真野教室から川合です。
中1世界地理は東アジアから東南アジアあたりへと学習が進んできました。東南アジアを学ぶと必ず、マレーシアの「ルックイースト政策」が登場しますね。私は学生時代、段ボール工場で働いておりましたが、ちょうどそのルックイーストで、マレーシアから大勢の留学生が来ていた頃で、工場にも来ていました。学費を稼ぐためです。
6,7人の彼らは「マレーシア軍団」と呼ばれていましたが、全員中国系でみんな大変よく働く人たちでした。「日本人は勤勉だ。」と言われますが、彼らの方が働き者でしたね。その中の2人ととくによく話をしましたが、面白かったですよ。1人は陽気なイケメンでしたが、冒頭の写真で、右のブタは彼が描いたものです。文化が違うと、こんなに感覚も違うんだね、という例です。左は私が描いた絵ですが、彼が描いた絵を見た瞬間、なるほど、そういや中華風の絵にはこんなブタが登場するよなあ、と感心してしまいました。彼は、マレーシアにいたときはカジノで働いていたそうで、ルーレットを回していたと言っていました。19歳でも、そういう場所で働けるのだそうです。彼は私に、「英語の発音がちがう、ありがとうはサンキューじゃない」と言って、タイトルの発音をしてくれました。何度ゆっくり言い直してもらっても、「デンプシィユー」と聞こえます。その後自分でも調べてみましたが、「デンプシィユー」が理解できません。中国系のなまりなのでしょうか?どなたかご存じですか?
さて、そんな彼との会話の中で一番印象に残っているのは「工場」の発音です。彼はこれを「こうば」と言いました。日本人でももう言わなくなったような昭和の臭いがぷんぷんする発音に、懐かしい響きを感じました。その後、彼は日本の大学を卒業して、貿易の仕事に就きました。もう1人はきまじめな青年で、彼は漢民族の未来を憂えていました。大学に来ている、中国本土出身者が自分のことしか考えていないと嘆くのです。「日本人のすごいところは、みんなで同じことを協力して頑張れる点だ。」とほめてくれます。「でも、日本人は大勢になると、平気で悪いことができてしまうよ。」くすぐったく感じて言い返します。ちょうど日本人は創造性が無く、1人では何にもできない、とたたかれていた時代です。
「他人と協力できることがすごいんだ。中国人は自分の将来のことしか考えていない、国全体のことを見ていない。」彼は天安門事件の学生たちのことも批判していました。そして、手近な紙に4つの漢字を書いてくれました。『手段辣毒』これを、「しゅだんからどく」と彼は読んでいました。3つめの漢字(ラー油のラーですね)をうまく説明できず、なぜかそこだけ「からい」と訓読みで言ってくれました。意味は「他人を蹴落とすためには手段を選ばない」ということだそうで、中国人は1人1人がこれなんだと言っていました。漢民族としての誇りをしっかりと持った彼は、「全員が協力できれば、すごい民族になれるのに。」と口惜しそうでした。彼はその後、卒業して計測機器の会社に就職しました。
あのときのマレーシア軍団は今、元気で活躍しているのかな。少なくとも、マレーシアは工業化を果たして発展していますね。毎年、授業で東南アジアを扱うときは彼らの笑顔が思い出されます。