今年は奇妙な冬だ。
交通量1時間あたり平均5台。
鉄道機関利用者1日あたり100人前後。
気温は極めて低く、口から漏れる息は白く、冷たい。
身を包む衣装越しから突き刺さる寒気。
どこにも逃げ場はなく、体温は刻一刻と奪われていく感覚。
そして、気を抜くとどこまでの沈んで行きそうな感触。
――――まるで深海で溺れる魚のようだ、と誰かが言っていた。
「深海で溺れる魚、か。奇妙な例え、いやそうでもないか」
街を見渡す。
日中、それも休みの日だと言うのに人影はない。
道路を走る車は少なく、まるで廃墟のように街は静かであった。
空は曇り模様で降り注ぐ光りは少ない。
人気がない聳え立つビル郡は墓石か深海に沈んだ古代都市のようだ。
「なるほど、深海で溺れる魚。確かにそうだ」
そんな場所で確たる目的もなく、
ゆらりゆらりと歩く俺はたしかに魚そのものだ。
だが、それでも人々の生活は止まることはない。
墓石のようなビルの中では今日も人々は明日のために働いている。
ただ表を俺のように歩く人間が極端に少ない。
特に夜になれば人気は完全になくなり、闇夜と静寂が支配する。
こうなった原因は全てはあの『噂』であるのを俺は知っている。
曰く、殺人鬼は死神のような吸血鬼だった。
曰く、猟奇殺人鬼の被害者は残らず血を抜かれていた。
曰く、あの戦争が再開される
吸血鬼!
そう吸血鬼だ。
アルクェイドと出会い、
自身の過去と対面したあの吸血鬼を巡る戦い。
それはもう去年の話。
この手で確かに因縁を終わらせたはずだ。
第2、第3の吸血鬼など現れずはずがない。
にも関わらず、この噂は広がる一方で人々は語られる犠牲者の数に怯えている。
だが、俺。
いや、遠野の屋敷で関わる全員が知っている。
【吸血鬼の犠牲となった事実は存在しない】という事実を。
「本当に変だ、」
この街の裏世界を管理している秋葉だけではない。
シエル先輩、アルクェイド、それにさつきも調べて出てきた結論だ。
が、噂は収束することなく拡大するばかり、
火のない所に煙は出ない、というが今回は火はないにも関わらず煙が出る。
と言うべき状況で、ただの噂にしては違和感を覚えることが多い。
まるで人為的に、誰かが噂そのものを意図して広めるているような――――。