岩佐和裁のブログ、裁縫記:IWASA WASAI's blog, SAIHOUKI

岩佐和裁で販売している和服や和裁用具を紹介しています。

I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、背とじ

2011年05月17日 18時26分58秒 | 振袖
岩佐和裁の携帯用ホームページです。(ドコモ、au、ソフトバンク全てに対応しております)
着物の御仕立、お直しのお店岩佐和裁

現在水曜と土曜の午前11時から午後5時に和裁教室(というよりは和裁広場?)を開催して和裁をしたい方の手助けをしております。
 教科書等につきましては、現在市販されている和裁の本か公開したユーチューブ動画をテキストとして使用しています。
ご利用料金についてはこのブログやユーチューブの動画をご覧になるだけなら無料に、何らかの形で私が直接お手伝いをしたら有料になります。(料金は生徒さんと相談して決めています)
 参加希望の方はHPの和裁教室ページをご覧下さい。
I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾廻し部分の背とじ


I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、胴裏部分の背とじ


裾吹きをきめて背縫いの表裏のきせ山を揃え縦方向にまち針をし、裏に返して裾より3寸くらいのところに表がややゆるくなるイメージでまち針をします。
 あとは胴接ぎ、衿付けのところにまち針をして背とじをします。
背とじの裾廻し部分は、裾廻しのきせ山と表の背縫いの縫い目が合わさる様にたいらにとじ、背縫い部分は胴接ぎ部分は胴裏をきもちゆるくして、のこりは胴裏を少しつらせ胴裏を地の目2、3本くらいを縦にすくい1寸くらいの間隔でとじます。
 この裾廻し部分で縫込みをきせ分だけずらすのは、たたみ易くする為です。
I sew a 振袖furisode(long-sleeved kimono).
There is Linig Spasification having Unlined in a kimono.
I wear Linig Spasification in winter and wear Unlined from late spring in early autumn.
This 振袖furisode(long-sleeved kimono) is Linig Spasification.
There is a stitch in PLEAT LINE of this long-sleeved kimono.
It is called the 背とじsetoji to sew PLEAT LINE of Garment Fabric and PLEAT LINE of Lining Fabric.
I am doing the 背とじsetoji.
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.

Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故の影響は更に拡大しています。私たちはこの事実を正しく把握し、日本の原子力発電について考え行動する必要があります。
2011年5月17日CNIC News 東電福島原発解説 後藤政志氏1
2011年5月17日CNIC News 東電福島原発解説 後藤政志氏2
2011年5月16日「想定外」が許されない機械 小出裕章
2011年05月12日、小出裕章氏インタビュー、空焚き1号機は溶融した核燃料が圧力容器の外に
2011年05月10日、衆議院第二議員会館、広瀬隆氏、福島原発巨大事故、今何が必要か
2011年5月8日、原発は「地震や津波にも安全」なら許されるのか
2011年5月7日、チェルノブイリの避難ルールを基準にしたら、福島第一原発から80キロは希望すれば移住が認められる?!<日隅一雄>
福島第一原子力発電所から80㎞圏内の線量測定マップ
2011年5月5日、20mSvで健康被害があることを前提にした施策が求められる~鎖国に走る現政権<日隅一雄>
2011年5月5日 CNIC News 福島原発解説 後藤政志氏
2011年5月3日 CNIC News 浜岡原発について
2011年5月3日 CNIC News 20ミリシーベルト問題 1/2
2011年5月3日 CNIC News 20ミリシーベルト問題 2/2
2011年4月29日(金) 明治大学アカデミーコモン内 アカデミーホール 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 1-6
2011年4月29日(金) 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 2-6
2011年4月29日(金) 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 3-6
2011年4月29日(金) 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 4-6
2011年4月29日(金) 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 5-6
2011年4月29日(金) 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 6-6
2011年4月29日(金) 明治大学アカデミーコモン内 アカデミーホール 終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演1-6
2011年4月29日(金)終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演2-6
2011年4月29日(金)終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演3-6
2011年4月29日(金)終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演4-6
2011年4月29日(金)終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演5-6
2011年4月29日(金)終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演6-6
2011年4月21日菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)
2011年4月16日『被曝労働』白血病のため二十九歳で亡くなった嶋橋伸之さんの母美智子さんが被ばく労働 について語ります。
2011年4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
2011年3月20日、小出裕章助教隠された原子力
20011年3月11日、福島原発事故メディア報道のあり方(広瀬隆氏)
2005年2月23日、衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

自身も被爆され、被爆者治療と核廃絶運動に関わり続けてきた「被爆医師」肥田 舜太郎先生のお話です。
2011年3月19日、肥田舜太郎氏、低線量被曝とぶらぶら病1【ヒロシマ原爆体験】
2000年9月9日、医師が見た被爆者の生と死~原爆被害、隠蔽と放置の12年間



浜岡原発は14日に停止しました。しかし停止したから安全ではなく、原子炉から燃料棒を取り出さなければ、電源消失になれば福島と同じです。
 管総理は安全が確認されるまでとか言っていますが、冗談じゃないあそこは廃炉です。そして廃炉にしたところで核燃料プールに使用済み核燃料があるので時限爆弾をかかえている様なものです。 
この動画を見ましたら浜岡原発の真実が認識出来ると思います。
ストップ浜岡原発
しかし菅首相は浜岡原発以外の運転を停止する可能性については、「それはない。浜岡は大きな地震の来る可能性が特別に高い。特別なケースという位置づけだ」と否定しています。
 けれど福井県敦賀市の高速増殖炉の「もんじゅ」は深刻な状態(参考)高速増殖炉の危険な特徴
四国電力伊方原発九州電力川内原発は中央構造線断層帯上に、柏崎刈羽原発 柏崎千葉構造線断層帯に建設されています。
 総理や仙石副官房長官の言うように確率で地震の危険性を考えるなら、なぜ地震の発生よりもはるかに失敗の確率の低いロケットで放射性廃棄物を月などに捨てないのでしょうか?
それはいくら確率が低くても失敗した時のリスクが大きすぎるからです。
 ならば耐震性の脆弱な日本の原発の地震に対するリスクも同じではないですか!
国の財政で多くの借金を子孫に残す事を悪とするなら、処理の出来ない、冷却が出来ないと凄い危険物になる多量の放射性物質を残す事はもっと悪です。
 
原発のゴミを考える
原子力発電の経済性についても疑問が残ります。自民党の原発推進派、総理、仙石副官房長官、与謝野大臣などは更なる原発事故が発生し放射能汚染が拡大しても財政が健全化すると思っているのでしょうか?
 (2011/04/11)原子力発電のコストと電力料金について大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身
生命体にとって猛毒な物質の中で生きる事は極めて困難です。ましてその中でヒトだけが健全な経済活動が出来ると思っているとしたら狂気の沙汰です。
 原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、すでに姫路第二発電所のコンバインドサイクル発電の様な大変高性能な火力発電所(進化を遂げる火力発電)があります。
これらを活用すれば、夏の電力需要に対して十分対応可能です。
 テレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人は核武装と原発利権が本音だと思います。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています) 
知らない事は是認する事です。実際私もあの事故が起こるまで是認派でした。
兎に角、政府の発表やそれを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
岩上安身オフィシャルサイト
自由報道協会<ザ・ニュース>
家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ
たね蒔きジャーナル、2011年4月26日、広河隆一氏インタビューこちらも是非お聞き下さい。なおこの同じ番組に京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生の福島第1原発事故の談話も納められてます
2011年4月26日、たね蒔きジャーナル、広河隆一氏インタビューの文字起こしです。
2011(H23)年4月26日(火)放送分の私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に現地に飛び込んで計測調査した時の報告とチェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
()
以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
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「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。
 
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ

2011年05月13日 22時08分10秒 | 振袖
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ユーチューブに動画を公開して大分になりますが、はじめは動画の撮影と編集の勉強をするのが目的でした。
 私は母親が和裁をしていたので、和服を縫う光景を日常的に見ていましたが、今和裁をする人は少なくなっている様に聞きます。
まあ和服が普段着でなくなって久しくしかたがないのかもしれませんが、(私の祖父などは自分で洗張りをしていたそうで、伸子を持っていたそうです。)今や和裁をする光景は絶滅危惧種的な存在かもしれません。
 和裁の本もありますが、動画を編集して気がついたのですが、文字や写真と比べて動画の情報量は膨大です。
けれど人から直接教わる時の情報量の方がもっと膨大で、本来和裁は人から教わるのが一番です。
 現在水曜と土曜の午前11時から午後5時に和裁教室(というよりは和裁広場?)を開催して和裁をしたい方の手助けをしていますが、殆どの方は週1回の和裁で、それだけの時間で覚えるのは難しいみたいです。
和裁の教科書を作る事も考えましたが、すでに沢山のすぐれた和裁の本があるので、今のところ教科書が欲しい生徒さんにはそちらを買ってもらっています。
 和裁教室を始めて5年くらいになりますが、まだ形が定まっておらず、最近は定めないほうが独自色があっていいかも?と思いユーチューブだけではなくユーストリームによる中継もしようかと無謀な妄想をしております。
(先日、テスト映像の配信には成功しました)
今公開途中の振袖の作り方は地のしと裁断から撮影したので、これを袷の着物の縫い方の動画テキストとして使い、水曜と土曜の教室のアイテムとして利用しようと思います。
 ユーストリームの活用方法は和裁教室をライブ配信し電話と組み合わた中継和裁教室が出来ないか現在思案中です。
料金についてはこのブログやユーチューブの動画をご覧になるだけなら無料に、何らかの形で私が直接お手伝いをしたら有料にしようと思います。(料金は生徒さんと相談して決めるつもりです)
 参加希望の方はHPの和裁教室ページをご覧下さい。

I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ1



I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ2



I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ3



I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ4



I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ5



I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ6



I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾合せ7



今日は振袖のまとめの裾です。
 表裏の素縫いが出来ましたら、まとめに入ります。
裾芯は大幅の胴裏を1寸幅に切って斜めに接ぎます。
 裾合せの縫いは縦縫いと褄下にまち針をして表地は折りの5厘上、裾廻しは2分5厘の通しべらのところを褄下より5分くらい内側から表地を見て縫います。(下前から上前方向に)
出来上がりが1分の吹きなので、褄のところは褄下より2分内側から表は裁ち切りより1分5厘に裾廻しは3分5厘ところに向かって縫います。(褄部分は上前から縫います)
 裾芯を裾の裁ち切りより1分かけだしてつりあいは平らにぞべでおさえ、表に返して表後身頃と前身頃に5厘のきせをかけて躾をします。
衽も5厘のきせをかけてぞべでおさえます。裏から平鏝を当てたら表に返して縦褄を縫い褄をあげます。
1分の太さに裾吹きを決め横とじをします。

I sew a long-sleeved kimono.
I sew the 裾suso of a kimono.
skirt=裾suso
The thickness of 裾吹きsusobuki is 1分bu.
1分bu=8mm
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
iron=鏝 kote
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.

Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故の影響は更に拡大しています。私たちはこの事実を正しく把握し、日本の原子力発電について考え行動する必要があります。
2011年05月12日、小出裕章氏インタビュー、空焚き1号機は溶融した核燃料が圧力容器の外に
2011年05月10日、衆議院第二議員会館、広瀬隆氏、福島原発巨大事故、今何が必要か
2011年5月8日、原発は「地震や津波にも安全」なら許されるのか
2011年5月7日、チェルノブイリの避難ルールを基準にしたら、福島第一原発から80キロは希望すれば移住が認められる?!<日隅一雄>
福島第一原子力発電所から80㎞圏内の線量測定マップ
2011年5月5日、20mSvで健康被害があることを前提にした施策が求められる~鎖国に走る現政権<日隅一雄>
2011年5月5日 CNIC News 福島原発解説 後藤政志氏
2011年5月3日 CNIC News 浜岡原発について
2011年5月3日 CNIC News 20ミリシーベルト問題 1/2
2011年5月3日 CNIC News 20ミリシーベルト問題 2/2
2011年4月21日菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)
2011年4月16日『被曝労働』白血病のため二十九歳で亡くなった嶋橋伸之さんの母美智子さんが被ばく労働 について語ります。
2011年4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
2011年3月20日、小出裕章助教隠された原子力
20011年3月11日、福島原発事故メディア報道のあり方(広瀬隆氏)
2005年2月23日、衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

自身も被爆され、被爆者治療と核廃絶運動に関わり続けてきた「被爆医師」肥田 舜太郎先生のお話です。
2011年3月19日、肥田舜太郎氏、低線量被曝とぶらぶら病1【ヒロシマ原爆体験】
2000年9月9日、医師が見た被爆者の生と死~原爆被害、隠蔽と放置の12年間



浜岡原発はようやく停止しそうです。(停止したから安全ではなく、稼働中よりましという事です)
 この動画を見ましたら浜岡原発の真実が認識出来ると思います。
ストップ浜岡原発
しかし菅首相は浜岡原発以外の運転を停止する可能性については、「それはない。浜岡は大きな地震の来る可能性が特別に高い。特別なケースという位置づけだ」と否定しています。
 けれど福井県敦賀市の高速増殖炉の「もんじゅ」は深刻な状態(参考)高速増殖炉の危険な特徴
四国電力伊方原発九州電力川内原発は中央構造線断層帯上に、柏崎刈羽原発 柏崎千葉構造線断層帯に建設されています。
 総理や仙石副官房長官の言うように確率で地震の危険性を考えるなら、なぜ地震の発生よりもはるかに失敗の確率の低いロケットで放射性廃棄物を月などに捨てないのでしょうか?
それはいくら確率が低くても失敗した時のリスクが大きすぎるからです。
 ならば耐震性の脆弱な日本の原発の地震に対するリスクも同じではないですか!
国の財政で多くの借金を子孫に残す事を悪とするなら、処理の出来ない、冷却が出来ないと凄い危険物になる多量の放射性物質を残す事はもっと悪です。
 
原発のゴミを考える
原子力発電の経済性についても疑問が残ります。自民党の原発推進派、総理、仙石副官房長官、与謝野大臣などは更なる原発事故が発生し放射能汚染が拡大しても財政が健全化すると思っているのでしょうか?
 (2011/04/11)原子力発電のコストと電力料金について大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身
生命体にとって猛毒な物質の中で生きる事は極めて困難です。ましてその中でヒトだけが健全な経済活動が出来ると思っているとしたら狂気の沙汰です。
原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムも有り、夏の電力需要にしてもテレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人の言う事は信用出来ません。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています)
 知らない事は是認する事です。実際私もあの事故が起こるまで是認派でした。
兎に角、政府の発表やそれを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
岩上安身オフィシャルサイト
自由報道協会<ザ・ニュース>
家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ
たね蒔きジャーナル、2011年4月26日、広河隆一氏インタビューこちらも是非お聞き下さい。なおこの同じ番組に京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生の福島第1原発事故の談話も納められてます
2011年4月26日、たね蒔きジャーナル、広河隆一氏インタビューの文字起こしです。
2011(H23)年4月26日(火)放送分の私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に現地に飛び込んで計測調査した時の報告とチェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
()
以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。
 
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裏衽付け

2011年05月09日 18時31分10秒 | 振袖
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裏衿は下前の衿先より身頃を見て付けます。背中心より身頃の肩山と裏衿の肩山のへら、衽下り、衿先(糸が通った縫い針)にまち針をして、衿肩明と衽下り、衿先は裏衿をゆるく、背中心から1寸5分くらいと肩山から衽下りの間はたいらに残りの流れの部分は衽がゆるくなります。
 裏衿が高くなる様にきせをかけ、衿先の縫込みをおさえます。
衽下りの前たての縫込みを下にさげ、衿肩明の胴裏の付込みの縫込みを二つに折り糸でおさえ、その折山を鏝で伸ばします。
I sew a 裏衿uraeri.
I iron a 裏衿uraeri.
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
iron=鏝 kote
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2011年3月20日、小出裕章助教隠された原子力
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2005年2月23日、衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

自身も被爆され、被爆者治療と核廃絶運動に関わり続けてきた「被爆医師」肥田 舜太郎先生のお話です。
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四国電力伊方原発九州電力川内原発は中央構造線断層帯上に、柏崎刈羽原発 柏崎千葉構造線断層帯に建設されています。
 総理や仙石副官房長官の言うように確率で地震の危険性を考えるなら、なぜ地震の発生よりもはるかに失敗の確率の低いロケットで放射性廃棄物を月などに捨てないのでしょうか?
それはいくら確率が低くても失敗した時のリスクが大きすぎるからです。
 ならば耐震性の脆弱な日本の原発の地震に対するリスクも同じではないですか!
国の財政で多くの借金を子孫に残す事を悪とするなら、処理の出来ない、冷却が出来ないと凄い危険物になる多量の放射性物質を残す事はもっと悪です。
 
原発のゴミを考える
原子力発電の経済性についても疑問が残ります。自民党の原発推進派、総理、仙石副官房長官、与謝野大臣などは更なる原発事故が発生し放射能汚染が拡大しても財政が健全化すると思っているのでしょうか?
 (2011/04/11)原子力発電のコストと電力料金について大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身
生命体にとって猛毒な物質の中で生きる事は極めて困難です。ましてその中でヒトだけが健全な経済活動が出来ると思っているとしたら狂気の沙汰です。
原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムも有り、夏の電力需要にしてもテレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人の言う事は信用出来ません。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています)
 知らない事は是認する事です。実際私もあの事故が起こるまで是認派でした。
兎に角、政府の発表やそれを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
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たね蒔きジャーナル、2011年4月26日、広河隆一氏インタビューこちらも是非お聞き下さい。なおこの同じ番組に京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生の福島第1原発事故の談話も納められてます
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フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に現地に飛び込んで計測調査した時の報告とチェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。
 
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裏衽付け

2011年05月08日 19時58分43秒 | 振袖
岩佐和裁の携帯用ホームページです。(ドコモ、au、ソフトバンク全てに対応しております)
着物の御仕立、お直しのお店岩佐和裁










裏衽と前身頃の衽下りと裾から1尺の合いべらをして裏衽付けをします。
 つり合いは胴接ぎまでは平ら、胴接ぎから裏衽の小接ぎの間は裏裾衽をゆるく、また接ぎのところは接ぎのある方をゆるくします。
裏衽が高くなる様にきせをかけ、裾口で裏衽付けの縫込みをおさえ、褄下と裾口に衽幅のへらをします。(表衽と同寸です)
 裏衽の縦褄のみ裾の裁ち切りから3分5厘に、あとは2分5厘のへらをして、2分5厘のところのみに通しべらをします。
表同様に流れのへらをしてそれぞれの縫込みをおさえます。
I sew 裏衽uraokumi.
I carry out the mark which sews a 裏衿uraeri to 裏衽uraokumi.
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
iron=鏝 kote
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.
Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故の影響は更に拡大しています。私たちはこの事実をきちんと認識する必要があります。
2011年5月7日、チェルノブイリの避難ルールを基準にしたら、福島第一原発から80キロは希望すれば移住が認められる?!<日隅一雄>
福島第一原子力発電所から80㎞圏内の線量測定マップ
2011年5月5日、20mSvで健康被害があることを前提にした施策が求められる~鎖国に走る現政権<日隅一雄>
2011年5月5日 CNIC News 福島原発解説 後藤政志氏
2011年5月3日 CNIC News 浜岡原発について
2011年5月3日 CNIC News 20ミリシーベルト問題 1/2
2011年5月3日 CNIC News 20ミリシーベルト問題 2/2
2011年4月21日菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)
2011年4月16日『被曝労働』白血病のため二十九歳で亡くなった嶋橋伸之さんの母美智子さんが被ばく労働 について語ります。
2011年4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
2011年3月20日、小出裕章助教隠された原子力
20011年3月11日、福島原発事故メディア報道のあり方(広瀬隆氏)
2005年2月23日、衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

自身も被爆され、被爆者治療と核廃絶運動に関わり続けてきた「被爆医師」肥田 舜太郎先生のお話です。
2000年9月9日、医師が見た被爆者の生と死~原爆被害、隠蔽と放置の12年間















浜岡原発はようやく停止しそうです。(停止したから安全ではなく、稼働中よりましという事です)
 この動画を見ましたら浜岡原発の真実が認識出来ると思います。
ストップ浜岡原発
しかし菅首相は浜岡原発以外の運転を停止する可能性については、「それはない。浜岡は大きな地震の来る可能性が特別に高い。特別なケースという位置づけだ」と否定しています。
 けれど福井県敦賀市の高速増殖炉の「もんじゅ」は深刻な状態(参考)高速増殖炉の危険な特徴
四国電力伊方原発九州電力川内原発は中央構造線断層帯上に、柏崎刈羽原発柏崎千葉構造線断層帯の上に建設されています。
 総理や仙石副官房長官の言うように確率で地震の危険性を考えるなら、なぜ地震の発生よりもはるかに失敗の確率の低いロケットで放射性廃棄物を月などに捨てないのでしょうか?
それはいくら確率が低くても失敗した時のリスクが大きすぎるからです。
 ならば耐震性の脆弱な日本の原発の地震に対するリスクも同じではないですか!
国の財政で多くの借金を子孫に残す事を悪とするなら、処理の出来ない、冷却が出来ないと凄い危険物になる多量の放射性物質を残す事はもっと悪です。
 
原発のゴミを考える
原子力発電の経済性についても疑問が残ります。自民党の原発推進派、総理、仙石副官房長官、与謝野大臣などは更なる原発事故が発生し放射能汚染が拡大しても財政が健全化すると思っているのでしょうか?
 (2011/04/11)原子力発電のコストと電力料金について大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身
生命体にとって猛毒な物質の中で生きる事は極めて困難です。ましてその中でヒトだけが健全な経済活動が出来ると思っているとしたら狂気の沙汰です。
原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムも有り、夏の電力需要にしてもテレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人の言う事は信用出来ません。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています)
 知らない事は是認する事です。実際私もあの事故が起こるまで是認派でした。
兎に角、政府の発表やそれを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
岩上安身オフィシャルサイト
自由報道協会<ザ・ニュース>
家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ
たね蒔きジャーナル、2011年4月26日、広河隆一氏インタビューこちらも是非お聞き下さい
2011年4月26日、たね蒔きジャーナル、広河隆一氏インタビューの文字起こしです。
2011(H23)年4月26日(火)放送分の私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に現地に飛び込んで計測調査した時の報告とチェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
http://www.mbs1179.com/tane/
(なおこの同じURLには、京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生の福島第1原発事故の談話も納められてます)
以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。
 
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、胴接ぎ

2011年05月06日 17時22分20秒 | 振袖
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胴接ぎは胴裏を見て縫います。胴裏と裾廻しのつりあいは平ら、もしくは胴裏をややつらせます。
 脇縫いの胴裏と裾廻しの縫込みは2~3針だけ縫いあとは縫いません。大幅の胴裏で背縫いは輪なので裾廻しの縫込みだけ2~3針縫い、あとは縫いません。
胴接ぎの縫込みは胴裏と裾廻しの縫い目を先にとじてから5厘のきせがかかる様に待ち針をして、脇縫は縫い目の5厘上にとじつけ、背縫いは胴裏に小さい針目でとじつけます。
 胴裏が高くなる様に5厘のきせをかけ折鏝、平鏝をして、裏衽付けの前幅の1分外をぞべでおさえます。
I patch 胴裏doura and 裾廻しsusomawasi .=I sew 胴接ぎdouhagi
patch 胴裏doura and 裾廻しsusomawasi .=胴接ぎdouhagi
胴=The abbreviated name of 胴裏 doura
patch=接ぎhagi
A tuck prepares and sews a form.
Lining cloth of a body portion =胴裏doura
body portion=胴dou
Lining=裏ura
The edge of an inner cloth .=裾廻しsusomawasi.
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
iron=鏝 kote
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.

Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故が未だ継続中で事故の処理が成功するのを祈るばかりです。
 そして浜岡原発は未だ停止していません。(停止したから安全ではなく、稼働中よりましという事です)
国の財政で多くの借金を子孫に残す事を悪とするなら、処理の出来ない多量の放射性物質を残す事はもっと悪です。
 借金は債務者が返済するか、最悪踏み倒せば何とかなります。実際昔から多くの国の支配層が滅んで借金を踏み倒しましたがヒトは絶滅していません。
しかし放射能はそうはいきません。自民党の原発推進派、総理、与謝野大臣などは更なる原発事故が発生し放射能汚染が拡大しても財政が健全化すると思っているのでしょうか?
 生命体にとって猛毒な物質の中で生きる事は極めて困難です。ましてその中でヒトだけが健全な経済活動が出来ると思っているとしたら狂気の沙汰です。
知らない事は是認する事です。
 実際私もあの事故が起こるまで是認派でした。
ここにご紹介する動画を是非ご覧下さい。何が正しいか認識出来ると思います。
2011年5月5日 CNIC News 福島原発解説 後藤政志氏
2011年5月3日 CNIC News 浜岡原発について
2011年5月3日CNIC News 20ミリシーベルト問題 1/2
2011年5月3日CNIC News 20ミリシーベルト問題 2/2
『被曝労働』白血病のため二十九歳で亡くなった嶋橋伸之さんの母美智子さんが被ばく労働 について語ります。
これら私心を捨てて人の為に真実を伝ている方々がいるのに、それをサポートしないばかりか、邪魔をしている菅内閣の行動は悪質極まりないです。この様な人達が災害対策を指揮するなどとても容認できません。
菅総理は直ちに内閣総理大臣を辞任すべきです。
 本人が辞任しないのであれば、衆議院は一刻も早く内閣不信任案を可決すべきです。
20mSvで健康被害があることを前提にした施策が求められる~鎖国に走る現政権<日隅一雄>
たねまきジャーナルの4月26日の放送もお聞き下さい。どなたもそう思われると思います。
 こちらがその文字起こしですたね蒔きジャーナル
2011(H23)年4月26日(火)放送分の
私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも
精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が
今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に
現地に飛び込んで計測調査した時の報告と
チェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
http://www.mbs1179.com/tane/
(なおこの同じURLには、京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生
の福島第1原発事故の談話も納められてます)

以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が
如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら
具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
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(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。

原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムも有り、夏の電力需要にしてもテレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人の言う事は信用出来ません。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています)
 だいたい節電もしないテレビ局の電力需要の為に何で、家の冷蔵庫が3時間ほどただの箱になるのか納得できません。
テレビ番組を見なくてもそのうちに慣れますが、酢豆腐はどんなに慣れても食べれば下痢をします。
 放射性廃棄物を住民を騙して捨てたところで、冷却が出来ないと凄い危険物になります。
しかも原子炉は一度壊れると修理する人が近寄る事が不可能です。(近寄れば即死です)
お金だって高くつきます。私は原発災害を保証する保険会社など無いと思います。
 それらを考える際にこちらの映像はとても参考になります。是非ご覧ください。
原発のゴミを考える

原子力発電のコストと電力料金について立命館大学国際関係学部の大島堅一教授のお話はとても分かり易いです。
(2011/04/11)大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身

浜岡原発は直ちに止めるべきです。
この動画を見ましたら浜岡原発がどんなに恐ろしい存在か認識出来ると思います。
杉並からの情報発信です
ストップ浜岡原発

この問題に真摯に取り組んでいる国会議員もおられます。
福島原発の現状をどう見るか― 政府・東京電力の事故対応の問題点について

福島原発の現状、放射能について分かりやすく解説しています。
菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)2011年4月21日
4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
小出裕章助教隠された原子力
衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ

政府の発表、それを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
岩上安身オフィシャルサイト

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Since the animation which the janitor manufactured and raised is fundamentally free, use for study of Japanese dressmaking, etc. freely. (The use agreement is as follows) I permit edit of the individual who is not the profit purpose.
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、裾廻しの縫い

2011年05月05日 17時42分06秒 | 振袖
岩佐和裁の携帯用ホームページです。(ドコモ、au、ソフトバンク全てに対応しております)
着物の御仕立、お直しのお店岩佐和裁







裾廻しの背に3分の深さにへらをして、背縫いを縫います。
 後幅にきせ分を加えて後幅のへらをします。前裾にも脇縫いの縫込みのへらをして脇縫いをします。
裾の裁ち切りに背と脇縫いの縫込みを少しすかしておさえ、裁ち切りより2分5厘の深さに通しべらをして、前幅のへらと胴接ぎのへらにも通しべらをします。
この振袖は後幅7寸の前幅5寸7分なので後裾は裾口より背縫いから7寸5厘、1寸上も7寸5厘、それから上は7寸3厘に、前裾は出来上がりのきせ山より5寸7分5厘の身幅のへらをします。
 この裾廻しはぼかしの裾廻しなので染めの部分は色糸で縫います。
The inner cloth of a kimono uses 胴裏doura and 裾廻しsusomawasi.
裾廻しsusomawasi is an inner cloth of a kimono.
Skirt portion =裾suso
edge=廻しmawasi
The edge of an inner cloth .=裾廻しsusomawasi.
I sew 裾廻しsusomawasi to the skirt, inner 衽okumi, the collar point, and a cuff.
I iron a 裾廻しsusomawasi.
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
iron=鏝 kote
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.

Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故が未だ継続中で事故の処理が成功するのを祈るばかりです。
 そして浜岡原発は未だ停止していません。(停止したから安全ではなく、稼働中よりましという事です)
国の財政で多くの借金を子孫に残す事を悪とするなら、処理の出来ない多量の放射性物質を残す事はもっと悪です。
 借金は債務者が返済するか、最悪踏み倒せば何とかなります。実際昔から多くの国の支配層が滅んで借金を踏み倒しましたがヒトは絶滅していません。
しかし放射能はそうはいきません。自民党の原発推進派、総理、与謝野大臣などは更なる原発事故が発生し放射能汚染が拡大しても財政が健全化すると思っているのでしょうか?
 生命体にとって猛毒な物質の中で生きる事は極めて困難です。ましてその中でヒトだけが健全な経済活動が出来ると思っているとしたら狂気の沙汰です。
知らない事は是認する事です。
 実際私もあの事故が起こるまで是認派でした。
ここにご紹介する動画を是非ご覧下さい。何が正しいか認識出来ると思います。
2011年5月3日 CNIC News 浜岡原発について
2011年5月3日CNIC News 20ミリシーベルト問題 1/2
2011年5月3日CNIC News 20ミリシーベルト問題 2/2
『被曝労働』白血病のため二十九歳で亡くなった嶋橋伸之さんの母美智子さんが被ばく労働 について語ります。
これら私心を捨てて人の為に真実を伝ている方々がいるのに、それをサポートしないばかりか、邪魔をしている菅内閣の行動は悪質極まりないです。この様な人達が災害対策を指揮するなどとても容認できません。
菅総理は直ちに内閣総理大臣を辞任すべきです。
 本人が辞任しないのであれば、衆議院は一刻も早く内閣不信任案を可決すべきです。
これは犯罪行為です。20mSvで健康被害があることを前提にした施策が求められる~鎖国に走る現政権<日隅一雄>
たねまきジャーナルの4月26日の放送もお聞き下さい。どなたもそう思われると思います。
 こちらがその文字起こしですたね蒔きジャーナル
2011(H23)年4月26日(火)放送分の
私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも
精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が
今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に
現地に飛び込んで計測調査した時の報告と
チェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
http://www.mbs1179.com/tane/
(なおこの同じURLには、京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生
の福島第1原発事故の談話も納められてます)

以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が
如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら
具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。

原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムも有り、夏の電力需要にしてもテレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人の言う事は信用出来ません。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています)
 だいたい節電もしないテレビ局の電力需要の為に何で、家の冷蔵庫が3時間ほどただの箱になるのか納得できません。
テレビ番組を見なくてもそのうちに慣れますが、酢豆腐はどんなに慣れても食べれば下痢をします。
 放射性廃棄物を住民を騙して捨てたところで、冷却が出来ないと凄い危険物になります。
しかも原子炉は一度壊れると修理する人が近寄る事が不可能です。(近寄れば即死です)
お金だって高くつきます。私は原発災害を保証する保険会社など無いと思います。
 それらを考える際にこちらの映像はとても参考になります。是非ご覧ください。
原発のゴミを考える

原子力発電のコストと電力料金について立命館大学国際関係学部の大島堅一教授のお話はとても分かり易いです。
(2011/04/11)大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身

浜岡原発は直ちに止めるべきです。
この動画を見ましたら浜岡原発がどんなに恐ろしい存在か認識出来ると思います。
杉並からの情報発信です
ストップ浜岡原発

この問題に真摯に取り組んでいる国会議員もおられます。
福島原発の現状をどう見るか― 政府・東京電力の事故対応の問題点について

福島原発の現状、放射能について分かりやすく解説しています。
菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)2011年4月21日
4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
小出裕章助教隠された原子力
衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ

政府の発表、それを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
岩上安身オフィシャルサイト

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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、胴裏の縫い

2011年05月04日 16時25分02秒 | 振袖
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胴裏の脇は1分の深さに折り縫いするので後幅プラス1分で幅のへらをします。ただし身八っ口のヘラのところは後幅ぴったしにへらをします。
 前身頃の脇は表身頃と同じひったてにします。
胴接ぎの通しべらについては、後身頃はヘラどおりにします。
 この振袖の生地は縦の詰まり方が表地=裾廻し>胴裏なので前身頃の胴接ぎのヘラは前たてで5厘詰めます。
こうする事で裏衽付けで胴裏と裏裾衽の縫い合わせ部分で裏裾衽が緩くなり、出来上がりが綺麗になります。
 更に裏衽丈が5厘程が短くなる事で縦とじの衽頭のところで胴裏が緩くなりません。(これは柏の先輩先生に教わりました)
鏝当ては前身頃が高くなる様にして、胴裏の前幅、背中心から衿肩明、衿肩明から衽下りに衿付けのへら、身八っ口や袖付幅のへらをします。
 私は裏の素縫いが進んでからそれらのへらをすると振り廻しにくいのと、型紙を使う洋裁的な雰囲気に慣れる?目的でしていますが、間違える危険もあるので慣れない人はこの段階でしない方がいいと思います。
I sew 胴裏doura.
I iron 胴裏doura.
This 胴裏doura is silk.
Lining cloth of a body portion =胴裏doura
body portion=胴dou
Lining=裏ura
I iron a 胴裏doura.
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
iron=鏝 kote
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追伸、福島の原発事故が未だ継続中で事故の処理が成功するのを祈るばかりです。
 それにしても菅内閣の情報操作は悪質極まりない、この様な人物が災害対策を指揮するなどとても容認できません。
菅直人は直ちに内閣総理大臣を辞任すべきです。
 本人が辞任しないのであれば、衆議院は一刻も早く内閣不信任案を可決すべきです。
たねまきジャーナルの4月26日の放送をお聞きなればどなたもそう思われると思います。

 こちらがその文字起こしですたね蒔きジャーナル
2011(H23)年4月26日(火)放送分の
私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも
精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が
今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に
現地に飛び込んで計測調査した時の報告と
チェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
http://www.mbs1179.com/tane/
(なおこの同じURLには、京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生
の福島第1原発事故の談話も納められてます)

以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が
如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら
具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。

原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムも有り、夏の電力需要にしてもテレビ、大手新聞(グループ会社)民主党執行部、中曽根康弘氏など自民党の原発推進容認派の人の言う事は信用出来ません。(河野太郎氏は原発を明確に否定しています)
 だいたい節電もしないテレビ局の電力需要の為に何で、家の冷蔵庫が3時間ほどただの箱になるのか納得できません。
テレビ番組を見なくてもそのうちに慣れますが、酢豆腐はどんなに慣れても食べれば下痢をします。
 放射性廃棄物を住民を騙して捨てたところで、冷却が出来ないと凄い危険物になります。
しかも原子炉は一度壊れると修理する人が近寄る事が不可能です。(近寄れば即死です)
お金だって高くつきます。私は原発災害を保証する保険会社など無いと思います。
 それらを考える際にこちらの映像はとても参考になります。是非ご覧ください。
原発のゴミを考える

原子力発電のコストと電力料金について立命館大学国際関係学部の大島堅一教授のお話はとても分かり易いです。
(2011/04/11)大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身

浜岡原発は直ちに止めるべきです。
この動画を見ましたら浜岡原発がどんなに恐ろしい存在か認識出来ると思います。
杉並からの情報発信です
ストップ浜岡原発

この問題に真摯に取り組んでいる国会議員もおられます。
福島原発の現状をどう見るか― 政府・東京電力の事故対応の問題点について

福島原発の現状、放射能について分かりやすく解説しています。
菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)2011年4月21日
4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
小出裕章助教隠された原子力
衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ

政府の発表、それを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、小接ぎ

2011年05月03日 19時11分30秒 | 振袖
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着物の御仕立、お直しのお店岩佐和裁













衿先布の衿先のへらの付けとくけ側は1分、衿巾の間の2寸ぐらいに5厘のきせの通しべらをします。
 そして裏衿と衿先布の小接ぎのへらに通しべらをして裏衿と衿先布の小接ぎをします。
裏衿が高くなる様に鏝をあて、裏衿の山をはさんで3寸7分5厘のところの裏衿と7寸5分の長さの
三つ衿芯(芯モス)を裁ち切りから4分の深さに縫い付けます。
 接ぎ手の縫込みをおさえ、裁ち切りから5分の深さに裏衿付けの通しべらをします。
衽の小接ぎの褄下側は褄下の縫込み分を縫わずに小接ぎをして衽頭布が高くなる様に鏝をあて衽付けの縫込みをおさえます。
 この振袖の衽幅は3寸9分の合褄幅が3寸7分なので裾から褄下と褄下から衽下りまでをそれぞれ4等分にして5厘ずつ縫込みを深くします。

Short sewing up is called small patch.
small=小 ko
patch=接ぎ hagi
I sew a small patch of a 裏衿 uraeri(back collar).
back collar=裏衿 uraeri
I sew a small patch of 裏衽uraokumi(back 衽 okumi).
back 衽 okumi=裏衽uraokumi
I iron a small patch.
iron=鏝 kote
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.

Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故が未だ継続中で事故の処理が成功するのを祈るばかりです。
 それにしても菅内閣の情報操作は悪質極まりない、この様な人物が災害対策を指揮するなどとても容認できません。
 菅直人は直ちに内閣総理大臣を辞任すべきです。
 本人が辞任しないのであれば、衆議院は一刻も早く内閣不信任案を可決すべきです。
たねまきジャーナルの4月26日の放送をお聞きなればどなたもそう思われると思います。

 こちらがその文字起こしですたね蒔きジャーナル
2011(H23)年4月26日(火)放送分の
私の友人の広河隆一は長年チェルノブイリ事故現場にも
精力的に取材してこられています。
フォトジャーナリスト及び、ディズジャパン編集長の広河隆一氏が
今回の福島原発事故発生2日後の3月13日に
現地に飛び込んで計測調査した時の報告と
チェルノブイリ調査と比較した貴重な対談です。
http://www.mbs1179.com/tane/
(なおこの同じURLには、京都大学原子炉実験室助教小出裕章先生
の福島第1原発事故の談話も納められてます)

以下は広河隆一氏の音声記録です。
チェルノブイリ事故を起こした旧ソ連よりも、日本政府の対応が
如何にヒドイかが、チェルノブイリ事故と比較しながら
具体的事例に則して語られています。是非お読み下さい。
-----------------------------------
「こんにちは」
(司会)広河隆一さんはチェルノブイリ事故に取材にいらっしゃったのは何度くらいでしょうか?
「僕自身は勘定してないんですけれど、救援運動の知人によると、もう50回以上になると言っています。」

(司会)チェルノブイリ事故の事故から25周年の今日、この福島の事故について今広河隆一さんが体験していらっしゃるお仕事について、今はまずどんな思いでしょうか?
「えーと、まず自分の迂闊さというか・・・・そういうことを思っています。と言うのは、日本はこれだけの地震の国であるので、そこに原発を作 ると、そこに必ず地震が来ることになることを学者達は皆予想していて、その後津波が来ることも予測してた。それで事故が絶対起こるっていうことも、自分は 雑誌等で特集を組んでやったきたてんですけれども。でも、実際にそれが起こった時にどう対応するかっていうことを、何も持ってなかったわけなんですね。例 えば僕がいつもチェルノブイリの取材に持っていく放射線検知器があるんですけれど。それは100μSv/hまで計れるものなのですけれど。ところがそれを 持って今度は福島の原発の被災地の方へ行ったのですけれど。13日の午前中に行きましたけれども、その時の双葉町という一番近い町なのですけれども、そこ でその検知器の針が振り切れてしまったのですね。」

(司会)100μSv/hまでの針が振り切れてしまったのですね。

「ええ・・・・友達の持っていった1000μSv/hの針も振り切れたんですね。」

(司会)えっ?1000μSv/hの針も振り切れるということは・・・・
「はい。僕はいままでチェルノブイリの事故現場に今まで50回以上行ってたんですれでども、むこうではそんな事は全くなかったんですよね。僕 は自分の検知器だけで、これ位の放射線はあるから、じゃあ、ここでの滞在時間はチョット短めにしようとか、この場所はまだこれぐらいだからまだ大丈夫 だ・・・とか、五感で放射線は感じられませんので。だから全部機械を信じるわけなんですけれども。その機械が振り切れてしまうと、自分としてはもうどうし たらいいのかと、すっごい慌てふためいてしまうんですよね。そんな状況だったんですね。」

(司会)その時はまだ双葉町までは入れる状況でしたけど・・・その辺りの放射線とかの具体的なデーターとかを得ていらしゃったのでしょうか?
「いえ、政府も電力会社も発表してなかったんですね。それで我々もびっくりしてしまって、自分たちの機械が壊れてしまったのでは・・・・?っ て思ったんですけれど。原発に近づくにつれて、どんどん、どんどん数値が上がっていきますから。それである時点でむこうの役場の前まで行った時から、針が 全部振り切れてしまって全部使い物にならなくなってしまってましたから。ところが、我々だけじゃなく、そのことを知ずに地元の人が自転車で走ってきました から、また、バイクで走ってる人とかも一満いたんですよね。」

(司会)もう生活していらっしゃる普段の生活してる人とかがいたんですよね。
「ええ、いったんは避難地域になってますねど、念のため避難しなさいって言われてたので、そんなに大したことはないだろうと思って、その日は 天気も良かったので。事故から二日間ほど経って、皆ポケットに何千円かを持って、他には何も持たないで出てきてたから、じゃあ貯金通帳を取りに行こうって いうことで。あとは、ビニールハウスで花を植えてる人とかが、水をやらないと枯れてしまうっていうことで、そういう形で皆さん避難地域に入って来てたんで すよね。で、その人たちは被曝っていうことは全く知らされずに、そいうい数値は全く発表されませんでしたから、しなくてもいい被曝をしてしまったとい う・・・そういうように私は思ってますよね。」

(司会)そのとき広河隆一は町の人たちとお話しなどなさいましたか?
「ええ、それで、町で出会う人をとにかく全部止めて、この数値を示して、ここは今本当にこんなに危険な状態になっているからと説明し、そして 一旦退いて、また数値が下がったことが何かの形で連絡が入ってきてから、それからまた入って下さい、って御願いしました。そういう具合に町で出会った人た ちに言ってそこから出てもらうのと一緒に、僕たちもそこから出たんですよね。で、帰りの道を郡山まで走りながら、知らないから向かいからどんどん町の中へ 向かって車が町に入っていこうとして走って来るんですよね。その中には外国人労働者たちの車とか、中には子ども連れの人たちなんかもいたんですよね。」

(司会)はぁ・・・・子ども連れですか?
「はい。とにかく今はダメなんだ。ものすごい放射線が現在ありますから、って言って、それでその人たちを止めて、また子ども連れの人たちに は、そこの避難所に行くっていうので、しかも、そこの避難所にはもっと沢山の子供達がいるって言うので、それえ、そこの避難所に僕たちも一緒に行きまし た。子どもたちがいるその避難所のある町は川内村っていうんですけれども。そこでは皆にここは危険ですって言うとパニックになってしまいますから、むこう の責任者の副村長さんに、現在ここはこれこれの値の数値ですからって言って、ここの避難所には双葉町から来てる人も多いと思いますけど、そこへ戻ることは 今日は絶対危険ですからって、それから道には必ず検問を置いて、今日はダメなんだ。安全になってから通ってもいいんだって・・・・そういうふうにして欲し いし、出来たら皆さんもここから出て欲しいし、それが出来なかったらせめて子どもたちと妊婦だけでもここかだ出してあげて下さいって、そういうふうに訴え たんですけれど。」

(司会)その時の広河隆一の状況を毎日新聞の記者がお聴きして、その時の政府の発表が五時間遅れだったんですよね。13日の10時半過ぎに広 河隆一さんがそういう体験をされて、政府が1557μSv/hという発表をしたのが、実は午後3時頃だったんですよね。だから5時間くらい政府は放置した ままだったんですよね。驚くべき無頓着さって言いますか・・・・
「ええ。政府のほうは、とにかく放射線量が高いときに言えばパニックを煽るから、だからそれが下がった時に、一時高かったけれど、それが今は 下がりましたっ、ていうふうに言うっていう、そういう姿勢で発表してたんですよね。だけどパニックを煽るからって言って、状況を知らせずに、それで被爆者 を増やしてしまったら一体何のことかって思うんですけどね。」

(司会)実際にその避難所で情報を広河隆一さんがお伝えになった時に、皆さんはその場でパニックになられましたか?
「いいえ。僕はむこうの副村長だけを呼んで、こうこうこういう状況なんですって言って説明したんですね。そしてその副村長さんが深刻な顔をし てその放射線検知器の数値を書き留められて。そして僕はそこからまた別の田村市の責任者の人に伝えるためにまたそっちへ移ったんですけれど。二日後に新聞 を見たら、川内村の人たちは自主避難をしたって書いてあったので、すごくほっとしました。」

(司会)はぁ・・・・やっぱり正しい情報を、その場に応じた方法で、パニックにならない方法で伝えていくっていうことが難しいことですけれど大切なんでしょうねぇ・・・・
「ええ、難しいことですけれど大切なことだと思います。だけど本当に危険で大変な状況になったら、パニックになってでも逃げたほうがいいと僕は思うんです。」

(司会)チェルノブイリでいろんな人たちにお会いになられて、さまざまなものを見ていらしゃった広河隆一さんが、今の福島で今後どういうことが起こるのか、今後どうなるのか、どう考えていらっしゃいますか?
「えーと、将来の事は全く解りませんし、電力会社の人も政府の人も全く闇の中だと思いますね。明日何が起こるか解らないっていう状況だと思い ます。安心させるようなことを言っても、それに対する確信など、誰にも無いっていう状況だと思います。ただチェルノブイリ事故の場合と比較すると、政府や 電力会社や一部の学者たちが、いやチェルノブイリの十分の一しか放射線が出ていないんだ、安全なんだって言うようなことをおっしゃってますけど、僕にとっ てはチェルノブイリのもう十分の一もの放射能がもう出てしまったのか、っていうオドロキなんですよね。それは何故かって言うと、チェルノブイリの場合は、 セシウムだけをとってみても広島型原爆の少なく見積もっても500発、あるいは人によっては広島型原爆の800発分とか1000発分の放射能が出たって計 算されていますから、ですからチェルノブイリの十分の一っていうと、少なく見積もっても広島型原発の50発分の放射能が、もう出たっていうことになります よね。」

(司会)そういう計算になりますよね。
「ええ・・・・そういうふうに考えたら、これは本当にもう恐ろしい事態になっているんだって、そういうふうに思うんですよね。」

(司会)広河隆一さんのディズジャパンで書かれているレポートで非常に印象的な場面がありまして、20年前にチェルノブイリの被災地に行かれ ました時に、現地のソ連の方が飢えて死ぬより、10年経って癌で死ぬほうが良いって自分に言い聞かせて、自分たちの生産物を食べて、生きていくって、そう いうふうに言う人に出会ったって報道されてましたけど、そういうシーンが、今福島でも、何とか土地に残って生きていきたい!っていう、そういう願望を持っ た人達が今結構多いですよね。そういう福島の人たちがチェルノブイリの人たちと重なって写るんですけれども・・・・
「はい。チェルノブイリの現地と重なって写ることもいっぱいありますし、またチェルノブイリの現地ではこうしたのに、こちらの福島ではできないっていうようなことも一満あるんですよね」

(司会)はぁ・・・福島のこちらでは出来ないことって、例えばどういう事でしょうか?
「それは現地では避難を言う時に、子どもとか妊婦を、先ずその日の内に最優先させて避難させたんですね。まずその日の内にですが。その避難も 何回も分けて行われたんですけれども、10キロ圏では翌日にという具合ですけど。それから30キロ圏の人はもう少し日数が経ってから・・・6日後くらいで したけど、そいう具合でしたけれども、6日後に避難を発表した時には、とにかく子どもと妊婦を、まず先ず逃がしたんですよね。その翌日には大人を逃がすと いうふうに、そういうやりかたを取っていったんですよね。だからいつでも最優先は、妊婦と子ども、っていうふうにチェルノブイリでは決めていたんですよ ね。というのは、彼等は放射能の影響を一番受けやすいのが、そういう妊婦と子どもたちだっていうことが解っていましたから。ところが日本の場合は、全部、 数値の発表にしろ、安全の為の基準にしろ、これから影響が有りませんとうことの基準にしろ、例に出してくるのは、全部日本の場合は健康な大人の人を対象に したものばかりで、子どもも関係ない、妊婦も関係ないっていう・・・・そういう形で言いますよね。それって本当にオカシイですよね!」

(司会)はぁ・・・・
「ですから、そういう意味では、ああいう事態は大変だったのですけれども、人間の生命に対する考え方は、日本よりしっかりしていたんだ なぁ、って思います。でも、ソ連の中でも、確かに、論争があったんですよね。これをあまり大げさにしてしまうと、原子力産業にヒビが入るっていう形で、あ の頃も、皆大勢の人を避難させてしまったら、こんなに凄いかって皆が思ってしまって、かえってパニックに襲われるんじゃないか、そうなったら自分たちに とって得にならないんじゃあないか?・・・っていう具合で。それは向こうの旧ソ連の保健省の人たち、つまり人間の体を守らなければいけないっていう、そう いう人たちが、そういう考えにまず反対して、それから幾つかの科学技術部門関係の人たちとか、そういう人たちが、とにかくこれは逃げなくてもいいんじゃな いか、って言ったのに対して、住民の人たちの代表が、本当にもう泣かんばかりになって、喰ってかかって、とにかく自分たちにはこれだけの数の子ども達がい るんだって、とにかくすぐに、この子どもたちだけでも避難させてくれ!って・・・・要求して、それで翌日からチェルノブイリから、あるいはそのすぐ傍の地 域から、翌日に避難が決定したんですね。それでも決定は遅かったんですね。」

(司会:へぇ・・・・
「それでもそこの子どもたちから、沢山の甲状腺癌の子どもたちが、後で生まれてきますから。」

(司会:私はチェルノブイリは情報を隠すばかりで、非常に対応が遅れていたと、思っていて・・・それに比べて日本は、まだちゃんと情報が出ているのかと、思っておりましたが・・・
「それは全然違いますので、僕もビックリしました。僕は自分の目で、自分の検知器の針が振りきれるまでは、僕も半ばそうかなって、思ってたん ですけれども・・・・。なんでこんなに恐ろしい被曝で人々に伝えないんだ?・・・・って。そのことは、彼等は本当に知ってたんですからね。モニタリング・ ポストは停電のため、全部動かなくなっていた。それは確かかもしれない。しかし、僕が持っている程度の放射線検知器は、向こうに何百台もあるわけなんです ね。」

(司会)はぁ・・・・
「はい。」

(司会)チェルノブイリのさまざまな教訓の中から、今福島で出来ることって何でしょうか?
「まず、食べ物の放射性物質の見地ですね。僕はチェルノブイリの事故が起こってから一年ちょっと後で、ドイツの被災地にも行ったんですけれど も、そこでは一年経っても、二年経っても食べるものは何を食べていいのか解らない状況だったんですよね。それで政府や業者が発表する数値っていうのを、人 々は信用してなかったんですね。それで、自分たちの市民の手による食品放射能検知所っていうのを作ったんですよね。各都市にね。そこで例えばクリスマスが 近づいたら、乳製品とかチョコレートとか、各社の食料品を全部取り出して、どこどこで製造されたものは何Bq(ベクレル)あるっていう、そういう数値を発 表したんですよね。それを見て、お母さんたちが、ここのものは安全だから買おう、ここのものは買うのは止めておこうって決めていくっていう、そういうこと があったんですよね。だから、そういうような事は、今すぐ日本でも出来ることなんですよね。」

(司会)それから、今回は津波が想定外だったんだ!って言うふうに責任者たちは言っているわけなんですけれども、これについてチェルノブイリの現地を歩かれてどうでしょうか?
「ええ。岩手県の方を歩かれたらすぐに解ることなんですけれども、岩手県の道路には至る所に標識が立っていて、それは立派な標識で車からも良 く見えるんですけれども、津波浸水想定区域ここまで!とか、津波浸水区域ここから!って、そういうふうに大きな字で書いてあるんですよね。」

(司会)へぇ・・・・
「それで、ここまで・・・・って書いてある、その場所から先までは、見事に今回の津波は行ってないんですね。そこまではやられてはいますけどね」

(司会)へぇ・・・
「だから、今までの百年前の経験から、もう全部それは当たっているんですよね。ほとんど当たってしまっているって言ってもいい。だから、その 標識を作っていた人たちは、津波がどこまで来るかってことを想定してたわけなんですよね。だから、地震が来て、津波が来て、何かがやられるっていうこと は、いろんな人たち、地震学者の人たちとかが想定してましたから、だからそれを伝えたんだけど、それを信じようとしなかった人たちが、今、想定外だっ た、って言っているわけなんですよね。」

(司会)想定外なんかではなくって、想定したくなかった・・・・ってことなんですね。
「そういう事になりますよね。」

(司会)広河隆一さんが、今、国に対して一番求めたいと思われる事は、どういう事でしょうか?
「まず、とにかく、子どもと妊婦の人たちを守らなくてはいけないっていう事ですね。その為には、つまらない所で線引きなんかしちゃ、ダメなん ですよね。この間だの福島県の小学校の、子どもたちを通学させて良い、その小学校の数値の発表がありましたけど。あの基準値の数値を見て僕はビックリした んですけど。あの発表された数値を見て、え〜って思って、僕は自分の目を疑ったんですけれども。僕自身が、あの3・4μSv/hまでは学校に通わせても良 いっていう日本の政府が発表したあの数値って言うのは、僕がチェルノブイリの原発をいつも訪ねるたびに、そこから4キロある死の町になっているプリペア チっていう町があるんですけど、その町の中で計る数値とほとんど一緒なんですね。」

(司会)え〜ッ!4キロ地点の町と一緒ですか!
「そうです。だから僕も最初は自分を疑って、自分の間違いかって思って、何回も自分の計ったそういう数値を見直したり、チェルノブイリの現地 で撮影したビデオとか見直したりしても、やっぱり、間違いなくそうなんですよね。それで、あの死の町となっていて、誰もいないガランとして、そこの30キ ロ圏に入るまででも、18歳未満は一切入ってはならないし、大人でも特別な許可がなければ入ってはいけない、そして現在は住むことは一切禁止されている 町、そういう所に子供達を走らせて、勉強させているっていう、そういう事を日本は決めているっていう、そういうようなのが、今の状況なんですよね。」

(司会)はい!広河隆一さんの話しから解ることが、今日は幾つもありました。どうもありがとうございました。

原発を容認する人たちは電力需要の為といいますが、はたしてそうでしょうか?もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムが有れば、どちらを選ぶかは議論の余地は無いと思います。
 それらを考える際にこちらの映像はとても参考になります。是非ご覧ください。
原発のゴミを考える

また夏場の電力不足をテレビや新聞で取り上げて、発電コストと電力料金についても話題になっています。
 それらを考える意味で立命館大学国際関係学部 大島堅一教授のお話はとても分かり易かったです。
(2011/04/11)大島堅一立命館大学教授インタビュー by IWJ 岩上安身

それと政府が原発の安全基準を見直しましたがあの内容など子供騙しに思います。
 そんな対策ではなく少なくとも浜岡原発の運転は直ぐに停止して下さい。
それを実行しない内閣ならば総辞職する事を要求します。
この動画を見ましたら浜岡原発がどんなに恐ろしい存在か認識出来ると思います。
杉並からの情報発信です
ストップ浜岡原発

この問題に真摯に取り組んでいる国会議員もおられます。
福島原発の現状をどう見るか― 政府・東京電力の事故対応の問題点について

福島原発の現状、放射能について分かりやすく解説しています。
菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者)2011年4月21日
4月10日岩上安身氏小出裕章助教授インタビュー
小出裕章助教隠された原子力
衆議院予算委員会公聴会で石橋教授が原発震災を強く警告

家庭に影響する原発関連情報はこちらがお勧めです。
牧村しのぶブログ

政府の発表、それを伝えるテレビ局、その親会社の新聞社の情報には何かが欠落している様に感じます。
 私はそれらの不足分の情報をこちらから収集しています。
原子力資料情報室
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著作権はsinosanhannが所有しています。

写真素材も上記に準じます。

Since the animation which the janitor manufactured and raised is fundamentally free, use for study of Japanese dressmaking, etc. freely. (The use agreement is as follows) I permit edit of the individual who is not the profit purpose.
However, I do not permit the use as materials, such as a pornography image.

I do not permit use of an adult and a religion relation site. I do not permit use of the site contrary to good public order and customs.

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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、共衿かけ

2011年05月01日 12時07分55秒 | 振袖
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共衿の柄を合せて地衿の共衿かけのへらを共衿にうつします。
 共衿かけのへらの1分上を通しべらをして共衿幅のへらをします。
共衿巾のへらは付けは5分でそこから、共衿かけの縫いのところは3寸2厘にそれ以外のところは3寸5厘にへらをします。
 共衿かけの縫込みは付け側は5厘程度多くして、くけ側はそこから3寸の幅にへらをして出来上がりと逆の折をします。
共衿がくけあがりましたら、共衿かけの縫いに1分のきせをかけてぞべでおさえます。

The decoration collar of a kimono is called 共衿tomoeri.
I sewくけkuke a 共衿tomoeri.
Since 共衿tomoeri became dirty shortly after wearing, the people in the Edo period, Meiji Era, Taisho Era, and the first half of Showa Era made it with cloth with a cheap price.
However, the wealthy's people used expensive silk for 共衿tomoeri, in order to express their wealth.
This iron is an iron of the kind of 鏝kote.
Since it is difficult to write how to sew in English, please look at an animation.

Please contact me, if there are comment, a question, and a demand.
My mail address is info@iwasa-wasai.com.

追伸、福島の原発事故が未だ継続中です。
 事故の処理が成功するのを祈るばかりです。
原発が必要なのは電気が必要だからでしょうが、もっと扱い易い二酸化炭素の排出をクリアーした安全な発電システムが有れば、どちらを選ぶかは議論の余地は無いと思います。
 それらを考える際にこちらの映像はとても参考になります。是非ご覧ください。
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I am explaining how I sew a kimono. 和裁、振袖、地衿付け

2011年04月29日 22時29分15秒 | 振袖
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地衿付けの縫込みは5分、衿付けは上前より付けまわしで背、衿肩、衽下りにまち針をしてつりあいを見ます。
 そして、衿先などの縫込みの始末をして衿巾の折りをします。
衿付けの釣合いは背中心から衿肩と衽下りの間は平らに衽下りから衿先までは衽が緩くなります。ただし衿肩明の切込みの5分前後と、衽下りのへらの1寸前後、衿先から1寸までの部分は衿を緩くします。
 鏝あては衿先から共衿かけまでは地衿に5厘のきせをかけ、共衿下はきせをかけないようにします。
衿折りは共衿かけから衿先までは3寸、共衿下は2寸9分5厘の衿巾に折り、衿付けの衿先の縫込みは衿に5厘のきせをかけた状態で、裁ち切りで5厘程度深く斜めに折り、そこから3寸の幅にへらをしたら、共衿下と共衿から衿先までの衿幅の折と逆の折をします。
I sew a collar.
I iron a 地衿jieri. (jieri=collar)
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