金曜日のわっつ。
熊本での地震があったその日。
でも、収録だから、そのままかなぁと思いながらきいたわっつ。
収録してあったものの放送だったよね。
でも、拓哉君がけんけんさんとかスタッフが、緊急に話し合ったんだなと感じた。
曲のセレクトや、内容。
曲が長かったのは、最後のお姉さんの代読のところとかカットしたんだよね。
きっと、いつものパターーんでは有るけれど、ちょっと、アハハな事だったのかもしれない。
それを、カットして曲にしたということか、この曲を聴いて欲しいって言うのも合ったと思う。
流れた曲のうち 2曲目は、♪~がんばりましょう。
3曲目は、♪~この瞬間、きっと夢じゃない・・・だったから。
わっつ、はじめの3つは、ツィでの話題、
プライベートで拓哉君に出会って、ちょっと声を出しそうになったら、
拓哉君画サングラスをちょっとずらして、指で「シーっ」てやってウインクをしたというもの。
あの子かな?・・・・なんてちょっと遊びながら、これを否定。
いやいや、これ、もしあったも肯定はしないだろうけどね。
でも、これは、いかにもなかんじだよね。
拓哉君曰く、 誰も見てなければいいですけどね、これは……キツい
次は、拓哉君をあらわして使われてる顔文字( ゜ε ゜,,)
これについては、当然・・・知りませんでしたって答え。
でもね、次のもそうだけど、こんなことわざわざわっつにつたえないで欲しいなぁ。
この( ゜ε ゜,,)友達もよく使うし、私も。
なんとなく、拓哉君にはないしょで使っていたい。
つぢは、拓哉君の事をよぶ、「っきゅん」
これもね。
「たっきゅん」大好きなお友達がいる。
”きゅん”となるんだよね、たっきゅん。
可愛いしね。
だから、お髭きゅんとかは、?だけどね。
次は、相談メール。
21歳の女の子。
「付き合って7ヶ月の社会人の彼氏がいて、旅行に行く計画。
私は、20歳を過ぎれば旅行に行ってもいいと思っています。
両親は、社会人にならないと旅行に行ってはいけないと言っています。」という。
キャプテンの立場なら・・・ときかれ、両方の気持ちがわかると拓哉君。
認めたくない両親のテンションも非常に分かるし、
20歳過ぎてるし!学生だからダメ、社会人になったらOK、その線引きがよく分からないっていう意見も分かる。
両方スゲェ判る。
俺20歳過ぎて学生でいた経験がないから、ちょっと微妙なんだけど、
自分が、りーぽん(メールの彼女)の立場だったら行きたいですね。
逆に、りーぽんの両親の立場だったら、んん〜〜〜、すっごい微妙だな。
そうだよね。今の拓哉君だったら、その頃の自分とも考えて彼女の気持ちはもちろんわかる
そして、今、父親として、親の気持ちは、考えることが出来る。
彼女を否定しないで、親にも判ってもらえるためにって話してくれてる。
つきあって、7ヶ月の社会人・・・・。
その彼の存在を、近くなくてもいいから、多少認識もできてて、
あ、こんなことやってる奴なんだって自分の中で認識が出来ていて、
あ、あいつといくんだっていう、部分の分母があれば
自分のやる事に責任持てるんだったら、『行ってくれば』って言うかもしれないな。
許可するかもしれないけど、無条件の許可ではないと思う。
りーぽん自身が一番よく分かっていることだから。
学生だから、旅行に行っちゃ行けないっていうんじゃなくて、
お泊まりで行くっていうことが、いろんな意味で、すごく広い意味で、
『おれら超、心配だよ。そこは分かってね』っていう。
それで行くんだったら、僕は許可を出すんじゃないかと思うんですけど。
付き合って7ヶ月の社会人の彼氏が、りーぽんに対しても、ご両親に対しても、
ちゃんと、旅行へ行ったあとに、ちゃんとケツ拭きできるんだったら、っていう風には思うけどね。
彼氏大事だよね。
いやいやいや、これは、難しいね。
「仕事って何なんだろう?」って今更ながら思いますという24歳の女性。
「 仕事に対して「食べていく為」などと割りきっている人がいる中で、
農家の父にとって仕事は「趣味の一貫」
お世話になっているエステの先生にとって仕事は「天職」だとおっしゃっていました。
バイヤーの先輩は仕事は「遊びの一貫」ともおっしゃっていました。
今の私にとって仕事は「生活の為」です。
それは大前提ですが、折角なら好きなことを仕事にして無我夢中になり、そして使命感もって仕事をすることが目標です。」
さやさやが、その”仕事ってなんなんだろう?”という根本的なことを考えてること自体が、素晴らしいなと思う。
今の世の中で、自分の好きなことを仕事にできるっていう確率の方が、めちゃくちゃ低いと思うし。
食べていく為に仕事をされている方たちは、たくさんいらっしゃるとは思うんだけど。
逆に、自分に置き換えてみて、24歳の頃の自分にとって(1996年~1997年ね)、
やってきた事はなんなんだろう?って考えると、仕事っていうのが、すごい後に回されていたかな。
目の前にあることが楽しいし、刺激的だったし、それがまた、なかなか出来ないっていう…
いろんなことをトライしても、NGばっかりっていう、
仕事という頭を持っていると、そっちに打ち込めなかったような気がするから。
どっちかって言うと、さやさやのお父さんに近いんじゃないかな。
好きなことをやらせてもらってるって言う。
バイヤーの先輩の『仕事は遊びの一貫』というところは、ちょっと危険なんじゃないかなと思うんですよね。
やっぱり、お仕事っていうのは責任が存在するものだと思うので。
お世話になっているエステの先生の「天職」っていうのも、すげーなって思いますけどね。そのエステの先生は、相当、”好きだし”、”満足してるし”、かつ、”追求してます”よね
そういうものに巡り合えたら、『良かったね』という言葉を、かけられそうだともうし
かけたいし。
熊本での地震があったその日。
でも、収録だから、そのままかなぁと思いながらきいたわっつ。
収録してあったものの放送だったよね。
でも、拓哉君がけんけんさんとかスタッフが、緊急に話し合ったんだなと感じた。
曲のセレクトや、内容。
曲が長かったのは、最後のお姉さんの代読のところとかカットしたんだよね。
きっと、いつものパターーんでは有るけれど、ちょっと、アハハな事だったのかもしれない。
それを、カットして曲にしたということか、この曲を聴いて欲しいって言うのも合ったと思う。
流れた曲のうち 2曲目は、♪~がんばりましょう。
3曲目は、♪~この瞬間、きっと夢じゃない・・・だったから。
わっつ、はじめの3つは、ツィでの話題、
プライベートで拓哉君に出会って、ちょっと声を出しそうになったら、
拓哉君画サングラスをちょっとずらして、指で「シーっ」てやってウインクをしたというもの。
あの子かな?・・・・なんてちょっと遊びながら、これを否定。
いやいや、これ、もしあったも肯定はしないだろうけどね。
でも、これは、いかにもなかんじだよね。
拓哉君曰く、 誰も見てなければいいですけどね、これは……キツい
次は、拓哉君をあらわして使われてる顔文字( ゜ε ゜,,)
これについては、当然・・・知りませんでしたって答え。
でもね、次のもそうだけど、こんなことわざわざわっつにつたえないで欲しいなぁ。
この( ゜ε ゜,,)友達もよく使うし、私も。
なんとなく、拓哉君にはないしょで使っていたい。
つぢは、拓哉君の事をよぶ、「っきゅん」
これもね。
「たっきゅん」大好きなお友達がいる。
”きゅん”となるんだよね、たっきゅん。
可愛いしね。
だから、お髭きゅんとかは、?だけどね。
次は、相談メール。
21歳の女の子。
「付き合って7ヶ月の社会人の彼氏がいて、旅行に行く計画。
私は、20歳を過ぎれば旅行に行ってもいいと思っています。
両親は、社会人にならないと旅行に行ってはいけないと言っています。」という。
キャプテンの立場なら・・・ときかれ、両方の気持ちがわかると拓哉君。
認めたくない両親のテンションも非常に分かるし、
20歳過ぎてるし!学生だからダメ、社会人になったらOK、その線引きがよく分からないっていう意見も分かる。
両方スゲェ判る。
俺20歳過ぎて学生でいた経験がないから、ちょっと微妙なんだけど、
自分が、りーぽん(メールの彼女)の立場だったら行きたいですね。
逆に、りーぽんの両親の立場だったら、んん〜〜〜、すっごい微妙だな。
そうだよね。今の拓哉君だったら、その頃の自分とも考えて彼女の気持ちはもちろんわかる
そして、今、父親として、親の気持ちは、考えることが出来る。
彼女を否定しないで、親にも判ってもらえるためにって話してくれてる。
つきあって、7ヶ月の社会人・・・・。
その彼の存在を、近くなくてもいいから、多少認識もできてて、
あ、こんなことやってる奴なんだって自分の中で認識が出来ていて、
あ、あいつといくんだっていう、部分の分母があれば
自分のやる事に責任持てるんだったら、『行ってくれば』って言うかもしれないな。
許可するかもしれないけど、無条件の許可ではないと思う。
りーぽん自身が一番よく分かっていることだから。
学生だから、旅行に行っちゃ行けないっていうんじゃなくて、
お泊まりで行くっていうことが、いろんな意味で、すごく広い意味で、
『おれら超、心配だよ。そこは分かってね』っていう。
それで行くんだったら、僕は許可を出すんじゃないかと思うんですけど。
付き合って7ヶ月の社会人の彼氏が、りーぽんに対しても、ご両親に対しても、
ちゃんと、旅行へ行ったあとに、ちゃんとケツ拭きできるんだったら、っていう風には思うけどね。
彼氏大事だよね。
いやいやいや、これは、難しいね。
「仕事って何なんだろう?」って今更ながら思いますという24歳の女性。
「 仕事に対して「食べていく為」などと割りきっている人がいる中で、
農家の父にとって仕事は「趣味の一貫」
お世話になっているエステの先生にとって仕事は「天職」だとおっしゃっていました。
バイヤーの先輩は仕事は「遊びの一貫」ともおっしゃっていました。
今の私にとって仕事は「生活の為」です。
それは大前提ですが、折角なら好きなことを仕事にして無我夢中になり、そして使命感もって仕事をすることが目標です。」
さやさやが、その”仕事ってなんなんだろう?”という根本的なことを考えてること自体が、素晴らしいなと思う。
今の世の中で、自分の好きなことを仕事にできるっていう確率の方が、めちゃくちゃ低いと思うし。
食べていく為に仕事をされている方たちは、たくさんいらっしゃるとは思うんだけど。
逆に、自分に置き換えてみて、24歳の頃の自分にとって(1996年~1997年ね)、
やってきた事はなんなんだろう?って考えると、仕事っていうのが、すごい後に回されていたかな。
目の前にあることが楽しいし、刺激的だったし、それがまた、なかなか出来ないっていう…
いろんなことをトライしても、NGばっかりっていう、
仕事という頭を持っていると、そっちに打ち込めなかったような気がするから。
どっちかって言うと、さやさやのお父さんに近いんじゃないかな。
好きなことをやらせてもらってるって言う。
バイヤーの先輩の『仕事は遊びの一貫』というところは、ちょっと危険なんじゃないかなと思うんですよね。
やっぱり、お仕事っていうのは責任が存在するものだと思うので。
お世話になっているエステの先生の「天職」っていうのも、すげーなって思いますけどね。そのエステの先生は、相当、”好きだし”、”満足してるし”、かつ、”追求してます”よね
そういうものに巡り合えたら、『良かったね』という言葉を、かけられそうだともうし
かけたいし。