私の母の父は大工だった。
旦那の父も大工をしている。
何故か、いつも周りには職人さんの存在がある。
私の実家は築80年以上の、族に言う『古民家』
『古民家』といっても、実家は飲食業を営んでいた為
普通の家とはちょっと違って、幼い頃は流れの職人さんたちが
ガタのきた家の中を、手直しに来ていた・・
そんな光景を私はよく覚えている。
実は、この家は道路拡張事業に引っかかっている為
数年後には取り壊される。
住んでいる頃は綺麗な家に住みたいなどと考えていたが
いざ取り壊されるとなると異常にいとおしく感じる・・・
そんなこともあってか・・最近やたらと『古民家』が気になる。
気付けば、知らずとそんな雑誌を好んで読んでいる。。。
『洗い屋』という生き方・・という記事を見つけた。。
「洗い屋」というのは昔ながらの家並、寺院などの柱、建具。
その長年溜まった汚れを落とす職人さんのことで、
江戸時代から続く伝統の技だそうである
今なお、多くの町家が残る京都でさえも、
もう数えるほどしか職人さんは残ってないという。
百年間の汚れた古材を甦られる伝統の技。
『ただ漂白するのは簡単だけど、素材の持ち味を
活かす為に技術はもとより素材に対する心が大切に
なってくる』のだと・・・“洗いの世界”を極める魅力的な
職人さんの言葉があった。
現代は、汚れたものは排除すればいいと・・
ただ、それだけを目的として動いている傾向が強い
物よりも、人間側が・・・
「決して汚れを取るのだけが洗いではない」
現場で実践してきた職人さんの
一言一言が胸を打つ
古材に再び命を吹き込む
そこには、現代人が忘れてる何かがあるようで仕方がない・・・