Monster(2003)
泣きました。見終わってからもしばらく涙が止まらない。こんな映画だとは思わなかったし、シャリーズ・セロンの汚れ具合拝見くらいの気持ちで見た映画。実話に元付く、女性連続殺人犯(2002年に死刑執行されています)の物語。この主人公リーは、連続殺人犯ですが、楽しみで人を殺すのではなく、それしか彼女には選択肢は無かったのかも・・・(あるいはそれしかないと信じるしかなかったのかも)その殺人にいたる過程、そして次々と殺人を繰り返す動機は、あまりに悲しい。
1980年代後半、13歳から家を追い出されて道ばたで体を売って生きてきたリー(シャリーズ・セロン)は、そんな人生に終止符を打とうと決心します。自殺を決行する前に偶然入ったゲイ・バーで一人の女の子と出会います。その子はセルビー(クリスティーナ・ロッシ)、レズビアンでしたが素直な彼女に一瞬ですがリーは心癒されます。小さいころから父親の友人に性的暴行を受け、その後は売春で男の嫌な部分ばかりを経験し、ボーイフレンドには暴力を振るわれる、そんな目に会ってきたリーにとって、損得抜きで愛してくれるセルビーは彼女にとっての癒しとなり、セルビー抜きの人生は考えられないと思うようになっていきます。が、取った客に暴行され殺されかかったリーは、相手を撃ち殺します。それは間違いなく正当防衛ではありましたが、その経験は彼女に2度と客を取らないと決心させるのに十分でした。セルビーとモーテルで暮らし出したリーは、かたぎになろうと努力しますが、13歳から道で体を売ってきた彼女に職はありませんでした。セルビーと一緒に暮らしたいと思う一心のリーは、2人で新天地を目指すお金ほしさに客を殺して金を奪うことを繰り返していきます。
彼女の人生を振り返れば、リーが男嫌いになっていくのは理解できます。その嫌いな男に体を売って生活しなければならない辛さ。自分に親切にしてくれる男性はみな、体目当てなのだと自分に言い聞かせ、世の中にはまっとうな男はいないのだと思いたかったのかも知れません。自分を買う男は殺してもいいような虫けら以下の存在だ、と彼女が信じる根拠は映画の中で、十分に伝わってきます。が、一部の被害者は女を買うということを、行為として悪いこととは思っていても、商売女に対して人間としての最低限のリスペクトをはらっているように描かれます(警官の被害者とか、家に泊めてあげるとオファーした男とか)。体を売ってお金を稼ぐ行為は、決して肯定できるお金の得方ではないと思います。が、それしか方法がないとしたら?教養もコネも助けてくれる友人や家族、何もない彼女には生きるためにそれしかなかったとしたら?あなたはそれでも彼女ら(彼ら)の行為を否定できますか?豊かな国の恵まれた環境で育った私たちには、彼らを非難する資格はない。私の家の近所にも何人か見かけますが、彼女たちにも道で客を取らざるを得ないそれなりの理由があるに違いないと思っています。(まあ日本では手っ取り早く稼ぎたいという理由で風俗で働く人が多いのですが、道に立っている彼女らは、店で働いていないイコールそれなりの事情があると思うのです。)
なによりも辛いのは、そんな一生底辺で生きることを運命付けられた彼女が、自分を愛してくれる存在を見つけ、その彼女を失いたくないばかりに殺人を繰り返した事実です。殺すしかなかった、「体を売るしか生きる方法が無かった」と同じように。彼女の中では殺しても当然の連中とはいえ、決して心から自分のしたことを正当化してはいなかった彼女。2人の顔写真が手配され、実家に帰るセルビーに「自分のしたことがすべてが許せない」と告白するリー。もうセルビーと会うことは無いかもしれないと感じていた彼女の、本当の気持ち。誰に許しを請うわけでもなく、「ただ自分が許せない」、あまりに重過ぎるその後悔と魂の痛み。精一杯の虚栄を貼り、タフに生きるしかなかった彼女の、自ら作った厚い壁が崩れた一瞬でもありました。
底に流れる「人間として誰かを愛することに性別は関係あるのか」の問いは、「ヘドウィク&アングリーインチ」に非常に近いものがあります。それを同性愛と呼び特殊な性癖としてみるのかどうか、人を愛することに性別は重要なのかの答えは、見る人自身の資質を問われます。私がこの映画を見て涙が止まらなかったのは、同性愛者でなかったリーがセルビーを愛することが、リーにとってどれだけ重要なことだったのかが辛かったから。友情とも性愛とも違う純粋な誰かを愛する感情とはどういうものなのか、この映画ではそれは恐ろしいまでのリアリティを持って私たちに差し出される。差し出されたギフトを私は、大事にしまっておくことにします。
Journeyの曲がまた、いいんだわぁ~
泣きました。見終わってからもしばらく涙が止まらない。こんな映画だとは思わなかったし、シャリーズ・セロンの汚れ具合拝見くらいの気持ちで見た映画。実話に元付く、女性連続殺人犯(2002年に死刑執行されています)の物語。この主人公リーは、連続殺人犯ですが、楽しみで人を殺すのではなく、それしか彼女には選択肢は無かったのかも・・・(あるいはそれしかないと信じるしかなかったのかも)その殺人にいたる過程、そして次々と殺人を繰り返す動機は、あまりに悲しい。
1980年代後半、13歳から家を追い出されて道ばたで体を売って生きてきたリー(シャリーズ・セロン)は、そんな人生に終止符を打とうと決心します。自殺を決行する前に偶然入ったゲイ・バーで一人の女の子と出会います。その子はセルビー(クリスティーナ・ロッシ)、レズビアンでしたが素直な彼女に一瞬ですがリーは心癒されます。小さいころから父親の友人に性的暴行を受け、その後は売春で男の嫌な部分ばかりを経験し、ボーイフレンドには暴力を振るわれる、そんな目に会ってきたリーにとって、損得抜きで愛してくれるセルビーは彼女にとっての癒しとなり、セルビー抜きの人生は考えられないと思うようになっていきます。が、取った客に暴行され殺されかかったリーは、相手を撃ち殺します。それは間違いなく正当防衛ではありましたが、その経験は彼女に2度と客を取らないと決心させるのに十分でした。セルビーとモーテルで暮らし出したリーは、かたぎになろうと努力しますが、13歳から道で体を売ってきた彼女に職はありませんでした。セルビーと一緒に暮らしたいと思う一心のリーは、2人で新天地を目指すお金ほしさに客を殺して金を奪うことを繰り返していきます。
彼女の人生を振り返れば、リーが男嫌いになっていくのは理解できます。その嫌いな男に体を売って生活しなければならない辛さ。自分に親切にしてくれる男性はみな、体目当てなのだと自分に言い聞かせ、世の中にはまっとうな男はいないのだと思いたかったのかも知れません。自分を買う男は殺してもいいような虫けら以下の存在だ、と彼女が信じる根拠は映画の中で、十分に伝わってきます。が、一部の被害者は女を買うということを、行為として悪いこととは思っていても、商売女に対して人間としての最低限のリスペクトをはらっているように描かれます(警官の被害者とか、家に泊めてあげるとオファーした男とか)。体を売ってお金を稼ぐ行為は、決して肯定できるお金の得方ではないと思います。が、それしか方法がないとしたら?教養もコネも助けてくれる友人や家族、何もない彼女には生きるためにそれしかなかったとしたら?あなたはそれでも彼女ら(彼ら)の行為を否定できますか?豊かな国の恵まれた環境で育った私たちには、彼らを非難する資格はない。私の家の近所にも何人か見かけますが、彼女たちにも道で客を取らざるを得ないそれなりの理由があるに違いないと思っています。(まあ日本では手っ取り早く稼ぎたいという理由で風俗で働く人が多いのですが、道に立っている彼女らは、店で働いていないイコールそれなりの事情があると思うのです。)
なによりも辛いのは、そんな一生底辺で生きることを運命付けられた彼女が、自分を愛してくれる存在を見つけ、その彼女を失いたくないばかりに殺人を繰り返した事実です。殺すしかなかった、「体を売るしか生きる方法が無かった」と同じように。彼女の中では殺しても当然の連中とはいえ、決して心から自分のしたことを正当化してはいなかった彼女。2人の顔写真が手配され、実家に帰るセルビーに「自分のしたことがすべてが許せない」と告白するリー。もうセルビーと会うことは無いかもしれないと感じていた彼女の、本当の気持ち。誰に許しを請うわけでもなく、「ただ自分が許せない」、あまりに重過ぎるその後悔と魂の痛み。精一杯の虚栄を貼り、タフに生きるしかなかった彼女の、自ら作った厚い壁が崩れた一瞬でもありました。
底に流れる「人間として誰かを愛することに性別は関係あるのか」の問いは、「ヘドウィク&アングリーインチ」に非常に近いものがあります。それを同性愛と呼び特殊な性癖としてみるのかどうか、人を愛することに性別は重要なのかの答えは、見る人自身の資質を問われます。私がこの映画を見て涙が止まらなかったのは、同性愛者でなかったリーがセルビーを愛することが、リーにとってどれだけ重要なことだったのかが辛かったから。友情とも性愛とも違う純粋な誰かを愛する感情とはどういうものなのか、この映画ではそれは恐ろしいまでのリアリティを持って私たちに差し出される。差し出されたギフトを私は、大事にしまっておくことにします。
Journeyの曲がまた、いいんだわぁ~
土曜のお花見は雨振ってきて大変でした・・・
さあ今週からまじめに働くぞ~
>また作品が重なったとき、お邪魔しますねっ。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
こちらは満開もそろそろ終わり緑色の葉っぱが見え始めました。今年は宴会花見はしてないなあ。
RTB&コメントをいただきましてありがとうございました^^また作品が重なったとき、お邪魔しますねっ。
お邪魔しましたっ★
髭ダルマLOVEでした。
>こんなに劣悪な環境にいるのに、まともな神経を持ち合わせ過ぎているように見えました
だから見ていて辛いんですね~
今の生活から抜け出したくても抜け出せない、このような人たちが実際にいるんだってことが衝撃でもありました。私たちからすると「努力がたりない」とか「本当は抜け出す気がない」なんて批判することは簡単なんですけど・・・
それではこれからもよろしくお願いします!
この映画、堪えました。平気で援交して何食わぬ顔している女の子などもいるのに、この主人公は全然、平気になれないんですよね。こんなに劣悪な環境にいるのに、まともな神経を持ち合わせ過ぎているように見えました。それが辛くて辛くて・・・(泣)
TBありがとうございます。
>気になったのがこの記事の画像のクリスティーナ・リッチ。えらい面構えですね(爆)
そうでしょ?凄いですよね。ここまで怖いと・・・女優としてこの人、凄いんですよねきっと。2人ともすごいです・・・
本当に涙が止まらなかった映画ですわ・・・
またあとで伺います~~花見に行くもんで(笑)。
髭ダルマLOVEです。
この作品ずっしりきますよねーっ。
っつーか、気になったのがこの記事の画像のクリスティーナ・リッチ。えらい面構えですね(爆)
>楽しみで人を殺すのではなく、それしか彼女には選択肢は無かったのかも・・・
そうなんですよね~。男性は自分の快楽の為に殺人を犯す人が多いんですが。
悲しい作品でしたね。ずしーんときます。
彼女のドキュメンタリー映画(?)もあるらしく、ちょっと気になってます^^
TBさせていただきあますね。