MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1390 リアリストの視線

2019年06月28日 | 社会・経済


 昨年5月に経団連会長に就任した日立製作所取締役会長兼代表執行役の中西宏明氏。

 日立製作所で副社長を最後に子会社の社長を務めていた同氏ですが、2010年の4月にリーマンショックなどの影響から経営危機に陥った日立の再建のため異例の人事で本社に復帰。社長や会長兼最高経営責任者を歴任しV字回復による同社の再建を実現した辣腕の実業家として広く知られるようになりました。

 財界のトップである経団連会長就任後も、終身雇用への疑問を投げかけ新卒者の一括採用を前提とした終活ルールの見直しを提言したり、電力インフラへの投資の停滞などにより国民生活や企業活動に不可欠な電力が「危機的状況」にあるとして原発の再稼働や増設を訴える提言を行うなど、「モノを言う財界」の牽引役として存在感を示しています。

 5月3日の日経新聞の紙面では、そんな(歯に衣を着せぬ物言いの)中西氏が同紙のインタビューに応え、「令和新時代 変化受け止め、次の革新へ」と題する興味深い提言を行っています。

 冷戦が終結し、国際秩序を主導する存在がいない「Gゼロ」の世界を迎えた平成の30年間。日本を取り巻く社会環境の変化には、ものすごく大きいものがあったと中西氏は話しています。

 働けば豊かになる時代が終わり、お金を持っている人も金利では稼げず、リスクをとらないとリターンが得られなくなった。(氏が身を置いた)電機業界でも、良いモノを作れば売れるという価値観が通じなくなり、大赤字になった事業が次々と消えていったということです。

 そんな中、社会や文化の基盤が変わり、過去に固執したらロクなことがない現実が生まれた。しかしそれにもかかわらず、そこに気がついた人と気がつかなかった人がいたというのが(このインタビューにおける)中西氏の認識です。

 こうして日本は、社会基盤が変化するというデジタル革新の本質を受け止めきれないままここまできてしまった。だからこそ、平成が終わり新しい時代が始まる今この時が、変化を受け止め、先端技術で課題を解決する社会を目指す最後のチャンスだと氏は言います。

 いかに「知恵でメシを食うか」が試されるこれからの時代。日本は世界のなかで決して悪いポジションにいるわけではない。しかし、高度成長という世界でもまれな成功体験があるので、日本人はなかなか変われないと氏は説明しています。

 なればこそ、この際、これまで積み上げてきた多くのシステムを、ここでいったんご破算にしたほうがいいというのが中西氏の見解です。

 採用の問題も教育の問題もそう。教育では科学技術、工学、数学だけでなく、芸術も融合した「STEAM教育」が重要になる。デザインという言葉があるが、うまく人をコーディネートして新しい文化をつくるような仕事の組み立て方が注目されるということです。

 総じていえば、現在の日本には「これをお手本にすれば食べていける」という産業がない。そういう場面では、「ちがう発想」で考えないといけないと中西氏はしています。

 産業政策も今あるものを守る発想は全部やめたほうがいい。次に挑戦する分野をどのように創っていくかという発想に立たないとずるずる後退していくということです。

 中でも、科学技術をうまく使ったイノベーションは大きなヒントとなると氏は言います。消費者の需要を引き出すことが、そのもとになる。新しい商機をつくる責任は民間が負う。(なので、出しゃばらずに)環境を整えるのが政府の役割だというのが氏の指摘するところです。

 さて、ここで中西氏は、これから先の日本の最大の懸案事項として「エネルギー」の問題に触れています。

 かつての電力会社は電力債の発行で得た資金で投資し(総括原価方式で)確実に回収できていた。しかし、今は将来を十分に見通せないため、15年間も投資が停滞していると氏は説明しています。

 さらに悪いことに、(こうして)電力会社に投資能力がないのに、それにもかかわらず他の会社が入ってくる環境もできていない。氏の経験から言えば、15年間も投資しなかった産業部門は国際競争力をなくすということです。

 経済は、「投資して回収する」というお金が回る仕掛けのなかで、技術が発展して資本が蓄積される。なので、(今やるべきなのは)民間の投資を呼び込むため、インセンティブをつけてグリーンエネルギーに転換する総合的なシナリオを作り直すことだと氏は言います。

 再生エネルギーを普及させるには、発電した電気をどう運び、どう蓄えるかという全体を設計しないといけない。送配電網もデジタル技術で次世代化する投資が要るということです。

 化石燃料を使いきったあと、原子力以外に生活や工業を支えるエネルギーはない。(得俵に足のかかった)日本は変わらなければ生きていけない。(もちろん)原発ももっと長い目でみた議論をすべきだというのが氏の主張するところです。

 現在、リンパ腫の治療で入院中と言われる中西氏ですが、企業社会の第一線で生きてきた氏の視線はあくまでリアリズムに徹しています。

 日本経済を引っ張っていくため、当面、日本企業がなすべきことは何なのか。

 将来的に原発が唯一の解決策であるかどうかは別にして、我々が直面している「ボーっと生きている」だけでは済まない現実を、改めて認識する必要は確かにあるのかもしれません。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿