最後に約5ケ月に及ぶ不健康状態を通じて得た教訓・所見を次に列記する。
1.体が発するサインを過小評価せず、早期受診の励行
(1)胃癌手術の4ケ月前頃から何となく感じていたお腹の違和感は、体内から伝わる未経験の暗示だった。人により、症状の出方は当然違うのだろう。
だから、胃カメラ検診を自ら申し出た時の当方の初期症状が、胃癌そのもののサインではなかったかも知れない。けれども、今迄とは違う体のサインをかなり深刻に受け止め、「直ぐ、自ら申し出て」胃カメラ検査を受けたのは正解だった。
発症の発見が遅れていれば、内視鏡では処置出来ない病変になっていたのかも知れない。何はともあれ、異様なサインが出た場合は、年齢等に関係なく、努めて早く診断を受けるよう心掛けるべきだろう。
(2)重症化の虞があるのに、己の体力や経験値を基に勝手な自己診断をしてはならない。
肺炎は高齢者の命取りになる重病であることを改めて再認識させられた。
2.時と場合・状況に応じたセカンドオピニオンの有効利用
近年は、医者の顔色を窺って内緒で第二・第三の医師に相談診療を受ける時代ではない。殆どの医師は、患者・家族の意思で「セカンドオピニオンを選択」することは当然のご時世だと認識されているようだ。
当方の場合も最初の病院での担当医は、「より患者さんのためになりうる場合は転院も有効は選択肢の一つで、患者さんには状況に応じた医療先選択の権利と自由があります。そのための助言をするのも医師の務めの一つだ。」と好意的に対応して呉れた。
3.「がん」であることを意図的に隠さない生活信条・流儀
昭和10年世代の当方達には「がん」は怖くて不治に近い病気だとの意識がある。なので、これ迄「がん」で先に逝ったり、治療完治した知友人の中にも治療の初期段階では、病名をぼかしたり、症状を詳しく話して呉れない者もいた。
家族ぐるみでそんな姿勢のお人もいた。統計によれば、「がん」罹患者中その約1/3は「がん」で死亡(2015年罹患者数約98万人、死亡者約37万人)している。
「がん」であることを意図的に口外しない心情も理解出来る。でも、病名を隠して悶々としているより、ある程度の範囲の知友人に事実を話すことは、患者自身の精神衛生上も良いことではないかと当方は信じている。
そんな思いもあり、今年の年賀状には率直にそのことを書き込み、近隣で交わりのある知人等にもさり気なく当方は話した。
4.医療検査・治療には「もしも‥の疑い・虞れ」が常にある。
このことは担当医も症例を交え話して呉れていた。「・・たら、・・れば」を語れば切りがない。胃壁の厚さは約1㎝ほどだとのことだ。その胃壁上の患部をモニターを見ながら極めて薄く剥ぎ取る際中に、スコープの先に付いている医療メスが、何かの原因で胃壁を突き破る虞もあるという。
又、当方の場合のように、大腸癌の「疑い」を内視鏡検査で「打消し否定確認」出来るケースもある。
常に考慮すべき「もしも‥の疑いや虞れ」に患者自身が気持ちを奪われることのないようにすべきであろう。当方は担当医を信じて「疑い・虞れ」の気持ちを抑えることが出来たと思っている。
5.失意・弱気・悲観的患者心理は治療上害あって益なし
どんな症状であれ、患者には特に「よし・・」「まだ・・精神」が必要だ。「やっぱり・・」「もう・・」の思いは患者心理を暗くする。患者という受身の弱者は、精神的にもとかく消極・受動になり易い。しかし、失意・弱気・悲観の心情は元気をそぎ落とすばかりである。「よし」、「悔むより前向き志向で病に負けてはならぬ・・」との思いは、病気治療上も有効だと当方は信じ、今回もその気持ちを持ち続けた。
6.家族の意向等も十分配慮した治療先の選定
如何に専門の医療機関であっても、患者と治療先病院との相性(診察医師等の印象、院の雰囲気等)や本人及び看病人の年齢・通院上の便不便・家族による看病上の負担等を十分考慮のうえ、治療先を選ぶ配慮も必要だ。
今回当方の場合は、病院迄の所要時間は電車で約1時間、入院期間は延べ10日で短かかった。これが長期入院等の場合、看病にあたる家人等の負担も相対的に大変になったことだろう。
7.入院中における他者とのフランクなコミニュケーション
入院先の患者が全て「がん」患者又はその疑いの患者ばかりだったから、同病室(検査入院時4人部屋、治療入院時2人部屋)の方や病室担当の看護士等との会話も比較的遠慮なく自然に出来た。
5度の手術歴を有し、6度目の治療入院中の同室者もおられた。同年輩のその方から、貴方様の場合は、語弊があるかも知れないが「がんの序ノ口ですよ。大丈夫ですよ・・」などと逆に励まされた。これも、同室他者とのコミニュケーションによる成果の一つだったと思う。
8.担当医に対する敬意と信頼関係の維持
前の病院のM医師は、患者思いの温厚な人柄で初対面の頃から信頼のおける医師だと感じた。病院側の資料によれば、地方都市で院長経験もある経験豊富な消化器専門で、年齢は50代前半だった。
「セカンドオピニオン選択」の時も懇切なアドバイスを受けた。がんセンター中央病院のN医師も大変尊敬に値する医師だった。「外来相談」応対時の言葉使い・説明要領及びその内容も明快かつ説得力があった。
治療入院中は、朝夕助手を連れて病室に回診に来られた。その時の患者目線での言葉使い、それに何よりも何度かの説明を受けて感じたことだが、「内視鏡手術についての確たる自負心」を秘めている医師だとの印象は、今も変わっていない。
医師との信頼関係は、「患者が医師に心のベルトを懸けることにより成り立つ」ものだと当方は感じている。
9. 受ける医療行為に対する真剣な認識と理解及び信頼
患者は、基本的には全て「医者任せ」にならざるを得ない。しかし、患者は、自分が受ける治療の内容や要領、それに「もしものリスクの有無」等については、しっかり事前に承知しておくべきだ。この認識が疎かで後から「こんな筈ではなかった」と医者の医療行為にクレームをつけたりした知友人の例も過去にあった。
検査・手術の前に当該医療行為について渡され、説明された既述の「・・説明・同意書」記載の内容を自分もよく読んだ。お陰で多少の心配もあったが、安心して手術を受けることが出来た。
10.診断所見が異なる場合の最後の判断者は自分
ピロリ菌の除菌治療に関する前の病院のM医師と、がんセンター中央病院のN医師との観方・考え方は違っている。M医師は「除菌肯定」、N医師は、「除菌不要」の意見だった。両医師の見解やNetで得た知識等を参考にして当方は、2ケ月検診(2月23日:内視鏡検査)で異常がなければ、その後時期を定めて除菌治療を受ける積りでいる。
何故なら、現在も解消していない・飲食物の痞え・ゲップ・時にある胸の痞(つか)え等の諸兆候はもしかして、ピロリ菌による影響ではないかと感じられるからである。
11. 回復力に見合った退院後における食事及び体調管理
最低2週間~1ヶ月間は厳密に食事管理する必要があるとの指導を受けている。
当方は、この期間を2ケ月と定め、大好きな刺身等の生ものを避け、特に好きではないが飲酒もしていないし、刺激性の強い香辛料等は摂っていない。
食事管理の失敗が、もしかして病変のぶり返しに繋がるのではないかとの虞もあるからだ。散歩・自転車での散策等により、適度の運動もしているので、体調管理上の懸念はない。体重もあと3㎏程増えれば、ベスト体重の約68㎏台に回復する状況だ。
12.「がん」患者だったことに対する自覚と認識
統計的には、1年後の検診で「がん」再発が確認されることもありうるとも聞いている。その意味では、「がん患者だった」と過去形で書くのは早計かもしれない。患部は切除され傷跡も回復しているだろうから、当方、今は「がん患者」ではないけれども、ごく最近迄は「そうだった」。だからそのことを肝に銘じ、特に食事管理面に留意して今後もしっかり養生に努めたいと思っている。
最後に時折見聞きする『健康十訓』を次に記して本稿の終わりとする。
この10訓は、江戸中期・尾張の俳人、横井也有(西暦1702-1782)作だそうだ。これは、人の健康管理(特に食事管理と精神衛生)に関する基本原則を示している故に今も広く知られている訓言となっているのだろう。
若い頃、職場の先輩からこのコピーを渡されたこともある。その頃の自分を思い出し、改めて今後の健康管理の心得とし順守したい。
「健康とは、自分が自分に贈れる最高の財産である。」これは当方が、以前から自分に言い聞かせて来ている「自分への教え」である。「胃癌」という天敵を排除し、今再び概ね元の状態を取り戻しつつある。
最後になったが、妻はじめ長女夫妻と娘達は、当方の入院にあたり温かい気配りを以てよくサポートして呉れた。そうした「心の支え」に対しても心から感謝している。
入院期間は僅か10日間だが、発症判明(10月20日)後から退院(12月16日)迄の約2ヶ月の間の「早期胃癌治療体験」はいろんな意味で実に貴重な体験だった。
この先余生はそう長くはないかもしれない。だからこそ、当方は、先人の教えやお世話になった医師等の指示をよく守り、自分に贈れる貴重な財産を今後も殖やし続け、より健康な余生を過ごせるよう精進したいものだと切に願っている。
『健 康 十 訓』
一.少肉多菜(肉を控えて野菜を多く摂る。)
二.少塩多酢(塩分を控えて酢を多く摂る。)
三.少糖多果(砂糖を控えて果物を多く摂る。)
四.少食多噛(満腹になるまで食べずよく噛んで食べる。)
五.少衣多浴(厚着を控えて日光浴し風呂に入る。)
六.少車多走(車ばかり乗らず自分の脚で歩く。)
七.少憂多眠(くよくよせずたくさん眠る。)
八.少憤多笑(いらいら怒らず朗らかに笑う。)
九.少言多行(文句ばかり言わずにまずは実行する。)
十.少欲多施(自身の欲望を控え周りの人々に尽くす。)