MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2004 早期退職制度は人材の焼き畑農業

2021年10月31日 | 社会・経済


 日本有数の大企業が、(概ね)45歳以上をターゲットにした「早期退職者制度」の導入を次々と発表しています。

 自動車メーカーのホンダが今春に募集したのは55歳以上64歳未満の国内正社員を対象とした早期退職優遇制度。優遇退職金が「55歳退職者で8000万円超」などと報道されたこともあり、2か月ほどの間に実に2000人を超える応募があったということです。

 8月12日には、ハウジング大手の大和ハウス工業が、45~54歳で勤続10年以上の社員を対象に早期退職募集を実施すると発表。退職日は今年12月31日に退職すれば大幅な退職加算金が支給されるとしています。

 そして9月に入り、今度はパナソニックが7~8月に募集した早期退職優遇制度に1000人を超える社員が応募し、それぞれ9月末日付で退職したと発表しました。「退職金4000万円上乗せで50歳標的の壮絶リストラ」などと報じられ、経営サイドも反響に驚きを隠せないようです。

 サントリーの新浪剛史社長が「45歳定年制」を講演会で提案し大きく炎上したのはこの9月のこと。翌日には、「クビ切りをするという意味ではない」と釈明に追われることとなりました。

 その本意は、「45歳は節目の歳、自分の人生を考え直すことは重要」だと新浪氏は話しています。氏によれば、労働者自身が自分のスキルの棚卸しや学び直しによってキャリアの自律を図るとともに、企業サイドにも社員のセカンドキャリアを支援し、人材の入れ替えによる活性化を図ることが求められていると言いたかったということです。

 とはいえ、こうして進む「45歳」を一つの目安とした企業人材の新陳代謝促進の動きを、「企業に尽くしてきたベテラン社員の切り捨て」と苦々しく思う向きも多いことでしょう。実際、役職定年制とリンクされた早期退職制度を、経営環境の変化とともに生産性の落ちた人材を切る(人件費の)コストカットの手段と割り切っている企業も多いようです。

 そうした中、10月8日の経済情報サイト「ITmedia ビジネスONLiNE」に、デジタル広告「オコスモ」代表の古田拓也氏が、「パナソニックの優秀人材流出、早期退職制度は人材の“焼畑農業”だ 」と題する興味深い一文を掲載しているので、参考までにその内容に触れておきたいと思います。

 パナソニックが今年実施した早期退職制度に関し、6月に同社CEOに就任したばかりの楠見雄規氏は会見で、「会社が目指す姿を明確に発信していれば、期待していた人まで退職することにはならなかった(はず)」と話したと、古田氏はこのコラムに綴っています。

 今回、パナソニックが早期退職制度を導入した背景には、コロナ禍によって業績が大きく後退したことがあるのは否めない。ソニーや日立が1兆円以上の最高益を更新する傍らで、パナソニックは25年ぶりの売上高7兆円割れとなり、営業利益も2580億円程度と2期連続の減益となっていたということです。

 そこでパナソニックは、いわゆる「リストラ」の一環として、早期退職藻者の募集による人員削減に打って出た。早期退職のスタンス自体は、(リストラではなく)「特別キャリアデザインプログラム」と強調し、事業の専鋭化や組織改革に伴って給与が下がる人が出てくるため“選択肢を示した”としている。しかし実態は、対象となった社員に「給与を下げるか、お金をもらって辞めるか」という選択を強いるものだったというのが古田氏の見解です。

 そして、この制度の最大の問題は、(楠見CEOも口にしていた)活躍が期待されていた優秀人材まで退職してしまったという(寓話のような)顛末にあると氏は言います。

 新人社員を有能な戦力に育成するために支払ってきたコストを考えれば、その損失は計り知れない。さらに、今日の日本で会社が終身雇用と決別することは、社員にとってはセカンドキャリアのために相応の準備が必要になるということであり、「自社への全力コミット」が期待できなくなるデメリットを肝に銘じておく必要があるということです。

 確かに早期退職制度には、コストカットという面では、一定の経営成績の向上効果が期待できるかもしれない。しかし、簡単に成果が出るぶん、優秀人材の流出という点で将来の成長が難しくなるデメリットもある諸刃の剣、(いわば)人材の「焼畑農業」だと氏は指摘しています。

 実際のところ、早期退職制度は選別的な(いわゆる)「リストラ」よりも相当たちが悪いというのが古田氏の認識です。(リストラと違って)成果や評価が芳しくない者が必ず早期退職に応募するわけではなく、応募が義務でもない。逆に評価の高い者も退職できてしまうこの制度は、人材の流動化が急速に進み働き方も多様となった現代では、(時として)違う方向に作用すると氏は言います。

 早期退職制度は、転職によるキャリアアップや引き抜き、起業などを検討する優秀な人材にとっては、わだかまりなく会社を辞められるばかりか、多額の退職金ももらえる渡りに舟の制度だったりする。

 そこに「会社に義理はないのか!」という声をかけられたとしても、終身雇用を前提として年功序列で安い給与で働いていた社員が、いざベテランとなったらやれ早期退職だ、45歳定年だなどと言われては、会社に対する信頼が失なわれても当然だというのが氏の指摘するところです。

 「焼き畑農業」とは、(現在でも密林地帯などで行われている)森林や草地に火を放ち、焼け跡を畑として農作物を育てる農業形態のこと。元々あった植生を焼き払うことで残った草木灰が肥料となるほか、雑草や病害虫を駆除できる効果があるとされています。

 しかし、その一方で、やたら頻繁に焼き畑を行ったり、やり方を間違ったりすれば森林は再生されず、後にはやせ細った荒れ地ばかりが残されるという状況にもなりかねません。

 様々な果実を生み出すまでにせっかく育った美しい森林に火をつけて、あらかた焼け野原にしてしまうつもりなのか。

 樹木の更新が続く持続可能な森林環境は、結局のところ、下草狩りや枝打ち、間伐などのこまめな手入れの賜物であることを、古田氏の指摘から私も改めて思い出したところです。


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