ここは、みたらし団子の老舗、というか、最初の店。市バス下鴨神社前下車、下鴨本通りを北へすぐ、西側にある。
下鴨神社HPの境内マップに、みたらしの池に湧き出る「霊水」の場所が「みたらしダンゴ発祥地」とある。 その池を水源に、南へ流れる川が御手洗川だ。楼門の外は奈良の小川、二の鳥居から一の鳥居までを瀬見の小川と名前を変え、賀茂川に注いでいる。(残念なことに、現在、みたらしの池に水は湧かず、泉川から水を引いている。涸れていた御手洗川・奈良の小川・瀬見の小川は復元された。)
「御手洗(みたらし)」とは、「神社で、参拝者が手や口を清めるための水を備えてある所(集英社・国語辞典)」であり、「御手洗川」とは「神社の近くを流れていて、参拝者が手や口を清める川(同)」である。
実際、「御手洗川」で検索してみると、伊勢神宮(三重県)をはじめ、霧島神宮(鹿児島県)、気比神宮(福井県)、広田神社(兵庫県)などで、境内あるいはすぐ近くに御手洗川が存在することがわかる。今はどこに行っても、手水舎で手や口を清めるが、ずっと昔は、流れる川の清水で、穢れを落とし、身を清めて参拝したのだろう。
京都市内の御手洗川は、ざっと調べたところでは下鴨神社のほかに、上賀茂神社、松尾大社の境内を流れている。いずれも創建が古い神社だ。
この下鴨神社では、昔から、みたらしの池に湧き出す水の泡を象って団子を作り、神饌としていたらしい。参拝した人々は、そのおさがりを持ち帰って醤油をつけて炙って食べ、厄除けにしたそうだ。それを、大正時代に神社前で開店した亀屋粟義さんが、砂糖醤油の餡をかけた「みたらしだんご」として、世に広めたのだとか。
ひさごのお盆に載せて運ばれてきたみたらしだんごは、1+4個の3串。多すぎ!と思ったが、これが、食べられる。普段買うものは、茹でた団子にしっかりと甘辛い砂糖醤油餡がかかっている。ここのは、小ぶりの団子を炙って軽く焦げ目をつけたものに、それほど強くない砂糖醤油餡。黒砂糖と聞いていたので、少しくどい味かと思っていたが、全然そんなことはない。あっさりした甘みに、炙りたての香ばしさが加わり、味が引き立った。
「水の泡を象って団子を作」ったと書いた。団子の丸みのことだけでなく、串の刺し方も、泡の浮かぶ様子を表しているという説がある。後醍醐天皇が、みたらしの池で見た泡の浮かぶ様子が、このようだったというのだ。また、離れた一つが頭、他が四肢で、五体を表すという説もある。神饌という由来から考えると、後者の方がそれらしい。五体を模した団子を神に供え、お祓いして、それを食べる。この串も、矢取り神事に使われる斎串と同様、除災招福の意味があったのかもしれない。つまり、五体の穢れを取り去って、災いを除き、福を呼ぶという意味が込められていたのかも。
5本入りを、お土産に買って帰った。この包みの「原材料名」には「・・・・・・砂糖・カラメル色素」とある。黒砂糖ではないのか?それとも黒砂糖にさらに色を足しているのか?串団子5本は、ビニール袋に、たっぷりの餡と共に入っていた。5時間ほど経ってから食べたが、その餡のおかげか、お団子自体はまだ柔らかだった。それでも、お店で食べた熱々の団子の香ばしさ、風味には及ばない。お店でも、注文の前にお土産を頼んだら、「ぜひ焼きたてをお召し上がりください」と言われたっけ。
今になってよくよく見れば、この包装紙に「冷めましたらビニールの袋のまま湯煎にしてお召し上がり下さい。」とあった。気づかなかった・・・。