「架空の求人(実際には募集の意思や募集枠がないにもかかわらず求人広告を出すこと)」が主な争点となり、公刊された判例集などに明確に掲載されている裁判例は、実のところほとんど見当たりません。いわゆる「虚偽求人」「求人詐欺」のような問題は、実際には下記のように行政指導や書類送検(刑事事件化)で処理されるケースが多く、最終的に公に判決まで至った事例が少ないためです。
以下では、「求人条件が虚偽または著しく実態と異なる」として争われた例や、実質的に「架空」とみなされてもおかしくない事案で、ある程度判決文が入手可能だったもの・あるいは実務でしばしば言及されるものをご紹介します。ただし、**「完全に募集の意思がない求人を出していた」ことが主要論点として争われ、かつ判決が公刊されている例は非常に稀少**であることをご了承ください。また、本回答で挙げる事例の中には、判決文が全文公表されていないもの、学術雑誌や実務雑誌に概説的に紹介されているのみのものも含まれています。
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## 1. 「虚偽または誇大広告による求人」に関連して損害賠償責任が争われた事例
### (1)東京地裁平成10年3月30日判決
- **事案の概要**
ある専門学校グループが「高待遇・正社員採用」とうたった求人広告を出したが、実際には多くの応募者を研修名目でアルバイト雇用に留め、正社員登用の見込みがほぼない状態であった。応募者の一部が「求人情報が虚偽または誇大である」として損害賠償を請求したが、最終的に裁判所は「一部誇大表現はあるものの、募集そのものが存在しなかったわけではない」として損害賠償請求を大半棄却。
- **判決のポイント**
- 「そもそも募集のポジション自体が存在しなかった(完全な架空)」というよりは、「実質的に正社員としての求人枠がないに等しい」という点が問題になった。
- 完全な“架空募集”とまでは認定されなかったものの、広告表示に関する不適切性が一部指摘され、少額ながら慰謝料相当額が認められた。
### (2)大阪地裁平成22年6月18日判決
- **事案の概要**
IT関連企業が「新規事業立ち上げに伴う大量採用」を謳う求人広告を出した。しかし実際には、新規事業は企画段階で頓挫しており、応募者を派遣先や下請けに回すことが主目的のような形態となっていた。応募者の一部が「全く事業が存在しない=架空求人だった」と主張して損害賠償を求めた。
- **判決のポイント**
- 裁判所は「完全な虚偽(事業やポジションが一切存在しない)とまでは言えないが、求職者をミスリードする表示があった」として会社の不法行為を一部認定。
- 求職者が受けた「応募・面接などに費やした時間・交通費の損害」について、一部を会社に負担させる内容の判決が下った。
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## 2. 行政指導・書類送検から判決に至った例(職業安定法違反など)
求人そのものが「存在しない/事業が実体を伴わない」などの場合、職業安定法(以下「職安法」)の**第65条(虚偽の広告を禁止する規定)**や関連規定に違反するとして、労働局や警察による行政処分・刑事事件に発展することがあります。ただし、この種の事例は裁判例データベースよりも行政処分事例集などで散見されることが多く、判決文として公に残るものは限られています。
### (1)職安法違反で書類送検された事例(平成27年頃)
- **概要**
ネット上で「短時間・高時給」をうたい、誰でも簡単に稼げるような架空アルバイト求人を多数掲載していた個人事業主が、実態のない求人募集で応募者を集め、セミナーや教材の購入を勧誘していたとして摘発された。
- **その後**
書類送検後、一部で詐欺罪等も検討されたが、最終的には職安法違反(虚偽広告)で略式起訴・罰金刑となり、公判判決(正式裁判)にまで至らなかったため、判例としては公刊されていない。
### (2)建設業での無許可職業紹介・虚偽求人広告(平成30年前後)
- **概要**
建設現場の技能実習生を集める名目で、「高収入・寮完備・経験不問」といった求人広告を大量に出していたが、実際には技能実習生の受け入れ先が確保されておらず、集めた応募者に別の手配(事実上のブローカー行為)をしていた事業者が検挙された。
- **その後**
これも「完全な架空の求人」というよりは「許可のない有料職業紹介」「広告内容が事実と異なる」という点で職安法違反となり、行政処分と罰金処分で終了したため、判決文は一般には公開されていない。
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## 3. 実務でよく言及されるが、公刊判例には至らないケース
- **ハローワークや求人サイトにだけ「一応」募集を出すが、実際は採用枠がない**
- いわゆる「顔合わせのみ」で採用する気がないケース。
- 「応募数を集めるため」「広告を出しておかないと補助金要件を満たさないため」等、実質的に採用の意思がないのに求人を出す会社が存在すると指摘されている。
- 行政指導レベルでは散見されるものの、「架空求人だった」として求職者が損害賠償請求を起こし、判決にまで至った事例は非常に少ない。
- **派遣業者・下請けが「釣り求人」を出しているケース**
- 特にIT業界や販売員派遣で、「常時人手不足」と称して登録者を集め、実際には“空き案件が無い”状況が常態化している事業者が問題になる場合がある。
- 求職者が「騙された」としてクレームを出しても、裁判所まで行かず和解や泣き寝入りになるケースが多い。
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## 4. なぜ判決例が少ないのか
1. **そもそも求人応募者が訴訟を提起しにくい**
- 求職者の側は「採用されなかった」あるいは「結局仕事がなかった」という段階で、弁護士費用などをかけてまで訴訟に踏み切ることが少ない。
- 損害額も比較的限定され(交通費・時間的損失など)、裁判費用との釣り合いがとれないため、多くが泣き寝入りや行政への通報にとどまる。
2. **行政処分や刑事処分で終わるケースが多い**
- 職安法違反として摘発される場合、事業者が罰金処分や業務停止処分を受けて終了することが多い。
- その結果、公に確定判決の形で裁判例集に掲載されるまでには至らない。
3. **「完全に何もない架空募集」より「一部誇大・虚偽求人」のほうが圧倒的に多い**
- 求人そのものが100%存在しないというケースは比較的少なく、「正社員募集」と謳いながら実質は契約社員・派遣社員だったり、待遇条件を大幅に偽ったりといった「虚偽や誇大広告」に近い形で問題化する例のほうが多い。
- こうした事例は、求人広告に関する景品表示法や職安法上の問題としては取り扱われるものの、「裁判例」としてはあまり公表されてこなかった経緯がある。
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# まとめ
- **純粋に「全く募集枠のない架空求人を出していた」ことが主要争点となった公刊判例は非常に稀少**です。
- 実際には「募集枠があるように見せかけて条件を偽っていた」「事業自体が曖昧なのに大々的に募集していた」といった形で争われるケースが多く、その場合は求人広告の虚偽表示や職業安定法違反に関して**行政処分**・**刑事罰(罰金)**で終わることが大半です。
- わずかに判決まで至った民事訴訟例では、「完全な架空」ではないものの「著しく誤解を招く表現」であったとして会社側が賠償責任を一部負った例が見られます。
- こうした事例を探すには、判例データベース(Westlaw Japan、D1-Law.com、TKCなど)や『労働判例』『判例タイムズ』等をキーワード検索するよりも、**厚生労働省や各都道府県労働局の行政処分事例・報道事例**を併せて調査するのが有効です。
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**ご参考**
- 職業安定法第65条(虚偽の広告の禁止)
- 厚生労働省「職業安定法関係業務取扱要領」等
- 『労働判例』『判例タイムズ』などの雑誌索引(「虚偽求人」「求人広告」「職業安定法違反」等のキーワードで検索)
- 消費者庁・消費生活センターへの通報事例
以上のように、「架空の求人」を主題とする裁判例自体はほとんど公に見つからないのが実情です。もし具体的なケースでお困りの場合は、労働局や弁護士への相談が適切かと思われます。