MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1549 易姓革命と新型肺炎

2020年02月15日 | 社会・経済


 古代中国の思想家である孟子は、青年時代に孔子の孫である子思(しし)の弟子から学び儒教の礎を築いた儒家の1人です。

 高校の教科書などにも記されているように、孟子の代表的な思想に「易姓革命」というものがあります。そして、この思想の基本には、天上の神である「天」を最上のものとし、地平を統べる王(皇帝)は天の命じるところ(つまり「天命」)により国を治めているという考え方があるとされています。

 天がそれに相応しい人格者に「お前が王となって国を治めよ」と命じる。天から王にそうした資格を与えられることによって、(天に代わって)国は安らかに治まると孟子は考えました。

 しかし、その王朝の子孫が暗愚で民衆が苦しむような政治を続けるようになったとき、天は愚かな王に警告を与えるようになる。それは飢饉であったり、河川の氾濫であったり、あるいは疫病の蔓延だったりと様々な形をとるということです。

 しかしそれでも悪性が改められない場合、天は民衆に命じて農民反乱などの下克上を起こさせ支配者を交代させる。天はこのようにして、この世界に善政をもたらし続けると説いたということです。

 天命によって王朝が改(革)まり王の姓が変(易)わる…これが「易姓革命」の基本的な考え方です。孟子が説いたこの思想により、その後中国では、民衆を率いた武力による王朝の打倒に思想的な正当性が与えられることとなったとされています。

 さて、2月11日の英紙「Financial Times」は、中国の長い歴史の中に根付いてきたこの「易姓革命」の思想を背景に、「新型肺炎『王朝』の危機」と題する興味深い記事を掲載しています。

 中国では古来、歴代王朝は(易姓革命による)「朝代循環」を繰り返してきたと考えられていると、記事はその冒頭で説明しています。

 これは、強力な指導者が天下を統一し帝国として興隆し繁栄するが、しかし、時が移れば王の堕落によって(やがて)世は乱れ、遂には「天命」を失って次の王朝に打倒されるというものだということです。

 「天子」(皇帝)は玉座にある間、臣民に対する全権を有する。だが、天子は必ずしも高貴な生まれである必要はなく、また、その地位にふさわしくなかったり、不公正だったり、単に無能だったりすれば、授かった天命を失うこともあり得るというのが「朝代循環」の考え方だと記事は記しています。

 なので、天が怒っていると思われる時は、民衆が反乱を起こす権利も暗黙のうちに認められている。天災、飢饉(ききん)、疫病、侵略、また民衆の武装蜂起でさえ、天命が離れた兆候だとみなされたということです。

 これまで、毛沢東を始め歴代の共産党指導部は、こうした思想を(非科学的なものとして)人民の目から遠ざけてきた。しかし、2012年に権力の座に就いた習近平国家主席は、古来の伝統や信念を一部復活させようとしてきたと記事はしています。

 しかしその習氏も、朝代循環や天命への言及は慎重に避けてきた。特にこの1年は、(歴史をひもとくと)凶兆とされる出来事が次々と続いてきているからだというのが記事の指摘するところです。

 最大の貿易相手国である米国との貿易戦争、旧英国植民地の香港で公然と起きた抗議活動、そしてアフリカ豚熱(ASF)の壊滅的なまん延による豚肉の供給不足と、いずれも昔なら王朝の滅亡が近い前兆とみなされたであろう出来事かもしれない。

 しかし、これらの凶兆も、昨年末に中国中部の都市、武漢から始まった新型コロナウイルスの感染拡大に比べると、大したことがないように見えるというのが記事の認識です。

 歴史の皮肉と言うべきか、武漢は1911年、清王朝の最後の皇帝が倒された辛亥革命が始まった都市だと記事は指摘しています。

 その武漢が今、恐るべき感染症の発生源となっている。新型肺炎はすでに中国全土に、さらには世界中に広がり、約6000万人の住民が暮らす地域の交通を遮断して封鎖する史上最大規模の検疫も実施されたのは世界中の人々の知るところとなりました。

 公衆衛生上の緊急事態に際しては、正確な情報を隠さずに公表する必要があるのは自明です。しかし、中国の独裁体制はこうした事態への対応を誤り、感染の拡大と同時に中国人民を不安のどん底に陥れている。

 こうした状況を考えれば、もしもこれから先、中国国内でウイルスの迅速な封じ込めができなければ、新型肺炎は中国版の「チェルノブイリ」となる可能性があるというのが記事の見解です。

 1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故と同様、共産党独裁体制の虚偽と不条理が白日の下にさらされることになる。既に中国のネット上では、新型肺炎を隠蔽しようとした共産党指導部の初期の対応について、嘲笑や嫌悪を示す投稿が溢れているということです。

 記事は、早期に新型肺炎の危険性を訴えた武漢の眼科医、李文亮氏(33歳)が死亡したことを契機として、中国の学者や知識人たちの一部が(投獄される危険も顧みず)共産党を非難し始めていると指摘しています。

 中には、「党は実績に基づく支配の正統性を失った」とし、天命という言葉をはっきりと口にして王朝末期の衰退の事例をいくつも挙げる者まで生まれているということです。

 さて、これまで中国国内で「統制」の対象となって来た情報の開示や言論の自由について、(今回の新型ウィルスの感染拡大を契機として)中国国内でも活発な主張が(いよいよ)表面化する事態を迎えているようです。

 経済的に上手くいっているのであれば、多少の政治的な混乱には目をつぶる。生活が上向いているのであれば、この流れを遮る必要はないと鷹揚に構えてきた人々も、自らの命の危険が迫れば声を上げずにはいられないということでしょう。

 思えば、メディアからはウィルス騒ぎに静まり返る各都市の映像ばかりが報じられ、中国国内に暮らす人々の想いがほとんど伝わってこない昨今ですが、もしかしたらその実態はかなり目が離せない状況になっているのかもしれないと、私も記事を読んで改めて考えさせられたところです。


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