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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
ギョギョッ。
「眠れないの?」
この子まで、私のニックネームを知っている。
これはどうしたことだ。
「香久や、もうしゃべれるのか?」
見ると2才ぐらいの感じがした。
いくら何でも薄気味悪い。
「ええ、でも恐がらなくても、大丈夫よ」
コイツ、私の心が読めるらしい。
この子によると、
オッさんという呼び名は、
とてもロマンチックで、
憧れを抱かせるようなイメージを、持っているという。
住む世界が違えば、そういうものなのかと、
半ば感心したり驚いたりしていた。
そう言われて悪い気はしない。
日頃、Oさんから、
冗談半分に揶揄を込めて呼ばれている、
「オッさん」とは、
そんないい言葉だったのか!
[Oさん、いくらでも、呼んで! オレ、ちっとも堪えへんでー]
今度帰ってきたら、真っ先に言ってやろうっと。
堪らなく嬉しくなる。
言葉のかけ方一つ、解釈一つで、
人間とは、こうも変れるものなのか?
それとも、私が単純すぎるのだろうか?
香久やは身体は小さいが頭は成人並みで、
地球人の2,000倍近い、
成長率を持つ人遺伝子がセットされていると言う。
彼らの文明は、人間のDNAの塩基対配列、
約30億通りの組合せを、
ほぼ解読しているようだ。
しかし、個人的な事情は言いたがらない。
地球以外の惑星からやってきているのは確かだ。
彼らの先祖は、月に住んでいたのかも知れない。
そして、今も住んでいるかも知れないが、
聞いても答えてはくれないだろうし、
私もそんな事を知ったところで、
一銭の得にもなりはしないので、深くは聞かない。
香久やは会った瞬間、私の心を読み、
家の中に落ちていたOさんの髪の毛から、
遺伝子情報を移し取ったようだ。
とにかく、ここ(地球)よりは、
少しだけ進んだ文明を、持っているようである。
香久やと話していると、
楽しいので、夜がすぐに明けた気がした。
私は、会社に行こうかどうしようか、と迷っていた。
「私は、大丈夫よ。行ってらっしゃい」
心を、まともに読まれるのは嫌なものだ。
きっと香久やも面食らっているに違いない。
あっちへ飛んだり、
こっちへ流れたりして、
私自身が、
自分の心の無原則運動を掴みきれないのに、
他人が覗いたら、どう思うのだろうか。
「オッさんの心、おもしろーい。
ここ(地球)の人って、皆こんななの?」
私は、他人の心など覗いたことも無いので、
問われても答えようがない。
似たようかも知れないし、全然似てないのかも知れない。
外に出す時には、
適当に加工したり、
お化粧したりしているので、
本当の事は、よくは分からない。
他人の本心を知った所で、
何の解決にもなりはしないし、
皆がみんな、本心丸出しで生きたりすると、
人間社会など、3日と持たないように思う。
朝食は、牛乳とパンと目玉焼きを作ってやった。
頭は大人でも身体はまだ2~3才なのだろう。
うまそうに食べている。
昼飯用にと、ゆで卵を作っておいてやった。
同じようなもので悪いのだが仕方ない。
後ろ髪を引かれる思いで会社に出掛ける。
迎えに帰る用の休みをキープしているので、
ヒラと言えども、そうそうは休みにくい。
休みなど、ムードで取ればと思うのだが、
男性ともなると、
お互いの牽制が働いて、
どうにも取りがたくなっている。
有給休暇制度は、保険のようなものだ。
その制度が無ければ、
休みは、即、ボーナスの減額として反映される。
かといって、有っても完全に消化している者は、
病気や怪我で止むに止まれない者や女の子ばかり。
無ければ困るし、有れば安心。
そのあたりで、歩みが止まっている。
仕事をしていても、一日中、気掛かりだった。
盆前後の会社は、暇もいいところだ。
思い切って、
ドカンと休みにすればいいものなのに、
これも企業同士の牽制が働いていて、
どうにも出来ないでいる。
一軒でも店を開けている者がいると、
それに吊られて引っ張られている。
何という悪習!
隣百姓もいいところだ。
少数のパイオニア企業と大多数の追随企業群。
少数のパイオニア企業は、より大なるパイを求めて、
大多数の企業群は安定を求めて、
己れの活路を求めて、ひたすら生き続けてゆく。
会社員は寄ってたかって、
会社という名の現代のピラミッドを、
築きあげる事に奉仕する。
設計図も何もない。
大きい事はいいことだとの、漠然とした目標のみ。
知性も道徳も思想も無い。
しかし、もし社員誰も彼もが、
そんなものを、まともに追求し始めたら、
会社など、1日で倒産の憂き目に遭うに違いない。
あいまいだからこそ、会社は生き続けていけるのだろう。
そういうものが会社というものである。
会社員は会社の子、会社の親ではありはせぬ、のだから、
当たり前と言えば、当たり前のことである。
会社の存続を最優先に置くと、
すべてに牽制が働き動きが制約されてしまう。
また、それを最優先に置かないと、
会社制度が一日たりとも成り立たないのだから、
致し方のないことなのだろう。
そんな会社の寄せ集めが、この国の中身だ。
5時になったので、そそくさと帰る。
5時に帰社するには、相当勇気が入る。
何か特別な用事でもない限り、
40男には許されてない行為だ。
会社員を20年近くも続けてやっていると、
すっかり会社の見えない意志に
身が縛られてしまっている。
しかし、今日は人には言えないのだが、
香久やの為という大義名分があるので
疾しさは感じられない。
香久やが来てから、22~3時間になっている。
ということは、もう4~5才に成長しているはずだ。
デパートの惣菜売場に寄り、
ハンバーグ、コロッケ、カレー、アイスクリーム、
プリンなどを買う。
目茶苦茶な取り合せ。
こんな組合せになったのも、買物に慣れていない所為である。
夏の夕方の7時は、まだまだ明るかった。
風が心地よくあたる。
クーラーは、入れっぱなしにして出てきた。
風邪を引いてはいないだろうかと心配になってくる。
家について鍵を開けると、香久やが玄関口に立っていた。
心細かったのだろうか。
「ただいま」
「お帰りなさい。お勤め、ご苦労様でした」
顔に似合わない言葉に勘狂う。
やっぱり年相応の口の利き方があるものなのだろうか?
それとも、これは私の偏見なのだろうか?
どちらにしろ、私の感覚にそぐわないのは確かだった。
「お腹空いたろ、お土産たくさん買ってきたよ」
「嬉しい!」
少し涙ぐんでいた。
よっぽど寂しかったのだろう。
可哀相なことをした。
私は、すぐご飯を炊いてやった。
香久やは、プリンやアイスクリームを、
おいしそうに食べている。
普段は、流動食や固形食品ばかり食べていたみたいだ。
そんな顔を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。
しかし、食べ慣れないものを食べて、
お腹を壊したりはしないかと心配だ。
「香久や、トランプしようか?」
「なに? それ?」
ご飯が炊けるまで遊ぶことにした。
さすがに覚えがいい。
すぐに負けるようになった。
セブンブリッジ、7並べ、神経衰弱、私は、すぐに負けてしまう。
特に神経衰弱などは、ひどいものだった。
透視術を使っているように思えたが、
そんな不正な手段を使うような子ではないので、
覚えが得意なのだろう。
というより、私がドン臭いのだ。
そうこうしているうちに、ご飯が炊けたので、
ハンバーグ・カレーを作ってやった。
「オッさん、ありがとう。こんな楽しい思いしたの、久しぶり」
健気なことを言う。
別に、私は大した事はしていない。
ただ、飯を作って、少し遊んでやっただけだ。
いや、相手にしてもらったという方が正確だろう。
最近では、3人の子供達も大きくなって、
私をあまり必要とはしなくなった。
小さい時には、公園やプールや遊園地に連れて行ってと、
休みのたびに請われたものだが、
この頃では、そこに居るのかとも言ってくれない。
コンピュータ・ゲームやテレビや漫画を、
もっぱら相手をしているようだ。
そんなわけで、子供と遊ぶのは懐かしく楽しい。
懐かしいという年でもないのだろうが、
私の存在感を、確認出来て充実した。
父親など、子供にとっては、空気のような存在なのだろう。
在って当然、居なければ困る。
かといって、出しゃばられるとうるさい。
息をするたびに、[空気ですよ、空気ですよ]と、
恩を着せられているようなものなのだろう。
そのうち、必要な時に呼んでくれれば、
奴らの為に、一肌脱げれるような存在に、
なりたいものだとは、思っているのだが・・・
香久やが、また涙ぐんでいた。
{おかしい! まだ、帰る年でもないのに。
でも、成長のスピードが早いから、もう帰ってしまうのかな?}
「まだ、しばらくおいて下さい」
そうだ。
私の考えている事は、すべてお見通しなのだ。
私は聖人君子ではない。
並み以下の人間だ。
香久やに心を覗かれて、
ハイどうぞと言えるような人間ではない。
しかし、一方では、これがOさんだと思えば、
別に覗かれたって、かまいはしない。
これが、私自身なのだからと、
プライバシーの全面開放をしている。
けれど、それが現実生活では、
裏目に出てしまっているのだ。
Oさん、曰く。
支離滅裂。
一貫性がない。
ハチャメチャ。
三日坊主で、長続きがしない。
気が多くて移り気と散々な印象を与えている。
そんなもの隠した所で、すぐバレる。
思った事をすぐに口に出してしまう、
単純自己開示型の人間なのだから、
当然と言えば当然の報いでもある。
しかし、その相手がOさんではなく、
香久やだと思うと少々気恥ずかしい。
知らない他人に、
土足で踏み込まれるような感じを受ける。
けれども、相手は5、6才の子供、
どうでもいいやという心境になる。
「おいしかった」
いい笑顔だ。
やはり輝いている。
その後、オセロ・ゲームをして遊んだ。
それも、やっぱり私の負け。
しかしながら、負けても楽しい。
勝ったときの香久やの表情が撫でてやりたいほど可愛い。
表情豊かな子は、見ていて楽しい。
こちらまで巻き込まれる。童心に帰られるようで嬉しくなる。
シャワーを浴びさせて寝床に入らせた。
一緒に入れてやりたかったのだが、元々他人の女の子。
小さいが、そこは割り切って一人で使わさせた。
さすがに、私も疲れた。
昨夜もロクに眠ってないので、その夜はぐっすりと眠れた。
その翌朝、起きると、隣に居るはずの香久やが居なかった。
帰ってしまったのかと、一瞬驚いたが、
台所の方で何か音がしていた。
起き上がって台所の方へ行ってみると、
何と朝ご飯の支度をしてくれているではないか!
ミソ汁に、ご飯に卵焼き。海苔までつけてくれている。
「わあっ、すごいなあ」
「Oさんの真似させてもらったわ」
もう7~8才になっているのだろうか。
うまかった。
味も炊き方も、Oさんそっくり。
さすがは、遺伝子泥棒!
こんな言葉、可哀相だな。
遺伝子解読者?
いい言葉が見つからない。
香久やに送り出されて、また会社に出掛ける。
今夜は何をして遊ぼうかな?
お土産、何にしよう?
などと取り留めもない事ばかり考えて、一日終わる。
といっても、
手はちゃんと仕事をしているのだから、
私も大した会社員になったものだと、
一人悦にいっている。
6時近くまで、会社にいた。
さすがに2日も続けて5時即に帰る元気はない。
その日もデパートに寄った。
ブランドもののチーズケーキを買う。
一人でいるとよく金を使う。
Oさんにまた絞られそうだ。
また適当な言い訳を考えて置こう。
給料は多くはないのだが、少ないとは言えない。
周りの消費欲望への誘いが多すぎるのだ。
その欲望を満たすには、私の給料は、圧倒的に少ない。
漠然とした人並みの生活に縛られていて、
始終渇望感を感じさせられている。
玄関に入ると、香久やの姿はなかった。
トイレかなと思ったが、そうではないみたいだった。
「香久や」と呼んでみるが、答えはない。
何処に行ったのだろう。
隠れて、私を驚かせるつもりだろうか?
そう多くもない部屋を廻ってみるが、見当らなかった。
台所の食卓の上には、夕食の用意がしてあった。
その横に、私の愛用のワープロが置いてある。
電源が入っている。
香久やが遊んでいたのだろうか。
画面を見ると、何かが書き込まれていた。
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