出版社:文藝春秋 判型:B6
発行年月:2006年5月
価格:3,000円(税込)
香納諒一、渾身の作です。
二人の女性の猟奇殺人に始まるミステリは、刑事・大河内とスナイパー・目取真、この二人の視点からもつれにもつれた謎を解き明かしていきます。
ストーリーは錯綜し、多くの登場人物があらわれます。
先の二人したって、大河内は娘を事故死させて以来妻と別居中のノンキャリたたき上げであり、目取真は凄惨な過去を持つ孤高の殺し屋で、最愛の妻が猟奇」殺人事件の被害者。容疑者に浮かぶ少壮気鋭の弁護士・中条は、十九年前に当時十四歳で同級生の首を切り取った少年。彼を今も操り続けるらしい「透明な友人」。
少年の精神鑑定にあたった心理学者の教え子・田宮。大河内の従兄弟で公安のキャリア・中園。保身に走る大河内の上司や、反対に捜査魂に燃える現場の刑事たち。そして、幼子をなくしたうえに、その責任を強いられ続けた母親までもなくした大河内の妻・聡美。
こうした登場人物のいきざまに、猟奇殺人、洗脳、犯罪被害者と加害者問題、沖縄問題、暴力団抗争、警察組織の腐敗と政財界との癒着など、現実の闇の部分がこれでもかと描かれています。
もちろんそうした殺伐とした事件ばかりではありません。ノンキャリ大河内とキャリア中園の、両者の守るべきものを賭けた対決シーン、肉体・精神ともぼろぼろになった大河内が房総の実家に聡美を訪ねるシーンなど、ぐっとくる人間ドラマもきちんと描かれています。
事件は解決して一件落着、でも巨悪はそのままに闇の中に生き続ける、という一見、陳腐な終わり方。でも、真相に後一歩と近づきながら限界を感じ刑事の職を去ろうとする大河内が、再度、真相に迫ろうと決意を固めるラストは、「ハードボイルドとはなくしたものの復権である」というテーゼを明確にすることで、本書がハードボイルド小説の王道を行くものであることを如実に語っています。 (T.I.)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます