窓を閉めて風を閉め出すと
夜は静かな箱になる
玄関からリビングまでの廊下
四つの扉に囲まれた細長い空間を
部屋着で裸足で歩く
私の足音が浮き上がり
耳の道に入ってきた
あどけないあしおとだった
とがらない
アピールしない
クエスチョンマークの足形の見えそうな
ひっそりした音
影が自分から離れてしまう話を聞いたことがある
足音も自分から離れてしまうことがあるのだ
離れないと聞こえない
いつも離れているのにいつもは聞こえない
あんたがたどこさ
あたしはひとり
でもあんたがた
は複数だよ
リズミカル
にもなるよ
引きずるようにも
できる
もったいつけたり
連弾したり
いろんな色合いつけて
いろんな連れ合いあるはずなのだけど
わたしのはペタリペタリ
重くもなく軽くもなく無垢
のように
色が
なかった
外から見える家々は過去と未来を孕んで
その壁の向こうの棕櫚の葉の形
鮮明に染め抜く夕焼けの町を
永く歩いてきたはずなのに
不意に訪れたあ
し音
あ足音
にはまるで
言葉がなかった
まるでオクターブのように
ふるえながら
離れながら
わたしに連なっていた
この感覚を知っているのはわたしだけかもしれない
わたしも他の誰もそれを確かめることはできない
永遠に
永遠に錯覚しかできない
永遠を前に命は月て
カーテンをそっと開ける
足音は独特の切株を数えている
時計なのかもしれない
生まれてからわたしにしかなったことがない
ああ足音はとても弱い
フローリングのひんやりした感触は
サイズをよこしまに変えることもできない
不安という繁みに押されるように作られた道
をほんとうに(という言葉があるならば)
あとへあとへと追いやられて
言葉がない世界に
わたしはわたしの論理と年輪を繕って生きている
傷つくより前に樹皮を纏って
急襲に貫かれたことはない
だからまだこんなふうに
無防備な音が出る
だからきっと
本に纏わる埃の匂いを嗅いでいれば
生きられると思ったり
その脇で忙しく怠惰にアリバイ作りに精を出して
何十年を生きてしまいふと
とても静かな人間だった
絶滅危惧種のようだった
まるで、足音だった
(それは身体を追いかけていく影)
一瞬で消える
音のつらなりを
足音とわかるのは覚えているから
わたしにまつわる
世界にまつわる
水の流れのような記憶
ペタリペタリと鳴っている
わたしにしかきこえない不安が
ときどき風にはためいている
(不安をきくなんていまやしあわせものだ)
遠い電車の音が風に乗って聞こえる夜がある
わたしの中のどんな気象条件がその夜
わたしに足音を届けにきたの
まだ論理を踏み固めていない
この先の悲しみや
この先の喜びを
受けとめているのだ
やさしい腐葉土を信じて
いま選ぶ時なのかもしれない
論理ではなく感情を開拓する道を
(それがきっとほんとうに考えるということ)
いつまでもあどけない足音で
いつか耐え忍ぶ
次第におもくなっていく足音
そのときでさえあどけなく
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