表千家一期一会

「茶道の哲学」【茶道における人間形成】より

茶道は禅の化身である


我々が自由になるとか解脱するとかいうことは
形のある人間から
形のない無相の人間となることであり
無相の自己が
本来の自己である


善も思わず悪も思わない時が
人間本来のあり方である



本来の自己においては
価値・反価値とか
存在・非存在とかいうものは
全くない



禅において
仏とは自覚であり
外に求めることのできるものではない



無相の形のない自己が自覚されることに
茶道における人間形成がある


掴むものがなくなった時に
初めてそれが掴める



茶道の一番の根源 究極の目的は
仏法を修行し得道することであり
茶道において
その仏法は禅である


茶道の第一の目的は人間形成であり
そのような人間形成が茶道文化を生んだ


本来の茶道とは
無相の自己の自己形成 すなわち自己表現の場であり
独自な有形無形の文化財創造の場である


以上
「茶道の哲学」久松真一(講談社学術文庫)
P29~P51からの抜粋です

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