MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2140 ウクライナ危機の責任

2022年04月24日 | 国際・政治

 エマニュエル・トッド (Emmanuel Todd)氏と言えば、人口動態を軸として人類史を捉え、ソ連の崩壊、英国のEU離脱、米国におけるトランプ政権の誕生などを予言した(フランスの)歴史学者として知られています。

 2002年に世界的なベストセラーとなった『帝国以後』において氏は、今後、米国の民主主義の後退と世界経済への依存が進み、軍事的・経済的な弱体化をもたらすと予言しています。(当時、「米国一強」と言われた)同国の覇権は 2050 年までに失われるが、この衰退の過程こそが世界にとって危機をもたらす可能性があるというのが同著における氏の認識です。

 また、この日本において近年のトッド氏は、「日本の核武装」を促す言説で知られる存在になっています。 米国の非合理的で突発的な行動は(欧州や日本などの)旧世界に混乱をまき散らす元凶と化している。日本にとって、そんな米国との同盟は必ずしも整合的ではなく、日本の安全保障にとっては「核武装」こそが本質的な問題になっているというのが(近著などにおいて)氏の指摘するところです。

 安全保障の観点から見れば、核兵器は「戦争を不可能にする」手段であり、自国のためだけに使うもの。ドイツを守るためにフランスが核を使うことがないように、「米国の核の傘」などという言葉はジョークに過ぎないと氏は言います。特に隣に(中国や北朝鮮のような)拡大する勢力があるのなら、日本は再武装するしか道はないというのが氏の見解です。

 さて、そんなトッド氏が、総合誌「文芸春秋」の5月号に寄せた論考(「日本核武装のすすめ 米国の核の傘は幻想だ」)において、昨今のウクライナ危機における米国の責任について触れているので、参考までに紹介しておきたいと思います。

 (ウクライナで始まった)この戦いがいつまで続くのか、そして今後どうなるのか。現時点で先を見通すのは困難だが、世界が重大な歴史的転換点を迎えているのは明らかで、歴史家として極めて興味深い局面に立ち合っていると言えると氏はこの論考に記しています。

 ひとりの「冷徹な歴史家」として話をするならば、英仏独などの西欧諸国でいま顕著なのは、「地政学的・戦略的思考」が姿を消し皆が感情に流されていること。一方、米国ではこの戦争が、「地政学的・戦略的視点」からも論じられているとトッド氏は言います。

 (氏によれば)その代表格が、シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマー氏で、感情に流されず、リアル・ポリティクスの観点から問題提起を行っているということです。ミアシャイマー氏は、いま起きている戦争の責任が、米国とNATOにあることは明らかだと主張している。そして私(=トッド氏)も彼と同じ考えで、欧州を“戦場”にした米国に怒りを覚えるとトッド氏はしています。

 「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」と、ロシアはこれまで明確な警告を何回も発してきた。しかしそれにもかかわらず、西側がこれを無視したことが、今回の戦争の要因と考えるのが自然な見方ではないか。ウクライナは正式にはNATOに加盟していないが、ロシアの侵攻が始まる前の段階で、既にウクライナは「NATOの“事実上”の加盟国」になっていたというのがミアシャイマー氏の見解です。

 米英は、ウクライナのゼレンスキー政権に高性能の兵器を大量に送り、軍事顧問団も派遣してウクライナを「武装化」していた。現在、ウクライナ軍がロシア軍の攻勢を止めるほどの力を見せているのは、米英によって効果的に増強されていたから。ウクライナ軍が(物量に大きく勝るロシア軍を相手に)予想を上回る抵抗を示しているのも、米英の軍事支援の成果だということです。

 さて、そこで特にロシアが看過できなかったのは、この「武装化」がクリミアとドンバス地方(親露派が実効支配するウクライナ東部)の奪還を目指すものだったからだというのがトッドの見解です。プーチンは、「我々はスターリンの誤りを繰り返してはいけない。手遅れになる前に行動しなければならない」と繰り返し発言をしていた。つまり、軍事上、今回のロシアのウクライナ侵攻の目的は、何よりも日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れになる前に破壊することにあったと氏は言います。

 マリウポリの街が“見せしめ”のように攻撃されているのも、アゾフ海に面した戦略的要衝というだけでなく、ネオナチの極右勢力「アゾフ大隊」の発祥地だから。プーチンの言う「非ナチ化」は、このアゾフ大隊を叩き潰すという意味だということです。

 さらに、ミアシャイマー氏の指摘でもう一つ重要なのは、ウクライナの加盟で米軍を中心としたNATO軍が国境にまで迫ること自体、ロシアにとって存亡に関わる「死活問題」だったことだとトッド氏は話しています。大きく見ればこの戦争は、「ロシアとウクライナの戦争」ではなく「ロシアと米国&NATOの戦争」が形を変えたもの。米国は自国民の死者を出さないために、ウクライナ人を「人間の盾」にしているというのがトッド氏の指摘するところです。

 (普通に考えて)プーチン大統領が、これ以上領土拡大を目論んでいるとは思えない。ロシアはすでに広大な自国の領土を抱えており、その保全だけで手一杯のはずだと氏はしています。今回の軍事侵攻に至るまでに、ロシアのプーチン大統領は何度もNATOと話し合いを持とうとした。しかし、それを相手にしなかったのが米国でありNATOのほうだったということです。

 さて、(東西冷戦終結後も)アフガニスタン、イラク、シリア、ウクライナと、米国は常に戦争や軍事介入を繰り返してきたと、トッド氏はこの論考の最後に綴っています。氏の指摘を待つまでもなく、確かにこの四半世紀、米軍主導の軍事攻撃で戦場となった国は数多く、多くの人々が犠牲になってきたのは歴史的にも明らかです。

 声和高に語られる「ロシアの脅威」の前に忘れられがちですが、世界最大の軍事力を有しているのが米国であることは紛れもない事実です。

 そうした強大な軍事力を背景に、西側のリーダーたる(べき)アメリカ合衆国はいったいどこへ向かおうとしているのか。欧州に生きる知識人のひとりとして、「戦争はもはや米国の文化やビジネスの一部になっている」と話すトッド氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。



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