令和6年12月24日(火曜日)
今日は、市議時代に関わった案件についての確認(過去)、市議当時から県議となった今も関わる案件についての相談(現在)、県議として今後を見据えた打ち合わせ(未来)を行いました。
いずれも、私が真剣に関わってきたこと、また、今後しっかり取り組みたいことで、頼りにされるのは、議員冥利に尽きます。
派手さはなくとも、地に足の着いた活動をしたいというのが、政治の世界に入った時からの私の基本姿勢です。謙虚に、丁寧に活動してまいりますので、理解してくださる方が増えるとありがたいです。
また、今日は、日田市選出の大先輩の県議会議員の胸像に、ご挨拶と活動報告をさせていただきました。
その名は、「荒川九州男」先生。
昭和22年から日田市議会議員、5期20年。
昭和46年から大分県議会議員、5期20年。
日田市議会の第5代議長、大分県議会の第60代副議長と第50代議長を歴任され、自民党大分県連の幹事長を務めた大物県議。日田郡選出の壁村県議の秘書だった私の父に、荒川県議にお世話になったという思い出話をよく聞きました。
昭和62年4月に、その父が市議会議員に初当選した直後、保守分裂といわれた同年7月の日田市長選挙で、現職・石松候補の選挙カーに乗った荒川県議を自宅近所でお迎えしました。私は当時、小学5年生。75歳・県議会議長も自民党県連幹事長も経験された5期目の荒川県議が、ニコニコと笑顔で話しかけてくださった光景を今でも覚えています。
信頼できる仲間の皆さんからご意見を伺い、過去、現在、未来の話をさせていただき、事務所に戻る途中、荒川先生の胸像を思い出しました。そして県議とは?、県議の役割とは?と改めて考えさせられました。
時には、こうした機会が必要だと思いました。