MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯331 所得占有率から見た日本経済

2015年04月12日 | 社会・経済


 世界的なベストセラーとなった「21世紀の資本」で話題を呼んだパリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏は、税務統計と国民所得計算から「所得占有率」という格差の指標を推計する手法を編み出し、これにより各国の長期的な統計を分析した「成長と格差」に関する実証研究で知られています。

 ふたと月ほども前になりますが、2月11日の日本経済新聞の紙面では、一橋大学教授の森口千晶(もりぐち・ちあき)氏が、この手法を用いた推計により日本における格差の長期的な変遷について整理し、考察を加えています。

 森口氏はまず、日本における成人人口の上位0.01%の超高額所得者の所得が国内の総個人所得に占める割合を示す「上位0.1%シェア」について、1890年から2012年までの推移に触れています。

 キャピタルゲインを一時的な所得と見なし、これを除いたこの間の系列を見てみると、日本では特に産業化初期の急成長期(1890~1930年)に超富裕層への所得の集中が進み、第二次世界大戦前夜にはシェアが9%を超えていたということです。

 しかし、そのシェアは大戦中に急落し、終戦時には一気に2%にまで激減しているそうです。そしてその後、驚異的な成長率を記録した高度成長期(1955~1973年)にかけてそのまま低位で推移し、安定成長期に入るとさらに1.5%まで低下している。さらに、その後のバブル期の頂点においても、(意外なことに)大戦終戦時と同じ2%に過ぎなかったということです。

 森口氏は、これらのデータは、日本の成長が戦前には「格差社会」の中で、戦後は「平等社会」の中で実現したことを明確に示すものであり、戦前と戦後で、日本の経済システムが全く異なっていることを物語っていると指摘しています。

 氏によれば、明治・大正期の経済発展のダイナミズムの源泉は、
(1) 資産家(商工業者や地主)による財閥系企業への資本投下
(2) 企業から大株主への高配当による利潤還元と高額の役員報酬
(3) 資産家による富の蓄積とその再投資
の三点にあったということです。

 そうであるとすれば、それでは何が、第二次大戦をはさんで戦前から戦後への劇的な変化をもたらしたのか。
 
 その原因を森口氏は、1938年に始まり終戦まで続いた経済の「軍事統制」に見ています。

 戦時体制の本格化に合わせて、政府は直接の生産に従事する農民や労働者を保護する一方で、地代や配当、利子などの資本所得と重役報酬に厳しい制限を加えました。さらに、ハイパーインフレと都市部への空襲が富裕層の資産を破壊し、彼らの所得に再起困難なほどの大きな打撃を与えたということです。

 しかも、上位所得シェアは戦時ショックからすぐには回復に向かいませんでした。その理由を森口氏は、GHQによる占領期の民主政策とその後の制度変化にあると見ています。

 農地解放や財閥解体、臨時財産税は大規模な土地・株式・家計資産の再配分をもたらし、富そのものの集中を解消する(チャラにする)ことで長期的な資本所得の平準化の基礎を作った。さらに、戦争中の高度に累進的な所得税や相続税がそのまま維持されたことにより富の再集中が困難になる一方で、教育改革と労働法改革が人的資本と労使関係を平等化したという指摘です。

 森口氏は、そのような制度的基礎の上に花開いたのが、高度成長期の「日本型企業システム」であるとしています。そこでは、個人資産に代わり系列企業とメインバンクが株式を持ち合い、内部昇進によるサラリーマンがオーナー経営者に置き換わった。従業員も企業別組合を作って企業統治に関わり、重役報酬や株主配当も大きく下落したということです。

 そして現在…、このようなキャッチアップの時代が終わりを告げ、バブル崩壊後の日本経済は新たなシステムを求めて長い模索期に入ったと森口氏は見ています。

 氏の推計によると、日本の超富裕層のシェアは1990年代半ばから上昇に転じ、2008年には戦後最高値である2.6パーセントを記録しています。しかしそれもつかの間、リーマンショック後はこのシェアも再び低下傾向にあるということです。

 さて、成長を高めるため、今後の日本は上位所得による「格差」を容認すべきなのかどうなのか。

 高度成長期に日本が創り上げたシステムは、個人の卓越した才能よりもチームワークを重視し、トップダウンよりもボトムアップの核心を奨励するシステムであり、多くのメンバーから高い意欲と生産性を引き出すのに優れていると森口氏はこれを評価しています。

 しかしその反面、傑出した個人に十分な報酬や誘因を与えないため、グローバル化などにより労働市場が広がれば、システムの枠を超えた才能の流出を招くこともまた自明です。

 他方、競争を勝ち抜いた個人に大きな報酬を与えるアメリカのスターシステムは、想像力や独創性の育成に威力を発揮する一方で、残された大多数を省みないものだと森口氏は指摘しています。

 21世紀の日本は、果たしてどちらのシステムを採用するのか。あるいは試行錯誤の中で新しいシステムを模索するのか。

 「成長と格差」のバランスの中で、最適解を求めて真摯な議論を重ねていく必要があるとする森口氏の切れ味鋭い論評を、大変興味深く読んだところです。




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