京都国立博物館で開催中の『没後400年[特別展覧会]長谷川等伯』。
展覧会HPには「会場内の現在の混雑状況・入館までの待ち時間・会場混雑状況過去一週間の履歴」が記載されている。ここ数日は、4時以降なら並ばずに入ることができるようだ。日曜午後ならお客さんは少ないかも・・・と行ってみた。2時半頃に着いたら「30分待ち」の張り紙が。4/10~5/9の会期の、今日は前期の最終日。前期と後期で展示のマイナーチェンジがあるからか、かなり混雑していた。ゲートを通って博物館玄関前にはテントがいくつか並び、テント内では等伯の解説ビデオが流れている。テントに入りきらない入場待ちの列の人たちは、黄色い傘を借り、日傘代わりにしている。そうして、50人ぐらいずつ、一斉に入場。
展覧会ではどこもそうだが、入り口近くが混雑する。今日は特に一斉入場だったし。人が多いと見る気がしない。最初の部屋のタイトルは、「第1章 能登の絵仏師・長谷川信春」。人波の後ろから遠く仏画を眺めていたところ、『三十番神図』が気になった。法華宗において、日替わりで国家・国民を守護するという30の神々の絵だ。殆どが衣冠束帯の貴族の姿に描かれている珍しいものだった。等伯自身、能登時代から、法華宗の信徒だったらしい。
次は「第2章 転機のとき‐上洛、等伯の誕生‐」。ここも、やっぱり混んでいる。それでもなんとか絵の方へ近づいた。動物の姿が、とてもいい。気に入ったので、人の多さにめげずに見て歩いた。金碧画も、かなりいい。
「第3章 等伯をめぐる人々‐肖像画‐」。能登の七尾から出て京都で世話になった本法寺 住職・日通や、住職が紹介して知己を得た千利休の肖像画などがある。表情の描き分けを見ても、なんと腕の良い絵師だろうと思わされる。
「第4章 桃山謳歌‐金碧画‐」。さすが国宝、『楓図壁貼付』『松に秋草図屏風』は、大胆かつ繊細で、見事と言うほかない。『秋芒図屏風』も良かった。『柳橋水車図屏風』の柳の葉。執拗に繰り返される小さい緑の葉は、見ていると何だか怖い。描いていても面白くないのでは?という気がする。
「第5章 信仰のあかし‐本法寺と等伯‐」。ここでは、何と言っても『仏涅槃図』だろう。釈迦入滅の絵は、お寺などでよく見かける。しかし、これは10×6m。こんな大きさ見たことない。天井から吊るし、下の方は床に寝かせる、そういう展示だった。解説文には、跡継ぎの息子・久蔵を亡くし、その供養のために描いて本法寺に寄進したとある。一体どうやって描いたのか。襖ほどの大きさで描いて張り合わせたのか?絵の上部中央に描かれた、月なのか太陽なのか、ほの暗い空に描かれた白っぽいそれが、ひどく寂しげだった。
「第6章 墨の魔術師‐水墨画への傾倒‐」。ここで、作風は一変する。岩の表情に苦心の跡を看て取ることができる、と言えば、“上から目線”になるだろうか。思い切りの良い簡素な線描、墨の濃淡で遠近や質感を表すその手法を会得したとき、確かなデッサン力に裏打ちされた細密な絵を描いていた等伯は、高みに上ったと感じただろうか。ここでは『禅宗祖師図襖』が気になった。絵の題材は、禅の「南泉斬猫」。今まさに猫を斬らんとする南泉禅師の表情が恐ろしすぎる。笑っているのだ。
「第7章 松林図の世界」。国宝の『松林図屏風』に、目が釘付けになった。これはすごい。筆致も、濃淡も、間も。完成品でないかもという説があるって?それは全くどうでもいい。いいものを観た。ところが、カタログで見ると味気ないのだ。暗い展示室で見るより、カタログの方がきれいにはっきりと見え、実物を彷彿させることもある。でも今回は。
利休の後押しで大徳寺三門の障壁画を描き(1589年)、御所からの対屋障壁画の依頼(1590年)はライバル・狩野永徳の意向で取り消され、次は秀吉から祥雲寺障壁画を依頼(1591年)される。狩野派と長谷川派。芸術も権力争いのようなもの。利休のような実力者、秀吉のような権力者に認められ、活躍するのは、腕だけでなく、人柄の良さもあったのか、それとも世渡り上手だったのか、あるいは本法寺のつながりか。本法寺と言えば、本阿弥光悦。寺移転(1587年)の際に私財を投じ、巴の庭も彼が作庭している。光悦に代表される法華宗ネットワークが強かったのかもしれない。とはいえ、等伯の絵の良さは少しも損なわれることはない。仏画の時代から肖像画、金碧画を経て水墨画に至る(最晩年には肖像や金碧もあるが)それぞれの時期の絵が、それぞれ、いい。画風の変化もよくわかり、見応えのある展覧会だった。できれば人の少ない時にもう一度見たいが、多分ずっとこの混雑なのだろう。会期も短いし。いつか、同時代の狩野派の作品と一緒に観たいものだ。
会場出口に「平成二十二年度春季京都非公開文化財特別公開・長谷川等伯ゆかりの寺院をたずねて」というリーフレットがある。これには、本展覧会観覧者の優待券が付いている。お得な情報ということで言えば、展覧会HPの割引引換券をプリントアウトして持参すると、100円引き。よほど好評なのだろう、近辺のお店に、もう前売り券は売っていなかった。会場を後にしたのは4時半ごろ。外ではまだまだ列が続いていた。
[2010.5.26追記:南泉斬猫は、岩波文庫『無門関』『碧巌録(中)』にあり。]