大学2年生のときに初めて彼女ができました。
一緒に山登りをしたり、コンサートを見に行ったり、しました。
たった4ヶ月でしたが、今でも心に焼き付いています
その後、私の無責任さから、分かれることになりました。
そして私は26歳で今の妻と結婚しました。
子供も生まれ、幸せな新婚生活を送っていたある日、
友人(大学時代の女友達)から電話がありました。
「○○ちゃんが胃ガンで余命3ヶ月だ」とのこと。
私は頭が真っ白になりました。
彼女には身寄りがありませんでした。
私は妻に正直に話しました。
すると妻は「あなたしか頼る人がいないんだから行ってあげて」。
私は涙がでました。
そしてそれから半年、毎日のように入院している
彼女のもとを訪れました。
たまには妻も一緒に行きました。
彼女は日に日に衰弱していき、
ある日、小さな声で
「奥さんとお子さんと幸せに生きてね。あなたは
すぐ泣くから私が死んでもないちゃダメよ。奥さんに申し訳ないわ」。
彼女はそのご2ヶ月後に無くなりました。
ささやかな葬儀をしました。
音楽は私のピアノ演奏を録音したものでした。
お骨は本人の希望で無縁仏を納めているお寺にまつりました。
読んで下さった方はお感じになると思いますが、
一番かわいそうなのでは、私の妻です。
夫の元彼女の世話をするわけですから。
妻は私の両親の介護もしてくれました。
妻には感謝の気持ちでいっぱいです。
頼りない私が1人だったら何もできなかったでしょう。
これと同じような内容のドラマが彼女の死語に
放送されて、私は毎回泣きながらみていました。
今、これを書いていても涙が出ます。
実は同じようなことがもう一回あったのです。
それは私がうつ病になったときのことです。
それは、またの機会に書かせていただきます。
来週は彼女の命日です。
妻と一緒にお参りに行く予定です。
https://mental-counseling.com/
一緒に山登りをしたり、コンサートを見に行ったり、しました。
たった4ヶ月でしたが、今でも心に焼き付いています
その後、私の無責任さから、分かれることになりました。
そして私は26歳で今の妻と結婚しました。
子供も生まれ、幸せな新婚生活を送っていたある日、
友人(大学時代の女友達)から電話がありました。
「○○ちゃんが胃ガンで余命3ヶ月だ」とのこと。
私は頭が真っ白になりました。
彼女には身寄りがありませんでした。
私は妻に正直に話しました。
すると妻は「あなたしか頼る人がいないんだから行ってあげて」。
私は涙がでました。
そしてそれから半年、毎日のように入院している
彼女のもとを訪れました。
たまには妻も一緒に行きました。
彼女は日に日に衰弱していき、
ある日、小さな声で
「奥さんとお子さんと幸せに生きてね。あなたは
すぐ泣くから私が死んでもないちゃダメよ。奥さんに申し訳ないわ」。
彼女はそのご2ヶ月後に無くなりました。
ささやかな葬儀をしました。
音楽は私のピアノ演奏を録音したものでした。
お骨は本人の希望で無縁仏を納めているお寺にまつりました。
読んで下さった方はお感じになると思いますが、
一番かわいそうなのでは、私の妻です。
夫の元彼女の世話をするわけですから。
妻は私の両親の介護もしてくれました。
妻には感謝の気持ちでいっぱいです。
頼りない私が1人だったら何もできなかったでしょう。
これと同じような内容のドラマが彼女の死語に
放送されて、私は毎回泣きながらみていました。
今、これを書いていても涙が出ます。
実は同じようなことがもう一回あったのです。
それは私がうつ病になったときのことです。
それは、またの機会に書かせていただきます。
来週は彼女の命日です。
妻と一緒にお参りに行く予定です。
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