みすきのぶろぐ

役者「みすき康人」です。活動報告や宣伝、日々思った事、感じた事、社会問題その他あれこれを超不定期的に綴っています。

さよならブルーカラー

2015年10月18日 | 転職活動2013~
2015年10月。
思い起こせば2年と4ヶ月前、「50連休」を終わらせるべくとりあえず始めた派遣社員、工場勤務。
それから今に至る過程は、何度かこのブログにも書いてきた。
それとダブったりズレたりするかもしれないけど、とりあえず書いてみる。

工場の、たぶん一番ヘビーな部署に押し込められ安い時給で働いてきた2年間。ここは確かに毎日のように残業があり稼ぎたい人には最適なのかもしれないけれど、慣れてきたときに周囲や環境を見て気にせず愚痴も言わず黙々と働いていられる人に限る。

「え~、ヘンなの~!」ってことばかりの環境下で、直の上司はそれを見て見ぬふりだし周りもそれをおかしいとは思わないか思っていても黙っている。そのまま黙っていれば平和な毎日が送れるから「関係ないや」で目を瞑っている、そんな職場だった。

とはいえ自分だって、どろどろと沈殿している「平和な泥沼」に足を突っ込んでグルグルかき回してしまうような事はさすがにしない。ドラマの主人公ではないのだから。いくら不正が行われていようが、会社が暗にそれを認めているなら、たかだか派遣の一工員が何かを申しても何の意味も持たないことだし自分の身(クビ)が危なくなる事は避けたい。

そしていろいろ問題もあるようだが、今年の7月から「派遣法」の絡みで別の部署に異動となった。この異動は4ヶ月限定で、その後は元の職場に戻る事が前提となっていた。異動の時点でコッソリ言われたが、これを言っておかないと自分のような派遣は先々の仕事に不安を持つからだろう。「4ヶ月経ったら契約を切られるのではないか?」と思いたくなるのは仕方ない。

異動した部署は2か所。どちらにも共通して言えることが

とても楽チンな職場だという事

同じ時給ならこちらの部署の方が全然イイじゃないか!
これまでの2年間、腕を何か所も火傷をし、暑くて夏場はフラフラしかけながら、夜勤がサボって全然生産しないと
自分と比較して憤慨してながら続けてきたあの日々はなんだったのか?

こんな涼しい室内で、
こんな静かな環境で、
こんなのんびり作業をしていていいのか!
ここにはこんな職場があったのか!

っていうか自分の職場以外はみなそうだったりすることに、ここでようやく気付いたりする。

ともかく・・・
7月
8月
9月
そして10月。

予定の4ヶ月が間もなく終わろうとする昨今になって、自分的にようやく動きが出てきた。
これまでずっと続けてきた転職活動での一社から採用の連絡が来た。
ここでも正社員ではない(泣)が、時給も良かったのでこの話を受けることにした。

キチンと今の派遣会社の担当者に電話で辞意を表明し、契約満了での退職となった。

うん、大人の段取り。

この2年間、他の人のいい加減な辞め方を見てきたので、自分は絶対にキチンと辞めようと決めていた。
それが出来てよかった。

・・・というか、これが普通なんだけどね(笑)


こうして2年と4カ月の地元の工場勤務は間もなく終わろうとしています。
次の仕事は都内の事務所で働きます。今まで全く経験のない職種です。

もともと辞めるつもりだったので、工場を辞めることに未練はありません。
あ・・・強いて言うなら、工場内でとてもキレイなあの女性に会えなくなることと、昼飯が250円で食べられてラッキー!だったことかな。
あの女性と昼飯が同列に語られているのが我ながらなんとも言えない・・・。


作業着も今度返却します。これでブルーカラーは卒業となります。


〇〇電機のお世話になった皆さん、ありがとうございました!

・・・とここで言っても自分の趣味や別名の事は誰にも話していないので、絶対に誰にも届かないけど、まあ気持ちだけは、ね♪


こうして、みすきはこれからも生き急ぐのでした。




派遣生活1年経ち思う

2014年06月16日 | 転職活動2013~
そして、あっという間に6月も過ぎ、自分が派遣で働き始めて1年がたってしまいました。

この1年、仕事で何をしていたか・・・と言うと、一番初めに就いた仕事、金型の機械で、樹脂の加工をし続ける日々。それ以外の仕事は一切やっていません。

つまり、一年前の自分と比べて、仕事的な進歩はほとんど無い状態で一周年を迎えてしまった。

あとから入ってきたパートのおばちゃんや同じ派遣のに~ちゃんが、あちらの機械、こちらの手作業といろいろな仕事を覚えていくのを眺めているだけ・・・ハッキリ言って、もし今の職場から外されたら、1年在籍していたって他の仕事は全くわからず、途方に暮れてしまうだろう。
「お前、ここに1年いるのにこんな事もわからないのかよ?」と普通に怒られてしまうだろう。
そんなこと言われてもこの1年、これ以外やってないんだし、知るわけないじゃん。仕方ないじゃん。
まあ、そんな事は言われることは無いだろうけど、自分より後に入ってきた人たちが、現場の色々な作業を覚えていくのを傍から見ていて、自分の進歩の無さを実感しているとやはり焦りは出てくる。もしも状況が大きく変わって今の現場が閉鎖とかになったら、真っ先に要らなくなるのは自分のように他の部署の仕事を知らず、故に他の部署に回しづらい人間だろう。
まあ、でもそれが派遣の宿命。そしたら所属する派遣会社の方で別の工場を紹介してくれるはず・・・になっているが、正直あてにはならなさそうだ。

腕の痺れはまだ続いている。
この前まで諸説いろいろ素人判断を書き込んでいたが、どうやら手根管(しゅこんかん)症候群という症状のようだ。ネットで調べると上の方で表示される症状。今は地元の整形外科に週2日通って治療をしていて以前よりはだいぶ良くなったけど、やはりこの仕事を続ける限り、治らないようだ。
この先ずっとこんな思いを続けていかなくてはいけないなんて、冗談じゃない!
仕事より身体の方が大事に決まっている。

入社して半年・・・いや9か月位までは、与えられた仕事を一所懸命こなそうという思いが強く、周りにはほとんど目が行かなかった。
しかし1年間同じことを毎日毎日していれば、少しは精神的余裕も出て、周りを見渡せるようになってくる。
最初のころは「ここは大きい会社だし、今までいた中小のように変なヤツとかグダグダした人間関係は無いだろうな」と思っていたが、そんな事はとんだ思い違い、ここにもうじゃうじゃそういう事があることを知った。

自分の事は棚に上げて言うが・・・

どう贔屓目に見ても

年齢に関係なく

民度の低いヤツ大杉~~~!


その姿を見て
その会話を聞いて
情けなさ過ぎていたたまれなくなって、その場を離れた事が何度あったことか。

社会人として
現場の人間として
働く仲間として
ごく普通のコミュニケーションとして
どうしてこんな事さえ出来ないの?

こんな自分から見ても、ここはそんな事が多すぎな会社。
もし入社したときに気付いていたら、今ここにはいなかっただろう。

でも・・・自分もそろそろダメでしょう。
もともと長居するつもりは無かったし、将来に対してある意味吹っ切れた。

あああ、やっぱり工場なんて、どこもこんな感じなのかな?

「朱に交われば赤くなる」自分はまだ染まってはいないはず。
ここにも人生の反面教師が結構いることに気付いたのは収穫だった。

あとはこのシリーズ「派遣生活~」をできるだけ早く完結させなくては・・・それはとてもゆっくりにはなるけど動き出す決心をした、6月のある日でした。






あああ、また文章支離滅裂だし・・・
とりあえず、続きます。



「50連休」の終わりに・・・

2013年06月09日 | 転職活動2013~
6月9日(日)
ついにこの日が来た。

来る6月11日(火)から、みすきは新しい職場に通うことが決定しました!
長かったこの無職生活にも、ようやく終止符が打てることになりました。

数えてみたら丁度50日。
外国の会社なら、余裕で軽いバカンス休暇ができるくらいの日数ですが、この間、みすきは悩み、足掻き、期待し、失望し、凹み、開き直り、裏切られ、を繰り返してきました(順不同)。
その日々がようやく終わることになり、今は安堵のため息を何度もついている状態です。

無職生活が終わります。
ホッ・・・。


ああ、それから・・・

一応言っておきますが

身分は正社員ではありません。派遣、です。

派遣先は地元の工場で週5~6日、昼間のレギュラーで働きます。
そこは中小ではありません。地元では有名な会社です。

そして月給ではなく時給です・・・派遣ですから。


それでも、毎日仕事に通う日々になり、少しは肩の荷が下りた気がします。

生活もかなり変わります。
時給生活なので、前職よりも給料がグンと減ります。
通勤は電車ではなく原付バイクになります。

都内にはこれまでのようには行けませんね・・・
でもホテルバイトは続けるので、週一位では池袋には行けるかな?

そして、スーツは着ません(笑)

前職までとはかなりスタイルが変わりますが、今はその変化が楽しみにもなってきています。

一応、仕事が決まったので、再就職手当ても申請するつもりです。
計算はしてませんが、たぶんそこそこの・・・普通のサラリーマンの1ヶ月分位の額はもらえると思います。
それで生活を立て直します。

そして、「人質」となっていた退職金も前の会社に請求書を出すつもりです、明日にでも。
それが入ったら、中古のパソコンでも買おうかな・・・と密かに目論んでいます。

この歳になっての新生活です。
新しい職場でちゃんと仕事が出来るのか、とても不安です。
でもきっと何とかなる、と信じています。

前向きに、前向きに・・・。

そうでなくては新しい仕事なんて勤まりませんから。



しかし・・・
正社員になることを諦めての仕事探しでも、想像以上に苦戦をした。
実際には面接までこぎつけたのに辞退した会社も数社あったが、無理にこれらの会社に入っても自分では長続きしないだろうと思われる仕事内容だったし、これも縁、相手に迷惑をかけないうちに辞退連絡をするのが、面接をしてくれた相手に対しての最低のマナーだろうと思い、サッサと連絡を入れてきた。

もしも、まだ正社員にこだわって就活を続けていたら、きっとまだ全然決まっていなかっただろう。
履歴書を送れば送っただけ不採用通知が戻ってくる日々にはもう耐えられなくなってしまった。
そんな日々はもうこりごりだ、と思っている。


とにかく
正味50日(実際はそれ以上ですが)かかった、みすきの就活は一応、これで終わりました。

このブログを通じて、心配してくれた方々に心から感謝します。

そして、こんなオヤジを雇ってくれた企業にも、同様に感謝して、これからの仕事をがんばってみたいと思っています。

ありがとうございました!



でもたぶん、時には愚痴のひとつも出てくると思います。
その時にはまたこのブログで吐くので、「しょうがねえな~~~」と笑ってやってくださいね。






ではでは、このカテゴリー「転職活動2013」はこれで一旦(?)閉めさせていただきます。
最後に・・・


やっぱり人生、なんとかなる!



読んでいただきありがとうございました~!




迷走はまだ続く・・・

2013年05月28日 | 転職活動2013~
5月28日(火)

今日の時点で、まだバイトすら決まっていない。

求人誌と折込チラシで探してはいる。
ハッキリ言ってマジで動いている。

しかし・・・
前にも書いたように、情報が多すぎて目移りしてしまい、これと言うところに決めかねているのが現状だ。
面接まで進んだが、こちらから辞退したものも数件ある。

先日はその「これ」というのがあって、応募して面接して、いい手ごたえがあって、多分これで決まるかな・・・と思っていた所も後から有力な候補が現れて、逆転負けを食らってしまい、凄く凹んでしまった。

もうあてにするか、と思っていたハロワにも再度通い出して、正社員ではなく「正社員以外」「パート」の仕事を検索している。

そもそも平日Wワーク+土日にホテルバイト、が前提なので、その条件に合わせるのが難しかったりする。
土曜日が休めなかったり、休みがシフト制だったり。時間的に融通が利きそうなものは時給がメチャクチャ安かったり・・・そんなことの繰り返しで、かなり無駄な時間、無駄な日々を過ごしてしまっている。

昨日は社会福祉事務所へ緊急の生活費融資の相談に行ってきたが、数ヶ月先に失業手当をもらえる事になっている人に対しては融資の受け付けさえしてくれないそうで、なんだそのフザケタ制度は!と内心怒りながら帰途に着いた。

なにやってるんだろう、自分。

バイトなんてサッサと決まると思っていたのに、こんな所で持ち前の「優柔不断」さが出てしまっているのか?

こんな事ではイケナイ。
こんな迷走は終わりにしなければいけないのに。

よし、これを書いたら電話しよう。
そう誓いつつ、まずは目の前のタバコに手を伸ばすのでした・・・。



無職1ヶ月目の報復

2013年05月20日 | 転職活動2013~
そうそう・・・


以前からここでも不満をタラタラつぶやいているが、今日現在、前職の退職金が支払われていない。

これは、退職の原因とも言える「業務を通じて会社に不利益を与えた」というお題目の元、その業務の入金が確認されるまでの間、支払いが凍結されているからだ。

事前に会社側は、退職金を支払うとキチンと提示し、でも入金が無かったら払えないからね・・・とのたまっていた。その時は自分も「そんなものなのかな・・・仕方ないのかな」と納得しようとしたが、いまだにそれが出来ていない。

退職金の事は、正直忘れよう、忘れようと思うようにしていたが、次の仕事も決まらない昨今なので、とうとう我慢できずに最寄の労働基準監督署に相談に行った。
これまでのいきさつを、出来るだけ自分寄りにならないよう意識しながら職員に話してみた。
その結果・・・

本来は、会社への損害を給料や退職金で補填することは禁じられている事だけど、現在の状況は自分でもその事に納得し、了承してしまっている状態にある。
なので、もしもこの件に不満があるなら、一度会社に対し支払い請求を書面で出したほうが良い。
それで会社が支払わなければ監督署が間に入る制度も利用できる。
会社の規定がどうなっているか、にもよるけども法律上は給料(退職金)として払うものは払わなくてはいけないし、発生した損害云々は、また別の話として考えなければいけない。


う~~~~~~~~~~~~~~ん、そうだったのか~~~~~!
やはり相談に行って正解だった。

退職金、と言っても勤務年数が少ないので微々たるもの。
でも今の自分には大きな額。
たぶん会社は、お抱えの「経営コンサルタント」に入れ知恵されて、あんな策をとったんだろう。
こういうことを平気でやる会社なんだし、自分もこのまま泣き寝入りするよりも、動くだけ動いてみる価値はありそうだと思った。

これも聞いた話、になってしまうけどこの会社、退職した人間が応募した他企業からの問い合わせ(この人はおたくの会社ではどうだったんですか?等)があるとクソミソに貶すようだ。そんな事をされればもちろん採用されないでしょう。そんな事も思い出し、自分が就職決まらないのもそう言われているのではないかと疑心暗鬼になってしまう。
自分の前任の営業担当者の事もクソミソに言っていたし。まあ、あの社長ならやりかねないな。

それはそれで置いといて。

こちらはキチンとした所から知恵を授かって、失いかけたものをもしかしたら取り返せるかもしれない事を知り、少し勇気が出てきた。この際だからちょっと動いてみようと思う・・・どうせ時間だけはあるんだし、会社のお陰で(笑)


結果はここでまた報告します♪



無職1ヶ月目の迷走

2013年05月20日 | 転職活動2013~
5月20日(月)

仕事を辞めてから、はや1ヶ月が経ってしまった。
当初、就職自体はそんなに簡単に見つかるのものではないと覚悟していたが、やはり求職活動のみで1ヶ月かかってしまうのは、さすがにマズイ。貯金があるわけでもなく、実質マイナスでのスタートなので、もういい加減バイトでも決めなくてはいけない状況に陥ってきた。

辞めてからこの間、収入は土日のホテルバイト分のみ。
このバイト、時給はいいが、レギュラーで働いているわけではないので給料も一桁万円・・・生活の足しにもならない。

いよいよ「ケツに火が付いた」状態になってきた。


今朝も朝からハロワに行って、仕事の検索をしてきたが、もう既に検索内容が変わっている。「正社員」ではなく「正社員以外」や「パート」の仕事を検索している。
中には「これいいな」と思うものがあるが、そういうものに限って条件が大卒だったり交通費に上限があって、田舎に住んでいるみすきにとって、通うたびに足が出てしまう残念な状況になってしまうので諦めざるをえなかった。

もちろんハロワ以外にも情報収集はしている。
新聞の求人広告はもちろん、折込に毎週入っている求人チラシや駅とかコンビにに置いてあるバイト情報誌もここのところ欠かさず見ている。
でも、逆に情報量が多すぎて、次から次へと目移りしてしまい、これだ!という仕事にありつけない。
時給がいい仕事は遠方だったり、資格が必要だったり夜勤があったりするし・・・いやはや、なかなかうまくはいかないものだと求人誌を前に何度ため息をついたものか。

自分的には、平日の昼間メインのバイトと週3位で働く夜バイトの二本立てで考えているが、広告に表記されている時間帯がうまく合わず、これも迷走の元になっている。面接の際にはうまく調整はしてもらえるんだろうけど。

でも、最近の求人広告で親切だな、と思ったことがある。
広告の中で「○代~△代までの仲間が活躍中」とか書いている点。確か、今は特別な理由がない限り年代を指定しての求人は出来ないので、いらない年代からの無駄な応募を防ぐための対策なんだろう。暗に「だいたいこの位の年代の人を募集してますよ」と示している。いくら気持ちは若いと自負しているみすきでも、さすがに20代が中心の職場には入っていけないので、これらのコピーは参考になる。

そんなこんなで、さっきまでチェーンのコーヒー屋で求人誌を眺め、いくつか候補を選んでみた。
この分だと、当分は地元に引っ込む事になるだろうな・・・。
しかし、そんな事はもう言ってられない。一日も早くバイトを決めなくては。求人はこんなにいっぱいあるんだから。

そう思いながら、商店街のマン喫に入ってこれを書いている。
そんな余裕なんか・・・あるわきゃないのに~~~!!!

そろそろ「どん底」がチラチラと見え始めたので、ここらでマジに気合を入れて頑張らないと。
そう思う、現在無職の自分でした。

がんばるぞ~~~!



誤算・・・また仕切りなおし

2013年05月16日 | 転職活動2013~
5月16日(木)

就職を半ば諦めた時点で問合せた短期の仕事の「登録」に行ってきた。
とりあえず、しばらくの間の食い扶持を稼がなければならない。

情報誌を見て、これはイケそうだなと思った会社に電話をしたら「登録会」があるので、まず登録をしてくれ・・・と言われ、それが今日だった。
会場は隣の市だったので楽で良かったが、行ってみたら何てことはない、ただの人材派遣会社だった。

派遣かぁ・・・

みすきとしては初の派遣体験になる。
派遣とはちょっと違うが「配膳人紹介」ならずっとホテルバイトで利用しているが、こちらはどうなんだろう?

まずは話を聞いてみないとわからないので、会場に行き開始を待った。
会社概要や仕事の流れなどの説明は映像で流れた。それを見ているだけなら、まあこんな感じかな・・・と思っていた。
そして給料の説明に入って、日給の一覧が映し出されて「え?」と目を疑ってしまった。


安い・・・安すぎる!


そこに表示された「9時間拘束(休憩1時間)での日給」は6,000円台半ばだった・・・時給換算で約800円ちょっとで交通費は700円まで自腹。
なので実際手元に残るのは5,000円台になること間違いなし。

こりゃ「M」のファーストフードでバイトしたほうが稼げるんじゃないか?と思える位の値段だった。
しかも会社に何度も連絡をしなくてはならず、給料もそこに取りに行かなくてはならない。


め・・・面倒くさ~~~!


次の日から仕事につけそうだが、これは今の自分にとってリスクが大きすぎる。
手取り5,000円で月20日働いても10万円にしかならない。

こりゃ無理だ!

いやいや・・・これは誤算だった。
もっとキチンと稼げるものかと思っていたら、現実はこんなもんだったとは・・・こりゃキツいぞ~~~!

一応、登録はしたが、おそらく利用する事はないだろう。
また来週の数日が無駄になってしまう恐れが出てきたが、さすがにこれでは厳しすぎる。

再度、仕切りなおすしかないな。

週末の求人チラシと週明けの求人誌に期待しようと思った所に土曜日のホテルバイトの予定メールが流れてきた。
拘束11時間、15,000にはなる。

よし、土日に関しては、とりあえずこちらに集中だ。

実はいま、応募を2件ほどしているけど、結果はまだ来ていない。たぶんダメなんだろうな・・・。
平日昼間バイト、いつになったら決まることやら・・・。


世の中やっぱり楽じゃないね~。
さて、気分転換だ。

ウチに帰ってワンコと遊ぶとしよう(笑)





無職22日目の挫折

2013年05月12日 | 転職活動2013~
5月12日(日)

前回のブログでも少しつぶやいたけど・・・

急いでどこかの会社に潜り込んで

社員になることは

もうやめることにした。


何か、馬鹿らしくなっちゃった。

一生懸命履歴書を作って、文面ではお願いします、お願いしますとへりくだり、職安でもらった「応募書類の書き方」を参考に、数少ない自分のいい所、アピールポイントを穿り出す。
そしてそれらの書類も昔のように三つには折らず、定形外(角2)の封筒を使って、割高な郵便料金を払って郵送した挙句、その反応は、事務的に不採用通知が送られてくるだけ。

もう疲れた・・・。

やはり今のご時勢、みすきのような年齢の、特に取り柄のない人間が就職しようだなんて、ちゃんちゃら可笑しい事だったんだろう。

つくづく時間と労力とお金の無駄、な気がしてきた。

それならばバイトを探して、今までよりは下がるけど、ある程度の収入を確保したほうがよほど効率的だと実感した。
ここ数日の間にも、これまで応募した企業からの不採用通知がまるで申し合わせでもしたように、来るわ来るわ・・・。日頃、神経が図太いと言われている(?)みすきでも、これにはさすがに凹んでしまった。

今は自分の需要は無いんだ。

ここまで来れば、そう思うしか無いだろう。
これ以上足掻くのも、深みに嵌るだけで何もいいことは無い気がする。

先週の金曜日には、告知通り「最後の面接」に行って来た。
会社自体は悪くないと思ったが、たぶん自分はここでは長く続かないだろう・・・と面接を終わってから思った。
自分とは何か違うところかもしれない、自分がやりたくない仕事をすることになりそうだと先方の説明を聞きながら感じた。せっかく就職しても、すぐに辞めてしまうのは愚の骨頂。手応えは五分五分といったところだけど、ここは辞退の連絡をした方が良いのかと思っている程だ。

今は自分の需要は無いんだ。

「今」だけ?

いいや、たぶん当分だろう。

ま、それは仕方が無いこと。
会社から必要とされるスキルを持っていない自分の力が足りないだけ。

だからもう、会社員になることは半ば諦める事にした。
はい、挫折です。
その通りです。

でも・・・

政治が悪いとか、世の中が悪いとかは言いません。
言ったって何の解決にもならないし、政治?あんな馬鹿な連中に何を期待すればいいのやら(笑)

ま、人生いろいろあるわけだし、自分には自分の人生があるわけだし、これからバイトの掛持ちしながら・・・そして、もちろん役者もしながら面白おかしく暮らそうかと思う。

それがこれからの自分の人生。
そう思えば気分も楽になり、前向きにバイト探しを始められそうだ。候補は既にいくつかある。


そうと決まれば明日からバイト探しに専念しようと思う。

明日は駅でバイト求人誌をゲットしなくちゃ。

人生まだまだ長いぞ~~~~~!



本日ジボウジキなり

2013年05月09日 | 転職活動2013~
なんかさ・・・

もうどうでも良くなった気がする。

就職?

してどうなるのよ?

給料なんて

バイトしたって手に入るじゃん。

バイトの方が

楽しく毎日過ごせそうじゃん。

会社に入ったって

健康保険が半分負担してもらえるのと

将来もらえる年金がちょっとだけ高くなる・・・

それだけの話でしょ?

ボーナスなんて

今までまともに貰ったためしもないし

ワーキングプア?

今までだってそうだったじゃん。

それで生きてこれたじゃん。

毎朝キチンと家を出て夜に帰ってくる

バイトだって同じジャン!


要するに自分は企業にとって必要の無い人間なんでしょ?

まだ20通位しか履歴書送ってないけど

なんか疲れたわ。

第一次倦怠期というか

ちょっと目先を変えてみようかと思ったりもする


そう思いながらも

ハロワに行って検索して

条件をまた引き下げて

妥協出来そうな仕事を探している自分がいる。


あ~あ

さすがに疲れたかもしれない。


もうこの歳だし

まっとうに生きるには

人生またやり直そうと頑張ってみるには

少し遅すぎたのかな?

少しどころじゃないじゃん(笑)


・・・いや、そんな事知ってたけどね。


貧乏くじ、引いてばかりのこの人生

この機会に目先をちょっとずらしてみようか・・・


春の陽気がそんな気にしたのかわからないけど

ちょっと弱気な一日でした。





連休は続く・・・

2013年05月06日 | 転職活動2013~
5月6日(月・祝)

世間では大型連休が続いていたが、それも今日で一段落する。
一時期は連休でも高速道路が渋滞することはあまりなかったが、今年はテレビでよく渋滞情報を流していた。

やれ行楽地に行った、とか

やれ海外に行った、とか・・・

ふ~~~~~ん!
みすきはどこにも行きませんでしたよ~~~~!


後半の四日間のうち三日は休日用バイトをしていたみすきにとって、その喧騒ももう終わるのは、個人的には嬉しい限りだ。

でも・・・

明日から、どうしよう。

無職状態が続く、みすきにとって大型連休なんのその。
だって、

毎日が連休なんですから~~~(泣)

これまでは、通勤用の定期も残っていたので、朝いつも通りに家を出て、連休の谷間などは午後早く帰ってきても「半ドンにしたんです~」みたいな体裁で近所の目を誤魔化していたが、定期も切れてしまった今、そうそう無駄な電車賃を使うわけにはいかないし、かと言って一日中家に篭っていたら頭がおかしくなってしまう。

バイトだ。
平日用のバイトを探さなくては、決めなくては!
この前もらってきたバイト求人誌はまだ開いていない。


大きな会社に勤めていた人なら、退職金とかいっぱい貰って「心身のリフレッシュ期間だ」なんて余裕をかます事も出来るだろうが、スズメの涙ほどの退職金すら「人質」に取られてしまったので、日銭を稼がないとマジ死んでしまう。


よし、世間での連休が終わることだし、こちらも気分一新、バイト&職探しにこれからまた頑張ろうと思う。


休日バイトで身体がガタガタの状況の中、そう決心する5月のある日でした。





無職12日目の誤解

2013年05月03日 | 転職活動2013~
前回の「状況」をアップしたあとで、地元のハロワに行った。

いつものように求人の検索ではなく、もう経済的にどうにもならない事がわかっていたので、何か支援してくれる制度は無いか、聞きに行くためだ。以前池袋のハロワでその制度のポスターを見たが、内容がよくわからなかったので質問したら、地元のハロワで聞いたほうが確実だと勧められたためだ。

しばらく順番を待ち、呼ばれたカウンターの係の人の説明によると、今は・・・と言うか、なんでもこれらはリーマンショック以降に出来た制度らしいが、無職状態な人に対する経済的支援、貸付だとか支給とかの体制も意外にあって「へえ、こんな親切な制度があるのか」と却って驚いてしまった。

しかし・・・自分に当てはまるものは少なかった。「住む家が無い」とか「退職で今の家を出なくてはいけない」とかの援助がメインのようで、それらの中でも何とか自分に合いそうな、とりあえず急場をしのぐ生活資金融資制度を紹介してもらった。

それでもやはり先々の見通しは真っ暗で、みすきは次第に係の女性に愚痴り始めてしまっていた。そんなみすきに、係の女性は呆れる事もせず、優しく話を聞いてくれていた。そして・・・

「とりあえずこの融資で今月は乗り切って、その間に短期の・・・例えば日払いのアルバイトでも探してみてはどうですか?」

その言葉に、みすきは耳を疑った。

「え?待機期間(3ヶ月)って、仕事しちゃいけないんじゃないんですか?」

「いえ、大丈夫ですよ。この3ヶ月間は雇用保険が適用されない分、お仕事してもらっても何の問題もありません。特に収入の上限とかもありませんし」

な・・・なんたる事だ。

みすきは今まで、この3ヶ月間は一切仕事をしてはいけない時期だと思っていた
だから3ヶ月も収入無しで、貯金の無いヤツは死ねといっているようなものなんだ・・・と思い込んでいたが、

違ったのか~~~!

なんだよ、それなら堂々と今のホテルバイトにも行けるし、平日昼間は地元のファミレスにでもバイトすれば、今よりは落ちるが収入が確保出来るじゃん!
例えば、そのバイトが調子良くて3ヶ月が4ヶ月になってしまっても、届けてさえいれば権利を失う事も無く、4ヶ月終わった次から失業保険が支給されるそうだ。

ああああああああ、無知!

それならサッサと短期バイトを探せばよかった。それを知っていれば、こんなに重苦しい気分にならずに済んだのに・・・。

そう考えた途端、今までの気分が一転しとても目の前が開けてきた気がした。
「そうなんですか、じゃ、バイト探します♪」
正直言うと、ちょっと涙腺が緩んでいた。なんだぁ、そうだったのか~~~!いままで心配して損したよ。
そして、係の女性に心からお礼を言って、軽い足取りで帰途についた。
もちろん駅構内にあるバイト情報誌を持って帰ることも忘れずに。



いい気分で帰宅し、求人誌でも見ようかな・・・と思ったところに電話がかかってきた。
出ると、履歴書を送った会社からだった。

「面接に来てほしいんですけど」

みすきは二つ返事で了解し、日程を確認して電話を切った。
もちろんこの会社で採用されるかはわからないが、いい事は重なるのかな~と浮かれ始めていた。

単純なヤツです。

そこに・・・
近所に住んでいる父親がやってきた。父親はみすきが無職だという事は知っている。
ポケットから一枚のメモを出し

「知り合いの会社なんだけど、今度一人辞めるって聞いたから、お前の話をしておいた。この日に面接に行け」

ひえええええええ!

なんだか話がややこしくなってきた。
バイトを探すのが先か、面接の結果を待った方がいいのか。

いま、父親に紹介された会社に出す履歴書を作るためにマン喫に来てこれを書いている。
いまだに頭がこんがらがっている。


うれしい悲鳴、となればいいが、さてさて、どうしたものだろうか・・・。

とりあえず面接、行って来ます。




無職12日目の状況

2013年05月02日 | 転職活動2013~
5月2日(木)
退職してから12日が経ってしまった。
ちなみに、タイトルの「○○日目」というのは、これから先は数えるのが面倒になってくるので、そろそろ止めようと思っている。

で・・・
未だに状況は変わっていない。
ハローワークで検索して応募は絶え間なくしているが、不採用通知が戻ってくるのみ。ここまで面接に至ったのは2社。ネット応募で履歴書を忘れていった会社と、例の出版関係のみ。

特に選り好みをしているわけでもなく、自分に出来そうな仕事なら積極的に応募している。
まずは応募しないと始まらないので、それはもう手当たりしだい的に履歴書を送っている。
それこそ、前に「絶対に行かないぞ~!」と豪語した印刷関係でさえ、背に腹は変えられないので、応募書類を出している。こちらは一日も早く仕事をしたい気持ちはあるが、こればかりは相手があるものだから動きようがない。

先日、4月分の給料・・・が最後の給料が振り込まれたが、税金やらなにやら引かれて金額は半分になってしまっていた。どうするんだよ、これで~~~(泣)

このままでは、マジやばい・・・。

これまでも、日々の生活がいっぱいいっぱいで貯金なんて0だし、あと1ヶ月もしたら干上がってしまうのは確定している。もうバイトでも何でもして、収入を得ないといけない。しかし、雇用保険の手続きをした今は、基本的に「無職状態」を維持しなければいけない。週4日、一日6時間以上働いたら「仕事に就いた状態」とみなされて、いわゆる「就職お祝い金」と言われる早期就職手当も貰えなくなってしまう・・・あ、もちろんキチンと申告すれば、なんとかなるんだろうけど、その辺の説明を聞かないと下手に動けないので、もどかしい限りだ。
だいたい、前々から思っていたけど、3ヶ月先からじゃないと失業手当を支給しないのはどうなんだ?みすきのようになかなか決まらない人は死ね、と言っているようなものじゃないか。
もちろん悪用はイケナイ。仕事が決まっているのに支給されるなんてもっての外、でも真剣にヤバイ人にはもう少し救いの手を出してくれてもいいんじゃないか?

そう言っても、どうせ「決まりですから」で済まされてしまうんだろう。

唯一の望みだった退職金も、売掛金の「人質」に取られていて、その客がキチンと払えば問題はなかったが、今になってゴネ始めたようで、もしかしたら裁判沙汰になるかもしれない。もちろんこちらには何の落ち度も無い。向こうの一方的な言いがかりだ。となると、おそらくこれも自分の手元に来ることを期待するのは無理な話なんだろう。もう、泣きっ面に蜂とはこういう事だろう。


つくづくツイテナイ人生だ。
でも、救う神は必ず現れるはずだ。
その日を信じて、今日も応募の準備を進めておこう。


無職5日目の屈辱

2013年04月27日 | 転職活動2013~
4月25日(木)付

はじめに・・・
今回、こうしてブログを通じて転職活動(いや、もう今日の時点では「就職活動」と言った方がいいのかもしれないが)をいろいろ書いているが、実際のところこれまでに数回の転職を経験している。ずっと中小の印刷会社なので、みすきのように理不尽な事を飲み込む事が出来ない「とんがった」ヤツはどうしても続かなかったりする。自分から退社したり会社から退社させられたり・・・まあ、履歴書の職歴欄が足りなくなる位の経験はしている。なので、就職活動にはどうしても不利になる。
もちろん選ぶ企業側だって、そこの所は気にするし、退職理由を聞きたくなるのは当然だ。
過去の転職でもそこは面接で何度も聞かれたし、当然だと思う。
他の人より重荷を1トンくらい余計に背負っての就活という事は誰よりも自覚している。
そんな状況だからこそ、ちょっとやそっとではヘコタレない自信はあった・・・はずだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日、面接に行ったのは、都内某所にある「出版関係」と称する会社。
印刷経験者求む、の求人で応募した。
そこに書いてあった事業規模を見てびっくり、なんと「2人」!こりゃまた小さな会社だなぁ、でも昭和50年代からやっているようだから、まあ大丈夫かな?でも、もしかするとホントは20人位いたけれど、みんなが辞めちゃって2人しか残っていなかったりして・・・などと勝手な想像をしながらその会社に向かった。
大きな通りに面した大きなビルの指定された階に行き、部屋の中に通されると・・・あれ?なにこれ。
部屋の中がすっからかん。まるで引越しでもするかの様に、と言うかもっと悪く言えば潰れた会社の顛末の一部のように棚が片されていたり、何か置いてあったらしき跡がある部分があったり・・・とにかくフロアが不自然に広い。
大丈夫か?これ。
この会社に対する第一印象は、それだった。

会議室のような部屋に通され、しばらく待ってやってきたのは面接官「B」。
履歴書を見て、これまでの経験や退職理由などを聞かれた。
一通り説明し終わってからやってきたのは面接官「C」。メガネをかけた五十絡みの、いかにも事務職をずっとしてきましたというタイプ。
そして履歴書を片手に、もう一度最初から説明する羽目に。
でもまあ、これは仕方ない。
また、ここは出版会社ではなく、出版社を相手にしている普通の印刷屋だった。表記がおかしいぞ。印刷屋だとわかっていたら応募は控えていたのに。

そして話が売り上げの事になった。年間いくら位売り上げていたのか?と聞かれ「○○万円」位です。と言った所で二人が固まった。「え?年間○○万円?月間じゃなくて?よくそれで会社がやっていけたね~!」「ホントに○○万円?全体ではいくら位なの?」などと何度も聞かれ、二人して電卓片手に信じられないという顔をしていた。
ええ、ええ、どうせそうですよ、ダメ営業でしたよ、かなり暇ぶっこいていたけど、前の仕事は単価が滅茶苦茶安かったんだから仕方ないでしょ。そう心の中でいじけ始めていた。


そこへやってきたのは面接官「A」。
え・・・この会社、二人じゃなかったの?その説明も特に無し。
みすきと向かい合って左からA、B、Cと並ぶ形になって面接は続いた。

もう年配で、やさしい感じのその人にも転職回数云々を聞かれ、少々辟易気味になったが、まだ気力は持ちこたえていた。

そしてまた三人で売り上げの話になった。
「うちはねぇ、●●万円の売り上げがあるんだよ、それを任せられるのかなぁ?あなたがそれだけの仕事が出来るのかが心配なんですよ」
「本当に○○万円で会社がやっていけるんだ?」
などと、それから延々と・・・そう延々と売り上げの話が続き、なんだか自分がこれからもそれしか動けない人間の様な口調になってきた。
もう正直キリがないので、口をはさんだ。

「あの・・・すいません。別に私は前の会社で担当していたお客を全部こちらに持ってくる訳ではないので、ここで働くとしても○○万円と言うことは無いと思うんですが・・・」

電卓叩きに忙しかった二人は手を止め、Cが言った。

「あのねえ、うちのお客さんは外資系が多いんだよ。それ以外のお客でも、いろいろ無理難題を言ってくる人は多いの。そんな時にあなたのようにそうやってすぐキレた口調になると、すぐお客さんに切られちゃうんだよ。そうしたらどうするの?何千万の売り上げが無くなるんだよ?困るんだよね、あなたのような態度をとられると」


え・・・マジ?
キレた口調で言った訳ではないのに。なんでそんな事を言われなくちゃいけないの?
AとCもそれに合わせて同様の事を言ってくる。
その時、ふっと思い当たった。

まさか・・・
まさかこいつら(失礼!)ワザと人をイラつかせて、その反応を見たんじゃないだろうか?でもこの言い方だと、初めからこの言葉を用意していたとしか考えられない!
マジすか?なんという陰湿な・・・。


今度はこちらが唖然とする番だったがそんな感情は表に出さなかった。
しかし、面接の場で相手にそういう思いをさせてしまったことは、こちらの落ち度。そこは素直に「申し訳ありませんでした」と謝罪した。
そして顔を上げてふと見るとなんとBは腕組みをして、こちらを睨んでいた!

みすきも数多く面接を受けてきたが、面接官が腕組みをしていたのは初めてだった。
な・・・なんという・・・。

プツっと音を立てて、みすきの緊張が解けてしまった。

もうダメだ。
もしも万が一この会社で採用されても、自分では続かない。
面接は会社が応募者を選ぶのと同時に、応募者もその会社を品定めできる機会。こちらの採点では、この会社、不合格。
そう言えば、さっきから感じているこの重苦しい雰囲気、これは面接のそれではない。なんか・・・三人から怒られているようなそれだった。
そうか、この人たちはこの面接で『この応募者はどういう人間なのかを把握する』のではなく『この応募者のアラ探しをしてやろう』的スタンスでいるんだ。だから話がずっと後ろ向きなんだ。人の話を信じようではなく最初から疑ってかかっているからこんな口調と視線、そして腕組みなんだ。

ブラック印刷屋の典型的なパターン。まだこんな会社が残っていたとは。
いくら売り上げがあろうが会社として成り立っていようが、自分はこんな会社には頼まれても入りたくない。
何だよ、ここは前の会社より性格が悪いじゃん!
もしこの会社に入って頑張ったとしても・・・客観的に見て、こちらに何の落ち度が無くても、何らかの理由をこじつけられて辞めさせられるに決まっている。そこまでハッキリ見えてしまった。

その後の会話は何を話したか、すでに覚えていない。
お互いに呆れてしまった同士だから、たいした中身など無かっただろう。何を計算しているのかわからないが、その後もCは電卓をいじっていた。
最後に「では休み明けに連絡します」と言っていたのは覚えていたが、どうせ不採用通知が届くだけのこと。

ひさびさにヘヴィな時間を過ごしてしまった。
そして、なにか物凄~く侮辱された気分で帰途に着いた。
この日の事は当分記憶に残るだろう、トラウマとして。



でも、めげないぞ。
本格的な就活は、まだ始まったばかりだ。

ハンデいっぱいの就活だけど、負けないぞ~~~!



たぶん、つづく

無職4日目の憂鬱

2013年04月25日 | 転職活動2013~
4月24日(水)
無職生活4日目。
そういえば、国民健康保険の手続きとか・・・全然していない。
まあ、家族は今のところ元気だし、まだいいか。

今朝も今までどおり、早く家を出た。
そぼふる雨の中、池袋に着くと朝マックしながら少し時間をつぶす。

昨日、前のブログ記事「3日目」をアップし終えた後に一本の電話がかかってきた。
ハロワとは別に、ネットの求人サイトで応募していた企業からのもので、ぜひ面接をしたいというものだった。
「やったね~!」と思いながら、ふと考えた。

あれ?WEBの応募って、履歴書持って言ったほうがいいのかな?

普通、面接の電話の時、一応「履歴書を持ってきてくれ」とか言われるものだけど、今回はそれが無かった。社会通念上、面接の際に履歴書を持っていくのは当然の事だけど、初のWEB応募。サイトに登録の際に「WEB履歴書」というものを記入させられるので、それでいいものだと思い込んで、手ぶらで面接に臨んだ。
マックを出てから、いつものマン喫に入ったので、速攻で作ろうと思えば出来たが・・・作らなかった。

それが失敗だった。
WEBだろうが、やはり履歴書は必要だった。

担当者から仕事の説明を受けた後、個人面接に移るのだが、履歴書を持っていない自分は当然のごとく「ハイ、サヨナラ」になってしまった。

ああああああああ、なんという恥!恥ずかし~~~~~い!

仕事の説明を聞いて「こりゃ自分には向いてない」と思い、辞退する気になったのとはまた別。一社会人として、いい歳のオジサンがとっても恥ずかしい事をしてしまった。
WEBはそんなにヤワじゃなかった・・・。
この恥ずかしさは当分心に残ると思うが、ま・・・次回以降は気をつけることにしよう、うん。

池袋に戻り、またハロワに行き、2件紹介してもらった。
印刷会社ではないが、印刷の経験があれば優遇とあった。
窓口で調べてもらったら、片方は応募者多数だけどまだ採用者未定。40名くらい応募していたが、そんなものは気にしない。

今の就職なんて宝くじと同じで、応募しなくちゃ始まらない。

転職活動を始めてから、もうかなりの数の応募をしたつもりでいたが、改めて数えてみると前記の2社を入れてもまだ13社だった。ハロワの窓口のオネエサン曰く「今は10件の応募で1件の面接の電話が来れば御の字ですね」との事。それから言うと、だいたい平均値なのかな。
また、オネエサンは「就職が決まるまでには、皆さんだいたい自分の年齢の数位の件数、応募してるみたいですね」

うへえ、それじゃまだまだだ。紹介状をもらい、帰途に着く。
凹んだ気持ちでハロワを出ると、昼からの雨も上がり、夕陽がさしていた。

帰りの電車。ちょうど乗り換えの電車に乗り込もうとしたところで滅多に鳴らない電話がまた鳴った。出てみると、先日5件送ったうちの1件だった。事業規模は小さいが、まあこれまでの経験が役に立つかな、と思い応募した所・・・って事は、書類を送った翌日に電話が来た・・・早~!
電車を途中下車して面接の日取りを決めた。ヒマだからいつでもいいですよ、と言いたかったが「あ、その日なら空いてます!」と、ちょっと見栄を張ったりして(笑)

翌日と決まった面接も、どうなるかわからない。
まだまだ先は長いけど、これからもめげずに応募、するぞ~~~~!