どうやら、彼らがこの島に宝(たから)があると噂(うわさ)を広めた張本人(ちょうほんにん)のようだ。この島に観光客(かんこうきゃく)を集めようとしたのだが、思うようにはいかなかった。リーダーとおぼしき青年(せいねん)が言った。
「やっぱ宝探(さが)しだけじゃダメだったんだ。次(つぎ)の手を考(かんが)えないとな。それでだ――」
リーダーは全員(ぜんいん)の顔を見渡(みわた)して、「いい考えがある。それは、アドベンチャーだ!」
全員、キョトンとした顔をする。リーダーは笑(え)みを浮(う)かべて続けた。
「だから、本当(ほんとう)の海賊(かいぞく)がいるってことにするんだ。そうすれば…」
「この島に、海賊なんていないだろ。そもそも、海賊の宝なんてのも嘘(うそ)なんだから」
「そうだ。海賊がいるってことになったら、恐(こわ)がって観光客なんか来なくなるよ」
みんなの反対(はんたい)をよそにリーダーはまくしたてる。「そこだよ。それこそがアドベンチャーだ! いいか。日常(にちじょう)では味(あじ)わえない冒険(ぼうけん)だよ。危険(きけん)を冒(おか)しても財宝(ざいほう)を手に入れたい。そういう、人間(にんげん)が持っている欲望(よくぼう)を駆(か)り立てるんだ」
「でも、宝なんでどこにもないだろ。何にも見つからなかったら、同じことじゃないか」
「それなんだ、失敗(しっぱい)の原因(げんいん)は。島を掘(ほ)り返せば宝が見つかるなんて、そんな安直(あんちょく)な考えでやって来る奴(やつ)らばっかりだったんだ。だからすぐに飽(あ)きられてしまった。今度は違(ちが)うぞ。そう簡単(かんたん)に掘らせはしない。海賊たちが邪魔(じゃま)をするからだ。いろんな所にトラップをしかけて、死(し)の恐怖(きょうふ)を味あわせてやる。フフフフフ……」
<つぶやき>手作り感満載(まんさい)のアトラクションでしょうか。でも、やり過(す)ぎると逆効果(ぎゃくこうか)かも。
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教室(きょうしつ)の自分(じぶん)の席(せき)に座(すわ)って、神崎(かんざき)つくねはぼんやりと空(そら)を眺(なが)めていた。こんな風(ふう)にのんびり空を見ているなんて…。つくねは、ハッと我(われ)に返った。その時だ。
「ねえ。しずく、どうしたのかな。今日は遅(おそ)いよね。お休(やす)みなのかしら?」
声をかけたのは川相初音(かわいはつね)だ。彼女はつくねの顔を見つめて微笑(ほほえ)んだ。つくねは、いつものことなのだが、警戒心(けいかいしん)を隠(かく)すように慎重(しんちょう)に言葉(ことば)を選(えら)んだ。
「そんなこと、あたしには分からないわ」
「あら。あなた、しずくと仲良(なかよ)しじゃなかったの? いつも言ってたわよ。あなたのこと」
そんなはずはない。つくねは心の中で思った。いくら能天気(のうてんき)なしずくでも、誰(だれ)にも話さないと約束(やくそく)したことを破(やぶ)るはずはない。つくねは、何だか胸騒(むなさわ)ぎを感じた。何か良くないことが、しずくの身(み)に起ころうとしている。それが何なのか――。
「ねえ、どうしたの? 顔色(かおいろ)悪いわよ。大丈夫(だいじょうぶ)?」
初音はつくねの顔を覗(のぞ)き込んで言った。つくねは突然(とつぜん)立ち上がるとカバンをつかんで、
「あたし、何だか気分(きぶん)が悪(わる)くなっちゃった。保健室(ほけんしつ)へ行ってくるわ」
つくねはそのまま教室を後にした。それを見送った初音は、意味深(いみしん)な笑(え)みを浮(う)かべた。
<つぶやき>やっぱり、しずくのことが心配(しんぱい)なんだよね。何事(なにごと)もなければいいんですが。
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その時だ。どこからか人の話し声がした。そして、木々(きぎ)の間からチラチラと灯(あか)りが見え隠(かく)れする。伊集院(いじゅういん)と久美子(くみこ)は顔を見合わせて、祠(ほこら)の後ろの茂(しげ)みに身(み)を潜(ひそ)めた。林田(はやしだ)は祠の方へ行こうとしたが、足元(あしもと)を滑(すべ)らせて目の前の斜面(しゃめん)を滑り落ちて行った。
話し声がだんだん大きくなり、松明(たいまつ)の灯りが飛び出して来た。灯りの中に浮(う)かんでいる数人の人影(ひとかげ)。どうやら、この島の若者(わかもの)たちのようだ。
「絶対(ぜったい)間違(まちが)いないよ。さっきのは女の子の悲鳴(ひめい)だって」
「お前な、こんな時間に、こんなところに来る娘(むすめ)なんていないだろ」
「そうだぞ。きっとフクロウの鳴(な)き声だったんじゃないのか。それとも、島神(しまがみ)様の――」
「よせよ。島神なんて信じてるのか?」
若者たちは広場に点在(てんざい)している岩(いわ)の上に腰(こし)を下ろした。その途端(とたん)に、一番若い男が悲鳴を上げた。一瞬(いっしゅん)、みんなの目線(めせん)が一点に集中(しゅうちゅう)する。その先(さき)にあったのは、あの死体(したい)…。
リーダーらしき男が声をあげた。「誰(だれ)だよ。ちゃんと隠しとけって言ったろ」
「ああ、隠してた枝(えだ)が風で落ちたんだ」そう言うと、一人の男が死体に近づいて行き、
「大丈夫(だいじょうぶ)だ。こっちは壊(こわ)れてない」
伊集院と久美子は、この会話(かいわ)を聞いてクスクスと吹(ふ)き出した。
<つぶやき>死体じゃなかったみたい。でも、この若者たちは何だってこんな時間に…。
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三人は立入禁止(たちいりきんし)のロープをくぐり森(もり)の中へ入って行った。行くにつれて道がさらに細(ほそ)くなり、次第(しだい)に上り坂(ざか)になっていく。茂(しげ)みはどんどん深くなり、自分(じぶん)たちがどこにいるのかさえ分からなくなっていた。頼(たの)みの綱(つな)は、獣道(けものみち)のような細い道だけ。
三人は息(いき)を切らしながら歩き続けた。どのくらい歩いたろう。急に視界(しかい)が広がった。目の前に開けた場所(ばしょ)が現れたのだ。三人はホッと息をついた。空を見上げると、満天(まんてん)の星空(ほしぞら)に半月(はんげつ)が顔を出していた。月明かりで、目の前に小さな祠(ほこら)があるのが目に入った。
「ここか…」伊集院(いじゅういん)は小さく呟(つぶや)いて、祠の方へ歩き出した。
その時だ。久美子(くみこ)が急に悲鳴(ひめい)を上げて倒(たお)れ込む。彼女は震(ふる)えながらある方向を指(ゆび)さした。伊集院と林田(はやしだ)は、その方角(ほうがく)へ懐中(かいちゅう)電灯の明かりを向けた。――二人も一瞬(いっしゅん)息を呑(の)む。そこには…、木々の間に隠(かく)れるように、人の姿(すがた)があったからだ。
しばらくそれを見ていた林田が言った。
「何だよ、脅(おど)かすなよ。ありゃ、マネキンか何かだろ。悪(わる)ふざけにもほどがある」
林田はそう言うと、マネキンと覚(おぼ)しき方へ歩き出した。――近づくにつれて、林田の顔が曇(くも)りはじめた。広場の端(はし)まで来た時には、顔面蒼白(がんめんそうはく)になり転(ころ)げるように駆(か)け戻(もど)って来て叫(さけ)んだ。「ありゃ、し、死体(したい)だ! 人が縛(しば)られて…」
林田は急に口を押(お)さえて走り出し、近くの木の根元(ねもと)でぜいぜいと吐(は)いてしまった。
<つぶやき>宝物(たからもの)じゃなくて死体を発見(はっけん)するなんて…。これから、どうなっちゃうのかな。
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三人は、民宿(みんしゅく)をこっそり抜(ぬ)け出した。伊集院(いじゅういん)は民宿を出たところで、あたりをぐるっと見回した。――まあ、小さな外灯(がいとう)が点(つ)いているだけなので、誰(だれ)かいたとしても見つけることは難(むずか)しいのだが…。三人は足音(あしおと)を忍(しの)ばせて、その場を離(はな)れて行った。
どこをどう歩いたのか、林田(はやしだ)と久美子(くみこ)には分からなかった。先頭(せんとう)を行く伊集院を見失(みうしな)わないように必死(ひっし)について行くだけだ。どのくらい歩いただろう、急に伊集院が立ち止まった。伊集院の持つライトが、道(みち)をふさぐように横たわるロープを照(て)らし出した。そのロープには“立入禁止(たちいりきんし)”の札(ふだ)が下がっている。久美子が呟(つぶや)いた。
「ここって、民宿のおばちゃんが言ってた…」
「崖崩(がけくず)れで立入禁止になっている場所(ばしょ)だ。ここが一番あやしいのさ」
伊集院は背負(せお)っていたリュックをおろして、中から紙包(かみづつ)みを取り出して言った。
「さあ、腹(はら)ごしらえだ。夜明(よあ)けまでに、片(かた)づけなきゃならない」
紙包みの中にはおにぎりが入っていた。林田はおにぎりにかぶりつきながら、
「何だよそれ。宝(たから)探しなら、昼間のほうが見つけやすいだろ。それを…」
「それじゃだめなんだ」伊集院はおにぎりをつかむと、「俺(おれ)たちはずっと見張(みは)られている。この島に上陸(じょうりく)したときからな。気づかなかったか?」
<つぶやき>誰が何のために? この島には、何か特別(とくべつ)な秘密(ひみつ)があるのかもしれません。
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