携帯の中に入っている写真を見返していたら、こんな写真が出てきた。かわいいでしょ。高松に住んでいた頃、会社に行く途中で見つけた。そういえば、高松では街中でも、ツバメをよく見かけたし、巣をあちこちで見つけた。東京でも、私が子どもの頃には見かけた気がするけれど、近ごろあまり見かけない。マンションが増えて、巣を作れるような軒下が少ないからかな。もしくは、高松、特に私が勤めていた会社の近くなんかは、栗林公園の背後の森から飛んでくるのかも。
日付を見たら四年前の6月5日だった。
いまはツバメが子育てする季節なのだなぁ。
それとも西と東では多少時期がずれるのだろうか。桜前線ならぬ、ツバメ前線。
高松と東京を何度も行き来するうちに気が付いたこと。日本全国同じ時刻を指す時計で生活しているけれど、経度が違うから、日が昇る時間、沈む時間は異なっている。当たり前といえば当たり前なのだけれど、そのような生活をするまで気が付かなかったし、気が付いてびっくりした。
高松は東京よりも遅くまで明るい。日も長い気がした。それはもしかしたら、朝は起きるのが遅いから、東京のほうが早く日が昇ることには気付かないけれど、夕方は当然起きていて、日が暮れていくのを見ているから、夜になる時間がずれていることだけに気が付くせいだったのだろうか。
それとも、日の長さも少しは違う?緯度が異なるから、やっぱり高松のほうが少しは長いのだろうか。そんなことは調べればすぐにわかることなのだろうけれど、実際に自分で感じて知るほうがおもしろい。
ツバメは春の到来を告げるとよく言うけれど、ツバメが飛んでいるのを見ると、そういえば……、と思う。
そういえばもうそんな季節。
そういえば近ごろあまり見なかったな。
そういえば去年ツバメを見かけた頃は旅行に行ったな。
そういえばそういえば。
そういえば季節は、「そういえば」と強く結びついている。何度も繰り返すから、記憶というものを持ち、終わりということを知っているわたしたちはそれを愛するし、歳を取るほどますますその愛は深く繊細になる。
日付を見たら四年前の6月5日だった。
いまはツバメが子育てする季節なのだなぁ。
それとも西と東では多少時期がずれるのだろうか。桜前線ならぬ、ツバメ前線。
高松と東京を何度も行き来するうちに気が付いたこと。日本全国同じ時刻を指す時計で生活しているけれど、経度が違うから、日が昇る時間、沈む時間は異なっている。当たり前といえば当たり前なのだけれど、そのような生活をするまで気が付かなかったし、気が付いてびっくりした。
高松は東京よりも遅くまで明るい。日も長い気がした。それはもしかしたら、朝は起きるのが遅いから、東京のほうが早く日が昇ることには気付かないけれど、夕方は当然起きていて、日が暮れていくのを見ているから、夜になる時間がずれていることだけに気が付くせいだったのだろうか。
それとも、日の長さも少しは違う?緯度が異なるから、やっぱり高松のほうが少しは長いのだろうか。そんなことは調べればすぐにわかることなのだろうけれど、実際に自分で感じて知るほうがおもしろい。
ツバメは春の到来を告げるとよく言うけれど、ツバメが飛んでいるのを見ると、そういえば……、と思う。
そういえばもうそんな季節。
そういえば近ごろあまり見なかったな。
そういえば去年ツバメを見かけた頃は旅行に行ったな。
そういえばそういえば。
そういえば季節は、「そういえば」と強く結びついている。何度も繰り返すから、記憶というものを持ち、終わりということを知っているわたしたちはそれを愛するし、歳を取るほどますますその愛は深く繊細になる。
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