言っても所詮は私と同じアプリで出会った人で、まだ電話でしか交流していない男の人だ。
私と大きく違うのは、彼は咲人の母国語が流暢なこと。そして、咲人の国に住んでいることだ。
「へぇーいいじゃない。かもしれないって何?笑」
「なんかイベントがあるらしい。
俺もその概要はよく知らんが、彼はそれに参加するって言ってた」
「待ち合わせとかしてないの?」
「してない」
「居る時間帯とかわかってるの?」
「知らん」
会う気あるのか?
「そ、そっか。まぁ楽しんできてよ」
「おう」
咲人と日本人男性の気持ちはよくわからなかったが(笑)
彼が日本語を勉強する機会が沢山出来るのはいいことだ。
もっとも、これが女の子だったら何か感じないこともないかもしれなかったが、
それでも私なりに咲人が私に夢中(友達としてなんだろうけど…)なのはわかっていたので
余裕をもっていられたんじゃないかとも想像した。
次の日の夜、ベッドの中でうとうとしながら携帯をいじっていると
不意に
ピロリン
咲人からのメッセージが届いた瞬間、目が開いた。
眠気、吹っ飛んだ!!
『今うちに着いたよ。正直言うと例のイベントは参加する価値がなかったわ…』
彼はいつものように私のメッセージに細やかに答えた上で、最後にそう書き加えていた。
けれど、この時点で時刻はまさに真夜中。
イベントがつまらなかった割に随分長く外にいたのね。
もう夜遅いし、すぐに寝ちゃうのかな…。
『Welcome back, Sakito』
私がそう送ると、すぐにひらがなで返信が届いた。
『ありがとう』
プッと私は吹き出した。
『ハハ、早速日本語だね!』
『(笑)』
『ところで、どうして楽しくなかったのにこんなに遅く帰ってきたの?』
するとすぐに
ピロリン
『寝る前に15分、話さない?』
う
嬉しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
『勿論!』
『充電器探すから待ってて』
『オッケー、準備できたら教えてね』
『ごめん遅くなって。準備できた』
ぃよーーーし、電話するぞーーー!
コールすると、すぐに大好きな声が耳に滑り込んで来た。
話し始めてどれくらい経った時だろうか。
不意に携帯のロック画面を見ると、何通かのメッセージを受信したというサインが出ていた。
私は頭の片隅で仁からかもしれないと思ったが、今確認するとせっかくの咲人との時間を邪魔してしまう気がして通知には触れなかった。
寝る前でいいや…。
「…で、さっき咲人がこう言ったから私は……」
「いやちょっと待てよ」
「はい?」
何かについて説明しようとしていた私を止め、咲人は語り出した。
「確かに俺はこう言ったけど、そうは言ってない。つまり俺が言いたかったのはこういうことだから……であるからして……」
「プッ」
吹き出した私に、怪訝そうに、何だよ、と言った。
「別に?咲人らしいなと思って。日本語で言うけど、咲人は細かい」
「コマ…?」
「スペル送ってあげる」
ポチポチポチ
「コマ、カイ」
「そ。咲人はいつも細かい」
「どういう意味?」
「えーと、英語で言うとこんな感じかな?あと、これとか」
「あぁー!!……ま、そうだな」
「(笑)認めるんだ」
「事実そうだからな。君もだけど」
「あらそお?」
「そうだろ。ああいう時はこう言ったし、こういう時はこうだったし…」
「そんなつもりなかったけど、その説明自体が細かい!(笑)」
「ははは(笑)」
「咲人は、いつも、細かい」
「サキトハ、イツモ、コマカイ(笑)」
「上手い上手い(笑)」
「メイサハ」
ん?!
「おい(笑)」
「イツモ、コマカイ(笑)」
「ちょっと!(笑)咲人は、実に細かい!」
「ジツニ?」
「indeed」
「あぁ〜…ハハハハ!(笑)メイサハ…」
「おぉーい!(笑)ま、何にせよ形容詞をたくさん覚えとくと便利よ」
「それは確実だな」
「他に何か日本語の形容詞知ってる?」
「んー……”可哀想”と……。
ダメだ。これに関して言うと俺は全然ダメだな」
「オッケー大丈夫よ。これから覚えればいいんだから」
「そうだな」
「んー、楽しいとかいいんじゃない?」
「タノシ?」
「た、の、し、い。」
「意味は?」
「enjoyable」
「なるほど」
間髪入れず、咲人が質問した。
「"メイサと話すのは楽しい"って、日本語でどう言うの」
(´⊙ω⊙`)
「あ、えーと、私と話すのは楽しい…」
「うん」
「ちょっと待ってね」
ポチ…ポチポチ
「メイサ…ト…ハナス…ノ、ワ……タノシ、イ」
「うん…」
「トって何?」
「with」
「あぁー。ハイハイなるほどね」
「で、話す、がtalkで、楽しい、がenjoyable。で、は、がis」
「オッケー、オッケー」
と繰り返し、咲人は興味深そうにノートに書き始めた。
書きながら、メイサ、ト…と読み上げていくのが聞こえ、私は彼がとても愛おしく感じた。
咲人
「楽しい」っていう言葉を聞いて、一番にそれを思いついてくれたの?
そんなに
私と話すの、楽しいと思ってくれているの?
ポチ…
「なるほどね、難しくないな。あとは発音か」
ポチ、ポチ…ピロリン
「メイサと、話すのは、楽し………ん?」
「……。」
「ワタシ…、モ?」
うん、と私はちょっと笑って答えた。
「どういう意味?」
「Me too、だよん」
「ん?あー!わかった。I'm enjoying talking with you tooか」
「そうだよ」
「あーそうだそうだ。ワタシ、な。えっと……じゃぁ」
「ん?」
咲人は言った。
「俺が言うなら、オレハモ?」
ちょっと笑えたけど、私は笑顔で答えた。
「ハはいらないよ。"俺も"だよ」
「あぁ、わかった。オレモ、ね」
咲人。
今すぐ、大好きって言いたくなっちゃうな。
あなたはそんなつもり全然ないのかもしれないけど。
私は話せば話すほどあなたのことが好きになっていく。
毎日のように話したがってくれて
たくさん私の話を聞いてくれて
ときどきすごく意地悪だけど
本当はすごく優しくて温厚で、ちょっとお人好しで
あなたの話を聞くたびに、もっとあなたを知りたくなる。
この気持ちを
何て呼べばいいんだろう。
私はただ、あなたに夢中だとしか表現できないのかな。
英語にも、日本語にも、あなたの国の言葉にも
「会ったこともないけど、ものすごく惹かれてしまう気持ち」のための名詞が見つからない。
「あぁ〜……っ」
不意に、咲人が大きな欠伸をした。
時刻はもう3時近かった。ってことは、彼の国では4時だ。
「メイサ、もうだいぶ遅いな」
「そう、ね」
「そろそろ俺たち寝たほうがいいと思うけど、どう思う?」
「あなた寝たいの?」
「正直そうだな。眠いわ」
途端に私は、ものすごく寂しい気持ちになってしまった。
もっともっと咲人と話したい。
時間が短くても、もっと、心に近い言葉を聞きたい。
でも、そんなこと言えるわけがない。
でも………
「じゃ、切るか」
私はツーンと強気な声色で「NO」と答えた。
咲人は一瞬びっくりした。
「は?………オッケー。じゃ質問があるよ」
「なぁに?」
咲人は何かしらについて質問したけれど、私は何となくそれについてちゃんと答える気にもなれなかった。
電話続けてくれたのは嬉しいけど、咲人の迷惑だよね。。。
「あ、あの…咲人……」
「何?」
「えっと………あの………」
ど、どうしよう。
なんて言えばいいんだろう。
って言うか、何を言うつもりで話し始めたんだ、私は。
「私はあなたが好きだから電話を終わらせたくなかったの」って?
「あなたはそれを聞いてどう思うか聞きたい」って???
言えない。
だからぁーーーーー!!私はプライベートではショジョなんだってばーーー!!!涙(山で叫ぶアラサー)
完全に見切り発車してしまった私が言葉に詰まっていると、小さく、咲人の笑い声が聞こえた。
「な、何で笑ってるの」
「いや?」
「なんでよ!」
咲人はいつものように鼻で笑いながら、でも楽しげに言った。
「君は、電話を終わらせるか否か俺に確認しようとしてる。だろ?」
「(いや告白する勇気も電話続ける図々しさもないだけです)…まぁ、そうだけど」
「メイサ、もう1つ質問があるよ」
と言って、咲人はまた質問を始めた。
今聞く必要なんか全くない四方山話の類の質問を、そのあと2回ほど繰り出した。
いくつかの回答が出揃ったところで
彼は不意にこんなことを言い出した。
「俺今思ってることがあるんだけど…」
「何?」
「君は本当にヴァンパイなんじゃないの」
「はぁ?何で?私はあなたを噛みたくなんかないわよ(噛まれたいけど←)」
「だって何でそんなに寝ないでいられるんだよ。ヴァンパイアは寝ないんだぜ」
「いや、寝ないでいられるわけじゃないわよ。咲人と話す前に3時間くらい寝てるし…」
「3時間?!全然足りないだろ」
「もちろんこのあとも寝るわよ!」
「本当に?誓って?」
誓うわよ、と言って私は笑った。
ヴァンパイアねー。本当面白い発想するなぁこの人は。
「ま、ヴァンパイアなのもそんなに悪くないけどね。永遠に若くて美しいイメージがあるし」
「だからだよ」
「は?」
「まさに君のことだろ。自分の写真、見たことある?(笑)」
私は声に出して笑った。
咲人は自分のジョークが効いて図に乗ったのか、ホラ見ろ、全ての条件が揃ってるじゃないか、と畳み掛けてきた。
私は彼からの賛辞というかお世辞に存分に笑い、そうね、と答えた。
「じゃ、メイサ」
時間だ。
「はい」
「次に話すの、楽しみにしてる」
私は微笑んで答えた。
「"私も"」
咲人は答えた。
「"俺も"」
ちょっと使い方間違ってるけど(笑)
バイバイ、と電話を切って、すぐにベッドに入った。
もしも私がヴァンパイアなら、咲人は何なんだろう。
同じヴァンパイア?
それとも、突然現れた手負いのヴァンパイアを住まわせることになってしまった、お人好しの人間?
おもしろがって一緒に過ごすうちに、少しずつ心通ってゆく……的な。
ブンブンブンと頭を振った。
妄想も大概激しい。
寝よ寝よ。
横になって目を瞑り、すぐに眠りに落ちてく感覚に気づいた。
でも確かに
私
傷ついてたんだよね
あの子のせいで。
続きます。