記事「社会を変えるには」(小熊英二著・講談社現代新書)に紹介されている、
『1990年代以降の「工業化社会機能不全」に日本が陥ると中心にいる企業で働く男性正社員の複利厚生や、妻の扶養控除などの維持が難しくなり企業も「終身雇用、年功序列」から厚生年金も健康保険も負担しなくて済む「非正規」の人達へ雇い方を変えていったのです。私達の生活、ライフスタイルはこのような、社会情勢、企業が生き残る為の戦略に常に晒され翻弄されて来ました。』
との社会、政治現象を憂い、あるいは肌で感じていたところに、3年半前に野党民主党が「国民の生活が第一」のスローガンを掲げ、「09マニフェスト」で工程表まで示して「社会を変える」ことを公約してくれたからこそ、国民は民主党に投票して民主党政権に期待したのではないかと思います。その意味では、小熊英二氏の「社会を変えるには」の第一歩は、直近では政党主導で踏み出されようとしていたのではないかと思われます。
ところがそれは失敗に終わったと言うより、既得権益者である政官業とメディアに潰されてしまいました。潰す側は当時野党民主党の小沢一郎代表をキーマンと見立て、西松建設から陸山会への裏金献金をデッチ上げ、麻生内閣の森法務大臣下で検察はメディアに捜査情報を事前にリークしておいて、大勢の報道カメラマンが待ち受ける陸山会が入居しているビルに隊をなして肩で風を切って入って行った検察事務官達の映像を、今でも思い出します。
それから陸山会の会計責任者が逮捕され、小沢代表は代表辞任に追い込まれ、次に鳩山氏が代表に就きその政策を継承し政権に就くや、次は鳩山事務所の政治献金を追求し始め、「普天間は最低でも県外」と公約していた鳩山首相を政官業とメディアは手段を選ばず潰しました。
それに怖じ気づいたのか、その後の菅首相、野田首相は自民党に迎合し始め、当初の民主党のスローガンとマニフェストをないがしろにして結局国民を裏切り、社会を変えられずに衆議院選に惨敗しました。
一方、先の衆議院選前には毎週金曜日に永田町で「脱原発」の大々的なデモが繰り広げられましたが、結局脱原発を唱える政党はみな惨敗でした。このように観てくると、日本で「社会を変える原動力」は社会運動なのか政党なのか、一体何なのか分からなくなりますが、やはり社会を変えたいと思う政党が政権をとらないことには、その第一歩を踏み出せないことも事実ではないかと思われます。
その意味で、小泉政権以降の衆議院や地方選挙で過半数を占めたのは、小泉首相の「自民党をぶっつぶす、郵政解体」スローガン(実際は自民党をぶつ潰していないが)、民主党の「国民の生活が第一、コンクリートから人へ」の政策、今回の衆議院選での自民党安倍総裁の「デフレ脱却と三本の矢、日銀との対峙」政策、日本維新の会の「地方分権-大阪府と市の二重行政廃止-大阪都構想」などのように、何か日頃広く国民(市民)に鬱積している現象をあぶり出して、それを改善してくれそうなカリスマ性のある政治家がその党に出現した時であるように思われます。そしてそれは官僚出身の政治家ではなく、小泉、小沢、安倍、橋本各氏のような党人政治家が生み出しているようです。
一方、小熊氏の『「デモをすることで何が変わるのか?」という問には「デモが出来る社会をつくることができる」と言っています。デモは表現手段のひとつです。表現することはひとつでも多い方が良いのではないかと私は思います。」』も事実ではないかと思います。
最後に、私たちはこのインターネット時代にあって、事実も伝えないメディアは質し、不公正な権力者やのメディア論調には反論し、事実しか伝えないメディアには弱者側に立った意見を投稿すること等が、デモへの参加同等の社会的インパクトがあるのではないかと思いますが、皆さんいかがでしょうか。
「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
厚顔の美少年
『1990年代以降の「工業化社会機能不全」に日本が陥ると中心にいる企業で働く男性正社員の複利厚生や、妻の扶養控除などの維持が難しくなり企業も「終身雇用、年功序列」から厚生年金も健康保険も負担しなくて済む「非正規」の人達へ雇い方を変えていったのです。私達の生活、ライフスタイルはこのような、社会情勢、企業が生き残る為の戦略に常に晒され翻弄されて来ました。』
との社会、政治現象を憂い、あるいは肌で感じていたところに、3年半前に野党民主党が「国民の生活が第一」のスローガンを掲げ、「09マニフェスト」で工程表まで示して「社会を変える」ことを公約してくれたからこそ、国民は民主党に投票して民主党政権に期待したのではないかと思います。その意味では、小熊英二氏の「社会を変えるには」の第一歩は、直近では政党主導で踏み出されようとしていたのではないかと思われます。
ところがそれは失敗に終わったと言うより、既得権益者である政官業とメディアに潰されてしまいました。潰す側は当時野党民主党の小沢一郎代表をキーマンと見立て、西松建設から陸山会への裏金献金をデッチ上げ、麻生内閣の森法務大臣下で検察はメディアに捜査情報を事前にリークしておいて、大勢の報道カメラマンが待ち受ける陸山会が入居しているビルに隊をなして肩で風を切って入って行った検察事務官達の映像を、今でも思い出します。
それから陸山会の会計責任者が逮捕され、小沢代表は代表辞任に追い込まれ、次に鳩山氏が代表に就きその政策を継承し政権に就くや、次は鳩山事務所の政治献金を追求し始め、「普天間は最低でも県外」と公約していた鳩山首相を政官業とメディアは手段を選ばず潰しました。
それに怖じ気づいたのか、その後の菅首相、野田首相は自民党に迎合し始め、当初の民主党のスローガンとマニフェストをないがしろにして結局国民を裏切り、社会を変えられずに衆議院選に惨敗しました。
一方、先の衆議院選前には毎週金曜日に永田町で「脱原発」の大々的なデモが繰り広げられましたが、結局脱原発を唱える政党はみな惨敗でした。このように観てくると、日本で「社会を変える原動力」は社会運動なのか政党なのか、一体何なのか分からなくなりますが、やはり社会を変えたいと思う政党が政権をとらないことには、その第一歩を踏み出せないことも事実ではないかと思われます。
その意味で、小泉政権以降の衆議院や地方選挙で過半数を占めたのは、小泉首相の「自民党をぶっつぶす、郵政解体」スローガン(実際は自民党をぶつ潰していないが)、民主党の「国民の生活が第一、コンクリートから人へ」の政策、今回の衆議院選での自民党安倍総裁の「デフレ脱却と三本の矢、日銀との対峙」政策、日本維新の会の「地方分権-大阪府と市の二重行政廃止-大阪都構想」などのように、何か日頃広く国民(市民)に鬱積している現象をあぶり出して、それを改善してくれそうなカリスマ性のある政治家がその党に出現した時であるように思われます。そしてそれは官僚出身の政治家ではなく、小泉、小沢、安倍、橋本各氏のような党人政治家が生み出しているようです。
一方、小熊氏の『「デモをすることで何が変わるのか?」という問には「デモが出来る社会をつくることができる」と言っています。デモは表現手段のひとつです。表現することはひとつでも多い方が良いのではないかと私は思います。」』も事実ではないかと思います。
最後に、私たちはこのインターネット時代にあって、事実も伝えないメディアは質し、不公正な権力者やのメディア論調には反論し、事実しか伝えないメディアには弱者側に立った意見を投稿すること等が、デモへの参加同等の社会的インパクトがあるのではないかと思いますが、皆さんいかがでしょうか。
「護憲+BBS」「明日へのビタミン!ちょっといい映画・本・音楽・美術」より
厚顔の美少年
