ボヤキ嫁の日々の記録

“超”がつくほどの楽天家ダンナと文句が多いボヤキ嫁の日々の記録
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眼医者さん

2013年12月27日 | 旅行 - ビルマ

ガパリビーチから戻る飛行機で、有名な眼医者さんと一緒だった。

交通事故にあわれて最近元気になられたとのこと。

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8日目:
朝早く目が覚めてしまった私達、朝靄の中朝ごはんの時間まで海岸を散歩。かなり大きなカニがこの海岸に住んでいるらしく、カニの巣らしき穴と足跡を沢山発見。しかし肝心のカニは見ることが出来なかったわ。綺麗な貝殻を難なく探せ、この海岸のほうが去年泊まったグエサウンの辺りよりも自然が残っているように感じた。

朝ごはんはビーフンのスープ、チャーハンなどラカイン州特有の何かではなくでちょっと残念だったわ。

お昼の便でヤンゴンへと戻る予定だったので、朝ごはんを食べた後また海岸をぷらぷら散歩。

楽天家ダンナが、「あ、ここに来たらあの帽子を買わねば!ここでしか買えないんだから!」と大急ぎで売り子のお姉さんを呼び止めていた。そのお姉さんとはこちら。

それ後、この帽子を被り海岸散策&撮影大会。「この帽子、日本まで持って帰ろうよ。」と楽天家ダンナに言われたが、これを被って成田行きの飛行機に乗る勇気はなく、「植物『など』は持ち込み禁止だからね・・・」と説得し、ヤンゴンのお友達に『プレゼント』することとなった。ヤンゴンのお友達、ごめんなさい。ビーチだったら被れるが、ヤンゴンの街中でこれを被るって罰ゲームだよな。

本当に小さい海岸なので、地元の売り子さんも少なく、喧騒から離れたい時には最適の場所だわ。

散歩の後、昨日当たったビールを飲みつつ、海を眺める。数週間前までの時間に追われた生活をしていたんだよな~と、住む場所によって時間の流れが違うなとしみじみ思った

 

ガパリビーチ近くの空港で飛行機を待っているとき、有名な眼医者さんにまたお会いした。昨日、ここへ来たときも同じ飛行機だったのよね。眼医者さんと少しお話させてもらったのだが、物腰の柔らかい人で、周りの人が慕うのも分かるな。

帰りの飛行機の中で、この航空会社が出している雑誌に、この会社が航行している観光地の写真が掲載されていた。ビルマ旅行2回でこの6箇所は廻ったボヤキ嫁。効率がいいというか、毎回せわしなく移動ばかりしていたともいうかな。

飛行機は予定より1時間遅れて、午後5時ヤンゴンへと到着。一旦ホテルへ戻り、残してきた荷物をタクシーに積み込んで、楽天家ダンナの野暮用を済まし再度ヤンゴン国際空港へ戻らねばならなかった。本当に強行スケジュールで、この5時間後の午後10時発成田行きで日本へと戻ることになっていた。5時間、空港で時間を潰してもよかったが、5時間あったらいろいろ出来ると考えた楽天家ダンナ。ヤンゴンの街へ戻る選択をした。
毎回のことだけど、「まだ間に合うから!」と再度空港に戻るまでに3箇所も立ち寄った楽天家ダンナ。今回は前回2012年のときのように最後のチェックイン乗客ではなかったものの、ほぼ最後といってもいい、ぎりぎり間に合う時間にチェックインカウンターへと到着。毎回、乗り遅れるのではないかとやきもきするのだ。これだけは本当に直してもらいたい。

2013年ビルマ旅行はこれにて終了。
今回は忙しすぎて楽天家ダンナの妹と弟に会う時間がなかった。親族の方々とも、楽天家ダンナの従妹数人と叔母さん一人に会えたのみ。それから、今回の旅行でまた手持ちロンジーが増えた。手荷物用ケースにはロンジーしか入らず。今のボヤキ嫁の体形に合わせてお直ししてもらったので、ちょっとでも太ったらこれらが着られなくなるのよね。現に以前よりも太ったために、着られなくなったロンジーを持っているボヤキ嫁。来年、今もっているロンジーのうち何着が着られなくなってしまうのかな・・・。 


ビーチ

2013年12月26日 | 旅行 - ビルマ

ガパリビーチに行った。

バンガロー型ホテルに泊まったので、電気が夜6時から日の出までしか使えなかった。

たまには世俗と離れた生活もいいかも。

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7日目:
この日は飛行機でガパリビーチへと行った。
空港へ行く前に用事があり街中を走っていた時に見かけたお店。何のお店かは分からなかったが、ここではVISAとJCBカードが使えるらしい。クレジットカード決済が出来る場所が増えてきたなとこういうサインをみるたびに思う。ミャンマー国内からクレジットカード会社のオンラインサイトにはアクセスできたけど、アメリカの銀行のオンラインバンキングにアクセスできないのよね。いまだにブロックされてます。

空港での待ち時間。サムソンの充電ブースがあり、携帯とタブレット用のコードが4本、それからUBS用コンセントもあった。充電ブースにあったコードはなぜか使えなかったが、常に持ち歩いている充電器を使い待ち時間に携帯を充電。これでしばらくは電池切れの心配なく携帯で写真が取れるとほっとした。

左胸に張ってあるシールは、どの乗客がどの飛行機会社に乗るかを示すもの。でもそれぞれの飛行機会社は多方面へ飛ぶ飛行機を出しているが、このシールだと航空会社しか分からず、みなさん同じ待合室で待っている。ビルマ語で案内されるので、ビルマ語が分からない外国人には少々難しいシステムだわ。

飛行機は一路ガパリビーチへ。

飛行機を下りたらお出迎えされている人を発見。楽天家ダンナにあの人有名人?と聞いてみたら、分からないから見て来るーといそいそとその集団の後を付け、建物脇にある待合室へ向かった楽天家ダンナ。すると、「有名なお坊さんがいたー、こっちにおいでー。」と嬉しそうに言いにきた。


(写真:有名なお坊さん)

若いアイドルの区別が付かないように、ボヤキ嫁にはどのお坊さんも同じ顔に見えてしまうのよね・・・。(同じ服なので、体格くらいしか判別材料がない)楽天家ダンナ、よく有名な方だと気が付いたな。 


ガパリビーチといっても、ホテルが沢山ある空港近くではなく、もう少し南側にあるバンガロー型ホテルに宿泊した私達。宿泊客も地元民も少なく、のーんびりした空気が流れていた場所だった。


(写真:部屋の入り口から海はすぐそこ!)

ホテルで遅めのランチ。このビーチはラカイン州にあり、ヤンゴンがある州とは別の場所。なので、料理の味付けが若干違っていた。出汁になにか違うものを使っていた感じ。でもなんだか分からなかったわ。ここでまたビールを注文したら当たりが出たのだ!もしや、調べるお客さんが少ないから当たりしか印刷してないとか? そんなことはないか。

 

2012年に行ったグエサウンと違う点。日中は電気が使えなかった。(たぶん、このコテージがガバリビーチの外れであったため。他の場所は多分日中でも電気は使えると思う)インターネットにも接続できず、TVも観れず。なので、昼間は海岸を散歩してひさしぶりにボヤーっと過ごしたよ。周りは欧米人の客が多く、コテージの前で本を読んでいる人が多かったかな。

一週間くらいぼやーっとここで過ごしてもいいかなと思ったが、ぼーっと出来ない楽天家ダンナは一泊で十分だったみた。


結婚式

2013年12月25日 | 旅行 - ビルマ

お祝い時に着るロンジーを着て、結婚式へ参列。

ゲスト500名以上。日本の結婚式とは勝手が違い、

興味深く進行を見ていたらあっという間に終わってしまった。

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6日目:
この日も大忙しの一日だった。

この日を逃すと参拝する日がなくなってしまうため、朝一番でシュエダゴン・パゴダへと参拝。


(写真:ボランティアの方々がお掃除中)


(写真:尼さんたち)

その後、空港まで人を迎えに行くと、楽天家ダンナの同僚が同じ飛行機で到着していた。12月にミャンマーへ来るとは聞いていたが、お迎えに行った人と同じ飛行機だったとは同僚共々ビックリした。

その後ホテルへと戻り、結婚式用のロンジーに着替え、結婚式が行われたセドナホテルへと向かった。

「テーブルはね、男性と女性は別。」と楽天家ダンナに言われていたため、女性陣テーブルへと着席。一度アメリカで会ったことがある人(ボヤキ嫁の隣の人・黄色のロンジー)の隣に無理やり座らせてもらい、参列中に話が出来る人を確保。ありがたや。
本来なら楽天家ダンナが、「この人嫁です。よろしくお願いします。」と同じテーブルの人に紹介すべきだと思うのだけど、そういうことは黄色い服の女性の旦那さんがやってくれた。なんで楽天家ダンナがやらないのだと後で文句を言ったところ、「自分で自分の嫁を紹介すると、自慢にしているようにとられる。だから他の人がやるのがいいのだ。」とのこと。うーん、そういう文化なのでしょうか・・・。 

結婚式の会場はというと、日本の結婚式場とあまり変わらず、お金がかかってますーという感じだった。テーブル番号は50番台まであり、一つのテーブルに10名ゲストが座っていたので、500人以上招いていたらしい。ビックリだわ。

お昼(12:30)から式が始まるとのことだったので、「お昼はでるはず」という楽天家ダンナの言葉を信じ、空腹で参列したボヤキ嫁。結婚式によく出るダンバウン(チャーハンのようなもの)が振舞われるのではとうきうきしていったが、軽食のみだったのだ。


(写真:サンドイッチ、揚げ春巻き、ケーキ、と何か)


(写真:チョコレートアイスロールケーキ)

結婚式後に、「ご飯が出ると思ったのにな~」と楽天家ダンナに言うと、ホテルで行われる結婚式では、今回のような軽食を出すのが一般的とのこと。知っていたのなら、結婚式前に言ってくれーー。

式で同じテーブルに座っていた若い子達。親に連れられてきたと思われ、式の最中携帯をいじってばかり。どこの国でも若い子は同じようなことをしているなと思ったよ。

 

結婚式は着席したときからステージ脇で歌手たち(プロかアマチュアかは不明)が歌を歌い続けており、セレモニーとしては主賓が新郎新婦に花飾り(ハワイのレイのような感じだった)を首にかけ、指輪の交換をしてお終い。2時前には式典は終了しました。

結婚式終了後、またホテルに戻り、別のロンジーに着替え、お呼ばれされたディナー・クルージングへ。船着場近くにあるお寺では年に一回のお祭りが開催されていたが、「船が出ちゃうから、早く歩いて!」と楽天家ダンナにせかされ、歩きながら写真を撮るのみだった。もっと観たかったのにな。残念。

 

 

船から川の両岸をみると、極端に経済発展が違うことが一目瞭然だった。ヤンゴン側は街の明かりが輝いているが、対岸は真っ暗。将来、ヤンゴン側から対岸へと橋が渡される予定で、対岸にも好景気が波及されると予測されている。このため、最近地価が上がってきているとのこと。こんなに両側が対極的なのは橋が完成して数年後までなのかもしれないな。

船を下りた後、お祭りはまだ続いておりぶらっとしてみたかったが、一緒に行った人たちが車でホテルまで送ってくれるとのことで、お祭りをゆっくり見ることは出来なかったよ。

お腹を壊す心配があるので食べ物を買うことは出来ないが、ぷらぷらみているだけでも面白いと思うのよね。


推測能力は上がる

2013年12月24日 | 旅行 - ビルマ

ビール飲む?、ご飯食べる?

これら以外の言葉も推測出来るようになった。

親戚の皆さんにビルマ語学習は止めてますと言ったらがっかりされた。

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5日目:
この日は忙しかった。
まずは前日行けなかったチャイティヨへ向かった。麓のホテルを出たときかなり寒かったため、洋服を着込んで山頂にあるお寺へ向かうことにした。ホテルで朝ごはんが出たものの、トーストにジャムという味気ないものだったため、「ナンジートー食べさせろー」「モヒンガー食べたいー」(ボヤキ嫁の好きなビルマ料理)と楽天家ダンナにわがままをいい、地元レストランへと連れて行ってもらった。

麓から『バス』に乗ると聞いていたのでバス停へと移動。この時朝7時前だったが既にお参りを終わった人たちが、最初の下山するバスで山から下りてきていた。

バス乗り場についてみてビックリ。バスという名の2tトラックが参拝客を荷台へ詰め込んでいたのだ。

荷台には座板が渡されており、そこにぎゅうぎゅう詰めに座っていくのだ。

荷台に乗ることは、これはこれで楽しそうねと思っていたが、「yuには無理です」と楽天家ダンナに言われ、運転席ブースにあるシートに座ることとなった。荷台だと運賃は2,500チャット、運転席側だと3,000チャット。その違いは50円程度だけど、地元の人にとっては大きな差だ。

ちなみにこの料金には生命保険も含まれているそうだ。(Indcluding Life-insuranceと書いてある。)でもどんな生命保険なのかは謎。

このバスに詰め込まれ、標高約1,500mにあるお寺まで山道を登る。

ようやく到着!と山頂のバス下り場は人で溢れていた。

バス停からお寺まで歩けない人のために籠が用意されていて、お年を召した方などが利用していたよ。


(写真:泊まる予定だったホテル)

ビルマ語表記では、「ミャンマー人は・・・」と書かれているそうだけど、英語だと、女性はズボン、ショートパンツ、ミニスカート禁止となっている。ボヤキ嫁はジーンズを履いていったため、ジーンズの上からロンジー(民族衣装のスカート)を履いて参拝しました。


(写真:お寺の境内で夜を明かした参拝客たち)

境内で夜を明かした人たちがいたのだが、ボヤキ嫁たちが到着した時点でまだ冷え込んでいたのだ。ここで夜を明かしたということは、かなり冷え込んだなかで一晩過ごしたと思われる。


(写真:お祈りの場さえ女人禁制)

この金の石、あやういバランスで置かれています。昔は中に浮いていたとか。(石のしたにロープを渡せたと言う人もあり)
この石の近くへは男性のみ近づくことが可能。楽天家ダンナがこの石にお祈りしに行ったとき、ボヤキ嫁は外側からカメラマン。『ちゃんと撮ってる?』と何度も目で合図を送ってきた楽天家ダンナ。信用ならないのか?

この日はとても参拝客が多かった。でも他の観光地と比べ、欧米人が少ないように感じた。

 

参道では興味深い食べ物が沢山売られていた。


(写真:サソリと馬?の脚??)


(写真:山頂のバス停)


(写真:運転席ブースには5人の乗客が入れる)


(写真:荷物運びをしてくれる人 バス代と変わらない3,000チャットかかるらしい)

箱根やいろは坂にも引けをとらない急カーブをどんどん下っていくバス。荷台に乗ってみたかったものの、落ちたら・・・と思うと恐ろしく、運転席ブースでよかったわ。


チャイティヨからヤンゴンへと戻る途中、コカコーラを運搬中のトラックに遭遇。数年前ではありえない光景だと楽天家ダンナがしみじみ言っていた。

途中、美味しいと言われるレストランで遅めの昼食を取った。瓶ビールを頼んだら、蓋に当たりくじが付いておりなんと当たりを引き当て、もう一本無料でビールを頂いた。

このレストランで売られていたミャンマーのお菓子。でもどんなものかまったく分からず・・・。

こんな田舎道を走ること4時間、一路ヤンゴンへ。 

 

 途中、第二次世界大戦時に近辺に日本軍が駐留していた(楽天家ダンナ情報・不確かです)という橋。

ここで写真を撮ってもらおうと近くにいたおじさんに楽天家ダンナのタブレットを渡すも、「えー、わかんないよ!」と言われ、色々試行錯誤していたら、ちかくにいた兵士さんもやってきて、三人でなにやらカメラの扱いについて楽しそうに話していました。

 

ヤンゴンへは日が暮れてから到着。かなり疲れていたものの、「今日はクリスマスイブだ!どこかへ遊びに行こう!」と楽天家ダンナが言い出し、どこかのホテルで行われていたクリスマスイブパーティーへと行って来た。


(写真:力を持っていた政治家の娘)

会場に着くと楽天家ダンナが、「あ、あの人○の娘だ。」と言ってきた。他の場所でも、元権力者の子供がVIP扱いをされており、いまだに権力者の子供達はVIP扱いなんだなと、色々と考えされられたよ。

この会場で日本人の方々に会いました。面白いお兄さんがいたのだけど、他の人たちにはボヤキ嫁は絶対におかしな日本人だと思われただろうな。


まさかの

2013年12月23日 | 旅行 - ビルマ

予約していたホテルにたどり着けないというハプニング。

チャイテイヨの山頂にあるホテルにはバスでしか行けず、そのバスは夜6時が最終だったのだ。

急遽別のホテルに泊まることとなった。

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4日目:
首都からチャイティヨまで車で移動。本日の宿泊場所は山頂のホテルであった。相変わらず計画性のない楽天家ダンナ。「今日はチャイティヨにつけばよし!」と思っていたことが後々大きな問題となった。 

首都で楽天家ダンナの野暮用に付き合うこと数時間。途中で大きなパゴダに行ったり、無駄に広い道路を見たり、縁起の良い白い象を見に行ったりと、これまた首都で無駄に時間を使ってしまった。


(写真:女性は入ってはいけないんだって。そんな場所が沢山ありました)


(写真:白いぞうさんたち。白っていうのかしら・・・)


(写真:白い象さんたちを管理している官庁は看板脇に象を配置していたよ)

野暮用を済ませた後、昨日お直しをお願いしていたお店へロンジーを受け取りに行った。上下12着お直ししてもらって17,000チャット(約1,700円)。数点試着をしてみたら、きつかったり、変更したほうがいい点があったため、即座に直してくれた。すばらしい!お店のお姉さんたちはビルマ語しか話せず、ビルマ語をまったく話せないボヤキ嫁とは会話が成立しないのだが、通訳である楽天家ダンナが席をはずしてしまうというハプニングあり。でも、結構彼らが伝えようとしていることを推測したら当たるものなのよね。お姉さんたちが、ものすごく素直なでシンプルな人達であったで、意思疎通が取れた感じ。


(写真:足踏みミシン)


(写真:ビーズは一つずつ手縫い)

その後、国会近くのどーんと広い、ある意味首都の名物道路を通過。車はまったく通っていません。

野暮用も終わり、やっとチャイティヨに向けて出発。当初、お昼には首都を出て、4時には到着予定だったが到底4時には間に合わず。楽天家ダンナは「8時頃着けばいいかな~」など、このときは余裕をかましていました。

途中、高速道路の休憩所でゆったりお茶なんかして、この後起こる事体にまったく気が付かず。

日も暮れてきて、やることのないボヤキ嫁はひたすら助手席で寝てました。楽天家ダンナには、いつでもどこでもよく眠れるねといわれるが、車での移動時は喧嘩防止という意味も含んでおります。

喧嘩防止のため助手席で寝ていたら、「大変なことがわかった。」と悲壮感たっぷりで楽天家ダンナに起こされた。チャイティヨの街の近くで地元の人にこのホテルへ行きたいのだけどと聞いたら、ホテルへ行くのは自家用車では無理で、バスを使わなければならないこと。そのバスは夜6時が最終でそれ以降は走っていないと言うのだ。
もう、こういうことには驚かなくなっているボヤキ嫁。じゃあ、別のホテルを探すしかないねとあっさり諦めてまた不貞寝開始。しばらく走るとゲートがあり、その先は用がある人しか入れないとのことだった。その場所で再度山の上のホテルの名前を言うと、あっさりと「今日はもう行けないよ」と言われてしまった。
そのホテルへと連絡しようと試みたが、楽天家ダンナが持っていた電話番号はヤンゴンオフィスの番号のみ。ホテルへ直接連絡する手段はなかったのだ。仕方がなく、ゲートにいた人たちに、「今から泊まれるホテルを紹介して!」と頼み込み、その街にあるホテルへと案内してもらったのだった。

楽天家ダンナは、「折角朝日を見ようと思っていたのに・・・」とどよーんと落ち込んでいたけど、ボヤキ嫁は、内心『想定内です!』と思ってました。楽天家ダンナと一緒にいて計画通りに物事が進むなんて幻想は抱きません。