のろや

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『ドイツ語とドイツ人気質』

2006-02-16 | 
『ドイツ語とドイツ人気質』小塩 節 1988 講談社学術文庫 を読了。

独文学者である筆者は、異文化理解の手がかりを
自身が経験されたエピソードを交え、「普段のドイツ語/ドイツ人ってこんなふう」
という親しみやすい形で語っています。

たいへん読みやすい文章で、遅読なのろもスイスイと快調に読み進めることができました。
数々のエピソードは、微笑ましいもの、笑ってしまうもの、また身の引き締まる思いのするもの、それぞれが
長年ドイツ人やドイツ文学と深く関わって来た筆者ならではの説得力を持っております。

中でものろ好みだったのは、筆者がNHKのドイツ語講座を担当していらした時のエピソードです。

筆者はある時、番組の中で、ドイツ人レギュラーゲストによる
ゲーテの『野バラ』朗読を企画します。
ところが、当のドイツ人ゲストWさんは、この提案を「ナイン(No)」の一言で、にべもなく断ります。
筆者が、なぜ朗読が嫌なのかと問いただすと
W氏、「第一にこれこれ、第二にこれこれ」と、いかにもドイツ人らしくひとつひとつ理由を挙げて
この企画がいかに馬鹿げているかを力説します。

曰く「詩を読んだところで、ドイツ語会話はうまくならない」
曰く「この詩の中で使われている語彙は古すぎる」
曰く「詩の内容も古すぎ、非現実的である」
曰く「朗読の後で歌まで歌うとは、何たることか。
   私たちは言葉によるコミュニケーションを学んでいるのであって、歌なぞ歌っているヒマはないはずだ」

しかし、筆者も負けずに頑固です。

「この詩の一節を 読 む こ と に し ま す!」
そう、ドイツ人に言うことを聞かせる特効薬、即ち業務命令という手段に訴えたのです。


スタジオに入ったWさんは
「悲しげな顔をしながら、抑揚乏しく『野バラ』の第一節を朗読し」
歌に至っては、唇を動かすだけで、声は出さずじまい。
その後も番組内でドイツ民謡などを歌うたびに「実に悲しげな顔」をなさっていたそうです。

嗚呼、ドイツ人。
噂に違わず頑固でございますねえ。
筆者も もはやアキレタ という態で、この頑固さを「あっぱれというほかはない」と評しています。

頑固というだけでなく、ドイツにおいては一事が万事徹底というキーワードをもって行われるようです。

「・・・だからドイツ人の学者や技術者が「入門書」を書くとなると千ページぐらいの「ハンドブック」を
 三冊ぐらい書かないと気が済まない。ドイツ人がハンドブックと言ったら、両手でやっと持ち上げられるぐらいの
 重さということになる。何でも、知っていることはみな書いてしまう。・・・」(p.26)

もちろんある程度の誇張や偏りはあるでしょうから、本書の内容全てをを鵜呑みにはできませんが
笑って鵜呑みしたくなるほどに「ドイツ=マジメ、頑固、徹底」のイメージにぴったりでございますね。
怠け者で軟弱者で超どんぶり勘定人間の のろとしては、こんな「ドイツ人気質」に対して
全く実に 畏敬の念を禁じ得ないのでございますよ。