東京都の西端にある「あきる野市」にある「南澤あじさい山」を久しぶりに訪れた。ここを訪れた記事は、2019年4月21日に「山里の春・・・南澤あじさい山」、(ジャンル;旅行)として書いている。
しかし、前回は「あじさい山」の“あじさい”ではない「桜」の記事であったが、今回は「あじさい」を見に行った記事である。
6月15日の昼頃に出かけた。既に、何回か行っているので道は覚えているので気楽である。筆者の自宅からは自動車で30分程の場所である。
あじさいを見ての感想では、残念なことに時期が少しだけ早かったようである。あじさいは山への入り口付近は満開であったが、それより先では5分咲きというところであった。
この日の数日前、NHKラジオ深夜便で紹介されていたが、あじさい山の管理に「後継者」が入っているとのこと。南澤忠一さんが50年がかりで、一人で作り上げた「あじさい山」も「更に見事になっているだろう」と期待して行ったのであるが・・・、あじさいの景色はさして変化がなく、何やら「お祭り的」な「いわば学園祭的な」雰囲気を感じるものになっていた。筆者としては?! である。後継者として入った、あるいは、この時期の協力者であろう若い人とは、感性が異なることを自覚した一瞬である。
まずは、久々の訪問であるので、後述する、天然記念物の表示にある地名と同じ名前の、南澤忠一さんに挨拶をしようと、あじさい山への登り口の横にある居宅に向かう。居宅への入り口には、後述する“セッコク”が着生した大きな木(樅?)と、大きな錦鯉の泳ぐ池があり、これを見ながら玄関に向かう。玄関の中には、メダカの入った大きな水槽が置いてある。
南澤忠一さんは、昼寝の最中であったようである。わざわざ起きてきて、筆者を見て「昨年(あじさいの季節に)、来なかったのでどうしたかと思っていた」とのこと。忠一さんが立ち上がると、今年90歳とは信じられない程に、ピンとしている。毎日の「あじさい山」の手入れが健康の元なのであろう。
ひとしきり雑談をした後に、あじさい山を登った。
あじさい山の順路は、コロナの流行で、一方通行とのこと。月曜日であるからか? 感染の危険を感じる程には人はいない。入り口付近は通路に懸るほどにあじさいが満開である。
なお、この文章を書くために写真を見て驚いた。残念なことに、満開のあじさいの写真を撮って来てなかったのである。何とも「ボケた」話であるが、あじさい山の風景は、既に見ているので、何となく、既に撮っていると思ってしまったようである。そのようなことで、あじさい山の全景等の写真はこのブログにはない。
下の写真は、あじさい山の地図である。元々が、山の中程にある墓地への墓参のとき、その道を「花で飾りたかった」と考えてあじさいを植えたのが始まりとのことである。しばらくは、満開のあじさいが道に懸かるようにして咲いている。
途中に、左側に下る細い道(図では下方方)があるが、こちらは帰路である。そのまま順路の通りに進むと、山の斜面に植林された、檜と思われる樹の間に、無数のあじさいが植わっている。こちらは、5分咲きというところであろうか・・・。
道の途中には、あじさいを植えてから「10年目」「20年目」と書かれた表示がある。一人で、ここまで植えるのは「大変な努力であったのであろう」などと考えながら通り過ぎる。そして、さらに進むと、ここまでの登りの暑さが急に涼しくなる。空気が違うのである。ここ迄でほぼ片道である。
ここから小さな川を渡るための、丸太で作った橋が架けられている。対岸のあじさいの中を進む道である。
この道を進むと、先ほどの細い道の分岐に戻る。ここまでの道では、対岸の斜面からあじさいを見ることができる。
なお、先ほどの登り道の手前に休憩所がある。その脇には、あじさいの他に、野菜等を植えている畑がある。ここには、これから植えるためのものであろう、新しい品種と思われる、珍しいあじさいが植えられていた。
あじさいを見て、再度、畑にある新品種であろうあじさいを見て、山を下った。
帰りがけに、南澤忠一さんが丁度、庭先に出ていたので挨拶をしたところ、池の鯉の餌を用意していて「餌をやって良いよ」とのこと。雑談をしつつ、餌を投げると鯉が「猛烈」と表現して良いほどの勢いで集まって来る。餌を投げる場所を変えるとそちらに猛烈に移動して集まる。鯉が餌に集まるのが面白くて、鯉には悪いが、暫し、遊ばせてもらった。
今回も、山の自然で「清らかにされた」が如くの空気を思う存分に身体の芯にまで浴び、また、昔話にあるような丸木橋を渡るなどして楽しみ、勿論、あじさいの花(正確には「ガク」)を堪能し、加えて、南澤忠一さんの元気な姿に、日頃「トシかな・・」と考えていた筆者は「まだまだ大丈夫」と、何やら自信を持てた次第である。元気を得られた楽しい一日であった。
なお、ここで書いた「南沢あじさい山」は、NHK出版「趣味の園芸」2020年6月号の22頁から25頁に紹介されている。本の写真、右下の「90歳のあじさい物語」とある丸の中が、南澤忠一氏である。
あじさいを見に行った件は、ここまで。
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さて、以下は、前回に訪れた時の話しである。
2019年4月21日に書いた、「『山里の春・・・「南澤あじさい山」』は、4月17日に訪れたときのものである。その後、5月29日に『セッコクの花が咲いている』とのことで訪れたときの話しを、書けなかった。珍しい話しもあると考えるので、遅まきながら以下に書く。
「セッコクの花」、「セッコク」、漢字では「石斛」と書くが、最近では余り知られていないように思う。これは着生ランの一種であり、他の植物から養分を吸い取る「寄生植物」とは異なるものであるが、古木に着生している観点からは同じように見える。ただ、寄生植物ではないので、着生している樹木から養分を吸い取ってはいない。従って、岩や石にでも着生するとのことである。
セッコクの花・・・何とも儚げな花である
樅ノ木?に着生している様子
南澤忠一さんの居宅の入り口に、樅ノ木の古木がある。この古木にセッコクが無数に着生している。訪れた時には、その花が満開である。木の幹から花が直接に咲いているが如としである。そして、暫しの間、セッコクの花と着生の様子などをみていた。
その後に、居宅の裏側にある石垣とその上に生えた「ユキノシタ」の満開の花を見た。ユキノシタは、筆者宅のような狭い場所にあると、殆ど雑草であるが、広い場所で群生すると見事であることを知った。
ユキノシタの群生
そして、その横から少し登ると、小さな池がある。その池には「アオキ」であろうか? 水面に覆い被さるように枝が張りだしている。その枝に、手のひら大の大きな泡が3個ほどぶら下がっている。南澤さんの妹さん? の話しでは「モリアオガエル」の卵とのことであり、孵化すると「おやたまじゃくし」が、この泡の中から出て来て、下の池に落ち、その後に「カエル」になるとのことである。筆者は、そのようなカエルがいることは知っていたが、実物を見たのは初めてであった。
モリアオガエルの卵
おたまじゃくしの落ちる小さな池
今回は、初めて見たセッコクの花、初めて見たモリアオガエル、今まで、雑草に見えていた「ユキノシタ」も群生すると、随分と綺麗な花に見えることなど、初めて見るものばかりであった。
なお、セッコクが着生した樅ノ木の下には、大きな池があり、見事な鯉が泳いでいる。
鯉の泳ぐ大きな池
駐車場に行くと、「東京都指定天然記念物」「南沢の鳥ノ巣石灰岩産地」と題した表示板が建っている。その脇には「天然記念物」と書かれた石碑が建っていた。
天然記念物の石碑
今回は、初めて見たセッコクの花、初めて見たモリアオガエルの卵、そして、今まで雑草の類いであると思っていたユキノシタも、群生すると随分と綺麗な花に見えることを知った。
そして、これらの花の他にも、名前を知らない花々が咲き誇り、まさに「山里の春・・・春から初夏へ」の気分に浸れた一日であった。
了
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