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大 仏 の 目

2015年09月16日 | 落語・民話

 

【主な登場人物】

 親子  東大寺関係者  見物人

【事の成り行き】
 「京都の人が『この前の戦争』と言うとき、それは『応仁の乱(1467年)』である」なんていうのは大袈裟としても、太平洋戦争でも日清・日露戦争でもなく「戊辰戦争・鳥羽伏見の戦い(1868年)」あたりを指すことがあっても不思議ではありません。

 今現在生活している場所が映画、ドラマ、小説、教科書で紹介される歴史的場所そのもので、今日、昨日、先月、去年、十年前、百年前と連続した時間を遡って、家の前の道を行き交う人々の中に薩長軍や新撰組隊員の顔が浮かんでるわけでしょうね。

 同様かどうか、奈良の人々にとって考古学で研究される飛鳥・奈良時代は遠い存在ではなく、まさに今と直接に繋がって感じると聞きます。

家の前で下水工事があり、何やら人が集まっていると思ったら木簡が出たとか、庭を掘ったら柱列遺構が出たとか。

 実際、柳本に住む叔父貴の家の前の溜池から「海獣葡萄鏡」が大量に出土し、実は古墳の外濠跡であることが判明したことがあります。

そのとき叔父の言った言葉「こりゃ、うかつに家の建て直しはできんな。

もし何か出ても内緒にせんと……」(2007/02/18)

             * * * * *

 「大仏の目」といぅ噺ですけどね、まぁ仏さんの隣りで大仏さんのお噺をするのは、まことに無礼かも分かりませんけど、大仏さんの目ぇがその昔落ちた、といぅ噺がありましてね。

 子どもの時分よぉナゾナゾにしてました「大仏さん建てたん誰でしょ?」「大工さん」ちゅうと「ブ、ブ~ッ」「正解は?」「大仏さんは座ってる、立ってな~い」といぅね、そぉいぅのんがありましたなぁ。

 「大仏殿と大仏っつぁんと、どっちが大きぃと思いますか?」ちゅうのでね「大仏殿の中に大仏っつぁん納まってんねやさかい、大仏殿のほぉが大きぃやろ」いぅてね、ほたら「ブ、ブ~ッ」「正解は?」「大仏っつぁんは中で座って納まっている、立ち上がったら大仏殿より遥かに大きぃ」

 徳島の子どもたちは修学旅行で行きますなぁ、小学校のときにね。わたしも行きましたなぁ、そぉすると柱に穴が開いてましてね、あの穴、鼻の穴とおんなじ大きさらしぃですね。

 「嘘つきはこの柱の穴を通り抜けることができない」ちゅな謂れもあるんやそぉですけども、あれは鼻の穴とおんなじ大きさで、言ぅたら「大仏さんの鼻の穴はこれぐらい大きぃですよ」といぅことを表わしていると解説されてますけど、ホンマは違うそぉですね。

 あの柱に穴が開いてるのは二本あるんやそぉです。表鬼門と、裏鬼門の方角に建ってる柱が二本、穴が開いているんだそぉですね。鬼門に柱を建てるのはあかんことらしんで、ですから今でも家建てるときに鬼門気にされる方がたくさんいらっしゃいますけど。

 その鬼門に柱を建てている、いかんことであるといぅんで穴をボ~ンと通したらしぃんです。なんでそんな穴を通したかちゅうと、柱はあるんです、実際、柱はあるんですけど、穴を開けることによって「柱は有るんですけど、無いことにしてください」といぅね、誰にお願いをしているのか分かりませんけど。

 「有るんですけども、無いといぅ態(てぇ)で納得してもらえないでしょ~か?」そぉいぅよぉなことらしぃです。

昔の職人さんの知恵ですわなぁ。今、とんでもないところに頼むと「有るはずなのに、無い」といぅね、ことになるんじゃないかなぁと……

 大仏さん大きぃです、五丈三尺。実際に正面から見ると顔のバランスと体のバランスは、ちょっと頭が大きくこしらえられてるそぉなんですね。

下から見上げてちょ~どバランス良く見えるよぉな大きさになっているんだそぉです。

 あれは、バランスを整えて頭の大きさを小さくこしらえてしまうと、下から見上げるとお顔が小さく見えてしまうので、下から見てもお顔がはっきりと大きく見えるよぉにといぅのでバランス的には頭でっかちな仏さんやそぉでしてね。

 大仏さん、見に行きましてもあまり手を合わせてる人はいてませんなぁ。
「おい見てみぃ大仏さんや、大きなもんやなぁ」「ヘェ~ッ、五丈三尺、大きぃなぁ、これ。昔の技術といぅのはすごいなぁ、こんな大きな仏さんこしらえんねんなぁ」「へぇ、これ鋳型でこしらえたぁるん? 立派な仏さんやなぁ、今の時代でもなかなかでけへんで」「大きぃなぁ、大きぃなぁ……」

 「ほな、向こぉ見に行こか?」言ぅてね、結局は手ぇ合わせずにこぉ通って行ってしまう。あの大仏さんの目が落ち込んでしまった、中はガランドウです、空洞になってます。身は詰まってないんですね。

 その大仏さんの目が内ら側へポコ~ンと落ち込んでしまった。当時のお偉方、慌てましてね「大仏さんの目が落ちた、えらいことになった、すぐに直さなければならない」それぞれの業者に発注をいたしまして。

 「見積りをまず出しなさい。修復期間は何年かかるであろぉ? 費用は何千両、何万両かかるかも分からない、人もたくさん要るであろぉ、大きな仕事になる、えらいことになった」と大騒ぎをしておりまして、さぁ大仏さんの目ぇ、これ何とか直す手立てはないかと考えとりますところへ、あるひと組の親子、父親と子どもがやってまいりまして。

●あのぉ~、大仏っつぁんの目ぇ、あれ、我々親子が直してみよと思うのですが、いかがなもんでございましょ~?

 身なりを見ると着薄いなりをしている、大きなお金を扱えそぉにもないし、また人をぎょ~さん動かせそぉな雰囲気もない。けどまぁ、ダメで元々です。

■そぉ言ぅならまぁ、どれだけのことがやれるか分からんがやってみなさい。工期は幾ばくぐらいかかりますかな?

●まぁ、今日半日もあれば何とかなると思います

■なに? 半日? ならばすぐにやってみなさい。

 といぅので、親子がツカツカツカと大仏殿へとやってまいります。

下から目の辺りをこぉ見上げまして、前にこぉ引っ掛けの付いた縄、長~いものをズ~ッと出しまして、親っさんが頭の上で鉤縄をグルッ、グルッ、グルッ。

 勢いよぉ回したかと思うとビュッと投げたら、その鉤縄がシュ~ッ、大仏さんの目ぇの穴の所へ引っ掛かった。

ググッと引っ張って「これで大丈夫」引っ張って外れないとなれば、そばにありました柱にグルグルグルッと巻き付けて強さを確かめる。

 そぉすると次に出番となったのが子どもでございます。

金槌一本ヒョイッと握りまして、タタタタ・タタッ、縄伝ぉて大仏の目ぇのところまで行くと、中へポイッと入り込んで、内ら側からその鉤縄をヒョイッと外す。

 お父っつぁん、もぉ仕事ありませんわ。その縄を手繰りたぐりしておりましたら、しばらくいたしますと中に落ち込んでた目ぇをその子どもが持ち上げて来よったんで。

 大仏さんの落ち込んだ目玉の形の所へ当てがいまして、

▲お父っつぁ~ん、こ~の辺かぁ~?

 下から見上げた親っさんが、

●あ~、もぉちょっと左、もぉちょっと左。そんななぁ、流し目の大仏てな具合悪いがな、もぉちょっと、そこそこ、それぐらい。それで大丈夫や、よっしゃ、よっしゃ。

 声をかけますと、中から子どもが金釘でも打つ音でしょ~かなぁ「カ~ン、カ~ン、カ~ン」といぅ音が響ぃた。

見物人がぎょ~さんこの大仏さんを取り囲んどります。ビックリしたのがこの見物人で。

◆おぉ~ッ、えらいこってっせ。何千両、何万両かかるか分からん言ぅてたん、あの親子二人でやってしまいましたがな。

あの小さな子どもが目ぇから入って、目玉ちゃんと直しましたがな「一体いつまでかかるのか? 何万人
の仕事になるのか?」言ぅてたけど、親子二人で直しましたなぁ。

★いやぁ、偉いもんですなぁ、あないして直す方法があるとは思いまへんでしたなぁ。

見事なもんです、天晴れ

◆いやいや、これ天晴れでは済みまへんで、あの子どもどないして出て来まんねん? 

目ぇから入って、入ったその目ぇ塞いでしもたら出られへん。

えらいことになったなぁ。あの子ども、中でひもじぃ思いして死んでしまうがな。

 「うわぁ~、可哀相なことになった。大仏さんを直すために幼い子どもの命が一つ失われるのか、可哀相に……」大仏さんを取り囲んで、みんな子どもの無事を祈って「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」

 もぉ宗派関係ないですわなぁ、念仏唱えたりいろんなお願い事をしている。
皆の心配をよそにこの子ども、大仏さんの中から、鼻の穴を通ってシュ~ッと出て来て、大仏さんの手の平の上へポンッと飛び乗りよった。

 見てた見物人喜びよって。

◆あぁ~良かった、あの子ども出て来たがな。鼻の穴から出て来て、手の平へ立ちましたで

★ホンに賢い子どもですなぁ

◆ホンに頭の切れる子どもでんなぁ

★賢いなぁ、賢いなぁ……


【さげ】


 賢いはずです、その子ども、目から鼻へ抜けよった。


【プロパティ】
 仏さんの隣りで……=まんぷく寄席:徳島市吉野本町の万福寺本堂で3か
   月に一度開かれる、桂七福さんの落語会。
 徳島の子どもたち=桂七福さん(春団治一門)は1991年、桂福団治さんに入
   門。本名、中川博之。昭和40年1月17日生まれ。徳島出身。現在、徳
   島を拠点に活躍されています。
 大仏殿の柱の穴=穴の開いた柱は表鬼門・丑寅(東北)の1本だけ。
 とんでもないところ=2005年から2006年にかけて発覚した「耐震偽装事件」
   姉歯1級建築士(設計)、木村建設(建築)、イーホームズ(建築確認)、
   ヒューザー(マンション・デベロッパー)などが関係した。
 五丈三尺=東大寺大仏の高さ、一般的には五丈三尺五寸といわれている。
 五丈三尺五寸=約16.2メートル。ただし、1891(明治24)年曲尺(かねじゃく)
  1尺を33分の10メートル(約30.3センチメートル)と定義し、メートル条
  約加入後尺貫法における長さの基本単位とした。実際の奈良の大仏は諸
  説あるが像高約14.85メートル。
 尺貫法=日本古来の度量衡法。メートル条約加入後、1891(明治24)年メー
   トル法を基準として、尺・坪・升・貫を定義。1958(昭和33)年までメー
   トル法と併用されたのち廃止。
 がらんどう=大きなものの中に何もないこと。だれもいないこと。語源は
   諸説あり、もっとも有力なのが「伽藍堂」伽藍とは仏教用語で広々と
   整理整頓された空間を意味し、僧侶が修行する空間が伽藍堂であると
   いう。
 着薄い(きうすい)=「薄い」には経済的に恵まれない。貧しい。の意味が
   あり、着ているものがみすぼらしいという意か?
 ぎょ~さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
   転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ~さん」たくさ
   ん、の訛りかも?
 目から鼻へ抜ける=りこうで機転がきく。また、抜け目がないこと。語源
   は諸説あり、目と鼻は最も近いところにあることから、目から鼻へ抜
   けるように素早いという意であるが、上方落語の小咄「大仏の目」が
   語源という説もある……、逆じゃがな。
 音源:桂七福 2006/03/05 第34回まんぷく寄席(Web)

 

 

 

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