気心は未だ若い「老生」の「余話」

このブログは、閑居の間に
「言・観・考・読・聴」した事柄に関する
 雑感を主に綴った呆け防止のための雑記帳です。

近藤医師の「癌放置」所論に共鳴

2014-10-25 10:34:07 | 健康

「余命三か月のウソ」の著者、近藤 誠氏の近著(下記表紙)を最近読んだ。この著にも、癌治療に関する世間一般の常識とは異なる同医師の所論が、大変解り易く記されれいる。

その要旨は、●癌検診は百害あって一利なしだ。●現代の医学では、癌を予防し、治療することは出来ないし、漢方薬を含め癌治療に効果的な薬剤はない。●癌には「転移する癌」と転移しない「癌もどき」の2タイプがあり、手術して治ったと称される癌は、「癌もどき」の癌であるり、●「癌もどき」の癌は、本来手術しなくても命を縮めることにはならない癌である。

●いずれの癌の手術も、体には却って有害・無意味で手術により、延命効果を挙げたとする実証データはない●だから「癌が見つかっても治療せずに放っておくべきだ。但し、痛い、苦しいなどの自覚症状があって生活の質が下がっている場合は例外で、症状緩和の処置を受けるのが妥当だ。●しかし、基本的には「癌は放置」することが、結果的に延命に繋がる等と述べられている。

「癌は放置がいい」と主張し、患者にはそう対応している同医師は、同著書の最後の章で、次のようにも書いている。

治らないし延命効果もないのに、患者さんの体を傷つけ、時にはその後死なせてしまうことになる治療をするのは、医者のエゴ以外の何物でもない治療をしなければ、医者にはお金が入らないし、何よりも存在価値がない。権威も保てない。だけど、患者さんにとって放置が一番いいなら、医者はそうすべきです。治療は患者さんのためにすっるものである以上それが当たり前なのですと。

各種の学会や専門分野では、独自の理論と経験等に基づく異端派的存在の学者・知見者がいるものだ。近藤医師も確かにその一人かも知れない。

先月、親しい友M君がなくなった。5年前に立腺癌が見つかった時点では、既に最悪のステージ4の段階だったが手術をせず、以来彼は約5年生きた。死の10日前迄は、さして痛がらず、意識も正常だったと奥様から聞いている。

亡くなる1ヶ月前に見舞いに行った時はもう寝たきりだったけれども、会話も普通に出来た。もし、5年前ステージ4の段階で、仮に手術を受けたとしても果たして5年近くも生きられたか、疑問も大ありだ。だからその点で近藤医師の「癌放置」論も頷ける。

本書を読むにつれ、同医師の所論には確かにそうだろうと納得できる内容も多いし、参考になる癌対処に関する諸々のことを学べた。

そして、何よりも大切なことは、今後自分に癌が見つかっても、その処置を直ちに医者任せにすることなく、自分としてどうすべきか自身なりに知見を広め、対応すべきだということだ。

当方は、この書を読む以前から癌になっても「手術回避」の積りでいたので、本書を読んで意を強くした次第である。


知らない日本語の壁の克服

2014-10-06 13:34:56 | 日常

時代と共に人の意識も変わるし、新語も日々数限りなく生まれ普及するご時世である。老生も、それなりに努力して、時代の流れについて行けるよう日々心がけている。その一つが、時々或いは初めて出くわす言葉・用語に対する老生なりの「知る努力」である。

このブログを見て呉れているお方達は、「何だそんなことも知らないのか・・」とお思いだろうが、例えば次の「用語」を含む言葉の意味や語源をすべて承知の方はどれほどおられるだろうか。以下の「 」内用語は、当方が思いつくままに列挙したので、①~⑧の用語は相互に何の関係もありません。

「ゾンビ」ものに対する人々のイメージは変ってきている。

チラッと「チラシル」のにはとても便利なツールだ。

国内では未だ「フレイル」の正式な評価表は定められていない。

この支援組織は、千葉「ダルク」「茨城ダルク」などの名称で全国50ヶ所に自立支援施設を展開している。

共働き夫婦のうち約7割の夫が、妻の「家事ハラ」を受けている。

世界は今や「アルゴリズム」で動いている。

「住み開き」に伴うデメリットについては十分な配慮が必要だ。

「チヤイナ・プラスワン」の選択の必要性がある。

当方、詳しく調べた訳ではないので、誤解の部分もあろうが上記の言葉については、概略次のように解釈している。

の「ゾンビ」とは、精霊ものを題材にした映画等で、死体が何らかの力で蘇った人間の総称のこと。の「チラシル」とは、スーパーのチラシをiphoneなどで簡単に見ること。の「フレイル」とは、老齢者の筋力や活力の衰えを示す段階区分のこと「ダルク」とは、薬物依存者の自立を支援する民間団体の支援組織のこと。

の「家事ハラ」は何となく察しがつくとおり、夫が行う家事に対し、妻が批判・中傷すること。の「アルゴリズム」は、ある種の論理・手法・計算のこと。の「住み開き」とは、ある目的のため、自宅の一部を開放し、パブリックスペースとして利用すること。の「チヤイナ・プラスワン」とは、中国の将来リスクを考慮し、アジアの他の国に投資を分散すること。

当方の記憶では、昭和55年(1980年)頃までは、新聞で新語の注釈記事をよく見かけた。しかし、「現代用語の基礎知識」や「知恵蔵」などの時事用語書が出版普及するにつれ、そんな注釈記事もあまり見かけなくなり、その後インタネットの普及により、殆ど見かけなくなった。

これも時代の趨勢で仕方なかろう。なぜなら、諸々知りたい・得たいと思う情報は、与えられるものではなく、自ら求めなければ、得にくい時代になって来ているからである

問題は、自分の生活レベルに合わせ、何を、何故、どの程度知っておくべきかの尺度・判断基準を自分なりにしっかり持ち続けて「知る努力」をするかである。

老体に気力がある限り、当方は今後も、時に見聞きする知らない日本語の壁を乗り越える努力を続けたいものだと願っている。