僕の旅と彼方の友と

旅が好きアマチュア無線が好き、そんな僕の呑気な日々を綴ります。

白駒池と高見石

2011年09月10日 22時53分35秒 | 岳人倶楽部

 久し振りに「岳人倶楽部」のカテゴリーでの投稿です。今回は八ヶ岳連邦の一端の散策です。良い天気に恵まれ幸運でした。




白駒池や高見石は長野県南佐久郡佐久穂町にあります。


駐車場は広く、料金は500円です。トイレもありますが、こちらも有料で50円です。ただ、箱が置いてあるだけなので、払わなくても利用できます。


お土産屋さんも朝早くから営業していました。



さて出発の準備です。




道路の向こうには立派な看板というか碑がありました。白駒池ってなんか凄い所のようです。


池へ向かう森に入ると地面は苔でいっぱいに覆われていました。でもこの辺はまだ序の口です。




池とその周辺の案内看板がありました。とりあえず時計廻りで散策してみることにしました。



歩いてすぐの所に民宿「青苔荘」があります。岳人の目で見るとなかなかの風情です。


ボート乗り場は傷んでいまして、向こうまで行くのは勇気が要ります。僕は泳げますが、水に浸かると一発でダメになる電子機器を持っているので、先へ行くのは止めました。


近くにはテントの設営施設があったのですが、なぜか床台ではなく地面に直接張られていました。



水場もあります。この辺の水は水道ではありません。池の水を飲料水として使っています。画像の施設の水ではありませんが、この後の高見石山頂でこの池の水をコーヒーとして頂きました。



実は池の周回は一旦止めて高見石登山をすることに・・・。元来た道を戻り、先程の案内看板より時計と反対廻りの道を進みます。





周回路は立木が多くて池の眺望は良くありません。



先程の「青苔荘」の池の向かいにある「白駒荘」です。ここで水を買いました。量はともかく100円です。



こちらにもボート乗り場がありました。こっちの方はしっかりしています。ボートは3人乗りで30分700円だそうな。


宿の前に奇妙なキノコが・・・。どこかの人が食べられると言ってましたが、とても食べる気にならないデザインです。



宿の少し先から高見石へ向かいます。



いくつかのコースのうち、こちらのコースは少しキツく、山頂まで1時間近くかかります。しかし、できるだけ高い山をできるだけ難しいコースで登るのが岳人です。頑張りました。



という訳で山頂直下の「高見石小屋」へ到着です。登山客が既に大勢居ました。



更に岩場を登ると・・・



360°の大パノラマが迎えてくれました。晴天でしたので感激も尚更です。先程の白駒池が見えていますし、ずっと向こうに荒船山も見えていました。



 スマホの3Dカメラで撮影したのですが、画像をgooのサーバーへUPすると3Dモニターでも2Dになってしまいました。3Dで見ると白駒池と岩とY君の距離感が少し出てくるんですけど、残念です。



反対側には南アルプスでしょうか見えていました。


さて高見石小屋の前の広場で昼食とコーヒーです。コーヒーの水は先程「白駒荘」にて100円で買ったもので、この水もコーヒーもH氏の驕りで頂きました。



小屋にはこのような発電設備が設置されています。たいした電力は得られないと思うけど・・・。



代わりに火力発電用の薪?な訳ないですねぇ。厨房や寒期の暖房用の薪が大量に用意されてました。




しばらく休んで再び池へ向かいます。まあ帰りは楽なコースで帰ることにしました。この画像はコースの途中に中程からボキリと折れていた立木です。



池の案内盤の所へ戻りました。ここからさらに池を周回します。


池のまわりは良く整備されています。




ほとんどは木道でした。



苔が覆い繁っていて幻想的です。



途中に休息所があります。休む程の距離じゃないけど。



最初の「青苔荘」まで来ました。




あと少しで一週です。




\_(^◇^)_/一週しました。

白駒池(しらこまいけ)は標高2,115Mにあり、八ヶ岳火山湖沼中で一番大きく(面積:11,4ha・最深:8,6M・湖岸線:1,350M)2,000M以上の高地にある湖としては日本最大。標高が高いため11月下旬には全面氷結し、天然リンクとして早くからスケートが出来ることでも有名。
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伊豆ヶ岳に登りました 2nd。

2010年05月22日 18時17分01秒 | 岳人倶楽部

 伊豆ヶ岳は二度目の登山ですので、今回は簡略した記事とさせて頂きます。2010年5月22日の再登山です。

山名の由来
伊豆ヶ岳の山名は、突峰状の山容によるアイヌ語の「イズ」から出たものと言われています。地元では、快晴の日、山頂に登ると遠く伊豆まで見えるからという「伊豆ヶ岳」説、柚の木が多くあったからという「柚ヶ岳」説。また昔に麓の湯ノ沢で温泉が湧き出ており、その前の山だからという「湯津ヶ岳」説、等など色々な話が伝えられています。



 山頂では綺麗にツツジが咲いていました。


 五輪山もついでに登ってきました。


 も一つおまけに小高山にも登りました。眺望は三山の中ではここが一番良かったです。




 『カメ岩』です。何故この名が付いたかは不明です。
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伊豆ヶ岳に登ります。

2010年05月21日 22時03分45秒 | 岳人倶楽部

 平成20年6月1日に登った伊豆ヶ岳に再び明日登ります。あくまで予定ですけど・・・。別に特に気に入った山という訳ではありません。何となく行きがかりで行く事になりました。後でテキトーにお伝えします。
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鳴神山に登りました。

2010年05月03日 21時20分32秒 | 岳人倶楽部
 5月3日。今日は憲法記念日です。お休みで天気も上々、絶好の登山日和です。そんな訳か鳴神山の登山道入口の駐車スペースには車が結構停められていました。


 皆適当に着替えてこれから登山開始です。


 1時間半くらいのコースです。写真の右側に小さく見える橋を渡って行きます。


 今年初めての登山です。ハイキング気分で行ってきます。


 とりあえず記念撮影。


 歩数計で測ったのでしょうか。大人の足ならもう少し少ないかも知れません。


 全般に大してキツイコ-スではありませんが、この辺りは特に楽な所です。


 マムシねぇ、見かけませんでした。居たらちょっとした騒ぎになるかも・・・。


 花の百名山の一つと言われているらしいのですが、このコースは全くらしくありませんでした。


 高度計を見ながら登りました。標高1,000以下の山なので、あまり感動はありませんが・・・。


 中間点だそうです。まだまだ楽勝です。


 この辺りまではと言ってもどの辺りかはこの写真からは判別しずらいかもしれませんが、まあ登山口から1時間位の処でしょうか。まあ楽な登りです。


 で、この辺りから急登になります。それでもたいしたことないけど。


 Mi氏とY君の距離は2m少しですが、高低差があるため、こんな風に写っています。


 山頂直下にありました。箱の中にノートとボールペンが入っていて、記念に能書きが書けるようになっています。僕はとりあえず7M4NFWとだけ書いておきました。


ここは、うなぎの寝床のような空間です。


 一行の内、先導隊のMi氏・Ka氏・Y君と僕は後から来るH氏・Sa氏・Si氏を待つべくここでしばらく待機しました。


 きつねの像があったので多分お稲荷さんだと思うのですが、鳥居は赤くはありませんでした。


 後の人々がやって来たので山頂へ向けて再度出発です。


 思いっきり急登ですが、神社からは5分ほどですのでたいしたことはありません。



 鳴神山山頂(標高980m)です。混んではいましたが、天気もよく眺望もかなり良く幸運でした。



 Y君は別に疲れている訳ではありません、まあ記念のポーズですね。全員の集合写真、メールでいいから送ってね!



 山頂には石の祠が三基ありました。



 混んでるからそろそろ下りようか。なんて感じです。10時前だけど。



 山頂にはアカヤシオが綺麗に咲いていました。



 さて山頂直下の神社の戻ってゆっくり休息です。軽食を摂りながらどーでもよいお喋りをしてました。


 さて下山です。もう一度急登を上って分岐点から稜線伝いに赤柴方向へ進みます。


 遠くまで見渡せています。いい眺めでした。




 もう少し時期を遅らせたら、花のトンネルになっていたかも。惜しい・・・。



 山桜でしょうか。よく分かりません。



 山桜かもしれない樹木がいっぱいの登山道。

 稜線をさらに下ります。



 次に窪地を下っていきます。


 せせらぎの音。心が落ち着きます。



 ヤマブキかもしれない(詳しくないものでスミマセン)花が綺麗に咲いていました。

 登山口に到着です。林道が来ているのでここまで車で来れそうです。ただし、車高の高い四駆でないとかなり辛いかもしれません。


 案内がありました。


 車の停めてある駒形登山口までのんびりと歩いていきました。廃墟なんかもあって、まあ楽しかったです。
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鳴神山に登ります

2010年05月02日 15時06分25秒 | 岳人倶楽部

まあ、あくまで予定ですけど、明日群馬県は桐生市にある鳴神山(標高980m)に登ります。登山道では結構急登になる箇所もあるようですが、連休だし久しぶりの登山だし、まあいいかと行く事にしました。

この季節いろんな花も咲いてるかと思いますので、例によって

モブログでお伝えできればと思っています。携帯が圏外であ

れば後日改めてのお伝えとなります。APRSももちろん作動

させておきますので、上手くすればリアルタイムで僕の移動位

置が確認できるでしょう。
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秋の飛騨・高山の旅

2009年09月23日 10時31分52秒 | 岳人倶楽部

 ラジオの天気予報によると芳しくない筈だったのですが、この日9月21日の中央道「八ヶ岳PA」はよい天気でした。山下に広がる黄金色の田はまさに豊穣の様を呈していました。

 これから何度目かの飛騨・高山の旅です。どうなることやら。

 高速を降りて国道158号で一路高山市へ向かいましたが、上

高地へ行く車の大渋滞にハマリ参りました。高速出口から3時間

位かかったと思います。やっと渋滞を抜け出たあとに立ち寄った

のが『平湯大滝』です。





 
平湯大滝について
日本の滝百選
幅6メートル 落差64メートル

平湯温泉の発祥を伝える『白猿伝説』
 今から四百五十年ほど前、甲斐の国の軍勢が飛騨に攻め入りました。
 このとき、疲労困憊(ひろうこんぱい)した甲斐の兵士たちがやっとの思いで平湯大滝までたどり着きぼんやりと滝を眺めていると滝の口から一匹の年老いた白猿が降りてきて、山中にこんこんと湧き出る温泉へと導いてくれました。
 これが平湯温泉の始まりと伝えられています。

現地案内板より



 ここでは足湯に浸かりながら食事ができますが、僕達はとりあえずパスしました。





 完全に観光地と化していて休日の人の多さには少し閉口です

が、それでもまあ一度は来て見る価値はあるかと思います。








 お話は一気に高山市の「古い町並み」へ。ここへは僕個人は三度目となる旅です。
 完全に観光地化して特に休日など混むようですが、それなりに楽しめる場所です。


 H氏とS氏が漆器類を興味深げに物色していました。そんな趣味があったとは意外です。




 この街中にある『久田屋』というお店で昼食を摂ることにしました。「飛騨牛朴葉みそ焼き」1,900円です。ボリュームと比べて少し値段は高い気もしましたが、せっかくここまで来たのですから美味しく頂きました。
 お店の中には色々アンテーク物が展示されていて、雰囲気は良かったです。


 この日は山中にあるコテージに泊まります。皆テキトーに疲れてはいましたが、近くの温泉で一風呂浴びてビールを飲むこにしました。



 なかなか快適な所で、バス・トイレはもちろん流し・冷蔵庫・電子レンジ・炊飯器・ポット・食器洗い器まで揃っていました。
それでも・・・まっ二度と来ないと思いますけど。



「こったら所じゃ生きていげねぇ。」かつて白川村は山間の豪雪

地帯でそれはそれは厳しい生活環境だったそうです。離村する

集落もありました。と・こ・ろ・が。!発想の転換で離村した集落

を観光地にしてみたら、なんとこれが大当たり!今では観光客

が引きも切らさずやって来て、観光収入も大幅UP! 

世の中何が幸いするか解かりません。

 二年ぶりだった思います 白川郷。前回ま夏でしたが、秋の風景もまたいいですねぇ。



 これらの家々には実際に人が生活しています。



 生活の匂いを感じる風景もまた旅の楽しさの一つです。

 大八車の車輪?が何気に置いてあるのが良い雰囲気を醸しだしています。




 白川村の主な産業は観光と農業。合掌造りの家と稲穂が良く似合っています。



案山子も豊作を喜んでいるようです。



 家の中も見学してみました。囲炉裏のある家って良いですよねぇ。ほっとした団欒がありそうです。ちなみにY君の隣のオジサンは見知らぬ人です。



 『民家園』が開園されたので入ってみました。古い水車小屋があって中を覘こうとしたら「修理中」とのことでした。



 藁葺の葺き替え工事をしていました。かつては村民総出で行っていたそうですが、今では業者に頼むそうです。まっお金は持ってるようですから。村興しが成功した代表例のようです。
終わり
 
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『庶民の山』に登りました。

2009年09月12日 21時57分11秒 | 岳人倶楽部

 2009年9月12日、曇り時々雨。茨城県筑波山は「つつじヶ丘」の駐車場です。皆「筑波山かぁ。」といった感じで、モチベーションが殆ど上がっていません。

予定では今日は上州武尊に登る筈だったのですが、天候が良くないのでこちらにしました。どちらかといえば登山というよりハイキングです。


 他の三人は山頂まで歩いて登りましたが、僕一人だけロープウウェイを利用しました。真の登山家は出来るだけ難しいコースを選んで山に登るのですが、僕は真の登山家ではありませんので楽をさせて頂きました。

 ちなみに歩いて登ると1時間以上掛かりますが、ロープウェイだと6分です。


料金表
大人(中学生~)片道:600円往復:1,070円
小児(6才~)片道:300円往復:540円

※運行時刻はこの日は午前9時から20分間隔で午後5時40分まででした。日によって異なりますのでご利用の方は注意してください。ただコアタイムがあって、午前9時20分から午後4時40分の20分間隔は常時運行しているようです。


  女体山山頂駅の駅前に巨大な岩がありました。


 女体山山頂にある祠にはイザナミの尊(女神)が祭られています。

「あなにやし、えおとめを」 (「なんて、いい女なんだ!」)




  女体山山頂で三人と合流して男体山側へ向かいます。途中「ガマ岩」と呼ばれる岩がありました。たしかにそんな風に見えます。


 途中に茶屋あって疲れたら休みがてら食事もできます。




 男体山が見えてきました。紅葉の時期ですとそうでもないのでしょうが、今はお客も少なく閑散としています。


 『道程元標』って何でしょう?よく知りません。




 少し晴れてきて下界が見えてきました。やっぱり関東平野は広い!



 あんまり気乗りしなかったのですが、せっかく来たのですから男体山の山頂も登りました。


 山頂の祠に向かう途中にこのような石彫りがありました。男女の彫りでしょうか・・・。保存状態が悪く、よく判りません。




 男体山山頂にある祠にはイザナギの尊(男神)が祭られています。前に来たときはもっとみすぼらしかったと記憶しているのですが、かなり立派に建て替えられたようです。

「あなにやし、えおとこを」 (「なんて、いい男なんでしょう!」)



※『古事記』によると初めに女神イザナミが男神イザナギをナンパしました。
「あなにやし、えおとこを」
そしてイザナギも
「あなにやし、えおとめを」
と言い、結婚したのです。

しかし生まれてきた子供達はロクでもない者ばかり・・・。
これはきっと女神のイザナミが先に男神のイザナギに声を掛けたからに違いないというこで、もう一度
「あなにやし、えおとめを」
とイザナギがイザナミに声を掛け
「あなにやし、えおとこを」
とイザナミが答えると次からは良い子達が生まれてきた。
と記されています。


 H氏のうんちくをY君が聞いています。
「筑波山は千年以上前から男女の交友の場として使われていて、ここで声を掛けられない女性は気の毒な人だった・・・等等。」
深田久弥も『日本百名山』のなかで、奈良朝初期に出た「常陸風土記」に筑波山が大衆遊楽の山であったと記されている、と書いています。今回のブログのタイトルを『庶民の山』・・としたのはそんな理由です。


はてさて・・・


 男体山から再び女体山へ戻り、こんどは四名全員でロープウェイで下山し、つつじヶ丘の駐車場へ。さてそこに何やら怪しげな施設がありました。入場料500円を払ってY君と二人で入ってみました。すると・・・
「いらっしゃ~ぃぃぃっ!」
「いらっしゃ~ぃぃぃっ!」
首を吊った人形が・・・
「ほっほっほっ、いらっしゃ~い!」


二人とも「・・・・・・・。」

※もしもお子様を連れて入られるときは、この施設足場の設計が悪く転倒の可能性がありますので、しっかりと手をつないでいて下さい。


さて気を取り直して、今回不参加のSi氏が教えてくれた鰻屋さんへいくことにしました。

 一応ネットでも調べてみてはいましたが、いかにも高そうなお店です。でも美味しければ許します。



 全員でうな重の「花」を注文しました。一人前3,000円です。手ぶれでごめんなさい、上の画像がそうです。ご飯の上に鰻が重なって乗っていました。タレも上品な甘さでとっても美味しかったです。Siさん美味しいお店を教えてくれて有難う。
 鰻屋さんのなかには注文を受けてから捌くお店もあるようで、こちらもそうなんでしょうか大分待たされました。でも美味しいものを頂くにはそれ位は我慢してもいいかもしれません。

「おわり」
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「日本国」に登りました。

2009年05月04日 17時35分21秒 | 岳人倶楽部

 「日本国」という山名の由来は定かでないそうな。
一説には、その昔、安倍比羅夫(あべのひらふ)の大和朝廷軍が東征の折、苦戦を重ねながらここまで進軍し、この付近の頑強な蝦夷(えみし・えぞ)勢力の平定に一応成功したことから、誰言う事も無く感慨をこめて、ここまでが「日本国」と(日本国と蝦夷地との境)したことが山名の起源ではないかとも言われています。またの説には、飛鳥時代に、時の権力者曽我氏の圧制により、身の危険を感じ都落ちした蜂子皇子(はちこのおうじ)が「上隠し小屋」(現在の日本国)に隠れ住んだと伝えられている事や、江戸時代、大代集落の太郎次という狩りの名人が堀切峠の頂上でみごとな鷹を生け捕り、これを庄内藩の酒井候に献上したところ、この鷹を見た当時の将軍が「獲れた山は今後、日本国と名付けよ」と仰せられたなど・・・。
現地パンフレットより。



 「日本国」は、新潟県の最北に位置する村上市伊呉野と山形県鶴岡市温海を起点とし、朝日連邦に連なる県境の稜線上約6.4kmの地点に位置し、すり鉢を伏せたな山容から別名「石鉢山」とも呼ばれています。



○予定コース
ふれあいパーク(旧小俣小学校前)→松ヶ峰→蛇逃峠→日本国山頂→蛇逃峠→蔵王堂登山口→小俣宿(旧宿場町)→ふれあいパーク(旧小俣小学校前)



「ふれあいパーク」には30台位停められる駐車場も有り、そこへ車を停めて登山準備です。



「ふれあいパーク」前の登山口です。写ってる女の人はどこのどなたかは知りません。



 登り始めてすぐに小学校のプールと体育館が見えてきます。



 登山道は緩やかな所があったり急な所があったり様々です。大雑把に言えば始め急登あと緩やかといった感じでしょうか・・・。



 「ラジウム清水」です。ラジウムというとキュリー夫人を思い出します。個人的には原子爆弾の母といった印象でしょうか・・・。
 胃腸の悪い人や子供のオタフク風邪、目の病気に良く効くとの噂・・・。


 最初の休息所です、「松ヶ峰広」。眺望は良くありません、ただ休むだけの場所です。



 二つ目の休息所です、「沖見休息」。こちらでの眺望はまあまあです。この日は粟島がうっすらとですが見えていました。



 蛇逃峠(じゃのげとうげ)の東屋です。下の小俣集落では「蛇逃が見えてきたら雪が降らない」という諺があるそうな。でも蛇についての言い伝えは無いようです。
帰りはここから別ルートで下山します。




 この画像ではよく分かりませんが「新潟懸山形懸境」と書いてあります。



 「鷹待ち場」です。この辺りでは多くの鷹が獲れたんだそうな。ちなみに昔は鷹の羽は弓矢に使われる立派な軍事物資だったんだそうです。



 転落防止柵でしょうか。画像右はかなりの切り通しになっています。



 この坂を登りきった所が頂上だろうな。と思ったら・・・



 ビンゴ!当たりです。



 とりあえず記念撮影。


 展望台がありました。少し腐れかけていますが立派です。 
ひょっとしたら「やまとのくに」と読むのかもしれないともおもったのですが、 「日本国」は「にほんこく」と読んで良かったようです。



<</MARQUEE>>

 展望台からの360度パノラマです。立ち木が多くあまり良くありません。でも粟島が薄っすらと見えていました。


 S氏が昼食の用意をしてくれています、カップラーメンですけど いつも有難いです。



 でもってその間僕は何をしていたかというと・・・

無線

6mで運用する予定でしたがアンテナを張るのが面倒で2mで運用しました。が・・・
無残な結果でした




 山頂にはこのような非難小屋もありました。入り口には『日本国山頂休息所』とあります。



 中はこんな感じです。寝袋を持って来れば夏なら泊まれそうです。


 さて山頂の雰囲気を十分楽しんだので下山です。
蛇逃峠まで戻ります。




 下って東屋の向こう側にある「蔵王道登山道」を下ります。



 画像ではよく判りませんが、けっこう急です。登りでこの道を使うのは僕は嫌だなぁという印象でした。



 下りもほぼ終わりになった頃、『蔵王堂』がみえます。
元和元年(1615)大阪夏の陣に小俣集落の佐藤源左衛門が徳川方として徴集された折、奈良は吉野に詣で「蔵王堂」より体を護し、これを背負って村に帰ったと古書にあるそうな。



 『蔵王堂』から1分もかからないで登山口に着きました。



 長閑な風景が広がっています。



 少し歩くと出羽街道「小俣宿」に入ります。



 凄い名前ですが無人の露店だと思う・・・。何も売ってませんでした。



 登山せず小俣宿だけをのんびり散策するのもいいかもしれません。





 明治維新では戊辰戦争の戦場となって集落のほとんどが焼き払われてしまったそうですが、その跡に再建されたそうな。




 表札みたいな屋号の看板です。


 郵便局がありました。その名も『日本国麗郵便局』!消印が欲しかったのですが、GW中はお休みです。残念!

終わり
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『日本国』に登ります。

2009年04月21日 20時44分18秒 | 岳人倶楽部
 今度の連休、五月三日に『日本国』と言う山に登ります

何時だったかgoo地図で紹介されていた山で新潟と山形の県境に在り、いつか登りたいと思っていたのですが、やっと希望が叶う運びとなりました

当日は昼ごろに、アマチュア無線の6mSSBでCQを出す予定です。
皆さんお声掛けくだされば嬉しく思います・・・

また登山の様子や民宿に宿泊(未定)している様子などをブログにも載せる予定です。ドーデモいいかもしれませんが宜しくです

それにしても『日本国』ってなんて読むんでしょう・・・
「にほんこく」 ?
「にっぽんこく」?
「やまとのくに」?
現地で地元の人に確認してきます
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掃部ヶ岳に登りました。

2008年12月21日 21時37分03秒 | 岳人倶楽部

 掃部ヶ岳(かもんがたけ)に登りました、たぶん今年最後の登山になると思います。今日12月21日は今年の冬至です。冬至にかぼちゃを食べると中風の予防に良いとか・・・、知りませんでした。


  掃部ヶ岳は榛名山系の一つで標高は1,449m、群馬県東吾妻郡吾妻町にあります。


 登山道近くから硯岩が見えていました、後で寄ってみることにしました。

 登山道はまあいいかげんにできています、快適さを期待してはいけません。


 硯岩へ向かうには雪と急登に耐えなければなりませんでした。といっても分岐点から100m程の間ですけど。




 榛名湖と榛名富士です。当初こちらに登る予定でした。


 雪が有るのが気になりますがまあ良いでしょう。ちなみにアイゼンなんて面倒な物は着けていません。



 日の当たる稜線にでると一気に雪が少なくなりました。よかったよかった。



<</MARQUEE>>

 1時間少々で山頂に到着です。山頂は南側は開けていますが、北側は立ち木があってあまりよく見えませんでした。




 「冬至鍋」皆でワイワイ言いながら煮込んでいます。



 「冬至鍋」の中です。小豆とかぼちゃが入っていますが、このうえにお餅を加えます。注:本来の「冬至鍋」にはお餅は入れないんだそうです。



 皆で美味しく戴きました。材料はS氏の奥さんが作ってくれたものです。有難うございました。 
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赤城山(黒桧山&駒ケ岳)に登りました。

2008年11月09日 14時24分49秒 | 岳人倶楽部

 群馬県勢多郡富士見村にある黒桧山(くろびさん)は、赤城山系の中で最も高い山で標高は1,828mあります。2008年11月08日、立冬を過ぎた後の登山は寒かった!です。


 黒桧山の登山口は県道251号線のすぐ脇にあります。大沼(「おの」と読むんだそうな。)周辺は車を止められる所が幾つもあるので、適当なところで停めて登山開始です。



 かなりの数の登山客です。寒さについてはある程度予測はしてましたが、渋滞?の予測までは・・・。3連休後の週末などで空いてると思ったんですが、裏切られました。



 登山口の標高は約1,400mです。ここから450m程の登りになります。



 午前8:23、さあ登山開始です。県道脇からいきなりの急登です。




 登山道からは大沼や 赤城神社がよく見えていました。



 何故か山頂付近にだけ霧氷地帯になっています。「何んでやねん!」と心の中で叫びました。まるで来るな!と言われているようです。


 それでもやっぱり登ります。



 標高1,700m位まで来ました。



 M氏が背負っているザックの重さは、なんと14kgあります。今回の登山参加者全員の昼食が入っています。いままでS氏が背負っていたのですが、この辺りで交代しました。



 分岐点まで来ました。あと100m程で山頂です。




 山頂に着いたのは9:40頃ですから登山口から1時間20分程の登山でした。


<</MARQUEE>>

 山頂の360度パノラマ写真です、一応自動で見れるようにしました。ご覧の様に混雑してまして、中にはトランペットまで吹く者もいる始末!参りました。


 山頂の喧騒を避け少し離れた場所で昼食を摂ろうということで、登山道の奥へ進みました。H氏とM氏が途中で展望に見惚れています。



 
 向こう側に見えてる山は何でしょう。男体山や女峰山でしょうか。



<</MARQUEE>>

 少し行ったところに景色のよい場所がありました。しかし風が強い!しかも寒い!とても食事どころではありません。したがって此処はパスにしました。


<</MARQUEE>>

 さらに向こう側へ行ったところの360度パノラマです。面白がって使っています。結局ここも寒すぎてパス。山頂近くでの昼食は諦めました。せっかく重い荷物を運んできたのに・・・。ごめんねS氏にM氏


 と言う訳で、再び分岐点へ・・・。今度は『大洞・駒ケ岳』へ向かい、経由して下山します。



 神社がありました、『黒桧神社』というんだそうな。鳥居がかなり痛んでいます。風雪に耐えているんですねぇ。




 ここからの眺望もまた格別です。右はたしか地蔵岳、左には小沼(「この」と読むんだそうな)が見えています。


 標識に従って『駒ケ岳』へ向かいます。



 ♪丘を越えてゆこうよ
まあそんなに辛い道のりではありません。寒さを省けば・・・。



 晩秋の登山道は見るからに寒そうです。あの向こうまで行きます。



 赤木山系「駒ケ岳」の山頂です。一応証拠写真を撮っておきました・・・。


 このような鉄階段もあったりして、下山の道はどちらかと言えば楽でした。



 上州からっ風には最後まで付きまとわれました。でもまあまあの登山でした。



 下山場所は登山口とは異なります。まあ当たり前ですねぇ、コースを変えたんですから。そういう訳で、H氏とM氏が登山口の所まで車を取りに行きました。僕とS氏とY君はここで暫く待つことになりました。

 って!「メシはどうしたんじゃあメシはぁ!」という方・・・。

 はい。実は訳が有って別記事でUPします。お楽しみに!
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安達太良山に登りました。

2008年10月26日 22時51分47秒 | 岳人倶楽部

 2008年10月25日、H氏・Y君・S氏・Si氏と僕の5名パーティーで安達太良山に登りました。安達太良山といえば・・・


「あどけない話」

  智恵子は東京に空がないと言ふ、

  ほんとの空が見たいと言ふ。

  私は驚いて空を見る。

  桜若葉の間に在るのは、

  切つても切れない

  むかしなじみのきれいな空だ。

  どんよりけむる地平のぼかしは

  うすもも色の朝のしめりだ。

  智恵子は遠くを見ながら言ふ。

  阿多多羅山の上に

  毎日出てゐる青い空が

  智恵子のほんとの空だといふ。

  あどけない空の話である。

高村光太郎『智恵子抄』より
           

 「ちえこしょう」を「しおこしょう」とわざと聞き違えた人がいました。面白いギャグですねぇ。それはともかく登山開始です!なお今回投稿されている画像の一部にはGPS情報が付加されています。詳しくは後日UPします。


 「あだたらエキスプレス」山麓駅はこの日大変な混雑でした。見ただけで行く気が失せる様な画像を載せるのはやめ、長閑そうな風景を選んで載せました。

 う~ん。ゴンドラから眺めた景色では、もう紅葉は終わってしまっているようです。残念!


 終点駅に到着です。登山準備と言うほどではありませんが、一応装備の点検といってもここまで来てから何かあってもどうにもならないけど・・・。
 この画像はクリックするとパノラマでご覧になれます。



 ここからは徒歩で山頂に向かいます。丸太を輪切りにしたような物が埋め込んであります。なんか滑りそうです。


 丸太から戸板を並べたような道になりました。この辺りまではスニーカーでも大丈夫そうですが、これから先はそれでは少し厳しくなります。



 「仙女平分岐」で一休み。それにしても天候の具合が良くありません。


 石がゴロゴロで、山道らしくなってきました。



 ガスが出てきました!おまけに寒いいっっ!でも登ります。白地に赤の目印が目立ってました。



 安達太良山の山頂です。かなりガスっでます。通称「乳頭」部分が良く見えません。


 「乳頭」部分には鎖場がありました。鎖が無くても登れそうですが、降りる時気分的に安心です。


 記念撮影中です。隊長に「これは何と読むのかね」と問われ「ハッコウイチウと読みます」と答えておきました。

注:「八紘一宇」とは世界は一家・人類は皆兄弟の意。戦前のスローガン。



 山頂の寒さと風は激しいもので、この後帽子は脱いでしまいました。


 「牛の背」のコースを歩く人々が幻想的に見えていました。

 昼食を摂るために移動することにしました。山頂では風と寒さでとてもままなりません。



 なかなか良い場所があったのでこの辺りで食事を摂る事にしました。


 何となく落ち着いてきます。


 日ごろの行いがよかったのか悪かったのか・・・晴れてきました!
気持ちイイ


 と言う訳で再び山頂付近まで戻りました。そこそこの坂道を折り返したのですが、このような写真が撮れてその甲斐がありました。※この画像はY君が撮影したものです。僕は360°パノラマを撮ろうとしましたが失敗しました。


 気を取り直して今度は「牛の背」コースから下山をすることにしました。


 ゴツゴツした岩場が続きますが、歩きにくくはありません。こちらのコースの方が平坦な道のりで歩き易いくらいです。


 爆裂火口が見えました。壮大な景色です。
この画像はクリックするとパノラマでご覧になれます。


 晴れてきたとはいえ風は相変わらず強く、H氏が少しおどけて見せていました。


 あまりノンビリもしてられません、これか東京まで帰るんですから。くろがね小屋方面は遠回りなので奥岳登山口方面へ向かいます。

 道は狭く景色も良くありません。


 少し広くなった所で一休みです。標高が下がったせいか寒くなくなってきました。皆上着を脱ぎ始めました。


 車道に出ました、『馬車道』と言うんだそうな。横浜で暮らしたことのある僕にはやめて欲しい名前でした 。


 安達太良山が遠くに見えます。もちろんあそこから歩いて降りてきたんです。不思議と街中では歩けない距離です。



 『馬車道』を歩いていると、紅葉している木が一本だけ残っていました。僕達のために散るのを待っていてくれたようです。皆で写真をバシバシ撮っていきました。


 駐車場はもすぐです。そんななか遊歩道が見えてきました。『あだたら渓谷自然遊歩道』です。残念ながら現在工事中で通行止めになっていました。

『安達太良山に登りました』終わり
  
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鬼怒沼山に登りました。

2008年10月14日 21時45分52秒 | 岳人倶楽部

 鬼怒沼山は栃木県日光市にある標高2,140.8mの山です。登山当日は快晴で幸運でした。この山に二日かけて登った様子をお伝えします。

第一日目
 女夫淵の駐車場からこの橋を渡って登山道へ向かいます。一般の車両は通行止めとなっている為、ここからは徒歩で向かいます。ただし、「八丁湯」と「加仁湯」へは送迎バスがある為、これらの温泉にに向かう場合これに乗れば楽にいけます。なお旧来の道は落石で通行止めになっているため注意が必要です。


 橋を渡るとすぐに登山道の案内板が見えてきます。ここでは登山客・湯治客の為に「ステッキ」と「傘」まで用意さていました。心配りが嬉しいですね。


 天気もまあまあで気分良く登山開始のはずだったんですが・・・。


 あれれ!車道に出てしまいました。何でやねん!


 他の登山客の人たちも車道をさまよっています。車道を通っても目的地まで行けなくはありませんが、倍くらいの時間がかかります。


 往来している車の運転手さんに尋ねてみると、登山道の途中に分岐点があるとのこと。いけません!戻れ戻れと皆で引き返します。


  
 するとありました、分岐点!案内を皆さん見落としていたようです。ここは車道へ到達する少し手前駐車場から車道へ向かって右側にあります。


 立派な吊り橋がありました。まだ新しいですね。丈夫に出来ているのでしょうが、けっこう揺れて皆さん「わあわあ・きゃあきゃあ」と楽しげに渡橋されていました。

 だいぶ余計な時間を費やしてしまいましたが、これも思い出の一つで良いのかもしれません。さらに上流へ向かいます。



 休息所?がありました。鬼怒川の流れと季節によっては紅葉も楽しめそうです。近くに滝があるのですが、ここからは眺める事ができません。


 こちらがその滝、『カツタテの滝』(だったと思う)です。



 一応動画も貼り付けておきました。携帯カメラの動画で画質は劣悪です。

 本日の目的地『日光沢温泉』へは幾つもの橋を渡ります。



 登山道から少し離れたところにまた滝がありました。この道では幾つもの滝を眺めることが出来ます。この滝(名前は分かりません)小さな滝ですが、近くで見ると何となく幻想的で、お越しに際はご覧になることをお薦めします。


 さて登山道に戻ります。橋のあるところです。


 さらに上流へ進みます。

 『八丁湯』に着きました。豪華にできています。日帰りですと500円で入湯できるそうです。


 八丁湯にいたワンちゃんです。デカい!でもおとなしくって人懐っこい犬でした。


 さらに上流へ進みます。ここまで来ればもう少しです。


 『加仁湯』です。ここにもワンちゃんがいました。元気に飛び回っています。「日光沢」まではもうすぐです。


 聞こえてくるのは沢の流れの音だけ・・・。さらにさらに奥へと進みます。


 見えてきました本日の宿。山小屋風旅館、と言っていいかもしれません。「ふう~っ」と溜め息がでました。



 ここにもすぐ近くに滝がありました。



 本日の宿泊宿『日光沢温泉』です。この雰囲気とても気に入りました。この宿は送迎バスなどのサービスは行っておらず、歩いてくるほかありません。それだけお客さんも少なく、静かな静養ができます。


 部屋はこんな感じです。そりゃあシティホテルとは比べるべくもありません、というか比較すべき対象ではありません。この雰囲気がいいんです。


 内湯はこんな感じに白濁で硫黄臭がします。近くの源泉からそのまま直接引いてきているらしく、物凄く熱い湯でたぶん50度以上あるんじゃないかと思います。僕は軽い火傷をおこしてしまったようです。今は何とも無いけど・・・。


 こちらは露天の方です。温度調節がしてあって入るならこちらがお薦めです。混浴ですが時間帯によって女性専用になります。何時から何時までかは忘れました。


 こちらの湯は透明です。すこし遠くの源泉から引いてきているそうです。こちらも温度調節はしてあります。ただ宿の部屋から丸見えですので、気になる方は避けたほうが良いかもしれません。


 こんな感じです。ちなみによしずが立てかけてある所は脱衣所だそうな。


 この日の夕食です。おかずの方はまあまあでしたが、はっきり言ってご飯は美味しくなかったです。古古米でも使ってるのかと思ってしまいました。
 実はこの夕食の前に部屋で少し飲んでいて、この時もビール1本飲みました。おかげで6時頃食事を終えて朝の6時まで爆睡していました。

第二日目

 朝食はこれです。たまごは温泉卵でタレは付いていませんでした。納豆とキャラ蕗が美味しかったです。


 鬼怒沼へはこの渡り廊下の下を潜って行きます。自動販売機にはジュースの他にビールも売っていて、350ml缶350円です。



 宿は村の小学校といった感じで、また来ようかなと思っています。


 登山道を少し進むと橋が見えてきます。


 橋を渡ってしばらくするとまた滝が見えてきました。

 この橋を渡って700mほど行った所で「ヒナタオソロシの滝」が見えるんだそうな。今回は渡らずに山頂へ向かいました。



 さらに進みます。坂道も階段があると楽です。


 今度は遠くに滝が見えます。「オロオソロシの滝」と言うんだそうな。

 この木道の少し先に『鬼怒沼』があります。



 『鬼怒沼』です。苗場の山頂ようです、池塘もありました。


 この日は快晴で日光白根山もよく見えていました。画像では小さく見えますが、現地で肉眼で見ますとかなりの大きさで見えます。


 この日は日光白根の他にも燧ヶ岳や平ヶ岳も見えていました。ラッキーです! 


『鬼怒沼』でだいぶ道草を食いました。木道を右に折れて鬼怒沼山へ向かいます。




 鬼怒沼山は鬼怒沼から一つ山を越した向こうにあります。登山道は始めのうちははっきりしているのですが、山頂に近づくにつれ判り難くなってきます。


 それでも何とか登頂できました。めでたしめでたしです。山頂は狭く眺望もよくありません。唯一開けているのが日光白根方向だけでした。あとは立ち木で見えません。記念撮影だけして、下の鬼怒沼で昼食をとって下山となりました。


『後書き・・・』
  鬼怒沼から山頂へ向かう途中、下山する人がいて山頂の様子を尋ねたところ、なんとその人は登頂を諦めて戻ってきた人でした。理由を尋ねると「道が分かり難かったから。」とのことでした。何という勇気のある人でしょう、感服しました。この山では道に迷って何日も彷徨された人や、未だに行方不明の人もいます。迷ったら引き返す!これは鉄則!ですが実行はけっこう難しいものです。無理に進むのは勇気ではありません無謀といいます。
 山では左画像のような目印をよく見かけます(目印は必ずしも赤いテープとは限りません。白い紐やペンキマークの時もあります。)。不安を感じたらこの目印の近くへ行き、その地点でさらに別の目印を探します(少し離れないと見つからないこともある)。見つけたらそこへ行き、さらに他の目印を探し向かいます。するとやがてちゃんとした登山道へと導かれるようになっています。
 遭難されないよう切に願います。
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岩菅山に登りました。

2008年09月15日 20時41分53秒 | 岳人倶楽部

 H氏S氏Y君と僕の四名は朝5時に東京は板橋を出発、一路長野県「高天原」へ向かいます。「高天原」って長野県にあったんですね、てっきり朝鮮半島か支那中国大陸にあったと思っていました。まあ戦争(大東亜戦争)中は富士山にあったと主張した人も居たみたいですけど・・・。

それはさておき 


 今夜泊まる宿、『ホテル銀嶺』です。ここで昼食の弁当をもらって登ります。



 これからあのリフトを利用して途中まで楽して行くことにします。ちなみに画像をクリックするとライブ映像を御覧になれます。


 それでは出発です。
◎コースはリフトを使って東館山(標高2,030m)山頂付近まで行き、そこから寺子屋山(標高2,125m)を経て、ノッキリの分岐から岩菅山(標高2,295m)山頂へ向かいます。



 立派な設備です。片道330円で利用できます。帰りは別ルートで帰りますので、片道切符のみ買いました。




 ビデオカメラのメモリー不足で中途半端な動画となってしまいました。ゴメンなさい。景色も天候のせいもあってたいした事ありません。お暇な方だけご覧ください。


 なんやかんやで10分程で到着です。文明の利器を使うとやっぱり楽ですですねぇ。




 長野オリンピック時の記念施設がありました。1998年2月第18回冬季オリンピックがここ長野で開催されましたが、これはアルペンスキー大回転の競技施設跡です。




 東館山山頂の標識です。オリンピック会場跡だけあってかとても派手でした。



 木道は雨が降ると滑りやすいので注意が必要です。



 あれれ!木道は真っ直ぐなのに標識は左方向を示しています。とりあえず標識を信じて左へ進みます。



 まあ登山道らしい道ではありますが・・・。



 また木道になって、沼の脇をくるりと廻って・・・。



 もと来た道へ・・・。なんやねんこれ・・・。



 標識に裏切られつつも気を取り直して進みます。




 
 ゲレンデに出ました。勿論雪は全くありません。



 目的の山である岩菅山が大きく見えています。まだまだですねぇ、ここからあと3時間位でしょうか。


 何て書いてある?と聞かれたので、「ハッ!イワスゲヤマトザングチと書かれていたと思われます。隊長殿!」と答えておきました。



 目的の山の山頂まであと3.9キロですか、まだまだですねぇ。



 寺子屋山(標高2,125m)山頂に到着です。H氏は高度計の再セットをしています。




 登山道らしくなってきた道をY君は気合を入れて進んでいます。


 目的地まであと3.4キロ~っ!さっきから500mしか進んでないなんて・・・。でもまあそんなもんです。頑張ります。



 晴れていれば良かったんですけど、この天気で芳しくない景色です。それはそれで良い思い出かもしれません。



 一瞬の間雲が切れたので撮影しました。まだまだ遠い道のりです。



 一応記念撮影。



 
 右側は深い谷になっています。でも怖いという感覚ではありません。




 岩菅山が真近に迫ってきました、ノッキリの分岐までもう少しです。Y君の着衣に注目です、合羽を脱いだり着たりしています。そういう天気だったんですねぇ。



 この位置から登山道に梯子があることや、下山者が居るのが判るんだそうな。眼鏡を持ってこなかった僕には判りませんでした。



 と言う訳でノッキリの分岐に到着です。帰りはここからアライダ沢を伝って小三郎小屋跡へ向かいます。なにはともあれあと30分少々といったところでしょうか。あと一分張り!です。


 ♪丘を越え行こうよ~っ口笛吹きつ~つぅ なんて晴れていたら歌いたいところですが、生憎の天気で残念です。




 かなりの勾配になってきました。でも頂上まではモウ直です。


 なんだ坂こんな坂・・・。




 と言う訳で山頂に到着です。少し休んでホテルで貰ったお弁当を頂きました。



 もちろん記念撮影も怠りません。はいチ~ズッ!



 晴れていれば360度の大パノラマらしいのですが、ご覧のとおりのありさまでした。残念無念。



 山頂には立派な避難小屋もありました、まだ出来立てのようです。すこし離れた所にはトイレもあります。



 小屋の内部です。湿気が多いのは気になりますが、他はまあ十分ですね。アマチュア無線をやるとなると、窓が開かないのでアンテナの設置に工夫が必要になると思います。


 はてさて下山開始です、ノッキリの分岐まで来ました。ここからアライダ沢方向へ向かいます。



 Y君の膝の調子が良くないようです。大丈夫かな。




 岩菅山を振り返ってみました。山頂には相変わらず雲が懸かっています。


 こちらのコースはその行程の多くが階段です。楽といえば楽ですが辛いといえば辛いです。



 沢の音を聞きながら一休みです。



 
 アライダ沢です。



 動画で撮りたかったです。残念です。



 右の流れが沢で左は水道の様です。


 沢の音を聞きながら下って行くのはいいもんです。



 山葵が自生していそうな所ですが、山葵がどんな姿か分からないのが残念でした。




 岩の裂け目から清水が湧いていました。美味しそうな水です。



 三郎小屋跡まで来ました。ここまで来たらあと少しです、10分位でしょうか。



 H氏はホテルへ電話してます。ここで電話すると下まで車で迎えに来てくれます。



 ホテルの人が迎えに来てくれました。有り難や有り難やあ~っ。




 記念撮影です。ホテルの人が撮ってくれました。  
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伊豆ヶ岳に登りました Part2。

2008年06月04日 21時25分25秒 | 岳人倶楽部

 どうやら山頂に着いたようです。のんびり登ったので2時間くらいかかりました。




 伊豆ヶ岳の山名は、地元では快晴の日に山頂に登ると遠く伊豆まで見えるからだと言われているそうです。この日は残念ながら伊豆までは見えませんでした。



 登山記念にS氏を撮影。

 僕はといえばビールなんぞを一杯頂いておりました。この後昼食です。




 例によって今回も駅弁です。『青葉の宴』という名前が付いていました、季節にピッタリです。この駅弁なんと醤油もソースも付いてませんでした、珍しいですね。「個々の素材の味を楽しめ」ということなのでしょうか。確かになにもつけなくても美味しかったです。1,300円でした。


 山頂には小さな『大黒天』が御祭りしてあり、僅かですがお賽銭を捧げさせて戴きました。 


 食事も済み山頂での景色も堪能していよいよ下山します。帰りは女坂を下ります。

 大きな岩がここにも転がっていました。


 もう男坂と女坂の分岐点です。 登りは喋ったり写真を撮ったりで結構時間がかかったのですが、下りはすぐでした。登りも下りも女坂の方が楽でしかも早かったかもしれません。


 正丸峠へ向かう道を進みます。


 尾根道を歩き続けます。


 「まだかなぁ。」はいまだまだです。



 正丸峠までの道のりの途中にある『小高山』です。標高は720mです。少し休みました。


 すぐ近くに『二子山』が見えています。

 さらに歩き続けます。


 茶屋が見えてきました。お店の名前は『伊豆ヶ岳』です。以前この近くまで車で来て無線をやったことがあります。都内のバイクと交信したのを覚えています。


 茶屋『伊豆ヶ岳』の裏手の道を下ります。この後また渓流沿う道を進むのですが少し暗い道となります。


 丸太橋です。このコースは渓流の右岸左岸を行ったり来たりで、幾つもこのような橋があります。


 新緑がかなり生い茂っているせいか、暗いです。考えようによっては気持ちがいいとも言えます。


 大分下った所に神社がありました。飯能市では二月の初申に「お申講(おさるこう)」といって山の神様をお祭りするんだそうな。山の神様もいろいろいらっしゃいますが、何れも山の木を守り、働く人の安全を守ってくれます。そう信じて山で暮らす人々はお祈りするそうです。


 下山しました。ここは登山口よりほんのちょっとだけ上の所です。なんか民家の庭先のようにも感じました。
 
                       終わり
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