昨夜、めいが俺に聞いてきた。「明日は私立高校の送り出しあるの」
明日から私立高校受験が続く。一発目が三重高、しかし全員が受けるわけでもない。ここは高田を本命としているクニに敬意を評し、高田前日の夜にでもやろうか。
森岡が選んだ選択・・・17日の早稲田第一文学部と21日の商学部。
愛が東京大学に合格するかどうかが今年のウチのメインとすれば、久居高から早稲田に現役合格するかどうかの森岡が裏のメイン・・・。
まあ、表とか裏とかってのは格闘技系が好きな奴には分かるフレーズ。別段、他意はない。
しかし森岡、今日も期末か中間か、とにかく試験で久居高校に出向いている。
愛からSOS! 「灯油がありません」 古い塾へ行くと千尋と愛が空っぽの灯油缶を抱えて車に乗り込んでくる。
「あれ、千尋。オマエは今日から名古屋の親戚とこに行くんじゃなかった?」「いえ、明日からですよ」
古西が多少のいらだちを感じさせながら姿を見せたのは昨日のこと。
「大西さんは来るんかな」「さっき電話があって風邪が治らんらしいわ」「千尋やけどさ、明日から名古屋の親戚の家で泊り込みや」「立命館か」「そうそう。だからこの二日しかチャンスはなかったんやけど」「風邪やしな、仕方ないやん。で、千尋が塾に戻るのは?」「2月5日かな」「二次の国語はそれからやな」「まあ、千尋ちゃんも担任からはオマエなんか無理なんて言われて逆に神戸大学にしてテンション上がってるんや」
近くのセルフで灯油を入れながら話す。
「大西君としたら塾に来て万が一にもアンタらに風邪をうつしたら、と思てるねん」「私もテンパッてるし」と愛。「でも古西が、明日の夜の愛の授業は大西君でも譲れへんてえらい剣幕やったわ。あいつにすりゃ、初めて担当した学年、そして最後の学年、センターが終わって志望大学が射程距離に入ったわけや。ここはどうしても合格させたいんやろ」
そういや、昨夜中塚(三重大学医学部物理担当)もやって来た。
「荒井君、思考はいいんですけどね、計算をよく間違える」「理系やのにねえ」「名古屋工業大学は答えだけなんですよ」「それが?」「記述なら思考さえ当たっていれば部分点が貰えます。だけど答えだけだから間違ったらアウト」「なるほど・・・、でも荒井、かわいいところあってさ。僕は中塚先輩を信頼してるから、中塚さんに最後まで付いていきますってさ」「そうですか」「そういや、センターの送り出しの時は四日市からすまんかったな。ところで今はどこの病院?」「今週から大学病院です。そして来週から松阪中央」「そりゃ楽になった。橋本君が話していた田丸ドクターからは希望の日があれば掲示板にでも書き込んでほしいって言ってたから、中塚君と山岸君とで相談してウチの掲示板にでも書いておいてよ」「わかりました」
新しい塾に戻ると由子がやって来ては「先生、灯油がありません」「またかいな」「え?」
再びセルフまで、そして戻ると森岡が勉強している・・・立命館の英語だ。
「これで明日からは高校へ行かなくてええんやな」「ええ」「立命館はいつからやった」「明後日からです」
あゆみには甚ちゃん。あゆみは明日から皇學館。明日の1教科入試には沙耶加といっしょに行くとか。沙耶加は数学の1教科、あゆみは国語の1教科・・・。
岡田がやってきて今日受けた大学の問題を解いてくれと・・・明日からは三重高、高校入試開始前日に勘弁してよ、と思いつつも即興で英語を解説。まあ70%弱かな。しかし日本史は岡田本人が得意なはずなので却下。中3の群れの中へ・・・。
そこへ有加里が姿を見せ、「明日から名古屋のホテルで過ごします」
「なんで?」「だって試験会場が遠いから」「で、今回はお母さんは付いてかへんよな」「どうして?」「えっ!付いてくの?」「うん」「・・・お嬢様やから仕方ないか」
有加里は明日から立命館3連荘、その後に関西大学2連荘。
徳武がやって来る。昨日の中塚といい、今日の徳武といい、こうも頻繁に俺とスキンシップをとっていると想像されても困る。二人ともバイト料の請求書を持ってきたのだ。
徳武に聞く、「千尋は神戸大学に決めそうやけど、千尋の数学どない思う?」「神戸大学の問題は見てみたんですが、センターより少しだけ難しい程度。彼女だったら変なミスさえしなければなんとかなると思うんでうがね」「記述が慣れないとかグチャグチャ言ってるようやけど、国語と英語はなんとかボーダーより上は叩けると思うんやけど、やっぱり数学が一番怖いわ。神戸の配点は?」「大問3で1問25点の計75点です」「愛も東京大学受けるみたいやけど・・・」「彼女は精神力が強いかな。まあ、実力は付いてきているように思うんですけどね」「愛にも言っておいたが、君さえ良かったら週に一度の授業を増やしてくれたらいいから」「愛ちゃんからも言われてます。時間をみつくろって来るようにしまう」「頼むわ」
一応、今日は中1の日だが、ごった煮の状態で時間が過ぎていく。
珍しく甚ちゃんがパソコンを一心不乱に叩いている。
「何を打っているの」と俺。「いやあ、龍神から渡された英単語のプリント。過去問を解いていて分からなかった単語でしょ」「これ、俺が昔渡されたプリントやん」「そのプリントどうしたんですか?」と詰問調の甚ちゃん。「これな、年末の暴風雨の清掃の時に無くなったんや」
その龍神と過ごすのもラスト一週間となった。
母親に連れられて初めて塾にやって来た龍神、機嫌悪かったな。あれから3年・・・。
尽きせぬ想い、・・・あるよ。
今日も、龍神だけは頭を下げて帰っていった・・・失礼します。
昨日の夜は、数学をしていた時間は今にして思えば無駄だった・・・そう言う龍神に俺は反駁してた・・・どんなことをしても無駄なんてないねん。
年齢差は30以上になっちまった。
それでも何がしか、同じ土俵上で勝負できるものがある。
龍神は8日に久居を発ち、上智・慶応・早稲田の巡礼に向かう。
最後の日に俺は何を言うのだろう・・・泣いてしまいそうな気がする。