✧大霊(The Over-Soul)
そのような短い瞬間には深遠さがあり、その瞬間を体験するとき、私たちは、その体験には他のどのような体験よりも大きな真実性がある、と感じることを余儀なくされる。…
地球が大気の柔らかな腕に抱かれるごとくに、私たちは大いなる自然の中で安らいでいる。この大いなる自然が、「統一」、「大霊」であり、その中で、すべての人間の個々の存在が、他のあらゆる存在と一つになっている。…
地球が大気の柔らかな腕に抱かれるごとくに、私たちは大いなる自然の中で安らいでいる。この大いなる自然が、「統一」、「大霊」であり、その中で、すべての人間の個々の存在が、他のあらゆる存在と一つになっている。…
私たちは、生命を受け継ぎながら、部分や単位に分断された状態で生きている。その一方で、人間の内には、全体としての魂、思慮深い静寂、普遍の美が存在し、どの部分、どの単位も一様にそこに繋がって、永遠なる一つを成している。
私たちはこの深遠な力の中にあって、その力のもたらす至福をすっかり手に入れることができる。そしてこの力は、どの瞬間にも自己充足し、完璧であるのみならず、見る行為と見られる対象、見る者と見られる光景、主観と客観とが一つになっている。私たちはこの世界に存在するものを、太陽、月、動物、木……というように別々の現象としてとらえる。だが、これらの輝かしい部分のすべてが一つになっている全体、それこそが魂なのである。…
はっきりしているのは、人間の内なる魂は私たちの存在の背景であり、現象のすべてはそこに内包されているということだ。その広大さは私たちの理解を超えている。内側あるいは背後から発せられる光は、私たちを通じて輝き、物事を照らし出す。そのとき私たちは、自身は無であり、光がすべてであることに気づかされる。一人の人間は、あらゆる叡智、あらゆる善が納められた神殿を外から見た一面である。…
魂が人間の理知を通じて呼吸をするとき、それは才能となり、人間の意志を通じて呼吸をするとき、それは徳となり、人間の情の中を流れるとき、それは愛となる。…
この純粋な性質を、すべての人間はいつかは感じるようになる。それを言葉で言い表すことはできない。あまりに微妙なものであるから。それはとらえどころがなく、計り知れないものだが、それが私たちの中に充満し、かつ私たちがその中に包含されていることに、私たちは気づいている。人間の内側にはあらゆる霊的存在があることを、私たちは知っている。…
私たちは一面では、深遠な霊的本質に、神の性質に開かれているのである。
ラルフ・ウォルドー・エマーソン(1803年5月25日[1] - 1882年4月27日)は、アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。無教会主義の先導者。